黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

葛塚城堀之内に住んでます。毎日歩いているひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

奥州紀行総集編 12・多賀城紀行(人生90年邯鄲の夢・陸奥総社宮)

2020-04-02 15:51:04 | 奥州紀行

今朝の赤城山は吹雪いていました。

ひめちゃんと獅子丸は、突き当たりを左折して、堀之内の西側をお散歩してきました。

葛塚の桜も満開です

風は強いけど晴れて、ひめちゃんもご機嫌です

振り返ると、赤城山はまだ吹雪いています。

 

 

 

(2018年6月21日)

多賀城神社から、畠中の道をかなり歩きました。

外郭東門跡に出ました。

「国府多賀城と国府の津(塩釜港)を結ぶもっともにぎわった門であった。」とあります。

この道を東に行くと、塩釜に至るのです

海上交通で塩釜港に運ばれた荷物が、東門から多賀城内に運び込まれていたのです。

少し見づらいですけど、多賀城の位置関係がわかります。

左上の東門から右下の西門に、幅16mの道路が通っていたとあります

中央を走るピンクの道です。

真ん中の政庁からは、南に向かって大路があります。

 

役所の北門跡もありました。

ボランティア・ガイドさんが、役人は700人いたと言ってました。

ここで、たくさんの人々が働いていたのです。

 

良い季節なのでしょうか?

歩いている人も、ちらほらいます。

多賀城って、陸奥の行政機関が集まったところだったのです

 

さっきの現在地に戻って、東門跡を塩釜方面に進みます。

さほど歩かないうちに、陸奥総社宮(むつそうじゃぐう)に着きました

総社とは、たくさんの小さい社を国府の地に合祀したもののようです。

そういえば、群馬県にも総社(前橋市)がありますけど、同じ流れでしょうか?

 

なんとも愛くるしい狛犬がいます。

 

拝殿に参拝です。

すっきりとして重厚な社殿です。

 

拝殿の脇に、たくさんの稲荷様や狛犬が奉納されていました。

本殿もいたってシンプルです

 

参拝をすませ、御朱印をもらいに神主さんの自宅を訪ねました。

先客がいました。

 

御朱印帳を2冊持ち歩き、2冊に御朱印をもらっているとのことです。

 

「今日は何日だい? 年取ると忘れっぽくなって

「6月21日です。年取るって、いったいいくつなんですか?」

「89、来年90だよ。」

「ええ 長かったですか?」

「いや、短かったよ。あっという間だったよ。」

 

90歳くらいになると、人生90年は、邯鄲の夢(かんたんのゆめ)のように、ほんに短い間だと言えるようになるのでしょうか?

 

御朱印を頂きました。

 

あやめ園に戻りたい旨伝え、道を教わりました。

「前の道をまっすぐ下ると浮島神社に出る。そうしたら、右だよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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