羽生と谷川 先崎 郷田 佐藤康光 まちがってるのは誰? 第55期名人戦の大パニック

2018年08月25日 | 将棋・ポカ ウッカリ トン死

 人の指す将棋のおもしろさは「悪手」や「フルえ」にこそある。

 前回(→こちら)は「最年少タイトルホルダー屋敷伸之棋聖」を生んだ塚田泰明九段の大トン死を紹介したが、今回は豪華に、羽生善治谷川浩司のW主演。

 それも、名人戦という大舞台で起こった、とんでもない事件を取り上げたい。

 1997年に行われた、第55期名人戦。

 ときの名人である羽生善治に、谷川浩司が挑戦したシリーズでのこと。

 プロなどのハイレベルな将棋というのは、もうあきれるほどに難解で、特に終盤は「悪手の海」と呼ばれるほど変化が多い。

 けど、対局者が強くて信用されている場合、おかしな手でも

 

 「それが、本当に悪い手かどうか」

 

 が、わかりにくいことがある。

 いわゆる「羽生ブランド」と呼ばれるもので、



 「こんな強い人が、こんな簡単なミスなどするはずがない」



 そう思いこんでしまうからだが、ここに「」がつくブランドが2人いるから、よけいに話がややこしい。

 そこで「え?」という手がどちらからも出ると、なにが起こったのか、わけがわからない、ということになる。

 問題となったのは、開幕局のこの局面。

 後手の羽生が、△85にいた飛車で、▲65を取ったところ。

 


 
 

 

 局面は、ぱっと見、先手が行けそうに見える。

 先手の玉は危なそうだが、まだ、いきなりの詰みはない。

 △67飛成と取られると受けが難しいが、まだ1手の余裕がある。

 なら、ここから後手玉に「詰めろ」の連続で迫れれば勝ちだ。

 で、この後手玉がどうなのかといえば、これがいかにも寄りそうである。

 ▲15が急所に刺さっているし、も左辺の制海権を押さえている。

 銀桂の持駒もあるし、どこかで▲28飛車や、▲46も働いてきそうだ。

 ましてや、指しているのが「光速の寄せ」の谷川浩司竜王。

 鋭い一手で決着をつけるにちがいない。と思われていたところに、▲41銀という手が放たれた。

 

 


 

 この銀打ちは、いかにもという形。

 放っておくと▲32銀成、△同玉、▲41角など、きびしい攻めをねらっている。

 というか、後手玉は詰みそうだ。

 かといって、△63飛と馬をはずして受けに回っても、▲32銀成、△同玉、▲23桂成を△同玉と取れない(▲41角と打って王手飛車)ようでは、とても後手陣はもたない。

 となると、後手に指す手がないことになる。

 手段に窮した羽生は長考に沈むが、果たしていい手はあるのか。

 なさそうだなあ。谷川先勝か。

 これでシリーズはおもしろくなるぞ、なんて、すっかり打ち上げ気分でいると、だれかが、こんなことをつぶやいた。



 「で、これって、どうやって詰むの?」



 いやいや、どうやって詰むのって、どうやっても詰みに決まってるじゃん。

 大盤解説も、控室の声も、われわれ視聴者の、そのすべてがそう思っていた。

 いや、確信していた。

 詰むに決まってる

 だが、みな心の中で、ひそかには感じてもいたのだ。

 じゃあ、具体的にはどういう手順で?

 実を言うと、これがなかなか見えない

 どうやっても詰みそうだが、意外と後手玉にねばりがある。ああやって、こうやって、あれ? なかなかつかまらないぞ。

 なんとなく落語「うなぎ屋」の気分になったところで、場が異様な雰囲気につつまれていることに気がついた。

 あれ? これって詰まないのでは? 少なくとも、自然に追って詰みということはない。

 てことはウッカリ? いや天下の谷川がまさか。

 きっと、みなが気づかない絶妙手を、用意しているにちがいない。

 でも、それってどんな手なの? てゆうか、本当にそんないい手があるの? でも……え? え?

 パニックにおちいるのは当然だ。

 もしここで谷川に錯覚があって、後手玉が詰まないなら、△67飛成と取って後手勝ちになる。

 だとしたら大事件だ。

 てゆうか、これを詰まないと看破して、この順を選んで勝ったら羽生すごすぎない?

 もしかしたら、必殺に見えた▲41銀は、すべてを悟って首を差し出した「形作り」ということなのか。あれが後手勝ちなの? 

 でも、こんなすごい形作りってあるんかいな。これもまた「羽生マジック」か。え? マジで?

 ところが、ここで指された羽生の手が、また驚愕の一手だった。

 なんと△63飛と、を取って受けに回ったのだから。


 (続く→こちら


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