その日は、たまたま6時過ぎに家に着いた。
門を開けると、玄関に人影が見える。どうやら、お客さんが来ているようだ。「じゃあ、これで失礼します」という、若い男性の声が聞こえる。
その瞬間、声の主が家庭教師だということがわかった。
先月、家庭教師を申し込み、5日後に会社側から、講師決定の連絡があった。
「19歳の男性で、依田先生といいます。現在、東京大学教養学部2年に在籍しています。教科は、国数英理すべてを受け持っていただくことになりました」
娘のミキは、女性を希望していたが、叶わなかったようだ。
迎えた初日、私は仕事で不在だったが、評判は上々であった。
「すごくわかりやすかったよ! 顔も普通だったし、字はキレイだった」
「ちょっと迷ったみたいで遅れてきたけれど、会社からもらった地図が間違っていたから仕方ないよ。いい先生でよかった」
娘も夫も、好印象だったようだ。
私は、特に娘の反応を気にしていた。なにしろ異性の評価に厳しく、「キモい」「ウザい」「臭い」を連発するのだ。男性になった時点で、やる気をなくすタイプだったら困ると心配していたが、取り越し苦労だったらしい。
実は、イケメン過ぎても困ると思っていた。私が、先生見たさに仕事をサボりがちになって……ではなく、面食いの娘が変に意識して、かえって集中できなくなるかもしれない。
いずれにせよ、早くお目にかかりたかったけれども、まだ先の話だと思っていた。
心の準備ができぬまま、玄関のドアが開く。
小柄で、大きなバッグを肩から提げた青年が、外に出てきた。いや、青年というよりは、男の子といったほうが正しいかもしれない。パーカーにジーンズを組み合わせ、氷川きよしのような髪型をしている。彼がこちらを向いたとき、目が合った。
「こんばんは、依田先生ですか? ミキの母です。はじめまして」
すかさず話しかけると、明るい返事が返ってくる。
「はじめまして、依田です! 一生懸命がんばりますので、よろしくお願いします!」
少々高めの声で、はにかみながら挨拶する姿が新鮮だった。
キャー、カワイイッ!!
そのとき、オジさんが若い女性に惹かれる気持ちがよくわかった。だが、顔には出さないようにして、簡単な挨拶を交わし、「お気をつけて」と見送った。ここは、品よく振舞わなければ。
部屋では、娘が機嫌よく過ごしていた。
「すごいんだよ、先生は難しい問題でも、パパッって解いちゃうの。天才だよ」
「へー。さすが東大生」
「んで、ミキにやりかたを教えてくれるから、ちょっとは、できるようになってきたよ」
2月までの3カ月で、約36万円の授業料である。冬のボーナスが台無しだ。ちょっとどころか、かなりできるようになってもらわないと意味がない。
「でもね、今日は3時からだったのに、先生が勘違いして4時に来たの。時間は間違えるんだね」
難問はらくらく解けるのに、時間をミスる東大生というのも不思議である。
明日も、依田先生がやってくる。
早めに帰っちゃったりして~。
クリックしてくださるとウレシイです♪
※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
門を開けると、玄関に人影が見える。どうやら、お客さんが来ているようだ。「じゃあ、これで失礼します」という、若い男性の声が聞こえる。
その瞬間、声の主が家庭教師だということがわかった。
先月、家庭教師を申し込み、5日後に会社側から、講師決定の連絡があった。
「19歳の男性で、依田先生といいます。現在、東京大学教養学部2年に在籍しています。教科は、国数英理すべてを受け持っていただくことになりました」
娘のミキは、女性を希望していたが、叶わなかったようだ。
迎えた初日、私は仕事で不在だったが、評判は上々であった。
「すごくわかりやすかったよ! 顔も普通だったし、字はキレイだった」
「ちょっと迷ったみたいで遅れてきたけれど、会社からもらった地図が間違っていたから仕方ないよ。いい先生でよかった」
娘も夫も、好印象だったようだ。
私は、特に娘の反応を気にしていた。なにしろ異性の評価に厳しく、「キモい」「ウザい」「臭い」を連発するのだ。男性になった時点で、やる気をなくすタイプだったら困ると心配していたが、取り越し苦労だったらしい。
実は、イケメン過ぎても困ると思っていた。私が、先生見たさに仕事をサボりがちになって……ではなく、面食いの娘が変に意識して、かえって集中できなくなるかもしれない。
いずれにせよ、早くお目にかかりたかったけれども、まだ先の話だと思っていた。
心の準備ができぬまま、玄関のドアが開く。
小柄で、大きなバッグを肩から提げた青年が、外に出てきた。いや、青年というよりは、男の子といったほうが正しいかもしれない。パーカーにジーンズを組み合わせ、氷川きよしのような髪型をしている。彼がこちらを向いたとき、目が合った。
「こんばんは、依田先生ですか? ミキの母です。はじめまして」
すかさず話しかけると、明るい返事が返ってくる。
「はじめまして、依田です! 一生懸命がんばりますので、よろしくお願いします!」
少々高めの声で、はにかみながら挨拶する姿が新鮮だった。
キャー、カワイイッ!!
そのとき、オジさんが若い女性に惹かれる気持ちがよくわかった。だが、顔には出さないようにして、簡単な挨拶を交わし、「お気をつけて」と見送った。ここは、品よく振舞わなければ。
部屋では、娘が機嫌よく過ごしていた。
「すごいんだよ、先生は難しい問題でも、パパッって解いちゃうの。天才だよ」
「へー。さすが東大生」
「んで、ミキにやりかたを教えてくれるから、ちょっとは、できるようになってきたよ」
2月までの3カ月で、約36万円の授業料である。冬のボーナスが台無しだ。ちょっとどころか、かなりできるようになってもらわないと意味がない。
「でもね、今日は3時からだったのに、先生が勘違いして4時に来たの。時間は間違えるんだね」
難問はらくらく解けるのに、時間をミスる東大生というのも不思議である。
明日も、依田先生がやってくる。
早めに帰っちゃったりして~。
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「うつろひ~笹木砂希~」(日記)