【哲成視点】
大学生になって、亨吾は独り暮らしをはじめた。
ご両親がお母さんの実家に同居することになったので、亨吾とお兄さんはそれぞれ大学の近くにアパートを借りることになったそうだ。
「母の病状も良い方に向かってるらしくて……」
めったに家のことを話さない亨吾が、安心したように言っていたのが印象的だった。だから、オレも決心した。
亨吾のためにオレが出来ること。
亨吾のためにオレが出来ること。
それは「一緒にいること」だ。
母親との別離のきっかけを作ったのが、オレだというならば、オレはその責任を取って、何があっても一緒にいて、亨吾を支えよう。
そしていつか、亨吾とお母さんが、笑って話せるようになったらいいな、と思う。母を亡くしているオレには、もう出来ないことだから、余計に、そう思う。
亨吾は、レストランでアルバイトも始めた。
ウェイター兼ピアニストだ。ピアニストの方が時給は高いらしい。
亨吾のピアノを独り占めできないのは、少し寂しいけれど、亨吾のピアノをみんなに聴かせられる、というのは、誇らしくて嬉しい。
時々聴きに行くと、亨吾は必ずオレのお気に入りの曲をいくつかプログラムに入れてくれる。特に大好きなドビュッシーの『月の光』は必ず弾いてくれるんだけど、これがまた絶品で、弾いているうちに、レストランの中が静まり返ってしまって、曲が終わった後には、ため息と拍手が起こることもある。でも、これについては賛否両論、らしい。みんなピアノを聴きにきてるわけじゃなくて、食事やお喋りを楽しみに来てるのだから、あんな風に注目を集める演奏をしてはいけない、と。でも、ピアノが素晴らしいからまた来る、と言ってくれるお客さんもたくさんいるし、なかなか難しい。……と、もう一人のピアニストの歌子さんが言っていた。
歌子さんは、オレ達より一つ年上の音大生。この店の店長さんの娘さんらしい。亨吾のことを「渋谷の楽器屋でスカウトした」そうだ。
「見た目も良いし、ピアノの腕も確かだし、これ以上ない人材ね」
歌子さんは満足そうに言っていた。なんというか……透明感のある、掴み所のない、不思議な感じの人だ。彼女のピアノはまだ一度も聴いたことがないので、そのうち聴きに来ようと思う。
亨吾はサークルにも入らず、アルバイトとピアノの練習に勤しんでいる。
オレの方はというと、高校時代の数学部の先輩が同じ大学のため、強引に先輩のいる数学研究会というサークルに入らさせられた。
アルバイトもその先輩のゼミの教授の紹介のなんとかかんとかでいいようにこき使われている。おかげでとても忙しい。
おかげで、家に居場所がないことを、あまり気にしないでいられる……
義母は相変わらず、オレに対する当たりがキツい。父の手前か、夜ご飯は作ってくれるし、洗濯はしてくれるけど、オレの存在を無視したい、という感じがヒシヒシと伝わってくる。
(何でかなあ……)
どんな努力も虚しいだけ。もう諦めよう、とも思うけれど、諦めきれない自分がいる。だから時々心が折れる。
でも、大丈夫。オレには居場所がある。亨吾のそばと、大学と、サークルと、バイトと……。だから、大丈夫、だと思う。
そんな感じに一学期は終わり、大学生になって初めての夏休み。
周りはチラホラ恋人ができたりしてるけれど、オレと享吾は相変わらずで。男二人で海に行ったり花火大会に行ったりしている。
享吾とは何というか……友達以上恋人未満、みたいな感じだ。友達以上にくっついたりはするけれど、それ以上のことはしない。(あ、キスは時々するけど、軽い、ふざけたようなキスだけだ)
好きだと言われたのも、中3の卒業式の日が最後。それ以来一度もない。
行動言動の端々から、まだ、享吾はオレのことが好きなんだろう、とは思う。でも、確証はない。オレに気持を聞いてくることもないし、オレとどうこうなりたいわけじゃないんだろう……
(って、男同士で『どうこう』ってなんだ?って感じもするしな……)
だから、深いことは考えず、高校時代と同じように、仲良く過ごしていた。このままでいいと思っていた。
それなのに。
それなのに。それなのに。
オレは今さら、気が付いてしまったのだ。
村上享吾のことが『好き』だという事実に。
***
きっかけは、なんてことはない。ちょっとしたアクシデントだった。
夏休みの終わり頃、享吾と一緒に初めて公営のプールに遊びに行ったときのことだ。
そのプールは眼鏡着用禁止のため、眼鏡をロッカーに置いていくことにしたのだけれども、オレは裸眼が0.03で乱視も入っているので、ほとんど何も見えない。おかげで予想通り、シャワーコーナー前の何もない段差を踏み外して……
「哲成っ!」
「!」
後ろによろけたのを、享吾に抱きとめられた。
抱きとめられた、は、いいんだけど……
(………うわっ)
いつもと違う、布越しでない身体の密着に、血のめぐりがぶわっと早くなった。
後ろによろけたのを、享吾に抱きとめられた。
抱きとめられた、は、いいんだけど……
(………うわっ)
いつもと違う、布越しでない身体の密着に、血のめぐりがぶわっと早くなった。
(うわ……うわ、なんだこれ)
息が止まる。心臓の音が大きく聞こえてくる。
(素肌同士って、こんなに気持ちいいんだ……)
享吾の固い筋肉にオレの背中が全部吸い付いてぴったり合わさって……
「大丈夫か?」
「……っ」
耳元で言われて顔がカアッとなったのが分かった。なんかいつもより色っぽい声……
って、何思ってんだオレ!
「だ……大丈夫」
何とか冷静さを取り戻して、コクンとうなずいた。けれど……
「……?」
亨吾の腕が緩まらない。緩まらないどころか、ぎゅうって……ぎゅうって……
(……って!)
うわ………うわ、これ………っ
尾てい骨のあたりに当たってるもの、硬化が始まってるような…………っ
「キョ……ッ」
「ほら、シャワー。いくぞ?」
でも、オレが振り返るよりも早く、亨吾はあっさりとオレから離れて、上から注がれるシャワーの下に入っていってしまった。
「…………キョウ」
前にもこんなことがあった。
あれは中3のクリスマスの朝。寝ぼけた亨吾がオレに抱きついてきて、それで……
「…………っ」
ヤバイ。その時と同じ現象がおきる!
慌てて、オレもシャワーの中に飛び込む。
と、あまりもの冷たさに、うわ!と叫んでしまった。
「つめてー!」
マジで冷たい!
「つめてーつめてーつめてー!」
冷静さを取り戻すため、ということもあって、大声で「つめてー」を連発していたら、こちらを見た亨吾が、ふっと笑った。
「なんだよっ」
条件反射的に聞くと、
「…………別に」
亨吾は、口ではそう言いながらも、いつものあの『愛しくてたまらない』って目でオレを見た。その目……っ
(うわ…………っ)
なんだよっなんだよ……っ
(その目、もしかしなくても、やっぱり、オレのこと好きってことじゃんっ。しかも、ただの好きじゃなくて……っ)
その水の滴る裸体を見ているうちに、さっきの尾てい骨の感触がまざまざとよみがえってきて、一つの結論を導き出した。
(あれ、オレで勃ったってこと……っ)
うわ……っ直視できないっ。眼鏡かけてなくて良かった!
「哲成。もう、いいだろ。行こう?」
「う、うん。うんうんうん」
「そこ、また段差ある」
「お。おお……」
腕を取られ、並んで歩きだす。掴まれている腕が熱い……
「……キョウ」
「なんだ?」
「……………」
さっきのことなんてなかったみたいに、シレッとしてる享吾。
(お前って……)
お前って、オレのこと「そういう対象」として『好き』なのか?
「哲成。もう、いいだろ。行こう?」
「う、うん。うんうんうん」
「そこ、また段差ある」
「お。おお……」
腕を取られ、並んで歩きだす。掴まれている腕が熱い……
「……キョウ」
「なんだ?」
「……………」
さっきのことなんてなかったみたいに、シレッとしてる享吾。
(お前って……)
お前って、オレのこと「そういう対象」として『好き』なのか?
……なんて、聞けるわけがない。
この日を境に、オレの中の享吾に対する認識が微妙に変わってきて……そして、数日後、享吾のことが『好き』だとハッキリ気付くことになる。
この日を境に、オレの中の享吾に対する認識が微妙に変わってきて……そして、数日後、享吾のことが『好き』だとハッキリ気付くことになる。
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お読みくださりありがとうございました!
今回のお話は「続・2つの円の位置関係」の5(享吾視点)の途中まで、の哲成視点でした。
次回も哲成視点で……「ハッキリ気付くことになる」の話をお送りします。
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