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BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係9

2019年04月09日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係

【哲成視点】

 大学生になって、亨吾は独り暮らしをはじめた。
 ご両親がお母さんの実家に同居することになったので、亨吾とお兄さんはそれぞれ大学の近くにアパートを借りることになったそうだ。

「母の病状も良い方に向かってるらしくて……」

 めったに家のことを話さない亨吾が、安心したように言っていたのが印象的だった。だから、オレも決心した。

 亨吾のためにオレが出来ること。
 それは「一緒にいること」だ。
 
 母親との別離のきっかけを作ったのが、オレだというならば、オレはその責任を取って、何があっても一緒にいて、亨吾を支えよう。

 そしていつか、亨吾とお母さんが、笑って話せるようになったらいいな、と思う。母を亡くしているオレには、もう出来ないことだから、余計に、そう思う。



 亨吾は、レストランでアルバイトも始めた。
 ウェイター兼ピアニストだ。ピアニストの方が時給は高いらしい。

 亨吾のピアノを独り占めできないのは、少し寂しいけれど、亨吾のピアノをみんなに聴かせられる、というのは、誇らしくて嬉しい。

 時々聴きに行くと、亨吾は必ずオレのお気に入りの曲をいくつかプログラムに入れてくれる。特に大好きなドビュッシーの『月の光』は必ず弾いてくれるんだけど、これがまた絶品で、弾いているうちに、レストランの中が静まり返ってしまって、曲が終わった後には、ため息と拍手が起こることもある。でも、これについては賛否両論、らしい。みんなピアノを聴きにきてるわけじゃなくて、食事やお喋りを楽しみに来てるのだから、あんな風に注目を集める演奏をしてはいけない、と。でも、ピアノが素晴らしいからまた来る、と言ってくれるお客さんもたくさんいるし、なかなか難しい。……と、もう一人のピアニストの歌子さんが言っていた。

 歌子さんは、オレ達より一つ年上の音大生。この店の店長さんの娘さんらしい。亨吾のことを「渋谷の楽器屋でスカウトした」そうだ。

「見た目も良いし、ピアノの腕も確かだし、これ以上ない人材ね」

 歌子さんは満足そうに言っていた。なんというか……透明感のある、掴み所のない、不思議な感じの人だ。彼女のピアノはまだ一度も聴いたことがないので、そのうち聴きに来ようと思う。


 亨吾はサークルにも入らず、アルバイトとピアノの練習に勤しんでいる。

 オレの方はというと、高校時代の数学部の先輩が同じ大学のため、強引に先輩のいる数学研究会というサークルに入らさせられた。

 アルバイトもその先輩のゼミの教授の紹介のなんとかかんとかでいいようにこき使われている。おかげでとても忙しい。

 おかげで、家に居場所がないことを、あまり気にしないでいられる……


 義母は相変わらず、オレに対する当たりがキツい。父の手前か、夜ご飯は作ってくれるし、洗濯はしてくれるけど、オレの存在を無視したい、という感じがヒシヒシと伝わってくる。

(何でかなあ……)

 どんな努力も虚しいだけ。もう諦めよう、とも思うけれど、諦めきれない自分がいる。だから時々心が折れる。

 でも、大丈夫。オレには居場所がある。亨吾のそばと、大学と、サークルと、バイトと……。だから、大丈夫、だと思う。



 そんな感じに一学期は終わり、大学生になって初めての夏休み。

 周りはチラホラ恋人ができたりしてるけれど、オレと享吾は相変わらずで。男二人で海に行ったり花火大会に行ったりしている。

 享吾とは何というか……友達以上恋人未満、みたいな感じだ。友達以上にくっついたりはするけれど、それ以上のことはしない。(あ、キスは時々するけど、軽い、ふざけたようなキスだけだ)

 好きだと言われたのも、中3の卒業式の日が最後。それ以来一度もない。
 行動言動の端々から、まだ、享吾はオレのことが好きなんだろう、とは思う。でも、確証はない。オレに気持を聞いてくることもないし、オレとどうこうなりたいわけじゃないんだろう……

(って、男同士で『どうこう』ってなんだ?って感じもするしな……)

 だから、深いことは考えず、高校時代と同じように、仲良く過ごしていた。このままでいいと思っていた。

 それなのに。

 それなのに。それなのに。

 オレは今さら、気が付いてしまったのだ。

 村上享吾のことが『好き』だという事実に。



***


 きっかけは、なんてことはない。ちょっとしたアクシデントだった。

 夏休みの終わり頃、享吾と一緒に初めて公営のプールに遊びに行ったときのことだ。
 そのプールは眼鏡着用禁止のため、眼鏡をロッカーに置いていくことにしたのだけれども、オレは裸眼が0.03で乱視も入っているので、ほとんど何も見えない。おかげで予想通り、シャワーコーナー前の何もない段差を踏み外して……

「哲成っ!」
「!」

 後ろによろけたのを、享吾に抱きとめられた。
 抱きとめられた、は、いいんだけど……

(………うわっ)

 いつもと違う、布越しでない身体の密着に、血のめぐりがぶわっと早くなった。

(うわ……うわ、なんだこれ)

 息が止まる。心臓の音が大きく聞こえてくる。

(素肌同士って、こんなに気持ちいいんだ……)

 享吾の固い筋肉にオレの背中が全部吸い付いてぴったり合わさって……

「大丈夫か?」
「……っ」

 耳元で言われて顔がカアッとなったのが分かった。なんかいつもより色っぽい声……

 って、何思ってんだオレ!

「だ……大丈夫」

 何とか冷静さを取り戻して、コクンとうなずいた。けれど……

「……?」

 亨吾の腕が緩まらない。緩まらないどころか、ぎゅうって……ぎゅうって……

(……って!)

 うわ………うわ、これ………っ

 尾てい骨のあたりに当たってるもの、硬化が始まってるような…………っ

「キョ……ッ」
「ほら、シャワー。いくぞ?」

 でも、オレが振り返るよりも早く、亨吾はあっさりとオレから離れて、上から注がれるシャワーの下に入っていってしまった。

「…………キョウ」

 前にもこんなことがあった。
 あれは中3のクリスマスの朝。寝ぼけた亨吾がオレに抱きついてきて、それで……

「…………っ」

 ヤバイ。その時と同じ現象がおきる!

 慌てて、オレもシャワーの中に飛び込む。
 と、あまりもの冷たさに、うわ!と叫んでしまった。

「つめてー!」

 マジで冷たい!

「つめてーつめてーつめてー!」

 冷静さを取り戻すため、ということもあって、大声で「つめてー」を連発していたら、こちらを見た亨吾が、ふっと笑った。

「なんだよっ」

 条件反射的に聞くと、

「…………別に」

 亨吾は、口ではそう言いながらも、いつものあの『愛しくてたまらない』って目でオレを見た。その目……っ

(うわ…………っ)

 なんだよっなんだよ……っ

(その目、もしかしなくても、やっぱり、オレのこと好きってことじゃんっ。しかも、ただの好きじゃなくて……っ)

 その水の滴る裸体を見ているうちに、さっきの尾てい骨の感触がまざまざとよみがえってきて、一つの結論を導き出した。

(あれ、オレで勃ったってこと……っ)

 うわ……っ直視できないっ。眼鏡かけてなくて良かった!

「哲成。もう、いいだろ。行こう?」
「う、うん。うんうんうん」
「そこ、また段差ある」
「お。おお……」

 腕を取られ、並んで歩きだす。掴まれている腕が熱い……

「……キョウ」
「なんだ?」
「……………」

 さっきのことなんてなかったみたいに、シレッとしてる享吾。

(お前って……)

 お前って、オレのこと「そういう対象」として『好き』なのか? 

 ……なんて、聞けるわけがない。


 この日を境に、オレの中の享吾に対する認識が微妙に変わってきて……そして、数日後、享吾のことが『好き』だとハッキリ気付くことになる。


------------

お読みくださりありがとうございました!
今回のお話は「続・2つの円の位置関係」の5(享吾視点)の途中まで、の哲成視点でした。
次回も哲成視点で……「ハッキリ気付くことになる」の話をお送りします。

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BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係8

2019年04月05日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係

【哲成視点】

 高校3年生のクリスマスイブ……
 オレは一晩中、村上享吾の寝顔を見ながら考えていた。

(オレはこいつに何をしてやれるだろう……)

 ひょんなことで話してもらえた真実。
 享吾と享吾の母親が別れ別れになってしまった原因が、オレだったなんて……

 布団の中で繋いだ手に力を入れると、条件反射のように享吾もギュッと握り返してくれた。その温もりに胸が痛くなる。

(中3の4月……オレがこうして享吾の手を掴んで、無理矢理手を挙げさせて、学級委員をやらせたのが、すべてのはじまりだったんだ……)

 オレは、こいつに何をしてやればいいんだろう……


***


 高校3年生の5月に、突然、父が再婚した。

 小5の時に母が亡くなって以来、父は母の月命日にも欠かさずお墓参りにいっていたし、よくアルバムを見返していたし、母のピアノを処分もせずに毎年調律も頼んでいたし、亡くなった母に対する依存度は高かったので、再婚はないと思っていたから、本当に驚いた。

 でも、連れてきた再婚相手が臨月のお腹をしていたので、何となく……納得してしまった。

(本当に、父ちゃんの子供なのかな?)

という疑問は大いにあるけれど、父もまだまだ現役の男で「そういうことをした」という事実があって、その責任を取る、ということなら、やむを得ない、と思ったのだ。だから、

「オレ、妹欲しかったから、すっげー嬉しい!」

 大袈裟にはしゃいで、新しい家族を歓迎した。

 それで、父とオレとお手伝いの田所さんとで送っていた穏やかな日々は終了して、嵐がやってきた。


***


 理由は全然分からないのだけれども……
 10月頃から、突然、新しい母に避けられるようになった。それまではわりと上手くやっていたし、生まれてきた妹の世話もオレなりに頑張っていたんだけど……

「理由、ホントに全然分かんないんだよ……」

 音楽室のピアノを弾いてもらいながら、村上亨吾に打ち明けると、亨吾は「そうか」と小さくうなずいた。余計なことを言わないでくれるのが有り難い。前からそうだ。オレの一人言みたいな話を亨吾はいつも文句も言わず聞いてくれる。

 母の写真を全部撤去されたときも、ピアノを勝手に処分されたときも、延々と話を聞いて、慰めてくれた。亨吾は母と同じ音色でピアノを弾いてくれる。

「家いるのつまんないし、勉強がんばっちゃおうかな~」
「……自習室、付き合う」
「うんうん。よろしく」

 享吾と一緒に通っている予備校には、結構広めの自習室があるのだ。家には居場所がないので、とても助かる。

 第一志望の大学は今のオレには偏差値が足りない。ここで頑張ろうと思う。そうしたら、義母にも少しは認めてもらえるだろうか。父と天国の母も喜んでくれるだろうか。


 そんな理由で利用が頻繁になった自習室。居心地は結構良い。一人で勉強していても、まわりも頑張っているから自分も頑張ろうと思えるし、分からない問題は先生に聞きにいくこともできる。ただ、面倒くさいのは……

「今日は享吾君はいないの?」

と、女子に聞かれることだ。オレは享吾のマネージャーじゃねえっつーの。

 村上享吾のモテっぷりは日に日に増している。奴自身は女子に冷たいから、余計にオレを仲介させようとする女子が増えていて、迷惑極まりない。

「享吾君って彼女いるの?」
「いない」
「好きな人は?」
「知らねーよ。本人に聞けよ」

 なんてやり取りをしょっちゅうしている。なんだか、女子の間でも「オレ」という存在が蔑ろにされてる感じがして、気分が悪い。

 そんなことが何回もあった、ある日曜日……

「隣、いい?」

 高めの声に振りあおぐと、見覚えのある女子が立っていた。オレよりも背の低い、可愛い感じの子。1回、話したこともある気がする。

(……またか)

 辟易してしまう。亨吾が来ることを狙って、オレの近くに座ろうとする女子の何て多いことか。思わず吐き捨てるように、

「亨吾なら夕方にならないと来ないけど?」

 そう言うと、その女子はキョトンとして言った。

「きょうご?きょうごって……あ、村上亨吾君? 別に用事ないよ?」
「え、あ」

 しまった、と思った。確かにみんながみんな、亨吾狙いなわけじゃないよな……

 あわててはみ出していた参考書を自分の方に寄せた。

「ごめんごめん空いてる空いてる。それにオレも今から昼食べにいくから、1回どくし」
「え、そうなんだ」

 その子は、可愛らしく口許に手を当てると、にっこりとして言った。

「じゃ、一緒に食べよ?」
「え」
「真奈、おにぎり作ってきたけど、パン食べたくなっちゃったから売店で買おうと思ってて。だから、テツ君、おにぎり食べて?」
「え…………」

 テツ君って……オレの名前知ってるんだ?

 そう言うと、その子はにっこりとした。

「もちろん知ってるよー村上哲成君。真奈ね、ずっと前からテツ君とお話ししたかったんだー」
「え?」

 お話ししたかった?

 首を傾げたオレに、その子は更にニコニコとして、言った。

「だって、テツ君、真奈の好きなタイプの男の子にピッタリなんだもん!」
「え………」

 好きな、タイプ?

「え……?」

 好きな、タイプ? 好きな……

「え、えええええ!?」

 思わず叫んで飛びのいてしまい、周りから「シー!」って注意されてしまった……


***
 

 森元真奈は、明るくて可愛らしくて、一緒にいると、何だか元気になれる子だ。

 オレのことが「好きなタイプ」だと言ったけれど、「好き」と告白されたわけではないから、普通に、友達の一人として接していた。

 亨吾がいないときは、森元と一緒にいることが多い。そのせいか、亨吾は森元のことを良く思っていない。

「哲成!あっちに席取ったから!」

 自習室で、森元と並んで勉強していると、亨吾は有無を言わさず、オレの勉強道具を勝手にまとめて、席を移ってしまう。

(「好きなタイプ」だって言われたなんて……)

 絶対に言えないなあ……

 なんて思いながら、内心ちょっと気分が良かった。

(女にモテモテの亨吾が、こんなにヤキモチ焼くくらい好きなのはオレで。そのオレを「好きなタイプ」だって言ってくれる女子もいて)

 ここは、居心地がいい。


 家では相変わらず、新しい母はオレとは必要事項以外話してくれない。でも、夜ご飯は作ってくれるし、洗濯もしてくれるんだから、贅沢は言っちゃいけない、と思うようにはしてる、けど……

「クリスマスはうちの両親を呼ぶから。テツ君は高校生だし、お友達とパーティーとかするんでしょ?」

 だから、帰ってこないわよね?

 そう、威圧的な目で義母に言われて、「うん」とうなずくしかなかった。今までも、休日にオレだけ留守番で父達だけ出かけたことは何度もあったけれど、「帰ってくるな」と言われたのは初めてで……さすがに心が折れた。



(いつもクリスマスは亨吾が泊まりに来てたんだけど……)

 それが出来ない、ということは分かっていたので、「どうしようか」と亨吾とも少し話してはいたのだけれども……

(帰ってくるな、か……)

 もうあそこはオレのうちじゃないのかな……

 そんなことを鬱々と考えながら予備校に行ったところ、

「テツ君!テツ君、テツ君!」

 森元真奈がいつものように、ニコニコ笑顔で駆け寄ってきてくれた。そして、

「クリスマスイブ、うちでパーティーするの!」

と、招待状と書かれたサンタとトナカイの切り絵の貼ってあるカードを差し出してきた。

「絶対来てね!美味しいものたくさん出すから!」
「え……」
「絶対絶対来てね!」
「…………」

 森元の屈託のない笑顔が眩しくて、グッと喉が痛くなったけど、なんとか涙はこらえた。

(森元……)

 絶対来てね、と言ってくれる存在が、有り難い。

 そして………

「あ!キョウ!待ってたぞ!」

 いつもオレを丸く包んでくれる亨吾が、そばにいてくれることが、嬉しい。


***


 森元の家でのパーティーは、それなりに盛り上がったまま終わった。期待通り、料理もケーキもすごく美味しかった。

 けど……

「どうかしたのか?大人しいけど」

 一緒に行った亨吾にそう聞かれてしまうほど、帰り道は無口になってしまった。でも、理由は亨吾にある。

 せっかく一緒に行ったというのに、亨吾はずっと森元の友人達に囲まれていて、オレとはほとんど話もできなかったのだ。そんな中で、みんながコソコソと話している内容も聞こえてきて、余計に腹が立ったし、悲しくもなった。

『亨吾君は、見た目もモデルみたいにかっこよくて、バスケ部のエースで、志望校は東大で。テツ君、一緒にいても引き立て役になるだけなのに嫌にならないのかな』

 そういうのを余計なお世話というんだ。
 でも……言ってることは当たってる。オレは引き立て役だ。

(森元も……)

 オレが『好きなタイプ』だといった森元。でもそれは、大好きな父親に似てるからなのだと気がついてしまった。

 どうせオレは、誰にも認められない。親にさえも。

 みんなに囲まれている亨吾を見ていて、痛いほど思った。

 オレは、亨吾と釣り合わない………


「オレ……お前と釣り合わないよな」

 ほとんど八つ当たりで享吾に問いかけたところ、享吾は「それは違う」と、珍しく慌てたように言葉を並べたてた。

「何もかも、お前のおかげなんだよ」

 そして……話してくれた真実。
 中学の時は、お母さんの意向で本気を出せなかったこと。それをオレが強引に本気を出せさるようにしたこと。勉強も、部活も、合唱大会も、オレの『おかげ』で本気で挑めたこと。高校生活もオレの『おかげ』で毎日楽しいこと。

「オレは、お前がいなかったら、何もできない……っ」
「キョウ………」

 泣きそうな様子に愛しさが募って、そっと頭を撫でてやると、享吾は静かに目を閉じた。


(オレはこいつに何をしてやれるだろう……)

 それからずっと考えている。

 オレの『おかげ』で本気を出せた、と享吾は言った。でも、それは、オレの『せい』で本気を出したために、お母さんが苦しんで病気になってしまった、ともいえるのだ。

(オレは……どうすればいいんだろう)

 答えの出せない問題を、オレはずっとずっと考えている。



------------

お読みくださりありがとうございました!
今回のお話は「続・2つの円の位置関係」の3(享吾視点)「続・2つの円の位置関係」の4(享吾視点)の哲成視点でした。
次回も哲成視点で……

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BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係7

2019年04月02日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係

【哲成視点】



『お前のことが、好きだよ』

 中学の卒業式の後、村上亨吾は真剣な瞳を真っ直ぐこちらに向けて言ってくれた。

『誰にも取られたくない。お前のことが欲しい、と思う』
『でも、その感情を優先させて、お前に離れられるのは本末転倒なんだよ』
『お前が欲しいって思う感情よりも、お前と一緒に一緒にいたいって感情の方がずっと大きいから』
『だから…………一緒にいてほしい』

 だから、一緒にいた。ずっと、ずっと一緒にいた。


***


 村上亨吾は、高校生になって、ますますかっこよくなった。見た目もだけど、中身も、何というか……遠慮がなくなった。中学の時は、色々なことに遠慮していたのに、卒業の頃から殻が破けてきて、高校になってからは、それこそ、翼が生えたみたいに自由だ。

 同時に、愛想が悪くなった、とも言える。元々そんなに愛想が良い方ではなかったけど、さらに、だ。周りに余計な気を遣うのをやめたらしい。でも、それを女子達は「クールでかっこいい」と言ってる。

(まあ、そうは言っても………)

 オレにだけは、優しい笑顔をみせる。時々、愛しくてたまらないって瞳でオレを見ていることも知ってる。オレは『愛されてる』。その優越感は何ものにも代えがたい。


「亨吾君って好きな人いるの?」

 高1の文化祭前、同じ中学だった荻野夏希に聞かれた。

「バスケ部内で一番可愛いサッチンが告白したけど撃沈したから、みんな「誰ならいいんだよ!?」って騒いでるんだけど」
「んなこと言われても知らねーよ」

 肩をすくめてみせると、荻野は「教えてよー」と拝んできた。

「だって亨吾君に聞いても、シラ~って目でチラッとこっち見るだけで、何も答えてくれないんだもん」
「あはは」

 その様子が目に浮かんでちょっと笑ってしまう。
 荻野はムーッとしたまま続けた。

「みんなさ~文化祭が迫ってるから焦ってるんだよ~」
「焦ってる?」

 何で?
 聞くと、荻野は「知らないの?!」とビックリしたように叫んだ。

「白浜高校七不思議の一つ。後夜祭で手を繋いだカップルは幸せになれるという……」
「え…………、知らなかった」

 幸せになれる……?

「だから、後夜祭で告白してカップルになるって人も多いらしいよ~」
「………………」

 幸せ…………幸せ?

「カップルになる……」

(村上亨吾はオレのことが好き)

 だから、誰からの告白も受けない。でもそうすると、幸せになれない? じゃあ、オレが村上亨吾とカップルになればいいのか?

 でも……よく分からない。男同士なのにカップルって何なんだ?



「キョーゴ、ホントにいいのか?」

 正直に本人に打ち明けてみた。「キョーゴと一緒にいたいけど、付き合うとかは分かんない」と。そして、

「告白してきた女子って、あれだろ? 後夜祭に誘ってきたんだろ? もしかしたらキョーゴ、幸せになれたかもしれないのに……」

 オレのせいでそのチャンスを逃すなんて……

 すると、村上亨吾は優しく笑って、額にそっとキスをくれた。

「今、お前とこうして一緒にいられることがオレの幸せだから。これ以上の幸せなんかいらない」
「…………」

 …………。

 その真っ直ぐさに、胸がぎゅっとなる。
 こいつ、本当に、オレのことが好きなんだよな……

 そんなことを言ってくれるこいつに、オレは何を返せばいいんだろう……



 そう思ってたところ、ものすごく良いことを思い付いた。

 ヒントをくれたのは、中学の同級生の渋谷慶だ。
 渋谷は、今までは誰にも名前を呼びつけにすることを許さなかった。中学の時、ふざけて「慶」としつこく呼んだ奴を、歯が折れるまでボコボコにしたっていう有名な話があるくらいだ。

 それなのに、

「慶! 待たせてごめんね!」
「いや、全然大丈夫」

 そんな会話が耳に飛び込んで来て、ビックリし過ぎて思いきり振り返ってしまった。

 そこにいたのは、キラキラオーラの渋谷慶と、村上亨吾と同じバスケ部の奴……確か名前は桜井……

「慶のクラス、終わるの早いよね」
「うちが早いっていうより、お前のクラスが遅いんだよ。何にこんな時間かかってんだ?」
「んー、小林先生が、同じ話何回もするせいかも」
「なんだそりゃ」

 楽しそうに話しながら、オレの前を通り過ぎようとしたけれど、渋谷がオレに気がついて立ち止まった。

「おー、テツ。今日は部活ないのか?」
「ああ、うん」

(渋谷……)
 いつもよりもさらにキラキラしてるように見えるのは気のせいだろうか。

 桜井は、ニコニコしながら「自転車持ってくる」とゼスチャーをして、駐輪場に向かって行った。

「テツの数学部、すごいんだってな」
「あ、ああ。うん。先輩たちのおかげだけどな」
「へ~。なんかそういう話聞くと、おれも部活やれば良かったかなあって思うよ」
「あー……」

 渋谷は帰宅部だ……って、そんな話よりも!

「渋谷さ……今、『慶』って呼ばれてなかった?」
「あ? ああ、うん」

 渋谷は少し笑って頬をかいた。なんだその嬉しそうな顔。

「お前、『慶』って呼ばれるのすごい嫌がってたのに、解禁したのか?」
「あ、いや」

 ブンブン、と手を振った渋谷。

「あいつだけ特別。あいつは特別だからいいんだよ」
「え」
「あ、浩介!」

 渋谷は駐輪場から自転車を転がしてきた桜井に「そこで止まれ」のゼスチャーをすると、

「じゃ、テツ、またな!」
「え? あ、うん……」

 オレに手を振って、桜井の元に走っていってしまった。あいかわらず爽やかな後ろ姿を見ながら、今の話を反芻する……

(渋谷も桜井のこと名前で呼んでたな……)

 二人、寄り添って歩いていて、本当に仲が良さそうだ。オレと村上享吾の身長差と同じくらいだから、オレ達が一緒に歩いててもあんな風に見えるんだろうな……

(特別……特別……)

 いいな……特別……

(ってあ! そうだ!)

 二人が門を出て行くのを見送っていたら、いいことを思いついた!

(二人だけの特別な呼び方! それだ!それだ!)

 村上享吾にしてやれること。そしてオレがしたいと思うこと。それは、

(オレ達は特別仲が良い)

 その、証明だ。



 その日の放課後、委員会が終わってからうちに遊びにきた村上享吾に、

「オレ達だけの、特別な呼び方を決めよう!」

と、提案した。村上享吾もなんだかんだとノリ良くその話にのってくれて、二人であーでもないこーでもないと検討した結果、「キョウ」と「哲成」に決定した。これは誰にも呼ばれていない呼び方だ!

「キョウ」

 そう呼ぶと、享吾はいつもの『愛しくてたまらない』って瞳をして、そっとキスしてくれた。

(村上享吾はオレのことが好き……)

 そう実感できる瞬間だ。でも……

「このキスはなんだ?」

 そう聞いても、享吾は軽く肩をすくめて、「つい、なんとなく」としか言ってくれない。

「だと思った」

 笑いながらも、少し、寂しく思う。



------------

お読みくださりありがとうございました!
今回のお話は「続・2つの円の位置関係」の2(享吾視点)の哲成視点でした。
次回も哲成視点で……

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BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係6

2019年03月29日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係

【亨吾視点】


「もう終電間にあわないから、今日は泊まる」

 あっさりと哲成に言われ、内心かなり動揺したけれど、得意のポーカーフェイスで「分かった」とうなずいた。
 
 この半年、哲成は時々うちに遊びには来ていたものの、泊まりはしなかった。しかも、森元真奈と付き合い出してからは、スキンシップも控えているので、哲成に対する免疫がかなり落ちている。一緒のベッドで寝て、理性を保てるかどうか……

 そんなこと知るわけがない哲成は、ご機嫌で自分で買ってきた品物をテーブルに並べはじめた。

「これはどっちも食べたかったから、半分こな。包丁包丁~」
「…………」

 チーズケーキとエクレアだ。おいしそうだな。
 いつもと変わらない哲成。こいつは何も思ってないんだな……
 哲成が勝手に包丁を持ってきて半分に切っている様子をフクザツな気持ちで眺めていたら、

「どうかしたのか?」

 キョトンと哲成に聞かれた。

(どうかしたって……)

 それはこっちのセリフだ。
 ずっと泊まらなかったのに、何で今日は泊まるんだ?

 …………なんてことを言って、帰られるのも嫌だから「別に」とだけいって、皿とフォークと、カップも用意する。

「コーヒー? 紅茶? アップルティー?」
「アップルティー!」

 ニカッとした哲成にキュッとなる。まるで森元真奈と付き合う前に戻ったみたいだ。抱きしめたり手を繋いだりキスをしていたりした……幸せだったあの頃に。

(…………いや、でも……)

 今だって幸せだ。こうして一緒にケーキを食べて笑い合って。哲成と一緒にいられることがオレの幸せなんだから、だから……だからそれ以上は望まない。


**


「……オレな」
 ケーキを食べ終わったところで、哲成があらたまったように言った。

「西本ななえに聞かれた」
「…………」

 西本……何を言ったんだ。

「何を?」
「うん……」

 哲成は言いにくそうに下を向くと、ポツリと言った。

「恋愛とか……分かるようになったのかって」
「…………」
「真奈のこと、本当に好きなのかって」
「…………」

 それは……オレが一番聞きたかったことだ。
 哲成は中学の頃から「恋愛が分からない」と言っていて、中学卒業の時に告白したオレに対しても、「分からない」と答えていた。
 でも、森元真奈と付き合うことにしたってことは、森元のことが好きになった、ということなのか……と

「で?」
 口の中が乾く。アップルティーを飲み干して、先を促した。

「お前は何て?」
「うん」

 すいっとこちらを見上げた哲成は、真剣な顔でハッキリと、言った。 

「そんなのは分かってるって。もう中学生じゃないんだからって、答えた」
「…………っ」

 グッと胸が痛くなる。想像以上の痛さだ。哲成を直視できず、視線をそらした。

(好きだよ)

 想いが溢れてくる。

(オレは、お前のことが好きだよ)

 言いたくても言えない言葉の数々。

(でも………)

 変なことを口走る前に、慌てて立ち上がった。

「お茶入れ直すけど、何がいい?」
「あー……うん」

 返答はないけれど、さっさと食器を持ってシンクへ持って行く。冷静になるために、皿を洗いはじめる。

(『そんなのは分かってる』か……。オレもそんなこと、分かってたのにな)

 いざ、突きつけられると、冷静でいられないものなんだな……

 しばらくすると、哲成の気配が近づいてきた。

「…………キョウ」
「…………なんだ」

 後ろから聞こえてきた哲成の声にも、振り向かない。振り向けない。冷静を装って、そのまま皿を洗い続ける。

「なあ…………キョウ」
「だから、なんだ」
「あの……」
「!」

 心臓が止まるかと思った。
 いきなりぎゅっと抱きつかれたのだ。

「哲…?」
「今だけ」

 哲成の震えるような声。

「今だけ、本当のこと言わせて」
「え」
「で、朝には忘れてくれ」
「何を……」

 振り向いた途端に、ふわりと優しい感触が唇に触れた。

「哲成……?」
「好きだよ」

 哲成のクルクルした瞳がこちらを真っ直ぐに見つめている。

「オレ、キョウのことが、好き」

 出しっぱなしの水の音に混じって、透き通る声が聞こえてくる。

「ずっと、ずっと言いたかった」
「哲……」
「好きだよ」
「…………」

 それは…………

「でも…………」

 哲成の手が伸びてきて水道を止めた。途端に部屋がシーンとなる。

 静まり返った部屋の中で、哲成がはっきりとした声で、言い切った。

「最初で最後。一生一緒にいるために、もう言わない」

 その瞳は今まで見たことのないほどの綺麗な綺麗な光を放っていた。 



------------

お読みくださりありがとうございました!
次回は哲成過去話を……

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BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係5

2019年03月26日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係


【享吾視点】

 大学生になると同時に一人暮らしを始めた。家族で住んでいたマンションを引き払うことになったからだ。

 オレの母親は、オレが中学3年生の時に、精神を病んで数ヶ月入院し、退院後は実家に戻っている。祖母は、亭主関白だった祖父を看取って、ようやく自由な時間を得たばかりだったというのに、今度は娘の世話をすることになるとは思いもしなかっただろう……

 母の記憶は入院時とかわらず、結婚当初に戻っているため、オレと兄は混乱を避けるために会うことは許されず、父だけが週末に会いに行くようにしていた。

 それから約3年……、母の世話をしている祖母の気力と体力が限界にきていたこともあり、オレが高校を卒業したのを機に、父が母の実家で同居することになったのだ。

「落ちついたら会わせるから、それまで待っててくれ」

と、父は申し訳なさそうに言ってくれた。

 兄は父にはにこやかに「大丈夫だよ」と答えていたけれど、オレに対しては「別に二度と会わなくてもいいんだけどな」と吐き捨てるようにいっていた。兄の母に対する気持ちは相当複雑のようで、オレには理解することはできない。オレはただ……

(お父さん、すごいな)

 という思いが強い。父は病気になった母を懸命に支えようとしている。そして母はそんな父を心から信頼しているらしい。母が入院するまでは、ごく普通の両親としか思えなかったのに、実はこんなに強い絆で結ばれていたということを知って、『羨ましい』とまで思っている。

 そんな風に思えるのは、哲成のおかげだろう。哲成がいなかったら、オレは母に忘れられたことにもっとショックを受けただろうし、母を恨んだりもしたかもしれない。でも、家族よりも愛しいと思える哲成の存在が、オレを救ってくれる。オレも、哲成にとって、母にとっての父のようになりたい。



 哲成はあいかわらず義母と上手くいっていないらしい。週に2回はオレのアパートに泊まりにきて「息抜き」をしている、という。

「いっそのこと、ここに住んだらどうだ?」

と、誘ってみたけれど、

「そうしたら本当に取り返しがつかなくなる気がする」

といって断られた。まだ、新しい家族を諦めていない哲成がいじらしい……


 哲成とは、高校時代と同様「友達以上恋人未満」を続けていた。シングルベッドで二人並んで寝ていても、何もしない。でも、何となく手は繋ぐ。何となく軽いキスはする。それだけだ。

 正直に言うと、我慢できずにベッドを抜け出してトイレで処理することもある。でも、それでも、この心地のよい関係を壊したくなかった。


「キョウ……ピアノ聴きたい。次のバイトいつ?」
「明日」
「ん。じゃ、明日行く」
「分かった」

 額にキスをする。ぎゅっと抱きしめる。それだけで、充分幸せだ。


***


 ピアノの生演奏を売りにしているレストランでアルバイトをすることになったのは、一つ年上の音大生・笹井歌子との出逢いがきっかけだった。

 大学に入学した直後、いつものようにコッソリと、渋谷の楽器店のピアノを拝借してピアノの練習をしていたところ、

「君、アルバイトしない?」

と、歌子に声をかけられたのだ。これから2時間後にレストランで演奏しなくてはいけないのに、うっかり指をドアに挟んでしまって、指先に血豆ができてしまった、という。

「閉店後にピアノの練習してもいいから」
「…………」

 時給の良さよりも何よりも、その条件に気持ちが傾いた。即答でコックリ肯いてしまったら、歌子は「よかった」とほっとしたように笑った。

 後から聞いたことによると、歌子は何度かオレが練習しているのを見たことがあったそうで、この日、血豆ができて代わりを探さなくてはならない、となった時に、真っ先にオレのことが思い浮かんだそうなのだ。

 その日の演奏は、まあ、特に問題なくこなせたようで、歌子の父親だというオーナー兼シェフに、

「ウェイター兼時々ピアニストってことでどう?」

と、誘われた。それで「営業時間外にピアノの練習をしてもいい」ということを条件にアルバイトをすることになった。

(これで哲成にピアノを聴かせられる)

 高校時代のように音楽室を借りるわけにはいかないので、どうしようかと思っていたから、それが一番嬉しかった。


 その店では、夕方6時から計5回、一時間毎に20分間ピアノの生演奏をする。

「誰でも何となく知っている曲」というのが、選曲の条件となっている。初日は急だったこともあり、自分の弾けるクラシック系の曲しか弾かなかったけれど、その次からは、ジャズやポップスの曲を弾くよう楽譜を渡された。

 あまり弾いたことのない系統の曲は、新鮮で面白い。でも、自分のものにできないもどかしさもある。

「え? そんなことないだろ。普通に上手だったぞ?」

 聴きにきてくれた哲成はそういって褒めてくれたけれど、自分的には全然納得がいかない。いつか自分でも納得のいく演奏ができるようになるだろうか。


 哲成は時々店に来てくれる。来るのはたいてい、夜10時の最後の演奏時間前だ。そして、毎回飲み物だけを注文する。毎回違う飲み物を注文するのは、全部制覇するつもりだからだそうだ。成人したらアルコールのページも頼めるようになる、と嬉しそうに言っていた。


 哲成が聴いている回は、ついついクラシックの曲を増やしてしまう。そして、ついつい熱も入ってしまうようで、弾き終わってピアノを離れる際に、お客さんからそれを指摘されることもあるし、笹井歌子からも冷やかされた。

「享吾君の『月の光』の解釈は正しい」
「…………。どういう意味ですか?」

 ドビュッシーの月の光。哲成のお気に入りの曲なので、哲成が来ると必ず弾くのだけれども……

「この曲って、月の光の情景を描いたんじゃないんですって。享吾君のそれが当たりみたい」
「だからそれって何ですか?」

 意味が分からない。眉を寄せて聞き返すと、歌子はニッと笑った。

「切ない思い、みたいな?」
「え」
「切ない感じが溢れてて素敵よ」
「………………」

 思わずムッとして見返すと、歌子は「褒めてるのに」とまた笑ってから、小さく付け足した。

「ちょっと、羨ましい」
「羨ましい?」
「私には出せない音だから」
「出せない?」

 どういう意味だ?

 見返すと、歌子は再びニッと笑った。

「でも、私にしか出せない音もある。だからいいの」
「………?」

 歌子の言うことは、時々意味が分からない。分からせる気もないようだ。

(切ない思い……)

 切ないつもりなんかない。オレは今のままで充分だ。充分なんだ。


***

 夏休み中は、哲成がサークルとバイトで忙しそうだったので、ウェイターのシフトを増やしてもらった。でもそんな中でも、海、花火大会、お祭り、映画……と、高校生の時と同じように一緒に過ごせたので、オレ的には充実した夏休みだった。

 夏休みの終わりには、バイト先に父が母を連れてきた。
 父と一緒に住むようになってから、母の記憶は少しずつ整理されていったそうで、オレと兄のことも思い出したらしい。でも、密に接するにはまだ時間が必要なので、とりあえずオレのことを「見に来た」そうだ。

 久しぶりに見る母は、少しふっくらして、前よりもずっと健康そうだった。母が幸せならそれでいい、と思う。

 それ以来、時々、両親は店を訪れるため、必然的に、哲成とも会ったらしい。10月に入ってから、哲成に言われた。

「店の前でキョウのお父さんとお母さんに会ったぞ? お母さん、元気そうだった」
「ああ……うん」
「良かったな」
「…………」

 その時の哲成の表情は、どう解釈したらいいのか分からない。遠くを見るような目で……何となく、不安になった。何が不安なのかは分からないけれど、不安……


 不安が的中したかのように、その頃から、哲成が泊まりにくる回数が減った。一緒にご飯を食べたり遊びにいったりはするけれど、泊まりはめったにしない。

 あまりにも泊まらない日が続いた時に、理由を聞いたところ、哲成は少し言いにくそうに答えてくれた。

「なんかな、せっかく最近、ママさんの当たりが柔らかくなってきたから……」

 ママさん、というのは、哲成の父親の再婚相手のことだ。哲成はずっと彼女に邪険にされていたのだ。

「何で? 何かあったのか?」
「あー……うん」

 哲成は頬をかくと、ポツン、と言った。

「たぶん……森元がうちに遊びにきてから、なんだけど」
「………………」

 森元……森元真奈。
 高校の時に塾が一緒だった、哲成に言い寄っていた女子だ。まだ繋がっていたとは知らなかった……

(っていうか、「うちに遊びに」って……)

 そんなに親しいのか、と、愕然としてしまう。それなのに、そんな話、聞いたこともない。

(でも……それをとやかくいう権利はオレには無い)

 あらためて、そのことに気がつく。オレは結局、哲成の友達でしかないのだから。

「そうか……じゃあ、梨華ちゃんとも遊べてるのか?」
「うん!オレのこと『テックン』って呼ぶんだよ!超可愛い!」
「…………」

 そうか。妹とも遊べてるのか……。お互い家族の話なんてしないから、まったく知らなかった。知らなかった。けど、でも……

「…………良かったな」
「うん」

 お前が笑顔でいられるなら、良かった。

 だから、秋の終わりに、

「オレ、森元と付き合うことにした」

と、哲成から報告をうけた時も、

「良かったな」

と、同じように言った。それ以来、キスはしていない。



***


 そこまで話したところ、西本ななえは、しばらくの沈黙のあと、

「…………なんかよく分かんないなあ」

と、ボソッと言った。


 大学2年生の6月。中学3年生の時の同窓会で再会した西本ななえに、中学を卒業してから今までのことを話せ、と詰め寄られ、促されるまま延々と話してしまったのは、やはり誰かに聞いてもらいたい、と思っていたからかもしれない。


「亨吾君はこれでいいの?」
「これでって?」
「なんかモヤモヤしない?」
「…………」

 眼鏡の奥の鋭い瞳がジッとこちらを見つめてくる。

「結局、テツ君って亨吾君のことどう思ってたの?」
「それは……」

 友達、だろ。

 そう言うと、西本は鼻で笑った。

「普通、友達にキスとか許す?」
「…………」
「それ以上に進もうとしない亨吾君にヤキモチ焼かせるために女に走った、とかじゃないの?」
「それはないだろ」

 そんなことが理由だとしたら、さっさと別れてるはずだ。でも、哲成と森元真奈はもう半年以上も付き合ってる。

 二人は上手くやってるようだし、オレと哲成の友達関係も今も変わらず続いている。ただ……過剰なスキンシップがなくなっただけだ。

 そう説明すると、西本は「まー、いいや」と、軽く肩をすくめた。

「私、片方からの情報だけでは判断しないことにしてるの」

 ハッキリキッパリ言う西本。

「だから、テツ君にも聞いてみるね」
「やめてくれ」

 何を聞くっていうんだ。

 眉を寄せてみせたけれど、西本はまったく取り合わず、「亨吾君から聞いた話はしないから安心してー」と言いながら、入口の方を見た。

「あー、テツ君早く戻ってこないかなー」

 哲成は今、森元真奈を送りにいっている。家まで行くだろうから、そんなに早くは戻ってこないだろう。


 案の定、同窓会がお開きになった直後に、哲成はようやく戻ってきた。

 でも、オレが他のクラスメートに囲まれて「二次会に行こう」と誘われている間に、哲成と西本ななえは消えてしまって……

(西本、変なこと言ってないだろうな……)

 非常に心配だけれども、二人の行き先も分からず……

 しょうがないので、二次会に途中まで参加してから、一人アパートに帰ることにした。

 西本に色々話したせいか、いつもよりも更に、頭の中で哲成との思い出がグルグル回っている。二次会で飲んだ酒のせいもあるかもしれない。

 だから、アパートに着いて……

「おせーよ」

 ドアの前、小さくしゃがみこんでいる哲成が、こちらを見上げて文句を言ってきた姿を見た時には、酔っているせいの幻覚かと思ってしまった。


-------------


………長っ!
この長文を耐えて読んでくださった方、本当に本当にありがとうございます!
「1」までどうしても戻りたくて、切らずに行ってしまいました。
次回はこの続きから……

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