梅雨空が復活しそうな朝でした。
ひめちゃんと獅子丸は、堀之内を北に出てお散歩してきました。
獅子くんは、換毛真っ盛りです。
もう少ししたら、シャンプしましょう。
水が苦手な獅子くんです。
昨夜は雨が降ったようで、けっこう体をぬらしての帰宅となりました。
真っ赤なヘメロカリス、元気に開花真っ盛りです。
鎌倉時代、上野国山上(こうずけのくにやまがみ)に行仙上人(ぎょうせんしょうにん)という念仏行者が住んでいました。
行仙上人については、『沙石集』の巻十末・十三臨終目出度き人々に描かれています
鎌倉時代の仏教通史『元亨釈書』にも、上野国山上にいたことが記されています
昔、『高校生のための群馬の文学』という副読本で、中世のトップを飾っていました
不思議な事に、記憶の片隅にあった行仙上人と同じ山上の住人となっています
そして、また不思議な事がありました。
ストリートビューで何気なく、旧佐波郡東村を見ていました。
あれ、道ばたの薬師堂の碑に行仙の文字を発見です
薬師堂の何枚かの写真の中に、この薬師堂について碑があったのです。
これは、行ってみるしかない
一昨日行ってきました。
山上から、ほぼ南です。
行仙上人がいたかもしれない雷電神社の脇を通って、県道291号線を下ります。
山上から約10kmです。
駐車場はないので、近くの鹿島神社に駐車して歩きます。
県道291号線沿いの薬師如来堂です。
石造物の一番奥に「薬師堂復元碑」です。
虎薬師瑠璃光如来堂縁起
本尊ハ大匡王佛トノ言イ、十二ノ誓願ヲ発シテ衆生ノ殉患ヲ救ヒ来世ノ安緒ト明日ノ安生ヲ満足セシムル灼ナ如来デアル。此ノ堂宇発祥ノ由来ハ新里村窪井ニ日本に三聖ト言ハレタ念佛僧行仙ガ隠棲シ、其ノ門下二百聖ノ輩出ヲ見タ。此ノ村ニ其ノ一人妙禪ガ嵯峨ノ療ニ居タ田部井氏ガ滅亡シ、其ノ持仏堂デアッタ此ノ堂宇ガ庶民信ノノ道場トナリ、其ノ後平岩氏ノ治領トナリ、寛文九年村ガ早川ノ東西ニ分レル。~(後略)~
確かに行仙上人の文字があります
窪井の文字もあります
妙禪、初めて行仙上人の弟子の名前に逢えました
意味不明の所もありますけど、行仙上人の弟子・妙禪が、ここ田部井村で営んだお堂が、この薬師堂の起源であるという事です
田部井村は、寛文九年(1669)に早川によって東西に別れたのですね。
早川物語です
さっき早川を渡ってきました
さて、薬師様に参拝です
お逢いしないうちから、不思議な出会いありがとうございました
もちろんお賽銭いれて、合掌
いつかお祭りの日にうかがいたいものです。
不思議な出会いありがとうございます
通りからは、絶対に石造物の一番奥にある碑文の文字を見ることは不可能です。
不思議な力が働いたのでしょう
右の通り・県道291号線を北上すると、まもなく早川・あずまはしです
さようなら、また逢いましょう
駐車した鹿島神社も、参拝していきます