浩介が言った。
『おれ……渋谷の前でだけはちゃんと泣けるみたいなんだ』
おれだけに見せてくれる浩介の涙は、切ないほど綺麗で……それは苦しくなるほどで。
『やっぱり渋谷じゃなくちゃダメ』
他のやつにギューッとされても気持ちよくないのに、おれの腕の中は『気持ちいい』のだそうだ。
そんなことを言われて、どうしようもなく恥ずかしくなって怒ってしまったけれども……
浩介の深い深い光を帯びた瞳を見つめていたら………
(抱きしめたい)
今すぐ、抱きしめたい。
衝動を抑えられず、腕を伸ばして、浩介の頭をぎゅっと抱きよせてしまった。
(………って、おいおい)
すぐに我に返り、一瞬で手を離す。
(何やってんだおれ)
まるで、女の子を相手にするようなことをしてしまった。
おれの理想の女の子は、おれより10センチ以上背が低い、女の子らしい女の子なんだぞ。
浩介は、おれよりも15センチも背が高いし、どうやったって男でしかないのに……ないのに……
***
それからしばらく、浩介とあまり会えなくなった。
浩介が大会メンバーに選ばれたため、練習時間が増えたことと、文化祭一か月前になり、おれの文化祭実行委員での仕事が激増したことが原因だ。
でも、ちょうどいいのかもしれない、と思った。
出会ってから今まで、あまりにも一緒にいすぎたんだ、おれ達。
だから、慰めるためでもなんでもないのにあんな風に「抱きしめたい」なんて思ってしまったのに違いない。
偶然校内で会えた時は、やっぱり嬉しくなるし、浩介もすごく嬉しそうな顔をする。
でも、それだけにとどめた。手を振って、たいして話さないまま別れた。
会えないのは寂しかったけれど、おれと浩介が付き合っているっていう変な噂を流されたばかりだし、ちょっと距離を取った方がいいのかもしれない。浩介もそう思っているのかもしれない。
そうこうしているうちに、中間テストがはじまった。
テスト一週間前からは、部活も文化祭の準備も禁止。でも、文化祭の準備は先生にばれないようにやっていた。
一学期の定期テストの前は、浩介とおれはうちで毎日一緒に勉強したのに、今回は一度もしなかった。
浩介の両親はとても教育熱心で、夏休み明けの実力テストの順位が少し下がってしまった浩介は、「今度の中間で変な点とったらバスケ部をやめさせる」といわれているそうで、おれに構っている場合ではないのだ。
おれもおれで、他のクラスの文化祭実行委員の奴らとテスト前もこっそり集まっていたので、一緒にできる時間がなかった、とも言えるけど……
**
中間テストも無事に終わり、ようやく表立って文化祭の準備ができるようになった。
一週間後が文化祭本番となる。
「バスケ部は、校庭でゲーム……」
面白そう……と、企画書を読みながら一人ごちる。
5球シュートをして、成功した数に応じて商品がでるらしい。
(おれ、確実に5球入るから、いい商品もらえるな……)
そんなことを思いながら、放課後、実行委員の仕事で体育教官室に向かっていたところ、体育館下の用具入れの前で作業をしているバスケ部員たちの姿が目に入った。
「………あ」
心臓が跳ね上がる。跳ね上がってから「おいおいまてまて」と自分にツッコミをいれる。
何をトキメイてるんだ。
ふううと大きく深呼吸してから、歩みを進める。
(浩介と……しばらく会ってない)
教官室へ続く階段をのぼりながら、用具入れの前の様子をこっそり見る。浩介……いるかな。
どうやらバスケ部は今日は練習はせずに、文化祭の準備をするようだ。
ベニヤ板で看板を作っている人、商品の袋詰めをしている人、各々与えられた仕事をしている。
「あ、いた」
思わず小さく声が出てしまう。浩介は看板につける花を作る作業をしていた。
記憶と同じ、優しい眼差しに胸のあたりが温かくなってくる。でも……
「………」
一緒にいる部員達と談笑しながら作業している浩介……
その優しい眼差しは今、チームメイトに向けられている。
(うまくやってんだな……)
寂しい………
(いやいや、何言ってんだ!)
自身を叱責する。
(浩介が笑っていられるのならそれでいいじゃないか)
渦巻く思いを飲み込んで、浩介から目をそらした、その時。
「おーい、しのさくら!」
「はい!」
「はーい!」
先輩の声に、浩介がビシッと返事をした。もう一人、隣にいた奴も同じく返事をする。
(しのさくら……? しの……)
頭をさっと巡らせ、思い当たる。一緒に返事したやつ「篠原」って名前だった。前に浩介とハイタッチしてたやつ……
「教官室いって、ガムテープと厚紙、もっともらってきて」
「はいっ」
二人がこちらに走ってこようとしてるので、慌てて階段をのぼり切り、教官室の横の角に身を隠す。
……って、なんでおれが隠れなくちゃいけないんだよ……
そう思った直後に、浩介と篠原が駆け上がってきた。教官室のドアを勢いよくノックしている。
「篠原入りますっ」
「桜井入りますっ」
バタンっと中に入ったふたり……
「しのさくら……」
篠原と桜井だから「しのさくら」だったんだ。……ってなんで漫才のコンビみたいに名前付いてんだよ……。
胸の奥が渦巻いて、口から心臓が吐きだされてきそうだ。
座り込んでいたところで、再び教官室のドアがあき、二人が出てきた。何やら話しながら、また勢いよく階段を駆け下りていく。
「浩介……」
なんでこんなに心臓が痛いんだ。
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