せっかくの土曜日だったが、近場にある区立中学のイベントに呼ばれたため、若手教員・村井君を連れて営業に行った。息子はいないけれど、親子に見えないこともない気がする。
「いやあ、反応悪いですね。もっとウチのPRをしないと、定員割れしますよ」
村井君は、3年前に着任してから継続して学校説明会などの仕事をしているから、今年来たばかりの私よりずっと手慣れている。その彼が危機感を持つとなると、のんびり構えているわけにいかないだろう。
「たしかに。もっと知名度を上げないと厳しいかもね」
村井君のつぶやきに同意し、体育館の時計を見た。もう正午か。
「さーて、本日の業務は終了しました、だね」
「雨も降っていませんよ」
「よし、じゃあ、お昼を食べていかない?」
私には、どこかに出かけたついでに、美味しいものを食べて帰ろうと考える習性がある。この中学の近くには、大勝軒いぶきという評判のいいラーメン屋があるはずだ。どうも、つけ麺がおススメらしい。
「だいしょうけんってお店が有名みたいよ」
「……あのそれ、たいしょうけんじゃ……」
しまった、読み方を間違えたか!
よくよく話を聞くと、村井君は筋金入りのラーメン通であった。大勝軒のことも知っていて、さっきまでの暗い顔はどこへやら、笑顔で「ぜひ行きましょう!」と返ってきた。
食べ歩きが大好きで、フレンチ、イタリアンから、たい焼き、ケーキ、パフェなどのスイーツに、鉄板焼き、寿司など、食べまくっている私であるが、つけ麺というジャンルにはめっぽう弱い。これまでの人生を振り返っても、食べた記憶はゼロだ。ここはひとつ、村井君の力を借りて、新たな道を開拓したい。
「思ったよりも行列が短いわね」
「5人しかいませんよ。余裕、余裕」
すかさず最後尾につく。店内には、カウンター席が7つあるそうだ。回転が速く、ちょっと待てば、昼食にありつける予感がした。
「笹木先生は、よくラーメンを食べられるんですか」
「いや、そうでもないけど、たまに無性に食べたくなるの」
「わかります! 僕は毎日でも食べたいけれど、健康のために週イチぐらいにしてるんです」
週イチでも多いような気が……。うーん。
「何か、喉が渇いたね。ビールがあるって書いてあったよ」
「いや、僕はいいです。アルコールが入ると、スープの味がわからなくなっちゃうもので」
「そういうもの?」
「はい。味に慣れるまでは、胡椒なんかもかけません」
本格的ですな。私も見習わなくては。
しゃべっていたら、列が徐々に進み、そろそろという段階になった。
「お待たせしました、お席にどうぞ」
待つこと15分間、やっと順番が回ってきた。念願の「特つけめん」を注文し、かなりホッとする。
「お水です」
村井君が、素早くセルフサービスの水を注いでくれた。そういうシステムになっていたのか。
「これ見てください」
「なになに、わりスープ?」
「食べ終わったあと、麺つゆを薄めて飲むことができるんです。お腹に余裕があったら頼みましょう」
「はーい」
カウンターは面白い。まだ30代とおぼしき店主が、リズミカルに調理している様子に見とれてしまい、待ち時間も苦にならなかった。
「特つけめん、2つです」
ドーンと目の前に丼が置かれた。正直いって「あれれ?」という印象だ。チャーシューらしきものは見えるが、他はどこにあるのだろう。
「ねえ、麺は? 海苔は?」
「このあとです。まずはスープが出てきました」
丼を触ってみると温かい。つけ麺は、冷たいつゆで食べるのかと誤解していた。
「はい、こちらが300g、こちらが200gです」
やっと麺が登場した。300gを平らげる女性も珍しくないようだが、血糖値も総コレステロール値も高い身としては、200gで十分。
「いっただきまーす」
麺にコシがある。魚系のダシが引き立つスープにつけ、ツルツルすすると、今まで味わったことのない丸い丸い味がした。どこにも尖ったところがなく、麺や醤油、脂などが手をつないで、和やかに30人31脚をしているようなイメージだ。猛スピードで駆け抜けたりはしない。ほどよい速さで無理なく足並みを揃え、次から次へと何組もゴールを決めていく。
「うまい……」
隣から小さな声が聞こえた。見ると、村井君が瞑想するような表情で、静かに麺をすすっていた。アルコールも香辛料もご法度なのだから、おしゃべりも同様であろう。並んで黙々と口を動かし、シコシコ麺とまろやかスープのコラボを楽しむ時間となる。
チャーシューは厚みといい、大きさといい、食べごたえがあった。かといって、硬いわけでもなく、肉の主張をしながら、30人31脚に飛び込んできた。海苔やメンマも旗を振り、応援に余念がない。このチームワークの巧みさには舌を巻く。余分なものも、足りないものもない美味しさであった。
「わりスープ、頼みます?」
先に食べ終わっていた村井君に促され、割ってもらうことにした。
村井君は全部を飲み干したが、割っても結構味が濃くて、私は半分ほどで断念した。もっと麺と絡めて減らすべきだったのか。店主は心が広いようで、下げた丼の中身を見て嫌な顔もせず、笑顔で「ありがとうございました!」と挨拶してくれた。
テーブルの上に、ふきんもあったようだ。村井君が私たちの席を拭き始め、キレイになったところで店を出た。
「お疲れ様でした。失礼します」
明るい表情の村井君と別れ、ひとり頭の中を整理する。
たしかに、特つけめんは美味だった。
でも、食べるだけでなく、誰もが気持ちよく店を利用できるよう、客自らが気を配る。これがラーメン店の流儀なのか。
気づいて、新たな分野を開拓した喜びが倍増した。
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「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
「いやあ、反応悪いですね。もっとウチのPRをしないと、定員割れしますよ」
村井君は、3年前に着任してから継続して学校説明会などの仕事をしているから、今年来たばかりの私よりずっと手慣れている。その彼が危機感を持つとなると、のんびり構えているわけにいかないだろう。
「たしかに。もっと知名度を上げないと厳しいかもね」
村井君のつぶやきに同意し、体育館の時計を見た。もう正午か。
「さーて、本日の業務は終了しました、だね」
「雨も降っていませんよ」
「よし、じゃあ、お昼を食べていかない?」
私には、どこかに出かけたついでに、美味しいものを食べて帰ろうと考える習性がある。この中学の近くには、大勝軒いぶきという評判のいいラーメン屋があるはずだ。どうも、つけ麺がおススメらしい。
「だいしょうけんってお店が有名みたいよ」
「……あのそれ、たいしょうけんじゃ……」
しまった、読み方を間違えたか!
よくよく話を聞くと、村井君は筋金入りのラーメン通であった。大勝軒のことも知っていて、さっきまでの暗い顔はどこへやら、笑顔で「ぜひ行きましょう!」と返ってきた。
食べ歩きが大好きで、フレンチ、イタリアンから、たい焼き、ケーキ、パフェなどのスイーツに、鉄板焼き、寿司など、食べまくっている私であるが、つけ麺というジャンルにはめっぽう弱い。これまでの人生を振り返っても、食べた記憶はゼロだ。ここはひとつ、村井君の力を借りて、新たな道を開拓したい。
「思ったよりも行列が短いわね」
「5人しかいませんよ。余裕、余裕」
すかさず最後尾につく。店内には、カウンター席が7つあるそうだ。回転が速く、ちょっと待てば、昼食にありつける予感がした。
「笹木先生は、よくラーメンを食べられるんですか」
「いや、そうでもないけど、たまに無性に食べたくなるの」
「わかります! 僕は毎日でも食べたいけれど、健康のために週イチぐらいにしてるんです」
週イチでも多いような気が……。うーん。
「何か、喉が渇いたね。ビールがあるって書いてあったよ」
「いや、僕はいいです。アルコールが入ると、スープの味がわからなくなっちゃうもので」
「そういうもの?」
「はい。味に慣れるまでは、胡椒なんかもかけません」
本格的ですな。私も見習わなくては。
しゃべっていたら、列が徐々に進み、そろそろという段階になった。
「お待たせしました、お席にどうぞ」
待つこと15分間、やっと順番が回ってきた。念願の「特つけめん」を注文し、かなりホッとする。
「お水です」
村井君が、素早くセルフサービスの水を注いでくれた。そういうシステムになっていたのか。
「これ見てください」
「なになに、わりスープ?」
「食べ終わったあと、麺つゆを薄めて飲むことができるんです。お腹に余裕があったら頼みましょう」
「はーい」
カウンターは面白い。まだ30代とおぼしき店主が、リズミカルに調理している様子に見とれてしまい、待ち時間も苦にならなかった。
「特つけめん、2つです」
ドーンと目の前に丼が置かれた。正直いって「あれれ?」という印象だ。チャーシューらしきものは見えるが、他はどこにあるのだろう。
「ねえ、麺は? 海苔は?」
「このあとです。まずはスープが出てきました」
丼を触ってみると温かい。つけ麺は、冷たいつゆで食べるのかと誤解していた。
「はい、こちらが300g、こちらが200gです」
やっと麺が登場した。300gを平らげる女性も珍しくないようだが、血糖値も総コレステロール値も高い身としては、200gで十分。
「いっただきまーす」
麺にコシがある。魚系のダシが引き立つスープにつけ、ツルツルすすると、今まで味わったことのない丸い丸い味がした。どこにも尖ったところがなく、麺や醤油、脂などが手をつないで、和やかに30人31脚をしているようなイメージだ。猛スピードで駆け抜けたりはしない。ほどよい速さで無理なく足並みを揃え、次から次へと何組もゴールを決めていく。
「うまい……」
隣から小さな声が聞こえた。見ると、村井君が瞑想するような表情で、静かに麺をすすっていた。アルコールも香辛料もご法度なのだから、おしゃべりも同様であろう。並んで黙々と口を動かし、シコシコ麺とまろやかスープのコラボを楽しむ時間となる。
チャーシューは厚みといい、大きさといい、食べごたえがあった。かといって、硬いわけでもなく、肉の主張をしながら、30人31脚に飛び込んできた。海苔やメンマも旗を振り、応援に余念がない。このチームワークの巧みさには舌を巻く。余分なものも、足りないものもない美味しさであった。
「わりスープ、頼みます?」
先に食べ終わっていた村井君に促され、割ってもらうことにした。
村井君は全部を飲み干したが、割っても結構味が濃くて、私は半分ほどで断念した。もっと麺と絡めて減らすべきだったのか。店主は心が広いようで、下げた丼の中身を見て嫌な顔もせず、笑顔で「ありがとうございました!」と挨拶してくれた。
テーブルの上に、ふきんもあったようだ。村井君が私たちの席を拭き始め、キレイになったところで店を出た。
「お疲れ様でした。失礼します」
明るい表情の村井君と別れ、ひとり頭の中を整理する。
たしかに、特つけめんは美味だった。
でも、食べるだけでなく、誰もが気持ちよく店を利用できるよう、客自らが気を配る。これがラーメン店の流儀なのか。
気づいて、新たな分野を開拓した喜びが倍増した。
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