マイケル・ムーア監督、
『シッコ』、8/25、Tジョイ久留米にて鑑賞。
ムーアの前作『華氏911』を指して、ドキュメンタリーとして内容が偏っているからダメだ、そんなレビューを書いている人がいました。
何アホなことをいってるんですか、といいたいです。
元々ドキュメンタリーというのは公平なものでも何でもなく、内容は偏っているものなんです。
大自然の素晴らしさをテーマとするドキュメンタリーで、物質文明の利便性を説く馬鹿がどこにいるっていうんでしょう?
ドキュメンタリーはすべからく内容が偏るべし、です。
とはいえ、『華氏911』がドキュメンタリーとして優れているかというと正直首をひねらざるを得ません。
その理由は一言で言うと彼が作品の前面に出すぎているからです。でしゃばり過ぎています。
例えばアザラシの子供が北極グマに襲われるシーンがあったとして、アザラシの子供が可哀相だからという理由で撮影スタッフが北極グマを追い払ったとしたらどうでしょう?
観ている側としては興醒めするばかりで、感動もへったくれもありゃしません。
ドキュメンタリーにおいて、アザラシの子供が北極グマに襲われたとしたら、カメラはただひたすらアザラシの子供が食い殺される様を追わなければならないのです。
『華氏911』の中でイラク戦争で子供を亡くした母親が泣き崩れるシーンがあります。思わず彼女の元に駆け寄るムーア。
人として、この行動は正しいです。絶対的に正しい。ただし、ジャーナリストとしてはそうではない。
ドキュメンタリーであれば、カメラはただ冷酷に泣き崩れる母親の姿を撮り続けなければならない。
そうでないと視聴者は母親の泣き崩れる姿に何かしら思うことがあったとしても、ムーアが駆け寄った時点でそれが停止してしまうからです。
あのお母さんは可哀相だな、でもまぁムーアが何とかするのだろう、そう考えてしまいます。
それじゃダメなんですよ。
あのお母さんは可哀相だな、もしそばにいたら自分がその手を握って励ましてあげるのに、というふうに持って行かないと。
そんな感じでムーアが全面的に出張るので、『華氏911』は扱っている題材はきわめてタイムリーながら、ムーアのでしゃばり感ばかりが鼻につき、観ている側に何かを訴える、そして考えさせる力が弱いのだと思います。
その結果(というには些か酷ですが)、ブッシュは再選し、イラク戦争は継続し、日本はいまだに押し込み強盗の見張り役みたいな役目を押し付けられているのです。
ムーアもその轍を踏まないように反省したのか、これまでの作品では見られないぐらい態度が控えめで、前半は顔すら見せないほどです。
そのせいか、本作はドキュメンタリーとして非常に上出来で、アメリカの医療制度はこのままでいいの?と思わずにはいられません。
アメリカの医療制度といいましたが、本作で取り上げられる健康保険に関する問題は日本人にとって他人事ではなく、むしろ超高齢化社会を迎え、国民健康保険の根幹が揺らいでいる現在、本作は日本人必見といってよいのではないでしょうか。