男前や美人は退屈である、という偏見が私の中にはある。
なんて言ってしまうと、全国の「おもしろい」ハンサムや美女たちから、
「出たよ、嫉妬だ。これだから、顔がいいと損なんだよなあ」
失望のため息が聞こえてきそうだが、私がここで言う「退屈」は単なる「ねたみそねみ」ではない。
まあ、そういうのもゼロではないのだろうが、経験則に基づいた、それなりには根拠のある思想なのであり、特に若いときは、さらにその傾向が広がるといってもいい。
ギャグや、おもしろトークを展開したとき、人はどうして笑うのか。
それはもちろん、発信者の腕やセンスが大きいのだが、それ以上に大事なのは、
「その人自身」
これに、どれだけ影響力があるか。
クラスの「おもろいヤツ」の地位を確立できるのは、たいていがまず
「『おもしろい』と皆から認識されている子」
これは実際には、おもしろくなくてもいい。
あくまで、そう思われている、という「キャラ」の問題。
それともうひとりは
「男前のモテ男」
これに、二分されることになる。
男前はウケる。
これは、学校生活における、絶対普遍の法則である。
クラス笑いを取れるのは、オリジナルのネタを書ける奴ではなく、絶妙の間でトークを展開する子でも、大喜利のうまい人でも、リアクション王でもない。
それらはすべて、
「男前がやれば、女子はなんでも笑う」
という、フランツ・カフカも裸足で逃げ出す不条理劇に、敗北を余儀なくされる運命なのだ。
これは高校2年生のころ、身にしみて知った真理。
そのことを教えてくれたのは、クラスメートのタカツ君であった。
当時、私の所属していた2年B組は、そもそもが「イケてる男子」の集まるクラスであった。
野球部やバスケ部といった花形クラブの面々や、ハンサムでオシャレな生徒が多く生息しており、私のような「趣味は読書」といった、地味めな子は少数派だった。
タカツ君は、その中でもバレー部のエースで、顔は今でいえば亀梨和也君に似た男前。
しかも、とにかく明るくてフレンドリー。
性格もいい子ときて、ただでさえイケてるクラスの、さらにナンバーワンの人気者なのであった。
しかしてこのタカツ君が、得意とするものがあった。
それが「ギャグ」。
よく、オリジナルのギャグを考えては、
「なあなあ、新しいギャグ考えたから、聞いてくれへん?」
休み時間に披露したりして、笑いを取っている。
たとえば、彼の持ちネタの中に「プリーズ」というのがあった。
プリーズとは聞いての通り、英語の「お願いします」だが、彼は日常会話でも、これをまじえてトークする。
「宿題忘れた、写させてプリーズ」
「部活あるから掃除当番サボらせてプリーズ」
そういった使用法だ。
これがおもしろいかどうかは人それぞれ感想も違うだろうが、ひとつだけハッキリしていることは、これを私が
「新ギャグを考えたから聞いてくれ」
などと披露した日には、間違いなく裁判もなしにギロチン台送りになることだろう。
陪審員12人が、問答無用で「有罪」に票を入れるのは、想像に難くない。
いや、実をいうと、実地で試してみたこともある。場所はとなりのC組と、クラブの部室とで。
結果はもちろんのこと、「どう?」とたずねる間すらあたえられず、銃殺の刑場に連行されることとなった。
非常にキビしい。財津一郎もはだしのシビアさである。
ところが、タカツ君がやると、これがウケる。
めちゃくちゃにウケる。もう信じられないくらいウケる。
「いやーん、プリーズやってぇ、タカツ君めっちゃおもろい~」
と、女子に爆笑につぐ爆笑。
エンタツ・アチャコやチャーリー・チャップリンでも、ここまで笑いを独り占めしたことはないのではないか。まさに、現代の喜劇王である。
なぜこんな、不思議なことが起こるのか。
それはもう、いうまでもあるまい。彼がハンサムなモテ男だからだ。
タカツ君がいい奴であることは周知の事実で、私もあまり、こんなことはいいたくない。
だが、あの小学生レベ……少年の心を忘れないシンプルな「ギャグ」で爆笑なのは、それはもう彼の顔(と性格)のよさ、このおかげに他ならない。
いや、もはやギャグが、おもしろいかどうかなどは、どうでもいい。
クラスの女子は、みなタカツ君が好き。
だから、「彼がなにをいっても」笑う。
もっといえば「笑いたい」
イケてるわけでもない「男子」の私はクールにそう考えるわけで、一応それが正解とも思う。
とはいえ、これがあまりにもウケまくるので、ときには自分でもわけがわからなくなって、
「もしかしたら、冷静に分析しているフリをして、その実タカツ君の人気に嫉妬し、彼を『つまらない』と、おとしめようとしているのか」
「つまらないというのは、私の勘違いと傲慢で、もしかしたらタカツ君のギャグこそが『センスあふれる』ものなのか」
「つまりは自分の貧弱なアンテナでは理解できていない、21世紀型の笑いなのでは」
なんて疑心暗鬼におちいることもあったくらいだ。
それほどに怖ろしいウケっぷりの彼のギャグだが、ある日その被害妄想が晴れる、驚愕の事件が起こったのであった。
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