「これはテロとの戦いだ!」
そんな声をあげながら私に襲いかかってきたのは、友人ショウテンザカ君であった。
テロとの戦い。9.11、ニューヨーク同時多発テロが起こったとき、ブッシュ大統領はこう気勢をあげながらアフガン空爆を開始した。
そこからも、世界では悲惨なニュースが盛んに報じられているが、それにしても突然の攻撃に私はうろたえた。
いったい彼はなにをもって私をテロルと結びつけるのか。私がやったことのある破壊工作なんて、せいぜいが「ワリカンのときに端数の小銭をごまかす」程度の経済テロである。
そんな小事で宣戦布告など、まさにアメリカが泥沼のイラク戦争に足をつっこんだときと寸分たがわぬ愚かさだ。人は歴史からは学べないのかと、チョークスリーパーで顔を紫色にしながら友に問うならば、
「この夜食テロリストめ! ダイエット中のオレ様の前で、お好み焼きとかカレーの話をするな、この卑劣な悪魔!」。
夜食テロ。
と言われて、にわかにピンとこなかったのは、私がネットスラングの類にくわしくないからだが、調べてみると、
「夜間に美味しそうな食物の画像を掲示することにより飢餓感を煽るテロリズムのこと」
ということらしい。
定義がわかったところで、ここに「戦い」の経緯を振り返ると、うちに遊びに来たショウテンザカ君とぼんやりテレビを見ていたところ、休日のことで、やたらと「食べ歩きロケ」的番組をやっていたのだ。
そのとき、友がイヤそうな表情をしたところで、こちらもなにかを感じるべきだったのだろうが、根がボーっとした私はそれを見ながら、「うまそうやなあ」などといったコメントをし、そこからゆかいなトークのつもりで、
「お好み焼きってなにが好き? オレ、シンプルなんより、そば入りのモダン焼き」
「ココイチ行ったら、トッピングになにのせる? オレはチーズかクリームコロッケ。カツカレーって、カツの量とくらべてカレー汁が少なすぎて食べにくいよな」。
「チョコってさあ、オレも好きで外国でもベルギーとかのんも食べたけど、結局コスパでいえば明治のミルクチョコになるねんなあ」
なんて話を展開していったところ、友の怒りをかい、ついには「NATO空爆開始」とあいなったわけである。
いやそんな、あんたがダイエット中とか知らんがな!
まあ、たしかに減量のため食事を制限しているところ、能天気に
「夜中に食う『ポテトチップス うすしお味BIGサイズ』って、不健康でうまいんやなあ。コーラかファンタオレンジでさ」
みたいな話をされたら、「お前を殺してオレも死ぬ!」ってな気持ちになりますが、なるほどそれが「夜食テロ」か。ひとつ勉強になった。
いわれてみれば、まさに「テロ」のごとく、たまたま手に取ったマンガや小説なんかから触発されて、矢も楯もたまらずにスーパーやコンビニに走るということは、ままあるもの。
パッと思いついたのは、沢木耕太郎さんの『深夜特急』。
この本でテーマになる「旅」は貧乏旅行なので、グルメなシーンは特になく、そもそも沢木さんは食自体にさほど興味もなさげなんだけど、その中でひとつ食欲を刺激されるのが、ギリシャで食べたサンドイッチ。
ギリシャのテサロニキで朝、長かったアジアの旅から、ついに舞台がヨーロッパに突入したことに感じ入りながら、主人公である「私」は屋台でサンドイッチを買う。
それがわれわれの想像する、食パンにハムや卵をはさんだものとちがって、羊の肉を焼き、それをレタスと一緒にクレープ風のパンで巻く、かなりボリュームあるもの。
冬のギリシャで、寒さに震えながらビールとともにそのあたたかいサンドをいただいた沢木さんは、空腹もあって、そのうまさに感動。
思わずその場でおかわりを注文し、屋台の世話をやいている少年にビックリされるというシーンがあるのだ。
私はこの場面にさしかかると、特に寒い日などは無性にこのサンドイッチが食べたくなり、家でもだえることとなる。
なにげない一場面で、特に『深夜特急』ファンに語られるようなところでもないのだが、なぜか胃袋を刺激される。
まさに意表をつかれたという意味では「テロ」であった。しかも、羊肉サンドなんて、食べたくなってもどこで買えばええんや!
嗚呼、これは困った。テロとの戦いには、軍隊を出撃させればいいが、夜食テロとの戦いでコンビニが頼れないとなれば、どうすればいいのか。
まさに、ビンラディンにおとらない「見えない敵」だ。なんというおそろしさか。欲をあおってハシゴをはずす。高めるだけ高めて、やらずぶったくり。
まさに非人道的なテロリストの所業ではないか!
こうして私は今日も『不思議の国のアリス』を読んでマーマレードを買いに行ったり、ウーヴェ・ティム『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』を読んでベルリン風ケチャップ入りカレーソース作りに挑戦したり、大島弓子先生のマンガを読んで朝食を「ミルクにパンにコロッケにりんご」にしたり。
こうして終わりなきテロとの戦いを続け、日本は平和でなによりである。
(続く→こちら)
そんな声をあげながら私に襲いかかってきたのは、友人ショウテンザカ君であった。
テロとの戦い。9.11、ニューヨーク同時多発テロが起こったとき、ブッシュ大統領はこう気勢をあげながらアフガン空爆を開始した。
そこからも、世界では悲惨なニュースが盛んに報じられているが、それにしても突然の攻撃に私はうろたえた。
いったい彼はなにをもって私をテロルと結びつけるのか。私がやったことのある破壊工作なんて、せいぜいが「ワリカンのときに端数の小銭をごまかす」程度の経済テロである。
そんな小事で宣戦布告など、まさにアメリカが泥沼のイラク戦争に足をつっこんだときと寸分たがわぬ愚かさだ。人は歴史からは学べないのかと、チョークスリーパーで顔を紫色にしながら友に問うならば、
「この夜食テロリストめ! ダイエット中のオレ様の前で、お好み焼きとかカレーの話をするな、この卑劣な悪魔!」。
夜食テロ。
と言われて、にわかにピンとこなかったのは、私がネットスラングの類にくわしくないからだが、調べてみると、
「夜間に美味しそうな食物の画像を掲示することにより飢餓感を煽るテロリズムのこと」
ということらしい。
定義がわかったところで、ここに「戦い」の経緯を振り返ると、うちに遊びに来たショウテンザカ君とぼんやりテレビを見ていたところ、休日のことで、やたらと「食べ歩きロケ」的番組をやっていたのだ。
そのとき、友がイヤそうな表情をしたところで、こちらもなにかを感じるべきだったのだろうが、根がボーっとした私はそれを見ながら、「うまそうやなあ」などといったコメントをし、そこからゆかいなトークのつもりで、
「お好み焼きってなにが好き? オレ、シンプルなんより、そば入りのモダン焼き」
「ココイチ行ったら、トッピングになにのせる? オレはチーズかクリームコロッケ。カツカレーって、カツの量とくらべてカレー汁が少なすぎて食べにくいよな」。
「チョコってさあ、オレも好きで外国でもベルギーとかのんも食べたけど、結局コスパでいえば明治のミルクチョコになるねんなあ」
なんて話を展開していったところ、友の怒りをかい、ついには「NATO空爆開始」とあいなったわけである。
いやそんな、あんたがダイエット中とか知らんがな!
まあ、たしかに減量のため食事を制限しているところ、能天気に
「夜中に食う『ポテトチップス うすしお味BIGサイズ』って、不健康でうまいんやなあ。コーラかファンタオレンジでさ」
みたいな話をされたら、「お前を殺してオレも死ぬ!」ってな気持ちになりますが、なるほどそれが「夜食テロ」か。ひとつ勉強になった。
いわれてみれば、まさに「テロ」のごとく、たまたま手に取ったマンガや小説なんかから触発されて、矢も楯もたまらずにスーパーやコンビニに走るということは、ままあるもの。
パッと思いついたのは、沢木耕太郎さんの『深夜特急』。
この本でテーマになる「旅」は貧乏旅行なので、グルメなシーンは特になく、そもそも沢木さんは食自体にさほど興味もなさげなんだけど、その中でひとつ食欲を刺激されるのが、ギリシャで食べたサンドイッチ。
ギリシャのテサロニキで朝、長かったアジアの旅から、ついに舞台がヨーロッパに突入したことに感じ入りながら、主人公である「私」は屋台でサンドイッチを買う。
それがわれわれの想像する、食パンにハムや卵をはさんだものとちがって、羊の肉を焼き、それをレタスと一緒にクレープ風のパンで巻く、かなりボリュームあるもの。
冬のギリシャで、寒さに震えながらビールとともにそのあたたかいサンドをいただいた沢木さんは、空腹もあって、そのうまさに感動。
思わずその場でおかわりを注文し、屋台の世話をやいている少年にビックリされるというシーンがあるのだ。
私はこの場面にさしかかると、特に寒い日などは無性にこのサンドイッチが食べたくなり、家でもだえることとなる。
なにげない一場面で、特に『深夜特急』ファンに語られるようなところでもないのだが、なぜか胃袋を刺激される。
まさに意表をつかれたという意味では「テロ」であった。しかも、羊肉サンドなんて、食べたくなってもどこで買えばええんや!
嗚呼、これは困った。テロとの戦いには、軍隊を出撃させればいいが、夜食テロとの戦いでコンビニが頼れないとなれば、どうすればいいのか。
まさに、ビンラディンにおとらない「見えない敵」だ。なんというおそろしさか。欲をあおってハシゴをはずす。高めるだけ高めて、やらずぶったくり。
まさに非人道的なテロリストの所業ではないか!
こうして私は今日も『不思議の国のアリス』を読んでマーマレードを買いに行ったり、ウーヴェ・ティム『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』を読んでベルリン風ケチャップ入りカレーソース作りに挑戦したり、大島弓子先生のマンガを読んで朝食を「ミルクにパンにコロッケにりんご」にしたり。
こうして終わりなきテロとの戦いを続け、日本は平和でなによりである。
(続く→こちら)