前回(→こちら)の続き。
通っていた将棋道場「南波クラブ」(仮名)で、
「勝たせてくれない大人」
からボコボコに、のされる日々を送っていた、小学生時代の私。
棋力が6級では、しょうがないかもしれないが、それにしても、みな容赦がない。
さらに「大人は勝たせてくれない」に、タナベさんという人もいた。
棋力は三段で、アオバさんほどではないが強豪である。
この人というのが、ダンディーで寡黙なアオバさんとちがい、子供好きで、すこぶる愛想のいい方。
強いうえに、ニコニコしたオジサンとなれば、今度こそ棋力向上に役立ってくれそうな先生だったが、これまた申し訳ないがハズレであった。
やはり、タナベさんもまた「負けてくれない」のだ。
明るい笑顔で、
「坊や、オッチャンと将棋しよか」
声をかけてくるのだが(もちろん平手だ)、これがまー、また全然勝てない。連戦連敗である。
またタナベさんの悪いところは、最初はリードさせてくれるんである。
中盤の駒がぶつかったところくらいでは、ゆるめておいて、明らかに、こちらが勝ちそうな終盤戦を作ってくれる。
もちろんこれはワザとで、その後の伏線だ。
ただでさえ6級の終盤力なんて、水鉄砲くらいの威力しかないのに、有段者となれば非勢の局面から、あれこれとねばる術を、それなりに心得ているもの。
その「ごまかし」の魔術をぬってゴールするなど、絶望的に不可能であり、圧倒的リードは、数手の悪手でアッサリくつがえされる。
投了し、ガッカリするこちらを見て、
「どうやボンボン、オッチャンもこう見えて、なかなか強いやろ」
エッヘンと胸をそらして、ケラケラ笑うのである。憎らしいやっちゃ。
といっても、タナベさんは意地悪をしているのではなく、子供をからかって
「楽しくじゃれている」
というつもりなのだが、やられたほうは絶対に愉快ではないわけで、どうも、そこがよくわかっていなかったらしい。
私など、頭のネジが抜けてるから、遊ばれても
「いつものやつかー。子供を伸ばすためには、絶対に勝たせた方がええねんけどなー。わかってへんなー」
なんて、ボンヤリしてたけど、他の子は下手すると、それで泣いちゃうんだよなあ。
圧倒的優勢の局面をひっくり返されて、唇をかんでくやしがっているところに、ニコニコ顔のタナベさんが、
「ボン、こんなヘボに負けるようでは、まだまだ修行が足りんなあ。みそ汁で顔洗って、出直してこなあかんで、カッカッカ!」
なんて軽くあしらった日には、まじめに将棋をやってる小学校低学年はワンワン泣きます。
また、タナベさんは、その口惜しがる様子を「かわいい」と思って、
「やーいやーい、よわむし、けむし。泣いてすむなら、警察いらんでえー」
なんて歌った日には、もうエンジンみたいに大泣き。
当然、その子は二度と道場にあらわれないのだが、状況を理解していない「子供好き」のタナベさんは、
「こないだ指したケンタ君、あれから来てないの? なんでやろ。また将棋、教えてあげたいのになー」
さみしそうに、そう漏らすわけで、もうコチラとしては苦笑するしかない。
だれのせいやと、思てますねん!
でも、こちらも立場的に、
「子供には負けてあげたほうがいいよ」
とはいえないしなあ。お子様ランチはツライよ。
ホントなあ、このときばかりは、大人はなんもわかってないよと、フランソワ・トリュフォーの気分になりましたね。
ハッキリ言っちゃいますが、世のオジサン(おお、私もいつの間にかこっち側だ!)が思う
「おもしろい」
「冗談」
「からかって遊んでる」
これらは、まあまあの確率で、やられた方はイラッとしてます。
セクハラとか、若者が飲み会を嫌がる場面とか、お笑い芸人のマチズモや、政治家の下品な失言とか、なんでもそう。
本人は「冗談」「ノリ」でも、受け取る側との温度差が絶望的で、またそれが、まかり通ったのが「昭和」という時代でもあった。
道場のおじさんたちは、みな基本的にはいい人だったんですけど、これはもう「悪気」の有無の問題でもなくね……。
他人の取った金メダルを噛むとかですね、もう頭を抱えます。
「ウケる」と思ったんだろうなあ……。
「南波クラブ」に、私以外の子供がいなかったのは、きっとこんなところに理由もあったのだろう。
おかげで、ちっとも同年代の将棋友達ができなかった。
以前、石井健太郎六段がNHK杯に出場したとき、解説が師匠の所司和晴七段だったんだけど、そこでやはり、
「石井君が道場に来たとき、大人がからかってメチャクチャに負かしたうえで、泣いてるところを笑うんですよ。
もちろん、大人は【一緒に楽しく遊んでる】つもりなんですけど、これじゃダメだと、別室に読んで指導することにしました。そこでは、とりあえず、たくさん負けてあげるところからはじめました」
みたいな内容のことを語っていて、観戦しながらタナベさんのことを思い出したものだ。
いずこも同じだなあ。
(続く→こちら)
俺はこういう気分、こういう人間なんだから、それに則した受け取り方を、人類普遍に対して期待しているように思います。
謝れ!謝罪しろ!と言われたら何でも従うというのも極端すぎますが、「ウケ狙い」を含めた無意識レベルの加害行為って、本当に厄介ですよね。
「上手いこと言ってやった、大衆とは違う俺カッケー!」が癖になったらヤバい(確信)。
〉ちょっと話題が異なりますが、誹謗中傷も同じ感じがします。やった側が「軽い気持ち・冗談半分・俺は一般人等々、なんだから本気にするな!」みたいな論理ですね。
あるでしょうねえ。
こういうのは、やっているほうは「楽しい」し、本人に自覚もないどころか、下手すると
「正しいことをやっている」
と思っているから、改善がむずかしい。
なにより、おそろしいのは、
「自分もまた、同じ罠にかかっている可能性、結構、大」
自分が同じことやっても、自分では気づかないのが、本当に怖いです。
「さっきから言うてるの、それ、おまえのことやろ?」って。
その点でいえば、道場のおじさんも、「気づいて」くれさえすれば、もうちょっと色々、やりようもあったんですよね。
子供の上達や興味の持続のため、少しはゆるめてみたり、子供が泣いたらフォローするとか、なんとか。
でもそれは、そういう時代だったから、しょうがない気もします。
今は指導のやり方も変わっているでしょうし、多くの子供や女性の方に、将棋を楽しんでくれたら、うれしいですね。