今年、新規採用になった20代の職員が、二回り年下とわかったときは息子ができた気分になった。
「えっ、都立高を卒業したの? どこ?」
「K高校です」
「Kか、へえ~」
そこはトップクラスではないが、中堅校よりはレベルの高い学校である。道理で注意力はあるし、気の利く小僧……いや、息子だと一人頷いた。
そういえば、3校目で一緒に学年を組んだ先生が、K高校に異動したのだっけ。もしかして、教わったかもしれない。
「ねえ、数学のヤスオ先生っていなかった?」
「いました、いました。1年と2年のときの担任です」
「ええええ」
世間は狭いとはよくいうが、ここまでキツキツだとは驚いた。まさか担任だったとは。
「教え子が教員になるって、とても嬉しいことなんだよ。ヤスオ先生は知っているの?」
「いえ、卒業してからお会いしていないので、何もお知らせしていません」
「じゃあさ、メールしてみない? 私、アドレスわかるから」
「嫌がられませんかね。僕、好かれていた自信がないんですけど」
「大丈夫、大丈夫」
ヤスオさんは面倒くさがりだけど、自分の決めたルールには実に忠実な人だ。整理整頓を心がける、約束した時間を守る、だらしない服装をしないなど、血液型A型のイメージにピッタリな性質がある。加えて、すでに定年退職しているから、現役時代と違って時間はたっぷりあるはず。必ず返信をくれるはずだと予想していた。
「きっと、刺激の足りない毎日を過ごしているんだよ。そこに教え子から教員になりました、なんてメールが来たら、ぶっ飛んじゃうね」
加えて、その教え子がかつての同僚と同じ職場になっていたら、ますます興味をひかれるだろう。
「よし、私もメールするから、二人で送っちゃおう!」
「はあ、いいんですかね……」
息子はイマイチ気が進まないようだったが、素直に送信していた。私は5年前に一度、電話で同窓会の話をしている。気楽に気楽に、パソコンで10行ほどのメールを送信した。

2日ほどは何も音沙汰がなかったが、3日目に待ちかねた返信が届いていた。
「ふふふ、来た来た」
やはり、ヤスオさんは律儀な人だ。「手紙の返事を書かないと気持ち悪いんだよ」というタイプなのかもしれない。開いてみると、30行くらいの長編である。ズラズラズラッとスクロールする文字列の多さに、「うおっ」とのけぞりそうになった。
「笹木さん、お久しぶりです。私は今、○○高校で週に4日、時間講師をしています」といった近況報告から始まり、かつての生徒についても「マチダ君のことは、とてもよくおぼえています。教員志望だったので、夢が叶ったことをお祝いしたいです」と評していた。
好かれていないと感じた根拠は何だったのやら。ヤスオさんは損な性分である。
最後が少々重かった。
「マチダ君は将来の都立高を背負う有望な新人です。笹木さん、どうか、彼を立派に育て上げてください。私からの切なるお願いです」
「…………」
決して本人には言えないが、どえらいことを頼まれてしまったらしい。困った、どうしよう。
「笹木先生、ヤスオ先生から返信をいただきました」
困惑する私に気づく様子もなく、マチダ君が話しかけてきた。何か吹っ切れたような、爽やかな笑顔を浮かべていた。
「大作だったでしょ」
「はい、画面に収まり切れないほどの文字数で、読みごたえがありました」
「あはは」
おそらく、ヤスオさんはマチダ君に伝えたいことがたくさんあったに違いない。元担任として、最後の指導をしたかったのではと察する。大きな愛情と期待をこめて。
たぶん、私に関する情報も入っているだろう。きっと、こんな感じではないか。
「笹木さんは、あっちもこっちも抜けていて、全然頼りにならない人だから、君がしっかりフォローしてあげる必要があるよ」
いやあ、その通りです……。
以来、マチダ君が私の仕事を横取りするようになった気がする。

↑
クリックしてくださるとウレシイです♪
※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
「えっ、都立高を卒業したの? どこ?」
「K高校です」
「Kか、へえ~」
そこはトップクラスではないが、中堅校よりはレベルの高い学校である。道理で注意力はあるし、気の利く小僧……いや、息子だと一人頷いた。
そういえば、3校目で一緒に学年を組んだ先生が、K高校に異動したのだっけ。もしかして、教わったかもしれない。
「ねえ、数学のヤスオ先生っていなかった?」
「いました、いました。1年と2年のときの担任です」
「ええええ」
世間は狭いとはよくいうが、ここまでキツキツだとは驚いた。まさか担任だったとは。
「教え子が教員になるって、とても嬉しいことなんだよ。ヤスオ先生は知っているの?」
「いえ、卒業してからお会いしていないので、何もお知らせしていません」
「じゃあさ、メールしてみない? 私、アドレスわかるから」
「嫌がられませんかね。僕、好かれていた自信がないんですけど」
「大丈夫、大丈夫」
ヤスオさんは面倒くさがりだけど、自分の決めたルールには実に忠実な人だ。整理整頓を心がける、約束した時間を守る、だらしない服装をしないなど、血液型A型のイメージにピッタリな性質がある。加えて、すでに定年退職しているから、現役時代と違って時間はたっぷりあるはず。必ず返信をくれるはずだと予想していた。
「きっと、刺激の足りない毎日を過ごしているんだよ。そこに教え子から教員になりました、なんてメールが来たら、ぶっ飛んじゃうね」
加えて、その教え子がかつての同僚と同じ職場になっていたら、ますます興味をひかれるだろう。
「よし、私もメールするから、二人で送っちゃおう!」
「はあ、いいんですかね……」
息子はイマイチ気が進まないようだったが、素直に送信していた。私は5年前に一度、電話で同窓会の話をしている。気楽に気楽に、パソコンで10行ほどのメールを送信した。

2日ほどは何も音沙汰がなかったが、3日目に待ちかねた返信が届いていた。
「ふふふ、来た来た」
やはり、ヤスオさんは律儀な人だ。「手紙の返事を書かないと気持ち悪いんだよ」というタイプなのかもしれない。開いてみると、30行くらいの長編である。ズラズラズラッとスクロールする文字列の多さに、「うおっ」とのけぞりそうになった。
「笹木さん、お久しぶりです。私は今、○○高校で週に4日、時間講師をしています」といった近況報告から始まり、かつての生徒についても「マチダ君のことは、とてもよくおぼえています。教員志望だったので、夢が叶ったことをお祝いしたいです」と評していた。
好かれていないと感じた根拠は何だったのやら。ヤスオさんは損な性分である。
最後が少々重かった。
「マチダ君は将来の都立高を背負う有望な新人です。笹木さん、どうか、彼を立派に育て上げてください。私からの切なるお願いです」
「…………」
決して本人には言えないが、どえらいことを頼まれてしまったらしい。困った、どうしよう。
「笹木先生、ヤスオ先生から返信をいただきました」
困惑する私に気づく様子もなく、マチダ君が話しかけてきた。何か吹っ切れたような、爽やかな笑顔を浮かべていた。
「大作だったでしょ」
「はい、画面に収まり切れないほどの文字数で、読みごたえがありました」
「あはは」
おそらく、ヤスオさんはマチダ君に伝えたいことがたくさんあったに違いない。元担任として、最後の指導をしたかったのではと察する。大きな愛情と期待をこめて。
たぶん、私に関する情報も入っているだろう。きっと、こんな感じではないか。
「笹木さんは、あっちもこっちも抜けていて、全然頼りにならない人だから、君がしっかりフォローしてあげる必要があるよ」
いやあ、その通りです……。
以来、マチダ君が私の仕事を横取りするようになった気がする。

↑
クリックしてくださるとウレシイです♪
※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)