桂馬というのは、終盤で威力を発揮する駒である。
動きが他の駒よりも変則的なため、うまく使えば、相手の駒を飛び越え、連結を無効化させたりできる。
かつて「桂使いの中原」と呼ばれた中原誠十六世名人によると、桂馬の威力に目覚めたのは、大山康晴十五世名人の受けの力に苦戦したことがきっかけ。
「受けの大山」の金銀のスクラムを突破するには、飛び道具を磨くのが良かろうという判断だったとか。
一度は谷川浩司九段に取られてしまった名人を、奪い返す原動力となる「中原流相掛かり」も、桂が絶大な威力を発揮したものだった。
そこで前回は大山康晴十五世名人が見せた、受けの自陣飛車を紹介したが(→こちら)今回は、桂馬の寄せを見ていただきたい。
2018年、第67期王将戦。
久保利明王将と、豊島将之八段の一戦。
1勝1敗でむかえた第3局は、第1局に続いて相振り飛車に。
豊島がまだ1日目から、果敢に戦端を開いたが、2日目の封じ手あけすぐの手が「一手バッタリ」に近い疑問手で、久保が優勢に。
むかえた最終盤。
攻め駒が豊富で、一目先手が押しているが、後手陣も△93にある銀の守備力が意外と高く、一気の寄せとなると、これがなかなかむずかしい。
後手がまだ、ねばっているようにも見えるが、ここで久保が、さわやかな決め手を放つ。
▲74桂と打つのが、スマートな寄せ。
△同歩と取られて、にわかには意味が分かりづらいが、それには▲62金と打つ。
△同金、▲同銀成、△82玉と進んだとき、▲73桂成という軽妙手があるのだ。
このとき、桂打ちがないと、△同玉から、後手は△74、△85へと脱出ルートが見えてややこしいが、▲74桂、△同歩としておくと、そこに逃げられないという仕掛けだ。
この2つの図をくらべてみてほしい。
整理すると、▲74桂、△同歩、▲62金、△同金、▲同銀成、△82玉、▲73桂成(上の図)で、▲同玉は△74に逃げられないから、▲72金で詰み。
△同桂も▲72金と打って、△92玉に桂を跳ねさせた効果で、▲81銀と打てるので詰み。
一方、▲74桂で、この地点を埋めつぶしていない下の図は、△73同玉に▲72金は△74玉から脱出されてまぎれる。
やむをえず、豊島は▲74桂、△同歩、▲62金に△82玉と逃げるが、以下、▲72金、△92玉、▲73桂成から押して、先手が勝ち。
2枚の桂の連係プレーが光る、見事な久保の寄せ。
シリーズも4勝2敗で、久保が難敵相手の防衛に成功するのだった。
久保の華麗な桂使いを、もうひとつ。
2010年の、第68期B級1組順位戦。
久保利明棋王と、豊川孝弘七段の一戦。
勝てば昇級が決まるという、久保の三間飛車に、豊川は趣向を凝らして力戦に持ちこむ。
中盤の、この局面。
先手の久保が、▲77角と銀取りに打ったのに、豊川が△31角と打ち返したところ。
飛車角が、さばけそうな先手が指せそうだが、この角も銀取りを受けながら、飛車取りにもなっている切り返し。
▲76飛のように逃げると、後手も△75歩と押さえたり、どこかで△85飛などと活用できそうだが、ここで久保が見せたのが、軽い好手だった。
▲64歩と突くのが、すこぶるつきに筋のよい手。
飛車取りを受けながら、△同歩でも△同角でも▲45飛と、急所の桂馬を払って先手が優勢になる。
終盤も見事だった。
豊川も、△99角成と取って、なんとか中段玉でヌルヌル逃げたいところだが、次の手が決め手になった。
▲77桂と飛ぶのが、さわやかすぎる軽妙手。
角道を止めながら、後手の上部脱出の夢を砕く跳躍。
本譜の△同馬にも、▲73角成、△54玉、▲74飛が王手馬取りになって、勝負あり。
以下、懸命にねばる豊川を冷静に押さえて、見事久保が、3期ぶりのA級復帰を決めるのだった。
(羽生善治の大悪手3連発編に続く→こちら)