【浩介視点】
2024年9月22日日曜日。午前3時半。
夜行バスから降りて、外の空気を吸う。
知らない町のパーキングエリア。
横浜から京都に向かう夜行バスは、3回の休憩をはさむとのことで、この休憩は2回目のものだった。
寝ている人を起こさない配慮のため、パーキングに着いても、車内の電気がつくだけで、アナウンスは一切流れない。フロントガラスに、出発時間が表示されるだけだ。降りる人もおれを含めて数人だけで、起きない人がほとんどだった。
(コンビニ……やってるんだ)
この時間なので、食事処や土産屋は開いていないけれど、併設のコンビニエンスストアは営業している。有難いことだ。
(行こうかな……。トイレが先かな……)
なんて思って立ち止まっていたら、
「浩介っ」
「………っ」
いきなり、膝の後ろを押されて、がくんっとなった。いわゆる『膝カックン』だ。
「びっくりした……」
振り返ると、ニヤニヤを抑えきれていない慶の、綺麗な瞳があった。こういう表情、高校時代と本当に変わらない。愛しい気持ちがこみあげてくる。高校時代と同じく、抱きしめたくてたまらなくなるけれど、さすがにもういい大人なので我慢できる……
「慶、起きたんだ?」
「おー、さすがに歳かな? 車止まったら目が覚めた。高校の卒業旅行の時は、朝まで起きなかった気がするんだけどな」
「……そうだね」
「でも、あの時のバスより断然快適だよな」
「うん」
卒業旅行の時は、補助席も使うくらいに人でいっぱいのバスだった。隣に並んだ座席で、車に酔った慶を膝枕したことをよく覚えている。
今回のバスは、一人ずつの席が通路を挟んで3列並んでいるので、そういうことはない。足元も広いし、前後も余裕があり座席も倒しやすいので、車酔いもしにくい気がする。
(くっついてないのは、ちょっと残念だけど……)
快適さ優先、と思うのは、やはり大人になったから、というべきか……
「まだ時間あるよな? コンビニ行くか?」
「うん」
知らない町。明け方のコンビニ。それだけでも何だかワクワクしてくる非日常感。
「なんか……こういうの、いいよな」
「ん?」
「旅!って感じでテンションあがる」
「………うん」
日常から離れた世界。そこに、慶がいてくれることが、何より嬉しい。
「慶……ありがとね」
「何が?」
きょとんとした慶の頬に少しだけ触れる。
「誕生日プレゼント。本当に、嬉しい」
「それは……」
慶はふっと笑うと、バシバシとおれの腕をたたいてきた。
「まだ、これから! 明日楽しみだな! いや、もう今日だな」
「うん」
そう、誕生日プレゼントは、これからだ。
***
9月10日の誕生日当日には、職場の人に紹介されたという評判のレストランに連れてきてくれた。これだけで充分だと思ったのだけれども、
「今年は節目の歳だし、旅行とかも行けたらいいのになあ」
なんて贅沢なことを思わず言ってしまった。
その時は、慶も「そうだな」とうなずきつつも、日程的に無理、という結論に至った。慶は土曜日も仕事だし、9月の祝日も仕事が入っていたからだ。
「でも、いつかは行きたいよなあ。お前、どこ行きたい?」
「えー……」
問われて、パッと脳裏に浮かんだのは、先日テレビでみた……
「京都の……千本鳥居?」
「ああ、伏見稲荷大社な」
「そうそう!」
あの朱色の連なり、慶に似合いそうで。あそこに佇む慶を見てみたいと思ったのだ。でも……
「でも、慶はおばあちゃんちがあったから、京都は行き慣れすぎてるよね……」
「あー、まあな。子どもの頃は毎年、夏休みも冬休みも行ってたからな……」
それなのに、中学の修学旅行は京都奈良で、非常に残念だったそうだ。
「じゃあ、京都は慶が仕事の時とかに、一人旅に行ってこようかなー。京都、いいよねえ。二条城とかさ。大政奉還の舞台」
「お前、ほんと幕末好きだよな……」
なんて話をして、しきりと盛り上がった。
そんな話をしたなんて忘れていた、翌週のことだった。
「9月22日、仕事で京都に行くことになった」
と、慶が言った。
そんな偶然ある!? 京都の話をしていたから、京都を呼びよせてしまったのか……
「ただ、21の土曜も23の祝日月曜も仕事だから、日帰りでな」
「わあ、そうなんだ。忙しいね」
「で、な」
慶は、真面目な顔をして、言葉を継いだのだ。
「京都、お前も行かないか?」
「え」
「ただ、せっかく行くなら、おれもちょっとはお前と一緒に回りたい。でも、朝9時京都集合なんだよ。朝一の新幹線でも8時過ぎ到着だから、どこも行けねえ」
「う……うん」
慶は淡々と言いながら、スマホの画面をスクロールしはじめた。
「前日入りも考えたけど、土曜の夜も打ち合わせがあって、最終の新幹線に間に合わない可能性がある」
「そうなんだ……」
「で、そんな話を事務の子に話したら……、これを勧められた」
見せられたのは、夜行バスのページだった。
「横浜を夜中の12時過ぎにでて、京都に7時過ぎに着くバスにまだ空席がある」
「…………」
「京都から稲荷までは、電車で5、6分しかかからない。お前が最初に行きたいって言った千本鳥居、余裕で行ける。しかも朝だから空いてる」
「…………」
すごい……
「どうだ? これ、誕生日プレゼント」
「慶……」
思わず、慶の両手を掴んで、叫んでしまった。
「嬉しい! ぜひ! それでお願いします!」
***
京都に到着してすぐに、朝食も取らず、電車に飛び乗ったため、7時半前には目的の伏見稲荷大社についた。雨は降ったりやんだりではあったけれど、大雨にはならず、無事に参拝することができた。楼門や本殿の美しさはもちろんのこと、やはり朱色の千本鳥居は圧巻だった。
朝も早く、天気も悪かったせいか、タイミングをはかれば、なんとか人の映らない鳥居の写真も撮れるくらいの参拝客数で、
(いい写真とれた……)
神秘的な雰囲気の中の、慶の姿。想像以上の美しさだった。
***
京都駅に戻り、一緒に朝食をとってから、別行動になった。
おれは予定通り、幕末維新のゆかりの地を巡って一日を過ごし、慶と京都駅で落ち合ったのは、夜の8時半。それから軽く夕食をとり、お土産を買ってから、夜9時半の新幹線に乗り込んだ。
「で、今日はどこを回ったって?」
「ええとね……」
隣の席、ぴったりと寄り添いながら、おれの手元のスマホをのぞき込んでくる慶。
「これが二条城……本丸御殿と二の丸御殿の中は撮影禁止だから撮ってないけど……」
「あー、二条城な。懐かしい……」
そんなことを言いつつ、写真を見ていたのだけれども……
(………あ、寝た)
ふっと、慶の頭が肩に落ちてきたので、気が付いた。
慶も昨晩はあまり寝ていないから疲れているのだろう。仕事もあるのに、よくこんな弾丸旅行に付き合ってくれたものだ。
(………………)
そーっと、スマホのカメラをインカメラにして、おれの肩に頬をつけて眠っている慶の姿を映し出してみる。
(…………慶)
安心したような寝顔……
(天使だな……)
シャッターを押して、愛しいその姿を保存した。最高の誕生日プレゼントだ。
終
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お読みくださりありがとうございました!
基本、火曜と金曜に更新しているのですが、急に予定があいて書けまして……。
来週の火曜日まで更新を待つと10月になってしまうため、土曜日ですが上げてしまいます!
ということで、今年の誕生日は、京都弾丸旅行でございました。
一緒にいられればそれだけでハッピーな二人ですが、たまには非日常を味わってみるのもいいですよね!
ちなみに、伏見稲荷大社は、残念ながら上までは行けませんでした。さすがに時間が心配でね……。いつかまた行けるといいね。
更にちなみに。二人の住まいは、東京都目黒区。東急東横線ユーザーです。この夜行バスが停まる東京駅より、横浜駅の方が近いし、発車時間も遅いため、横浜出発にしました。帰りの新幹線も東京より新横浜の方が近いので新横浜で降りてます。
二人とも50歳になりました。まだまだ若い!
ということで。また……
読みに来てくださった方、ランキングクリックしてくださった方、本当にありがとうございます!とっても励まされてます〜〜!