ここ数日、書店を探し回っても見つからずアマゾンで注文した「夜を賭けて」梁 石日(幻冬舎文庫)。小松左京「日本アパッチ族」、開高健「日本三文オペラ」と読み進み、残るはこの一冊へと辿り着いた。在日作家の視点からのアパッチと警官隊の攻防、大村収容所が描かれている。同名の映画化もされたようだが、そちらはコケタ模様。日本の高度経済成長期に大都市大阪の中心部に取り残されていた広大な太平洋戦争の遺構、廃墟という構図に何か強く惹かれるものを感じるのだ。発展を遂げる都市と廃墟のコントラスト、危ういバランス。華やかな発展と成長も砂上の楼閣に過ぎない。大阪砲兵工廠三部作を読んだ後に小松左京の短編「戦争はなかった」を読んでみるのも面白いかも知れない。
入梅直前に走り込んでおこうと昼過ぎから宮が瀬を目指す。中津川と戯れながら宮が瀬ダムへ。ダム下の中津川はいつ来てもエメラルドグリーンの宝石のような水を湛えておりうっとりする。時間は遅いが愛川の別所温泉で一休みを楽しみにダウンヒルを一気に下る。時速は50km/hを越えている。快調に下る途中で自転車を押している青年を追い越す。気になり引き返し事情を聞けばパンクとのこと。虹の大橋からずっと歩いてきたらしい。見ればタイヤにすぐにわかるダメージ。修理道具も予備チューブも持っていないとのことなのでワシのチューブをあげることにした。先ずはチューブ交換のためにタイヤを外す。あまり作業に慣れていない様子なのでこちらで作業を手伝う。タイヤに比べチューブのダメージは小さくパッチで修理できそう。サドルバックから道具を出しペーパー、接着剤、パッチで応急処置。ここで更に助っ人登場。同じく坂を下ってきたバリバリの高級ロードのお兄さん。自転車整備のプロとのこと。タイヤのダメージ部に裏から厚紙を当てて応急処置。厚紙が無いときは紙幣がよいらしい。流石に手際が良い。無事に応急処置は完了し解散となる。いつもの愛川村の物産店で260円の焼きまんじゅうを2個土産とする。パンク修理で時間も遅くなったので温泉は次の機会までお預け。本日の走行距離69.23km ロード積算4938.6km 久しぶりにヤビツか箱根を攻めたくなってきた。
件のラジカセ修理、テープカウンターのベルトだけを交換しないというのも寝覚めが悪い。フロントパネルも外して3本目のベルトを交換。ついでに細部の埃清掃。ラジオ基板側の周波数切り替えセレクターSWの接触不良の清掃。ミキシングSWも接触不良を清掃。接点復活剤は便利ではあるけれど、使用後に埃をよび症状悪化の恐れもある。使用は程々に。塗布後の清掃も十分に。しっかし短波はどこを廻しても朝鮮語の放送ばかりだな。
自宅のPC机に鎮座まします東通工のラジカセ。先日カセットテープを再生している最中に突然の停止。再生、早送りなど一切の操作が無反応となる。原因はベルト切れだろうとしばらく放置。次の秋葉遠征時にベルト購入するためにサイズを測ろうと本体を分解。案の定、モーターからの駆動を伝えるメインベルトが切れていた。ベルトは破断箇所以外にもあちこちに亀裂を見つける。CF-1980はこのメインベルトの他に早送り用に1本、カウンター駆動で1本の計3本が使われている。ベルトを採寸していてあることを思い出す。以前、帰省時に父から修理用ベルトを貰っていたのだ。引き出しを捜せば綺麗に分類された補修用ベルト一式が出てくる。有難や。念のため新品ベルトはアーマオールを潜らせ乾拭きしておく。カウンター駆動用ベルトの交換は面倒なので、今回はテープドライブ用の2本を交換して修理完了。分解ついでに各部を清掃し磨きこむ。このラジカセはいい音するんだわ。因みにラジカセ修理では金属ドライバーをヘッドに決して近づけないこと。良い子のお約束なのだ。
SONY STUDIO CF-1980 II
メインベルト:270mm
サブベルト:170mm
SONY STUDIO CF-1980 II
メインベルト:270mm
サブベルト:170mm
最近さぼり気味のロードバイク走行。空模様も心配なので近場のみなとみらいまで。いつもはスルーしていた臨港パークに久しぶりに立ち寄る。驚いたのはいつの間にかジャックモールが閉鎖され更地になっていたこと。臨港パークでバイクを停め、ベンチで暫し転寝。風が重い雲を運んできたので急ぎ帰途につく。本日の走行距離40.3km ロード積算4804.2km
東急東横線が地下にもぐり副都心線とつながって2ヶ月が経った。今の地上駅の様子を覗いてみた。通路はそのままだが、券売機や改札は大きなスチールパネルで塞がれ壁が築かれていた。これから数年で渋谷は更に激変することだろう。最近の工事は先ず壁が築かれなかでモソモソ作業が進み、ある日突然壁が取り払われる。するとずっと前からあたかも存在していたかのように新たな建造物が突如風景に組み込まれているといった寸法。風景にまぎれ壁は出現し、記憶のなかに壁は成長し、やがてそこにあった実態は忘れ去られる。気が付けば街は壁で埋め尽くされてしまうのだ。
所用で永田町に出たついでに九段下まで足を伸ばし靖国神社を参拝する。都内はあちこち探索すれど靖国は初めて訪れる場所。TVでよく観る風景ではあるけれど本殿の奥行きはイメージよりも狭かった。折角ここまで来たからはと、お隣の武道館の外観を見学し「太陽を盗んだ男」のロケ地確認。そして科学技術館に30年ぶりに訪れるも残念なことに休館日だった。諦めて半蔵門駅を目指すと「昭和館」なる博物館を発見。その存在すら知らなかったものだ。昭和のくらしを伝える展示物がメインとなるが、主目的は戦中の暮らしぶりがテーマのようだ。戦中戦後の展示物は我々世代にはよく知ったもので新鮮味はないものの、修学旅行の生徒がちらほら訪れるを見て納得。若い世代にはこの程度でも十分な情報量であり何もかもが知らないことだらけなのだと考えを改める。図書文献の閲覧もできるようなので図書利用カードを作り資料を検索。端末で「大阪砲兵工廠」を検索する。戦中の砲兵工廠の様子から空襲、そしてアパッチ族の証言やその暮らしぶりまでを知ることが出来た。どうやら開高の描く「三文オペラ」のような面白おかしい暮らしぶりではなかったようだ。曰く「日本人の作家に朝鮮は描けない」とはアパッチ生き残りのことば。書籍で判明した事実に今も工廠跡地の公園に残る「舟形石」と呼ばれる鉄塊は単なる空襲の瓦礫ではなく、砲兵工廠稼動中に溶鉱炉へ作業員が転落したときの鉄塊とのこと。骨も拾えず材料として使うことも憚られ、慰霊のため安置されたもの。今回の散策でまわった九段下という場所は良くも悪くも昭和のまま取り残された区画なのだと改めて思う。願わくば武道館も科学技術館もこのままであって欲しい。
参考文献
地中の廃墟から―「大阪砲兵工廠」に見る日本人の20世紀
河村直哉著
昭和館
参考文献
地中の廃墟から―「大阪砲兵工廠」に見る日本人の20世紀
河村直哉著
昭和館
函館旅行の土産にエゾ鹿の角のキーホルダーを買い求める。函館空港の出発フロアー土産店の隅、アイヌ工芸品の売り場で見つけたものだ。店の方の説明ではエゾ鹿は養殖されたり計画的な間引きも行われているとのこと。そして雄鹿の立派な角は毎年生え変わるのだ。買ったアクセサリーは願わくば殺生したものでないことを願う。因みに画像に写るチープなショルダーバッグは去年、ロンドンのカムデンで買ったもの。スプーンは開高健記念館のものとなる。どちらもお気に入りのアイテムだ。余談になるが海外渡航では動物ネタのアクセサリーには要注意。ワシントン条約で取り決められた絶滅危惧種のものは持ち込めない(エゾ鹿は対象外だけれど)。
GWを外して2泊3日の函館旅行。宿泊した函館国際ホテル西館5F部屋からの眺望。K-7にシグマの300mmで寄る。余談になるがこのホテルの 朝食ブフェは今まで経験した海外国内数多くのホテル朝食のなかでもトップクラス。潤沢な海鮮が山盛り。シェフがその場でステーキも焼いてくれる。和食、洋食よりどりみどり。牛乳とヨーギルトも 新鮮峻烈。部屋も広く清潔感高い。アメニティーも充実。スタッフも親切。それでいて価格は破格に安い。厳しい競争をがんばっておられる印象。機会があれば再び訪れたい。今回の旅行で痛感したのは観光を産業とする地方都市の冷え込み。ここ数年の円高で外国人観光客が激減したのが響いた模様。コジャレた大型土産物店や飲食店の閉店が目立つ。函館駅前の商店街もシャッターが並び、取り壊された空き地も目立つ。日本を本気で立て直すなら大都市圏ではなく地方都市から攻めるべきかもしれない。
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超お勧めの函館国際ホテル
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超お勧めの函館国際ホテル
冬におでん用で調理し切り落とした大根の首(厚み約1cm)をしばらくブドウ糖の希釈液に漬けて水耕栽培してみた。元気な新芽がワサワサ生えてきたので頃合を見てプランターへ移植。この陽気で茎がグングン伸びて可憐な花を咲かせてくれた。やれば出来る子なんですよ。
WOWOWで総天然色ウルトラQが放送されている。白黒作品をディジタルリマスター処理で彩色した作品となる。色味にやや違和感はあるものの思ったより抵抗なく観ることができた。そんなことより20年ぶりに大パネルで観るこの作品は模型やセットのディテールの作りこみや丁寧なカメラワークに改めて驚く。制作に時間と手間隙、お金がかかっているのだ。但し作品によって出来不出来の差も激しい。どちらかといえば駄作も多い。グイグイ話を引っ張っておいてオチが御座なりなのだ。怪奇現象の説明不足も多い。ただ、スタッフも若く荒削りだが、この時の経験が後のウルトラマン、セブン、怪奇大作戦の成功へとつながるのだなあと納得もする。そんなことを考えているとカラーライズはどうでもよくなってきた。昔に白黒作品を鑑賞した時点で既に脳内彩色補完は済んでいたのだから。ひとつ不思議なのは由利ちゃんの使うキャメラがミノルタ、ペンタ、ヤシカと変遷すること。当時は高価と思われるそれらキャメラの扱いが雑。怪獣から逃げる際に落っことしたりして観ているこちらがハラハラする。きっとスタッフの自前物だと思うのだ。