『大野源一名局集』をぜひ出版してほしい。
平成の将棋界で振り飛車の達人といえば、藤井猛九段、鈴木大介九段らとともに「さばきのアーティスト」こと、久保利明九段の名前があがるだろう。
そんな久保の将棋に、決定的な影響をあたえた棋士に大野源一九段がいて、それはまさに「元祖さばきのアーティスト」と言うべき、あざやかな振り飛車なのだった。
そこで前回は、「20歳で名人挑戦」という大記録を成し遂げた加藤一二三を「さばき倒した」将棋を紹介したが(→こちら)、今回もまた大野の華麗な振り飛車を。
1962年の十段戦(今の竜王戦)。
大野源一八段と、升田幸三九段との一戦。
大野の三間飛車に、升田は5筋の位を取ると、居玉のまま▲66角、▲77桂と、早めに跳ねだす趣向を見せる。
図は升田が、▲34歩と突き出したところ。
角取りだから、とりあえず△51角と逃げておいて……。
……と普通はなりそうなところだが「元祖アーティスト」は、この瞬間をチャンスと見るのだ。
△65銀と出るのが、強気の一手。
角取りを放置する怖い手で、『将棋世界』で久保と対談していた中田功八段も
「これは大野先生、怒ってるね」
▲同桂なら、△同歩、▲55角に△同飛と切りとばして、▲同銀にそこで△51角と引くのが呼吸。
これで次に△73角と、飛び出す味が絶品で、居飛車は押さえこめない。
なので本譜は升田も、強く▲33歩成と角を取り、△66銀に▲34角と反撃。
▲56の銀にヒモをつけながら、飛車取りという攻防手だが、大野は△77銀不成。
▲同金にかまわず△56飛と切って、▲同角に△55角が天王山の角打ち。
それこそ久保と並ぶマイスター中田功八段の将棋といえば、この中央で幅を利かす角打ちがトレードマークではないか。
「コーヤン流三間飛車」で、イビアナ相手に何度、▲55角という手を見たことか。
久保だけでなく、有形無形に「大野の振り飛車」を受け継ぐものは多いのだ。
▲66歩と金取りを受けたところで、△46角と出て、▲37歩の受けに△33桂と、ここでと金を払う。
この△55角と△33桂のコンビネーションは、先日の対加藤一二三戦でも出てきたが、八方にらみの角と左桂がさばければ、振り飛車大成功の図。
すべての駒が働いて、手つかずの高美濃の美しさも神々しく、先手の居玉もたたって、飛車桂交換(!)の駒損などモノの数ではない。
先手は▲32飛と打ちこむが、△45銀とかぶせて、▲47銀と、かわしたところに△57角成。
▲67金に△56銀、▲同銀、△45桂と跳ねる手の気持ちよさよ!
まさに全軍躍動という図で、鈴木大介九段あたりなら、
「振り飛車必勝でしょう。《投了してください》という手つきで△45桂と跳ねます」
くらいのことは、言いそうな局面なのだ。源一先生、カッコよすぎや。
以下、升田も必死のねばりを見せるが、大野は△62金打と、さらに玉を鉄壁にするという、盤石の勝ち方で圧倒。
これこそまさに
いかがであろう、この大野の将棋。
さばきのあざやかさも、さることながら、△65銀や△45銀のような武骨で力強い手なども、われわれアマチュアの参考になりそうなところがある。
やはり出版社は今すぐ『大野源一名局集』を出すべきである。
絶対、売れると思うんだけどなあ。
(本田小百合が加藤桃子に放てなかった鬼手については→こちら)
(大野源一の他の名局は→こちら)