コンフュージョンの呪文 豊島将之vs前田祐司 2009年 銀河戦

2022年08月19日 | 将棋・ポカ ウッカリ トン死

 王位戦第4局が延期になった。

 現在行われている、お~いお茶杯第63期王位戦七番勝負の第4局は、挑戦者の豊島将之九段が体調不良ということで、延期となってしまった。

 竜王叡王を失い、無冠になってしまった豊島だが、「九段」表記もそろそろ飽きてきたこともあって、ここは王位か王座のどっちかくらいは取るべしと、観ている方も気合を入れて待っていたのだが、そこにこの報。

 肩透かしを喰らってしまった形だが、代わりに配信された阿久津主税八段里見香奈女流五冠との棋王戦が、最後まで手に汗握る大熱戦でメチャメチャ楽しかったので結果オーライ。

 里見さん、おしかったなあ。あっくんも終盤戦では手が震えていたし、ここを勝っていれば、編入試験にも勢いがついたろうに残念だ。

 その編入試験も、第1戦ではデビューから爆発している(今期12勝1敗!)徳田拳士四段に敗れてしまったが、まあ勝負の世界は甘くないということか。まだまだ、これからッスよ。

 とりあえず、ここからしばらくは「豊島王位(もしくは王座)」と「里見四段」誕生を楽しみに過ごすということで、今回は若手時代の豊島将棋を紹介したい。 

 

 2009年銀河戦

 前田祐司八段と、豊島将之五段の一戦。

 戦型は、後手になった豊島が、このころよく指していたゴキゲン中飛車に振る。

 前田は長く順位戦B級1組で活躍し、NHK杯でも優勝経験がある実力者だが、このときはすでにベテランの域に達している。

 若手ナンバーワンともいえる豊島となれば、まあ問題はないだろうと思われたが、この将棋は大苦戦を強いられ、終盤ではこの局面。

 

 


 ▲62銀と、教科書通りの「美濃くずし」が決まって、苦戦を通り越して、ここでは必敗である。

 △同金と取るしかないが、急所中のド急所▲71角が入っては、もはやそれまで。

 ここで投げてもおかしくないくらいだが、豊島は△92玉と寄り、▲62角成△82金と入れてねばる。

 

 

 


 これがどう見ても希望のないねばりというか、先手陣は手がついてなく、詰みはないどころか、詰めろすら、かけるのは困難。

 それにくらべて、後手玉は延命のきかない形な上に、手番も渡している。

 逆転のコツには、

 「相手にプレッシャーをあたえる」

 ことが重要なのに、その要素がないというのだから、これはもう、相当に苦しいわけなのである。

 前田は▲71竜と入り、いよいよ受けがなく、後手は△38飛と打って、

 「駒が入ったら、詰ますぞ」

 せめての主張点を入れてくるが、そこで▲48金の犠打。

 

 


 このあたりは、いろいろと勝ち方がありそうだが、この金打ちも手筋で、△同とと取らせれば、飛車の横利きが消え、先手玉が「ゼット」になる。

 わかりやすい形にして、速度計算をしやすくするのがコツで、やはり先手が勝ちである。

 ▲48金以下、やむをえない△同とに、▲82竜、△同玉、▲71金と自然に押していく。

後手は△61金打と、やはり悲壮なねばりを見せるが、▲同金から駒得しながらな攻めが続いて、まったく状況は好転しない。

 そうして、とうとう最後の場面をむかえた。

 

 


 ここまで、懸命のがんばりを見せてきた豊島だったが、さすがにこれは、いかんともしがたい。

 頭金の1手詰が受けられないとなれば、今度こそ投げるしかないと思われたところだが、豊島はまだあきらめない。

 完全に受けのない、必至の局面で、一体なにを指すのか。

 次の手は、強い人ほど当てられないと思います。

 

 

 

 

 

 

 △71銀と打つのが、目を疑う1手。

 いや……だってこれ、受けになってないよ! 5手詰だよ!

 これはさすがに、私でも見つけられます。

 そう、▲72金打、△同銀左、▲同成香、△同銀、▲82銀まで。

 なんら難しいところもなく、詰んでいる。

 なんだこれ? どういうこと?

 まったく意味のない手で、人によっては「こんな手を指すのは、いかがなものか」と感じるかもしれないが、あにはからんや、これがとんでもない事件を引き起こすこととなる。

 30秒将棋の中、瀕死の状態でも、はいずって逃げようとする豊島の迫力に押されたか、なんと前田はこの簡単な5手詰を見逃してしまうのだ!

 まさか前田も、無意味な受けなどするはずがない、と思いこんだのか、▲61成香としてしまう。

 といっても、この手自体も駒を取りながらの自然な攻めで、△72金とさらなるがんばりに、▲62銀と腕ひしぎを決めれば、それでお終いだった。

 そこを▲75桂としたため、△47角と攻防手が入って、これで一気に局面がわからなくなってきた。

 

 

 

 それでもまだ、先手が勝ちなのだろうけど、前田はパニックになったのか寄せを発見できず、▲71成香、△同金、▲56銀と受けに回るが、そこで豊島は△82香

 

 を渡すと、先手玉はムチャクチャに危険な状態だが、逃げているようでは勝てない。

 そもそも、ここではすでに、後手玉に有効な攻め手も、いつの間にか見えなくなっている。

 前田は誘われるよう▲同金としてしまい、△同金、▲83香の瞬間、△69角打から詰まされてしまった。

 いかがであろうか、この大逆転劇。

 必敗の局面でも投げず、最後は相手がおかしくなって、5手詰を逃すという椿事もあったが、こういう「根性」を見せられるのが、豊島将之という男。

 とよぴーといえば、スマートな研究派というイメージが強いけど、終盤はこういう泥まみれの戦いをしていることが多く、そこが魅力でもある。

 今は藤井聡太というバケモノがいる上に、王座戦で相対する永瀬拓矢も負かすのは大変な男だが、どこかでこの△71銀のような魔術を駆使して、ふたたびはい上がってくることを期待しようではないか。

 

 (豊島と渡辺明の熱戦はこちら

 (豊島の順位戦デビュー戦の妙手はこちら

 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

 


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2 コメント

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Unknown (soborut)
2022-08-24 20:42:53
投稿お疲れ様です。いやあ、5手詰め逃しですか(しかも簡単な)。悔しくて血反吐吐きそうですね。

私はこの記事を拝読して、第78期順位戦B級1組10回戦の、畠山鎮八段 VS 山崎隆之八段における、同じく5手詰め逃しを思い出しました。畠山氏は「ずっと幻を見ていた」と語っていますから、前田氏も同様に幻に囚われたのかもしれないですね。
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Unknown (sharon106)
2022-08-24 21:38:12
soborutさん、コメントありがとうございます。

5手詰でも、見えないときは見えなかったりするのが、不思議なものですね。

たしか、詰将棋の名手である広瀬章人八段も、NHK杯で村山慈明七段相手に、簡単な5手詰を逃していたこともあった記憶が。ビックリしました。
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