「七冠王フィーバー」があったころ 羽生善治vs谷川浩司 1995年 第44期王将戦 その3

2020年09月26日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回(→こちら)の続き。

 いろいろあった、ありすぎた「七冠王」をかけた1995年谷川浩司王将羽生善治六冠第44期王将戦も、ついに最終局に突入(第1回は→こちらから)。

 将棋ファンも騒然だが、なぜか一般のマスコミも「七冠王」に反応しまくり。

 会場となった青森県の「奥入瀬渓流グランドホテル」には、総勢50社150人近い取材陣が押し掛けたそうな。

 もう、とんだ大騒動で、「藤井聡太フィーバー」での各社の出陣が50人だったというから、このときの盛り上がりは、皆どうかしていた

 泣いても笑っても、これが最後の一局。

 どちらに転んでも、この将棋ですべてが決まるはずの世紀の一番は、まずここで千日手になった。 

 

 

 

 △15銀▲25飛△24銀引▲26飛△15銀で無限ループ。

 おおお、マジか! 

 「これがラス1」と意気ごんでいたこちらは、思わずつんのめりそうになるが、即日指し直しということで、先後を入れ替えてやり直し。

 この指し直し局が、40手目まで千日手局とまったく同じ形で進んで、これまた観戦者をおどろかせる。

 

 

 

 両者とも意地を張ったのか、

 

 「やり直しやけど、さっきと同じ将棋で決着つけようや」

 「望むところッスわ。これで言い訳なし。吐いたツバ、飲まんといてくださいよ」 

 

 といったやり取りが指し手から伝わるわけで、なるほど

 

 「棋は対話なり」

 

 というのは、こういうことを言うのであろう。

 羽生はここで▲75歩と突っかけたが、谷川は▲35歩と手を変える。

 以下、中央で競り合って、この局面。

 

 

 

 ▲55銀と中央を制圧し、谷川がやれる展開だ。

 羽生は△37歩とするが、▲44歩△42金引▲46銀

 アッサリ飛車見捨てるのが好判断で、△38歩成▲34角で、攻めがヒットしている。

 

 

 △58飛の反撃に、▲52角成と取って、△同金▲57銀と、と金をはずすのが、また落ち着いた手。

 △同飛成▲67金引で、自陣を引き締めながら角道を開通。

 

 

 上ずっているうえに、角道遮断していた金をこんな味よく好形に、それも先手を取りながら締れるなんて、手がしなりそうなところ。

 この手を見て「あー、これは谷川が勝つなあ」とボンヤリ思ったことを今でもおぼえている。

 △48竜▲53歩が、快調なタタキ。

 

 

 

 谷川の好打が続いているが、ここが最後の勝負所だった。

 ここでは△42金右とかわして、▲43歩成△同金左▲11角成

 そこで△22銀と入れれば、まだ一勝負できたよう。

 

 

 だが、羽生はこの順は選ばず、△53同金と取った。

 これには▲51飛とおろして、先手の勝ちが決まる。

 とはいえ、▲53に強力な拠点がゼロ手で残る△42金右は、あまりにもつらすぎるスーパー利かされであり、選べないのもわかるところだ。

 最後の最後で、羽生がねばりを欠いたようだが、このあたりはテレビで見ていて、あまり逆転しそうな気配がなかった記憶がある。

 最後はサッパリしたもので、111手目▲16桂まで、谷川浩司が王将を防衛。

 夢の七冠はならなかった。

 


 

 ここまで来て七冠王達成ならずとか、そんなことがあるんやなー、「現実」ってすごいなーと妙な感慨にふけったものだ。

 ここで七冠王が実現しない「物語」はありえないわけで、未練もあったのだろう、なんだか現実感がとぼしかった。

 こうしてすべてが終わり、

 

 「もう、こんなすごいことは、きっと二度と起こらへんのやろうなあ」

 

 なんて思ったものだが、あにはからんや。

 羽生はこの挑戦失敗のあと、王将戦と同時進行だった棋王戦森下卓で退ける。

 そこからも、名人戦森下卓棋聖戦三浦弘行

 王位戦郷田真隆王座戦森雞二竜王戦佐藤康光(第4局の激戦は→こちら)と次々に防衛。

 王将リーグでも5勝1敗の1位通過で(そこでの絶妙手は→こちら)、2年連続挑戦者に。

 七番勝負も、もはや抵抗する気力も奪われたであろう谷川王将を0のストレートで下し、ついに七冠王が実現。

 これに関しては、あまりに強すぎてボーっと見ていたら、いつの間にかなっていたという感じだった。

 羽生の七冠王の価値はといえば、単になっただけでない。

 このように、「あとひとつ」で逃すという虚脱感などものともせず、「1からやり直し」のミッションを、ノーミス全クリアで達成してしまったことなのだ。

 ちょっと意味のわからなすぎる、超人的なリカバリーであり、今でも人間業とは思えないが、その過程では信じられない大逆転勝ちなどもあり、実は「紙一重」でもあったりする。

 それが今から、約25年前

 ずいぶん時がたち、すっかり「歴史」の一部になった感もある、この七冠王フィーバー。

 私は「欲しがり」のファンなので、もちろん「もう一回」あってくれてもかまわない。

 「記録なんか、どんどん塗り替えていったらええやん」派なので、八冠王など羽生さんを抜いてくれたって全然OK。

 それをやってくれるとしたら、藤井聡太王位棋聖か、もしかしたら彼のあとから出てくる別の「天才」か(新四段になった伊藤匠くんはどうかな?)。

 もちろん、今は力をためている若手棋士でもいいし、羽生さんがまたやってくれてもいい。

 時代は変われど、ファンの想いというのはひとつ。それはもう、

 

 「オレはシビれるような将棋が、たくさん見たいんやー!」

 

 につきるわけで、これからの将棋界にも、もっともっと「フィーバー」を期待したいところだ。

 

 (元祖「さばきのアーティスト」大野源一の振り飛車編に続く→こちら

 

 

 


コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「七冠王フィーバー」があっ... | トップ | カンボジアの観光名所アンコ... »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (なお)
2020-09-27 18:43:23
こんばんは。いつも有難うございます。この頃の羽生さんの瞬間最大風速はホントに凄まじいものがありましたね。私は谷川信者なので当時はアンチでしたけどやっぱり凄いとしか言いようがありません。また強いライバルにも恵まれましたよね。そして当時は今と違ってバチバチでしたからね。対局前日の握手を拒否したり。今は仲良しこよしなんでつまらないですね。徐々に衰えてはいますが元値が違いますから竜王戦もホントに楽しみです。羽生さんはビッグタイトルに挑戦するのはもう何度もないとわかってるはずなので全てを賭けてくるでしょうね。
返信する
Unknown (sharon106)
2020-09-27 21:06:09
なおさん、いつもありがとうございます。

あのころの羽生さんは、なんか異常でしたね。

その後も、もちろん強かったんですが、他の棋士もタイトルを取ったりして、あんな露骨なひとり勝ちはなかったですから本当に不思議な数年でした。

バチバチといえば、先崎九段がA級に上がるのと入れ替わりで、郷田九段がB1に落ちたとき、郷田さんがA級に戻るまで先チャンと口を聞かなかったってのもありました。

今だって、藤井二冠と目も合わせたくない人はいるでしょうね。表に出すと、炎上してめんどくさくなりそうですけど。全然バチバチやってくれていいのに!

竜王戦はどうなるんでしょう。

ぶっちゃけ、今は豊島竜王のほうが強いはずなんでしょうが、防衛戦の弱さと羽生さんの勝負強さを考えると、ちょっとわからない。

なんて思ってたら叡王取って二冠復帰とか、また読めないことを……。

ふつう、名人取られて、こっちもカド番やったら永瀬叡王が勝つと思うやろ! じゃあ、竜王戦も期待できるかなあ。でもなあ。

わかんねえや。最近はもう、とよぴーのこの勝ったり負けたりしてファンを振り回すのは、「わざと」だと思うようにしてます(笑)。盛り上げ上手だよ、ニクイね!
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。