木村一基の将棋は、とにかく腰が入っている。
前回は大山康晴十五世名人の驚異的なしのぎを紹介したが(→こちら)、受けの手といえば、やはりこの人ははずせまい、ということで今回は木村一基九段。
先日、王位戦の挑戦者決定戦で、タイトル100期を目指す羽生善治九段を破り、見事挑戦権を獲得した木村一基九段の特長といえば、これはもうその圧倒的な守備力にある。
「千駄ヶ谷の受け師」
とも呼ばれるその強靭な受けは、これまでも多くのトップ棋士が指し切りに導かれ、木村自身がいうところの「ご愁傷様」という目に合わされてきた。
この間の第2回AbemaTVトーナメントでも、若手強豪の増田康宏六段や八代弥七段相手に、得意の押さえこみや中段玉の舞が炸裂し、
「なんでこんな強い人が、まだタイトルを取ってないんだ?」
今さらながらの疑問を、あらためて強く感じさせられたものであった。
こりゃ、A級復帰もマグレやないぞ、と。
そこで今回は、そんな木村一基九段の将棋を見ていただこう。
2007年、第65期B級1組順位戦の最終局、野月浩貴七段の一戦。
木村と野月。
このふたりは「親友」として棋界でおなじみだが、この年の順位戦ではきびしいところで戦うこととなった。
野月は3勝8敗で、すでに降級が決まっており、木村のほうは逆に8勝3敗で、勝てばA級昇級が決まる大一番。
野月自身、
「こんな状況で戦いたくはなかった」
苦い思いを吐露していたが、それでいて将棋のほうは冴えまくっていたというのだから、人間心理というのは不思議なものである。
野月の中飛車から四間に振り直す、矢倉規広七段が磨きあげた「矢倉流中飛車」に対して、木村は穴熊含みの持久戦から、角交換を要求し仕掛ける。
双方、飛車を中段に浮き、中央でもみ合ってむかえたのがこの局面。
先手陣も薄くなっているが、後手も飛車と角が使いにくく、攻めが細い形。
このままだと、木村得意の押さえこみが決まりそうだが、ここで野月が好手を披露する。
△34金と打つのが、野月のセンスを見せた手。
一見変な手のようだが、次に△45金とか△25金と出ると、飛車をいじめながら、手にのって後手の飛車角の動きが自由になり、さばけ形が見えてくるという寸法だ。
野月は居飛車党だが、綺麗で筋のよい振り飛車も得意とし、その特長がよく出た一連の手順だ。
押さえこみ一本のはずが、たった1手で立場が入れ替わり、先手はむしろ自分が押さえこまれる側になってしまった。
以下、▲65銀、△94飛に▲46飛と中央への進出を防ぐが、後手も△25金と取って、▲48飛に△24飛と軽やかに活用。
▲68角に△35金として、▲28歩と飛車の成りこみを防いだところに、△38歩と打つのが筋中の筋。
これで見事なさばけ形となり、気の早い人なら「振り飛車必勝」を宣言してしまうのではないだろうか。
ただ、ここからの木村もすごかった。
さもあろう。いかな攻められっぱなしといえども、この一番はA級昇級がかかっているのだ。そんな簡単には投げられない。
ましてや、木村一基といえば、先崎学九段いわく
「体内にナットウキナーゼが入っている」
そう噂されるほどの、おそるべき、ねばり強さを持っている男だ。
ここから、すさまじい頑張りを見せるので、それを見てもらいたい。
むかえた、この局面。
野月は△34に打った金を中央にくり出し、先手の守備駒との交換に成功。
次に、△49銀と飛車を取りに来られる手がきびしく、先手が苦しげだが……。
▲48金と、ここに打ちつけるのが、対戦相手の野月も、おどろいた一手。
いや、そりゃ受けなきゃいけないのはわかるけど、先手は△85金と打たれると角を取られる形。
この金も△59銀の割り打ちがあるところに打つなんて、メチャクチャ指しにくい手ではないか。違和感がすごすぎる。
後手はやはり△85金と角を取りに来るが、▲67銀とじっと辛抱。
△86金、▲同歩に△59銀を食らうも、▲58金打で耐える。
△48銀成、▲同金、△33桂の活用には▲36歩と突いて、△65歩と筋良く攻めたところに、▲46銀(!)。
くわあ! なんてしぶといんだ。これこそが、木村一基の受けである。
自陣の金銀5枚がゾーンを形成し、
「これ以上は行かせねえ」
そんなニラミを利かせている。まさにド迫力である。
ここまですばらしい将棋を披露してきた野月だったが、この木村の執念に当てられたのか、攻めが急所に入らず逆転をゆるしてしまう。
最後は、完全に受け切った木村陣は安泰で、大差の勝利となり初のA級昇級を決める。
持ち味がよく出た一局で、まさに今ではなかば死語になっている「ど根性」な戦いぶりだ。
いかがであろうか、この木村の強さ。
私はどうも、その才能や努力が地位に比例していない人を見るとモヤモヤするところがあり、その例のひとつが
「木村一基にいまだタイトルの経験がない」
関西人としては「豊島時代到来」もうれしいが、「木村王位」という響きも待ち望むところでもあり、どうも今期王位戦はどっちを応援すべきか、今から悩ましいところなのだ。
(木村一基の若手時代編に続く→こちら)