Dr.エイブラハム・ジェイコムズの独白からお読みください。
アイリーン・キャンベルの懺悔
あぁ、神様!!
私は罪を犯しました。
私はDr.ジェイコムズの飼っていたウサギのブライアンをDrの元から盗み出したのです。
あ、いえ、よく考えると違いました。盗んだのではありません。正確には盗んだのではなく連れ出したのです。
だって、それを望んだのはブライアン自身なのですから。私自身にはブライアンを盗む理由なんてありませんもの。
Drが研究室でウサギを飼っていることはもちろん知ってました。そのウサギの名前がブライアンだということも。
でもブライアンが特別なウサギだなんて知りませんでした。本当です。嘘なんかじゃありません。だから私にはブライアンを盗む理由なんてないのです。
あの日、Drの外出中にゲージの外にブライアンがいるのを見つけて「大変!」と思いました。
ブライアンをゲージの外に出したのは私じゃありません。ゲージの扉の鍵をかけ忘れたのも。
でもDrの外出中に研究室の中で何か粗相があれば、それは私のせいになるに違いない、そう思いました。
「おいで、いい子だからこっちへおいで」
私はそう言いながらゆっくりとブライアンに近づきました。ゆっくりと近づきながら恐る恐る手を伸ばして、捕まえた!!そう思った瞬間、ブライアンは私の手をすり抜けました。
それから時間にして十分ほどでしょうか、ブライアンと私は追いかけっこを繰り広げました。
たった十分ほどの追いかけっこでしたが私はくたくたに疲れ果てました。
私はウサギを飼ったことなどありませんし、生態にも詳しくありませんが、これだけは断言出来ます。
ブライアンは世界で一番捕まえにくいウサギである、と。
単にすばしっこいってだけじゃないんです。まるでこちらが次にどのように動くかがわかっているかのように逃げるんです。
気がつくとブライアンはDr愛用の年代物のデスクトップのパソコンの前にちょこんと座っていました。
これはいよいよいけない!
単に研究室を逃げ回っただけでなく、万が一にもパソコンの中のデータが消える羽目になったら、私は首になるだけじゃなく、Drに殺されてしまうかもしれません。
お願い、お願いだから動かないで…。
私の願いも空しくブライアンはプイと顔を背けると、その鼻先で器用にキーボードの起動キーを、続けてアルファベットのキーを五回押しました。
するとモニターに【HELLO】の文字が浮かびました。
インターネットでピアノを弾いている犬の動画を見たことがあります。ピアノを弾いていると言っても鍵盤を適当に叩いているだけでメロディを奏でているわけではありませんでした。
ウサギが適当にパソコンのキーボードのキーを五回押して、それが【HELLO】という単語になりうる可能性はどれぐらいだろう、私はへたりこみながら考えました。
しかしそれが偶然でないことはすぐにわかりました。
さらに続けてモニターに【IRENE】と浮かんだからです。
私は結局私のアパートメントにブライアンを連れ帰りました。
そうしたのはブライアンに説得されたからですが、しかしあの時の私は目の前で起こった非現実的な出来事のせいでとても精神状態がまともだったとは言い難く、時間が経つにつれてとんでもないことをしてしまったと思うようになりました。
でも今さらブライアンをDrに引き渡す気にはなれません。
何といってもブライアン自身がDrの元から逃げ出すことを望んだのですから。
それにしてもブライアンはどうしてDrの元から逃げ出すことにしたのでしょうか。
そのことを尋ねてもブライアンは答えてくれません。
もしかしたらブライアンはDrから虐待を受けていたのでしょうか。それとも何か新たなる実験の被検体にしようとしていたのでしょうか。
私はどうすればいいのでしょうか。
神様、どうか良い知恵をお授けください。
ブライアンの述懐に続く