「ねじり合い」の強さは、そのまま棋力に相当する。
将棋の強さには序盤の知識やセンス、中盤の大局観、終盤の寄せの力などあるが、中でも試されることが多いのが「接近戦」での腕力。
特にゴチャゴチャした未知の局面で、どんな手をひねり出せるかは才能が問われるところで、先崎学九段の言うところでは、
「玉頭戦が強いことは、将棋が強いということ」
そこで前回は豊島将之九段が見せた「魔術」を紹介したが(こちら)今回は天才同士の「ねじり合い」の熱局を見ていただきたい。
1989年の棋王戦。米長邦雄九段と羽生善治六段の一戦。
先手になった羽生が、相掛かりから「タテ歩棒銀」という今ではあまり見ない戦法をえらぶ。
端から果敢に仕掛け、米長がそれを受ける展開に。
19歳と若さあふれるうえに、このころ竜王戦で初のタイトル挑戦を決めていた羽生は、とにかく勢いがあり、飛車銀交換の駒損ながら、角を大きくさばいていくという強襲を見せる。
気持ちの良い前進だったが、米長も好機に作った馬が手厚く、序盤のやり取りは後手がペースを握った印象。
羽生は▲84香から猛攻を再開し、そこから6筋から8筋にかけて、力の入った攻防が展開され、むかえたこの局面。
ねじり合いのさなか、△71玉、△73桂、△81玉と自陣を整備するタイミングが絶妙で、玉形の差があり一目後手が優勢である。
馬をどこに逃げていいかも、ハッキリしないところだが、ここから見せる羽生の力業が本局の見どころである。
▲23角とつなぐのが、意表の受け。
ただ馬にヒモをつけただけで、角桂交換の駒損も必至とあってはただの苦しまぎれのようだが、これで容易にはつぶれない。
△67桂成、▲同角成に後手は△44角と攻防の急所に据えるが、そこで▲61銀と打つのが、米長九段も感嘆したド迫力の追いこみ。
△53角と金を取ったところで、今度は▲84歩と急所に平手打ち。
このあたりは、こまかい手の意味よりも、ぜひ羽生の勢いを感じてほしい。
苦しいながらも「勝負、勝負」とせまっていく様は、実戦的で実に迫力がある。
△84同銀に▲72銀不成と取り、△同玉に▲69香と打つのが、「下段の香に力あり」という、またいかにも雰囲気の出た手。
米長の感想では、どうもこのあたりで、ひっくり返っているよう。
次に▲45馬がきびしいから、△66歩とタタくが、そこで▲63銀と打つのがまた強烈。
△同玉には▲45馬から▲55桂で寄りだから、△83玉と逃げるが、▲66馬、△65銀、▲84馬、△同玉、▲85歩、△同桂、▲65香、以下先手勝ち。
この将棋、△55桂、▲23角のところでは後手優勢で、その後も米長にさしたる悪手があったとは思えないが、いつのまにか逆転していた。
それは具体的な善悪がどうよりも、とにかく猛獣のような羽生の噛みつきが、どこかで米長の急所に喰いこんでいたのだろう。
固い壁を、力ずくで引っぺがしてしまうような勝ち方であり、若いころ「攻め100%」と呼ばれた塚田泰明九段の将棋を評して、
「塚田が攻めれば道理が引っこむ」
と言われたが、まさにそんな感じ。
まだ荒削りだった羽生の魅力と、米長のベテランらしい円熟味がよく出た、実におもしろい一局であった。
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