「おもしろいからに決まってるじゃん!」
『ライトノベルめった斬り!』という本の中で、二人して気勢をあげたのは、翻訳家の大森望さんと書評家の三村美衣さんであった。
ライトノベルといえば、その発行部数や売り上げにもかかわらず、出版業界からはまったくといっていいほど無視されているジャンルである。
正直なところ、私自身も中学生のころ
水野良『ロードス島戦記』
松枝蔵人『聖エルザクルセイダーズ』
なんかを読んだこともあるけど、それ以降はとんとご無沙汰だったが、
秋山瑞人『猫の地球儀』
古橋秀之『ある日、爆弾が落ちてきて』
あたりを読んでから偏見が解けた。
かつて日活ロマンポルノで
「濡れ場があれば、あとは何してもいい」
という自由さを逆手にとって、多くの映画監督が才能を発揮したように、
「美少女さえ出せば、あとは何をしてもいい」
ところから、日本出版界で冷遇されていた「SF」を復活させたのが、ライトノベルの果たした大きな仕事であり、そこから「あり」になった。
『涼宮ハルヒ』なんて、どこにも書いてないけど、あれ完全無欠に学園SFやん!
以来、SF好きとしては「ラノベあなどりがたし」とカブトの緒をしめることとなったんである。
そんなラノベというと、まだまだその地位は低いようで(まあ、『スタージョンの法則』がこれほどあてはまるジャンルもないので、しょうがない面もありますが)、話題に出すと、かならずこう訊かれることとなる。
「なんで、いい大人がライトノベルなんか読んでるんですか?」
それに対するお二人の答えが、冒頭の一文である。
おもしろいからに決まっている。
そらそうだ。いったい質問者は、これ以外のどういった回答を期待しているのであろうか。
なんてことを読みながら考えたのだが、そこで思い出したのが、昔ヨーロッパを旅行したとき、パリのユースホステルで出会ったヨリコちゃんという旅行者のことだった。
サン・ミッシェルにあるそのユースは、日本のガイドブックでも紹介されていたということもあって、日本人旅行者が多く滞在していた。
なると必然、同胞同士仲良くなって、6、7人くらいのグループになることもある。
ふだんは人見知りだが、旅先では
「恥はかき捨て」
とばかりに、やたらと社交的になる私は、もちろんのこと、そういった集まりにお邪魔することとなる。
そこにいたのが、ヨリコちゃんであった。
仲良くなった我々は、みなでパリの街を観光した。
ワイワイいいながら、エッフェル塔や凱旋門などを見て、ソルボンヌにあるギリシャ食堂で羊の焼き肉に舌鼓を打ったりした。
中でも、私が親しんだのはヨリコちゃんだった。
彼女はショートカットで、日焼けして手足がひょろ長く、一見すると男の子みたいに見えた。
話を聞くと、カメラマンを目指しているらしく、世界各国を旅して写真を撮っては、雑誌に持ちこみをしているが、それだけだと全然食べられない。
なもんで、せっせとアルバイトして、重い機材をかついで世界を経めぐっているのだという。
今回の旅はロンドンから出発して東進し、陸路で日本まで帰るという大旅行をはじめたばかりとのこと。
パリを通過して、ヨーロッパを駆けぬけ、トルコ、イラン、パキスタンを経由し、インドに向かう。
ゴールは上海。
バックパッカーの大きな夢のひとつに「ユーラシア横断」というのがあるが、彼女はその途上にあったのだ。
「いいなあ、いいなあ」と私がうらやましがると、彼女は
「いいでしょ、いいでしょ、仕事とか学校とかやめて、ついて来たくなるでしょ。でも、ムリなんだよねえ」
えへへと笑って、イヤなことを言うのである。
ちぇ、財布でも盗まれろ! というのはちょっと悪いから、インドで食べるカレーがちょっと辛すぎろ、この自由人め!
そんな風に、ヨリコちゃんと私は旅の話題ですっかり意気投合してしまったわけだが、うち解けた気安さで、
「歳、いくつなん?」
と訊いてみると、
「えっとね、29」
29歳。
これにはちょっと驚かされた。その少年っぽい見た目から、てっきり年下(当時の私から見て)だとばかり思っていたからだ。
失礼な質問も、その思いこみのせいである。
そうか、お姉さんだったのか。人は見かけによらないもんだ。
と、そこに、「あのー、ちょっといいですか」との声が割って入ってきた。
声の主は、ショウコちゃんという女の子であった。
ここにいるみなと同じく、ユースホステルで知り合った、まだ20歳の学生さん。
彼女はしばらく我々のおしゃべりを聞いていたらしいのだが、そこで
「ヨリコさんに、聞きたいことがあるんですけど」
「ん?」と、フレンドリーな表情で応えるヨリコちゃんに、ショウコちゃんは不思議そうな顔で、
「あのー、ヨリコさんって、将来のアテもないのに、なんでそんなことしてんですか?」
(続く→こちら)