(その6からのつづきです。でも未読の方はよかったらその1から読んでください。)
「私の家は代々医者をやっていて、父も母も二人の兄もみんな医者なんです。当然のように私も医者になることを期待されて、私自身それを望んでいたはずなんですが、今年も大学の医学部に落ちてしまって・・・。家にはもう、私の居場所なんてないんです・・・。ダメですね、言葉にするとすごく陳腐で。私の置かれている状況はもっと深刻だったはずなのに」
男はゆっくりと息を吐き出すと感慨深げに言った。
「そういうものですよ。人が自ら死を選ぶ理由なんて、他人からすれば、どうしてそんな理由で死んじゃったんだろうって思えるものばかりです」
手の甲で涙を拭いながら、ふと気になって私は尋ねた。
「そういうあなたはなぜ死んでしまったんですか?」
突然話を振られて男はエッというふうに目を丸めた。
「わ、私、ですか?私の自殺の動機なんて、そんなの、ど、どうでもいいじゃないですか」
実のところそれほど知りたいわけではなかったのだけれど、私は男のうろたえぶりが面白くてついつい重ねて聞いた。
「そんな、隠さなくたっていいじゃないですか。教えてくださいよ」
「か、勘弁してください。自分が死んだ理由なんて、恥ずかしくて言えません。言いふらされでもしたら敵わないし」
「私は言いませんよ!それに私の方は死のうとした理由、あなたに今言っちゃいましたよ!」
「死のうとした理由を言えだなんて、そんなこと、私は一言も言ってないじゃないですか!それから、私のことなら心配しなくても大丈夫ですよ。だって・・・」
「だって?」
「昔からいうじゃないですか、『死人に口なし』って」
男の下手な冗談に、私はついプッと吹き出してしまった。笑いがこみ上げてきて止まらなかった。こんなに笑ったのはいつぐらいぶりだろう?
「そんなにおかしいことを言いました?」
「いえ、そんなことはないのですけれど」
私はスカートについた砂を払いながら立ち上がった。
「とりあえず、帰ることにします。今度は無事に、帰してくれますよね?」
私が念を押すように尋ねると、もちろんですよ、と男は笑いながら請け負った。
「戻ったら、スガノさんのバイト先に行ってみようと思います。でも告白とか、相談とか、特別なことをするつもりはないですけど」
男は、ウンウンと頷いた。
「それでいいと思いますよ」
「また、ここに来てもいいですか?」
私がそう聞くと、男は急に真面目な顔になって首を横に振った。
「ダメです」
「え、どうして?」
「どうしてって一度自殺を思いとどまらせた人をもう一度思いとどまらせても人数にカウントされないんです。そういう決まりらしくて」
男の言葉に私は苦笑した。
「別に飛び降りに来るわけではありません」
「あぁ、何だ、そうなんですか」
「そうですよ」
「来るのは構いませんが、会えるかどうかはわかりませんよ」
「どうしてですか」
「どうしてっていわれても・・・、条件が揃わないと姿を見せるわけにはいかないのです」
「つれないんですね」
私がそう言うと、男はさも意外そうな顔をした。
「知らなかったんですか?幽霊ってそういうものなんですよ」
男は破顔一笑し、私もつられて笑った。
そのとき一陣の強い風が吹いて、私は思わず目を閉じてしまった。
目を開けるとそこにはもう誰もいなかった。まるで初めから誰もいなかったかのように、ただ見晴らしのよい風景が広がっていた。
「また、来ますね」
名も知らぬ幽霊にそう別れを告げると、私は断崖を後にした。
おわり。
「私の家は代々医者をやっていて、父も母も二人の兄もみんな医者なんです。当然のように私も医者になることを期待されて、私自身それを望んでいたはずなんですが、今年も大学の医学部に落ちてしまって・・・。家にはもう、私の居場所なんてないんです・・・。ダメですね、言葉にするとすごく陳腐で。私の置かれている状況はもっと深刻だったはずなのに」
男はゆっくりと息を吐き出すと感慨深げに言った。
「そういうものですよ。人が自ら死を選ぶ理由なんて、他人からすれば、どうしてそんな理由で死んじゃったんだろうって思えるものばかりです」
手の甲で涙を拭いながら、ふと気になって私は尋ねた。
「そういうあなたはなぜ死んでしまったんですか?」
突然話を振られて男はエッというふうに目を丸めた。
「わ、私、ですか?私の自殺の動機なんて、そんなの、ど、どうでもいいじゃないですか」
実のところそれほど知りたいわけではなかったのだけれど、私は男のうろたえぶりが面白くてついつい重ねて聞いた。
「そんな、隠さなくたっていいじゃないですか。教えてくださいよ」
「か、勘弁してください。自分が死んだ理由なんて、恥ずかしくて言えません。言いふらされでもしたら敵わないし」
「私は言いませんよ!それに私の方は死のうとした理由、あなたに今言っちゃいましたよ!」
「死のうとした理由を言えだなんて、そんなこと、私は一言も言ってないじゃないですか!それから、私のことなら心配しなくても大丈夫ですよ。だって・・・」
「だって?」
「昔からいうじゃないですか、『死人に口なし』って」
男の下手な冗談に、私はついプッと吹き出してしまった。笑いがこみ上げてきて止まらなかった。こんなに笑ったのはいつぐらいぶりだろう?
「そんなにおかしいことを言いました?」
「いえ、そんなことはないのですけれど」
私はスカートについた砂を払いながら立ち上がった。
「とりあえず、帰ることにします。今度は無事に、帰してくれますよね?」
私が念を押すように尋ねると、もちろんですよ、と男は笑いながら請け負った。
「戻ったら、スガノさんのバイト先に行ってみようと思います。でも告白とか、相談とか、特別なことをするつもりはないですけど」
男は、ウンウンと頷いた。
「それでいいと思いますよ」
「また、ここに来てもいいですか?」
私がそう聞くと、男は急に真面目な顔になって首を横に振った。
「ダメです」
「え、どうして?」
「どうしてって一度自殺を思いとどまらせた人をもう一度思いとどまらせても人数にカウントされないんです。そういう決まりらしくて」
男の言葉に私は苦笑した。
「別に飛び降りに来るわけではありません」
「あぁ、何だ、そうなんですか」
「そうですよ」
「来るのは構いませんが、会えるかどうかはわかりませんよ」
「どうしてですか」
「どうしてっていわれても・・・、条件が揃わないと姿を見せるわけにはいかないのです」
「つれないんですね」
私がそう言うと、男はさも意外そうな顔をした。
「知らなかったんですか?幽霊ってそういうものなんですよ」
男は破顔一笑し、私もつられて笑った。
そのとき一陣の強い風が吹いて、私は思わず目を閉じてしまった。
目を開けるとそこにはもう誰もいなかった。まるで初めから誰もいなかったかのように、ただ見晴らしのよい風景が広がっていた。
「また、来ますね」
名も知らぬ幽霊にそう別れを告げると、私は断崖を後にした。
おわり。