人の指す将棋のおもしろさは「悪手」や「フルえ」にこそある。
前回(→こちら)の森内俊之九段に続き、今回はそのライバルである佐藤康光会長となるのが流れであろう。
と思ったのだが、ここでしばし考えこむことになった。
はて会長って、大舞台でなんか、やらかしたことあったかしらん。
いやまあ、佐藤康光九段も人間だから、ウッカリやポカもそれなりにあるだろうけど、これがにわかには思いつかない。
特にタイトル戦などでは、あっただろうか。
今回のネタは、ほとんど私の記憶だよりだから、思い出せないだけでたぶんあるんあろうけど、出てこない。困った。
そこで今回のポカは、歴史的というほどではない一品をチョイス。
ただし、ポカの中身自体は、なかなかに味わい深いですが。
舞台は、2011年の棋王戦、対畠山鎮戦。
後手番佐藤のゴキゲン中飛車から、激しい戦いになったが、畠山有利で最終盤に突入。
クライマックスがこの局面。
▲75桂と打って、後手の受けがむずかしそうだが、ここで佐藤が指したのが驚愕の一手。
△25飛成。
働きの弱い飛車を成って、▲75の桂にプレッシャーをかけたが、これがもう信じられないボーンヘッドだった。
そう、なんと△25の地点には角が利いているのだ。
▲同角成と、タダで飛車を取られてゲームセット。
まさに、初心者のようなウッカリというか、前回までの羽生や谷川、森内のポカは、手順にちょっとしたひねりがあったり。
あるいは駒の配置が、錯覚を呼びやすかったりしたゆえのものだが、ここまでストレートなミスは逆にいっそさわやかである。
畠山鎮も、あまりにあからさまなタダ取りを前に、
「竜を取らないで勝つ手順はないか」
を一応探したそうで、その気持ちもわからなくもないところもある。
強豪相手に激戦を戦って、勝てそうなところから
「大暴投でサヨナラ勝ち」
みたいなことになっては、拍子抜けもはなはだしいだろう。
特に畠山鎮の場合、性格的にも「わーい、ラッキー」とよろこぶタイプでもなさそう。
むしろ、最後までやりたかったと、悔しがったのではあるまいか。
一方、佐藤康光は、もちろん「待った」などできるはずもなく、そのまま投了するしかなかった。
ポカがなくても、順当に行けば先手が勝ちそうだったことが、せめてものなぐさめであろう。
昔、芹沢博文九段だったか昭和のベテラン棋士が、
「矢倉の序盤で、後手が△64角と飛車取りに出る手があるだろ。あのとき、《飛車を逃げないでくれたらな》って真剣に思うことがあるんだ」
なんて、冗談とも本気ともつかぬ口調で後輩に語ったことがあるとか、本で読んだ記憶があるけど、まさにそんなことが起こったわけだ。
会長も、笑うしかなかったろうが、ポカに気づいた佐藤の表情も見てみたかった気がする。
申し訳ないけど、いいリアクションしてそうなんですよね(笑)。
(郷田真隆編に続く→こちら)