梅本弘『雪中の奇跡』を読む。
戦争ノンフィクションといえば、
近藤紘一『サイゴンのいちばん長い日』
ジョージ・オーウェル『カタロニア賛歌』
ジョン・リード『世界をゆるがした十日間』
などなど、名著と呼ばれる作品は数あるが、この『雪中の奇跡』は、そのおもしろさもさることながら、あつかっている題材が興味深い。
上記の作品が、それぞれ、
ベトナム戦争
スペイン内戦
ロシア革命
といった、世界史の授業で習ったビッグイベントなのに比べ、『雪中の奇跡』が取り上げるのは、ヨーロッパ北部の僻地で行われた「冬戦争」と、渋いことこの上ないのだ。
「冬戦争」とは1939年11月からはじまった、ソ連とフィンランドの戦争。
フィンランドといえば、もともと帝政ロシアに支配されていたのだが、第一次大戦と革命のどさくさにまぎれて独立。
そこからしばらくは、ソ連の脅威に怯えながらも、ほそぼそとやっていたのだが、独ソ不可侵条約を結びバルト三国も強引に併合したソビエトが、ついにフィンランドに食指を伸ばす。
「国境線を30キロ下げろノフ!」
「フィンランド湾に、我が赤軍を駐留させろフスキー!」
などといった、国際法ブン無視、国家の主権すら揺るがしかねないムチャぶりに、フィンランド側は「アホ抜かせ!」と断固拒否。
のちにフィンランドの国家的英雄となる、マンネルへイム将軍による懸命の戦争回避の努力もむなしく、カレリア地峡南端、マイニラ村付近ソ芬国境で、ついにその戦端は切って落とされたのである。
さてこの戦争、そもそもがソ連側の大将であるスターリンをはじめ、世界中の人々が簡単に終わると思っていたそうな。
まあ、その気持ちはわかろうというもので、超大国ソ連に対するフィンランドというのが、人口370万人程度の超小国。
日露戦争も、世界中どこの国も日本が勝つ(正確には「かろうじて負けなかった」だが)など思わなかったらしいが、このソ芬戦争はそれどころではない。
まさに大人と子供、いやもっといえば象とウサギくらいの「体格差」があるのだ。
なもんで、ソ連側の目論見では3、4日あれば片が付くと考えられていた。
なんたって、開戦時ソ芬国境には総兵力45万人、砲1880問、戦車2385輛、航空機670機が配備されていたという。
ほとんど、「餃子一日100万個」と謳った王将のCMだが、一方、フィンランド軍はと見れば、これが小国の哀しさ。
兵員数はもとより、装備も旧式で貧弱な上に、生産力などでも圧倒的に劣っている。
そら、赤軍首脳部からしたら、鼻歌のひとつも出ようと言うものではないか。
どっこい、何ごともフタを開けてみないとわからないもので、秒殺と思われたフィンランド軍が、まさかの奮闘で赤軍を苦しめることとなる。
その理由としては、言い訳の余地のない侵略戦争に対してのフィンランド軍の士気の高さや、地の利を利用した、巧みな戦いがあった。
またスターリンによる赤軍将校大粛正の余波で、攻撃側の戦力が大きく落ちていたこと。
25年ぶりとも言われた大寒波により、雪と泥濘でソ連軍の戦車部隊が機能しなかった幸運も手伝って(ソ連兵が「冬将軍」に苦しめられるという皮肉な構図になっている)、フィンランド軍は世界が驚嘆するほどの大善戦を見せるのだ。
特に有名なスキー部隊は、この戦いで目を見張るような活躍。
マイナス20度の厳寒の中5、6時間かけて敵地へ乗りこみ、一撃必殺のスナイプを決める。
その後、また同じ時間と手間をかけて帰還するという、心身ともに、めちゃくちゃタフな戦い方をするなど、もうすごすぎ。
小国の戦争というのは、電撃戦や空からの猛爆みたいな戦い方とは無縁で、どうしても
「冷蔵庫のあまりもので、いかに一品おかずを増やすか」
みたいなノリになりがちだが、この冬戦争におけるフィンランド軍もまさにそう。
装備の貧弱さと、武器弾薬の絶望的足りなさを、いかにおぎなうか。
一般にはあまり知られていないが、軍事マニアには熱いこの戦争は、こういった涙ぐましい
「知恵と勇気」
この結晶にこそ、その魅力が詰まっているのだ。
(続く→こちら)