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BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係4

2019年03月22日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係

【享吾視点】


 高校三年生。クリスマスイブ前日のことだった。

「あ!キョウ!待ってたぞ!」

 塾に着いた途端、久しぶりに、跳ねるように村上哲成がこちらにやってきた。最近は学校でも暗い表情をしていることが多いので、その明るい様子にホッとした……のも束の間、

「あのな、明日の夜、森元の家でパーティーやるんだって!」
「…………は?」

 森元、の名前に、ピキッと自分の顔が固まったのが分かった。

(森元……真奈)

 明らかに哲成に気がある女子だ。計算高くすり寄っているのに、鈍感哲成は全然気が付いていない……

「森元のうちってすげー金持ちだから、すげー旨い物出てくるんだって!」
「…………」
「キョウも一緒に行こうぜ!」
「え」

 一緒に? それは……

 聞きかえそうとしたところ、スッといつの間に、哲成の横に人影が寄ってきていた。

「キョウ君も是非来て、ね?」
「……っ」

 寄り添うように哲成の横に立った森元真奈の姿に、毛が逆立つような感覚に襲われた。

(喧嘩売ってんのか?!)

 ………。

 なんてことをオレが思っているなんて、哲成含め、誰も思わないだろう。その証拠に、森元が笑顔で言葉を続けてくる。

「あのね、ミナちゃんもサユリちゃんも、みんなキョウ君と仲良くなりたがってるの」

 誰だそれ。そんな奴ら知らない。

「もちろん、真奈もキョウ君とも仲良くなりたいし」

 キョウ君「とも」。とも、というのは、もちろん哲成「とも」ということで……

(ああ、ムカつく。その甘ったれた話し方も、自分のことを名前で呼ぶところも)

 何もかもがムカつく。けれども……

「な?な?行こう行こう!」
「…………分かった」

 哲成に腕を引っ張られ、小さく肯いた。
 元々、今年のクリスマスイブに関しては、どう過ごすか結論が出ていなかったのだ。哲成の父親は飲食店に勤めていて毎年クリスマスは朝まで帰ってこられないため、オレは去年も一昨年もその前も、哲成の家に泊まりにいっていた。でも今年は、義母と妹がいるのでそれは無理で……

(哲成……家にいない理由ができてホッとしてるってところか)

 哲成の心中を慮って、苦しくなる。抱きしめたくなる……

 そんなことを知らない森元が「わあ!良かった!」と手を打った。

「テツ君、真奈、クッキー作るから楽しみにしててね!」
「おー楽しみ楽しみ」

 ニコニコしている哲成。その横に森元がいることは受け入れられないけれど、哲成の顔が久しぶりに明るいことだけは嬉しい。

「あ!ミナちゃん!サユリちゃん!」

 森元が、入室してきた女子二人に向かって大きく手を振った。

「二人とも来られるってー!」
「わあ!良かった!」

 きゃあっと華やかな声を上げて手を繋いでいる女子3人。その隙に、

「………哲成」
 哲成の耳元にそっとささやく。

「今年で4回目だな。一緒に過ごすクリスマス」
「おお。そうだな」

 ニカッと笑った哲成に、きゅっと心臓が掴まれたみたいに痛くなる。哲成、哲成………

「来年も……」

 来年も、その先も、ずっと、一緒に過ごしたい。

 そう言いたかったけれど……

「テツくん! ピザ選んで!」
「え?! ピザ?!」

 哲成の目がキラッと輝いた。

「やった! ほら、キョウも! わ~どれがいいかな~」
「真奈、これ好きー」
「オレもオレも!」

 森元真奈と一緒に盛り上がっている哲成の様子を、オレはぼんやりと眺めることしかできなかった。


***


 森元真奈の家は、想像以上に大きかった。テレビや映画で見る『金持ちの家』そのものだ。オレ達を含め、森元の友人が10人も客としているのに、少しも狭さを感じさせない広いリビングには、グランドピアノまで置いてある。

「わーグランドピアノ!キョウ、弾いて!」

 哲成に目を輝かせて言われたけれど、速攻で首を振った。哲成以外の奴に聴かせるつもりはない。

 しかし、この広さといい、高級そうな家具の数々といい……

「本当に金持ちなんだな……」
「お母さんが、何だっけな……何とかっていう有名な化粧品会社の社長さんなんだってさ」
「お母さん?」

 お父さん、ではなく、お母さん?

 なんて不思議に思っていたところ、

「テツ君!」

 小柄な女子が跳ねるように駆け寄ってきた。森元真奈だ。

「来て来て!パパに紹介するから!」
「え、あの」

 有無を言わさず、森元は哲成の腕を引っ張っていく。その先には、小柄で優しそうな眼鏡の男性…………

「…………え」

 その姿を見て、思わず声をあげてしまった。

(…………似てる)

 その場にいた10人全員がそう思っただろう。
 森元真奈の父親と哲成は、容姿も雰囲気も、驚くほどよく似ていた。 


***


 森元の家にいる間は、哲成には森元がピッタリとくっついていて、オレの周りには森元の友達がずっといたので、あまり二人で話すことができなかった。

 でも、今日はこのまま、哲成はうちに泊まりに来ることにしたので、二人でマンションに向かっている。もうすぐ22時になる夜道は、人通りもなく静かだ。

 そんな中、いつもは騒がしい哲成がなぜか森元の家を出てからずっと口数が少ないのが気になった。どうしたんだろう……

「どうかしたのか?大人しいけど」
「別に」
「…………」
「…………」

 こんな哲成は珍しい。何となく、沈黙が気まずくて、

「ようは、ファザコン、なんだろうな」

 話題の糸口を探してみた。

「ファザコン?」
「森元のことだよ」

 チラリと隣を歩く哲成を見下ろす。やっぱり似てる。きっと哲成が歳を重ねたらああなるのだろう……

「森元がお前に付きまとうのは、父親に似てるからなのかと思って」
「付きまとうって」

 眉を寄せた哲成。

「そんな……」
「付きまとってるだろ。今日もずっと隣にくっついてて」

 思わず、普段からのイライラが言葉に出てしまう。

「明らかにお前に気があるよな、森元」
「…………」
「…………」
「…………」

 哲成……どう思ってるんだろう。
 さすがに、今日の様子を見れば、森元が自分に気があることくらい気がついただろう……

 また、沈黙が続く………

 と、ふいに立ち止まられた。

「哲成?」

 振り返り…………ギクッとした。

(え?)

 なんだ、その目。怒ってる……?

「て……」
「どうせオレはそうだよ」

 絞り出すみたいな、聞いたこともない低い声に、息を飲んだ。哲成はこちらを睨んだまま言葉を継いだ。

「どうせオレなんか好きになる奴なんかいなくて」
「え」
「どうせオレなんかお前の引き立て役で」
「な……」

 何を言ってる?

 哲成は怒りの表情のまま、淡々と続けた。

「今日来てた女子は全員お前目当てで、唯一オレ目当ての森元も、父親に似てるからって理由で」

 それは……

「いいよなお前は。背も高くて顔も良くて」
「…………」 
「いいよな。第一志望東大で」
「…………」
「バスケ部のエースで」
「…………」
「女にモテモテで」
「…………」

 哲成…………

「お前、何言って……」
「何言ってるって、そのままだよ。お前が羨ましいって話」
「…………」
「今日も女子達が言ってたよ。亨吾君はなんでテツ君なんかと友達なんだろうってさ」
「な……っ」

 そんなこと……っ

「哲成……っ」
「ああ…………ごめん」

 ふっと、冷たい目のまま、哲成が一歩下がった。

「オレ……変だな」
「…………」
「なんか疲れたから……帰る」
「哲成……」

 帰る……帰るって。お前、今日はあの家には帰りたくないだろ……

「じゃあ……ごめんな」
「…………」

 視線を下げたまま、背を向けた哲成。その背中はとても……とても寂しそうで……

「哲成……」

 なんだよ。お前らしくない。
 お前はいつだって、人に何を言われようと真っ直ぐ前を向いていて……オレはそんなお前に何度も救われて……

「哲成」

 オレはそんなお前と一緒にいたくて。どうしても、一緒にいたくて……

 なのに、遠くなっていく。遠くなっていく……

(嫌だ……)

 離れていく……

(嫌だ……)

 離れて……

「……哲成っ」

 たまらず追いかけて、腕を掴んだ。

「え」
「行くなっ」

 驚いた顔をした哲成を強引に抱きすくめる。

「行くな……っ」

 哲成の頭をかき抱き、ぎゅうっと抱きしめる。

「ここに、いろ」

 容赦なく力いっぱい抱きしめる。

 ここにいてくれ。オレの腕の中にいてくれ。

 そう強く強く願いながら、抱きしめ続ける。

 ……と、ふっと哲成の力が抜けた感じがした。身を預けてくれてる……

「哲成……」

 そっと頭を撫でてやると、

「キョウ」

 ぐりぐりっと胸のあたりに額が擦られた。

 哲成はしばらくそうしてから、ポツンと言った。

「オレ……お前と釣り合わないよな」
「え」

 何を言って……

「なんか……今日あらためてそう思った」
「そんなこと……」
「あるよ」

 こちらを見た哲成は、寂しげな笑顔を浮かべている。

「お前、完璧だもん。見た目もだけど……東大目指してるとことか、バスケ上手かったこととか……」
「それは違う」
「違くない」
「ああ、違うっていうか」

 どう言えば、分かってくれるだろう。
 どう言えば、この腕の中にいてくれるだろう。

「オレが東大目指せるのは、お前のおかげなんだよ」
「おかげって」
「おかげなんだって。何もかも、お前のおかげなんだよ」

 オレは、必死になって言葉を継いだ。

 中学の時は、母親の意向で本気を出せなかったこと。それが、哲成のおかげで本気を出せるようになったこと。勉強も、部活も、合唱大会も、受験も、哲成のおかげで本気で挑めたこと。高校生活も哲成のおかげで毎日楽しいこと。

「オレは、お前がいなかったら、何もできない……っ」
「キョウ………」

 哲成は、丸い目をますます丸くして……それから、手を伸ばして、オレの頭を撫でてくれた。

 この日、哲成はオレの部屋に泊まりにきてくれて、眠りにつくまで手を繋いでいてくれた。

 冬休みもずっと一緒にいたし、受験も一緒に乗り越えた。卒業式には二人でお祝いをした。クリスマスイブにケンカをしたことなんて、なかったかのように過ごしていた。

 だから、このまま、大学が違っても、穏やかな日々が続くとばかり思っていた。

 思っていたのに……


「オレ、森元と付き合うことにした」


 そう、哲成が言ったのは、大学1年の秋のことだった。

 

---

お読みくださりありがとうございました!
あっという間に大学生…

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BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係3

2019年03月19日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係

【享吾視点】


 高校生活は、想像以上に楽しく、充実したものだった。

 生徒の自主性に任された行事の数々は、毎回クラスを上げてのお祭り騒ぎになるし、それでいて勉強も、少しでもサボると順位が下がるので油断できない。

 部活も、バスケ部は上級生の人数が少ないこともあって、入部早々にレギュラー入りし、かなりハードなことを要求されたため、それに応えるのに必死になった。

 村上哲成は、当初の予定通り数学部に入部した。こちらも大会に出場して好成績をおさめるなど、充実した活動を行っていた。部活の話をする哲成は、いつも楽しそうで、鼻を膨らませながら話すのが可愛くて、見ているだけで幸せな気持ちになる。

 クラスは、1年生の時は2組と8組で、棟も階も違ってしまったけれど、2年では1組と2組で隣同士だったので、体育が一緒だったり、修学旅行も部屋が隣だったので、少しは救われた。


 そして3年では、念願叶って同じクラスになれた。同じ国公立志望クラスだ。

 進学校らしく、3年生は学校行事に熱心には参加しない。行事の楽しさを共有できないことを哲成は残念がってくれたけれど、オレ的には哲成と一緒に過ごせる時間が増えたことが、単純に嬉しかった。

 哲成とは軽いキス以上のことはしない、好きとか付き合おうとかは絶対に言わない、あいかわらずの『友達以上恋人未満』な関係を続けていた。それで充分だった。それが楽しかった。

 このまま、そんな充実した日々が続くと思っていた、5月の連休明け……

 その日々に大きな変化が訪れた。村上哲成の父親が再婚したのだ。


***


 高校3年生の5月。哲成の父親が再婚した。ほぼ同時に、妹も生まれて、哲成は妹にメロメロになった。ずっと妹が欲しかったそうだ。

 一見、その新しい家族はうまくいっているように見えたけれど……オレは、再婚相手に違和感を感じていた。

 オレ達より20歳年上の彼女は、物静かな雰囲気の哲成の父親とは真逆の、派手で強引な感じの女性だった。

 哲成の家は、柔らかい色合いのカーテンや木の家具に囲まれた優しい感じのインテリアで統一されていたのに、再婚した途端、ほぼすべての家具が白と黒と赤に替えられた。

 それはまあ、個人の趣味だからいいとしても………ピアノまで哲成に許可なく売るというのはおかしい。哲成の父親だって、哲成の母親が亡くなった後も毎年調律を頼んでいたくらいなのだから、ピアノに対する想いはあっただろうに、手放すことを何も思わなかったのだろうか……。

 そして、哲成の母親の写真も、あの大量にあった楽譜たちも、全部屋根裏部屋にしまわれてしまったそうだ(捨てられなかっただけマシといえばマシか)。

 妹に「兄とは母親が違う」と説明するのが難しいから、というのが再婚相手の言い訳らしいけれど、だからといって、哲成からまで母親の写真を取り上げるのは、どう考えてもやりすぎだと思う。

 哲成も思うことはあるはずなのに、

「オレの心の中に母ちゃんはいる。写真なんかなくても大丈夫」

と、気丈に言った。それが痛々しくて、ぎゅーぎゅー抱きしめた。

「オレもお前の母親の顔、ちゃんと覚えてるからな」
「うん。あ、それにお前、母ちゃんの音、弾けるしな」
「……そうだな」

 以前、オレの弾くピアノの音が、哲成の母親の音に似ている、と言われたことがある。
 だから、哲成が好きだった曲の楽譜を購入して、時々、音楽室のピアノを借りて弾いて聴かせることにした。うちにはピアノがないので、楽器屋のピアノを拝借してこっそり練習したりもした。哲成が喜んでくれるなら、完璧に弾きたかった。

 オレはお前が笑顔になるためなら、何でもする。


***


 悪い予感通り、秋頃から、新しい家族は崩れはじめた。哲成が義母に避けられるようになってしまったのだ。

「なんかなー、梨華と遊ぼうとすると止められるんだよー」

 妹と遊べない、と、明るく愚痴ってはいたけれど、本心はかなり複雑のようだった。

「テツ君は受験生なんだから」

 というのを理由に、哲成を自室に行くよう強制したり、哲成だけを置いて外出したりする回数も増えているらしい。

「家いるのつまんないし、勉強がんばっちゃおうかな~」

 そういって、一緒に通っている予備校の自習室に行く回数も増えた。

 オレも一緒に行ける時は行っていたけれど、母が実家に帰っている関係で、父と兄と家事を当番制にしていたため、全部に付き合うことは難しかった。


 そんな中………


(…………また、いる)

 日曜日の自習室で、哲成の横に座っている女の姿を見つけて足を止めてしまった。

 夏休みからこの予備校に通い始めた、都内の私立高校に通っている同学年の女子だ。
 入校早々から、哲成に近づこうとしている雰囲気を感じたので、さりげなくブロックしていたのに、最近、哲成が一人で自習室に来ることが増えたため、ガードしきれず、2人は親しくなってしまった。

 グツグツと腸が煮えるのを、何とか隠して声をかける。

「………哲成」
「おお」

 ふいっと顔をあげた哲成の顔に、疲れが見えて胸が痛くなる。ああ、抱きしめたい……

「今日、うち誰もいないから、うちに来ないか? 昼も何か作るぞ?」
「おお。いいな。行く行く。……あ、でも」

 哲成は立ち上がりかけたのに、ふいっと隣を見た。

「森元、ごめん。昼一緒に食べられなくなった」
「……え? 何?」

 ニコッとした笑顔で哲成を見上げた、その女……

(お前、今、絶対話聞いてたよな?)

 思わずそう言いそうになったけれど、何とか飲み込む。

(計算高い女……)

 大嫌いだ。森元真奈。



---

お読みくださりありがとうございました!
あっという間に2年が経ち、今回のラストシーンは高校3年生の冬。
暗雲たちこめてきた……

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BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係2

2019年03月15日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係

【享吾視点】

 白浜高校に入学して、自分は井の中の蛙だったのだと、思い知らされた。入学早々の実力テストで、わりと本気をだしたのに、30番台を取ってしまったのだ。

「32番ならいいじゃねーかよ! オレなんか109番だよ!」

 村上哲成がプンプン怒りながら言っているのが面白くて可愛くて、我慢できずグリグリ頭を撫でまわしていると、偶然、同じ中学だった渋谷慶が通りかかった。渋谷にも話を振ってみると、渋谷は綺麗な顔を真っ青にして、ボソッといった。

「おれ、392番……」
「え、マジで?」
「とにかく英語が悪すぎた。エゲツナイあの長文」
「なー。さすが白高!レベル高いよなー」
「だなー」

 小柄な二人が絡んでいる様子を見るのは、中学の頃から好きだった。何だか癒される。思わず、少し笑ってみていると、「何笑ってんだよー!」と村上に横から抱きつかれた。

「いいよなーキョーゴは!英語得意だもんな!」
「だよなー最後の学年末テストも学年一位だったもんなー?」

 二人に口々に言われたけれど、「そんなことはない」と手を振ってやる。

「オレ、今回、英語9位だったぞ」
「え! マジかよ」
「キョーゴが9位って……1位の奴、どんなガリ勉君なんだろうな?」
「なー?」

 すげーな。白高。さすがだよな。

 3人でうんうん肯き合う。肯き合いながらも、楽しくて楽しくてしょうがない。このレベルの高い環境で、自分の実力を試せる。それがどんなに嬉しいことか。
 そして、オレの横には、オレの本気を引き出してくれる村上がいる。

「じゃ、帰ろうぜー? 渋谷はバスだっけ?」
「うん。だからこっちの門。じゃーなー」
「じゃーまたー」
「またな」

 渋谷に手を振り、オレと村上は駐輪場に向かう。

「なーキョーゴー。英語復習したいー」
「そうだな。あ、オレも数学でお前に聞きたいところがある」
「おー。じゃ、うち寄って」
「おお」

 二人で話しながら自転車にまたがり、坂道をおりていく。風が心地よい。

 こんなに、おれは……自由だ。


***


 村上哲成とは言うならば『友達以上恋人未満』の関係を続けていた。

 オレの気持ちは、自分でも清々しいと思えるほど、真っ直ぐに、村上だけに向いている。かといって、村上にそれを強要するつもりがないことは、中学の頃から変わっていない。


 11月の文化祭前に、数人の女子から告白されたときも、キッパリと断った。なんの躊躇もなかった。

「キョーゴ、ホントにいいのか?」

 告白されたことを知った村上に、心配げに言われた。

「オレのせいで断ってるんじゃ……」
「お前が気にする話じゃない」

 グリグリと頭を撫でてやると、村上はあからさまにホッとした顔をして、ポツンと言葉を継いだ。

「オレな、自分でもズルイって分かってんだよ」
「何が」
「キョーゴと一緒にいたいけど、付き合うとかは分かんないって……ズルイよな」
「別にズルくない」

 村上の部屋の中。人の目がないのをいいことに、ギュッと抱き寄せる。と、村上がグリグリと頭を胸に押しつけてきた。

「でも、キョーゴ……告白してきた女子って、あれだろ? 後夜祭に誘ってきたんだろ?」
「ああ……まあ」

 白浜高校の七不思議のひとつ。後夜祭で手をつないだカップルは幸せになれる、という……

「もしかしたらキョーゴ、幸せになれたかもしれないのに……」
「なれない……ああ、いや、なれないんじゃなくて……」

 白い頬を囲って顔を上げさせ、額にそっとキスをする。

「今、お前とこうして一緒にいられることがオレの幸せだから」
「…………」
「これ以上の幸せなんかいらない」
「…………キョーゴ」

 村上は、こうして抱きしめたり、軽いキスをすることには、ほとんど文句も言わない。これが友達としてはおかしなことだということには、目をつむってくれているのだろう。それに甘え過ぎて、一線を越えたりすることはないように気を付けてはいる。

 いつか、村上がオレのことを「好き」だと思ってくれたら……そうしたら……

 それまでは、これ以上のことは、望まない。今のままで充分だ。


***


「オレ達だけの、特別な呼び方を決めよう!」

 村上が、いきなりそんなことを言いだしたのは、文化祭の数日後、村上の部屋に遊びに行ったときのことだった。

「特別な呼び方って?」
「あのなあのなあのな!」

 興奮したように村上が言う。

「あの渋谷が『慶』って呼ばれるのオッケーした奴がいるんだよ!」
「え」

 それは驚きだ。『慶』と呼んだ奴は歯が折れるまで殴られるという噂もあるのに。

「ほら、渋谷がバスケ教えてやってるバスケ部の……」
「桜井?」
「そう!桜井!あいついつの間に『慶』って呼んでて!んで、渋谷に聞いたら『特別だからいい』んだって!」
「へえ……」

 前から渋谷と桜井は妙に仲が良いとは思っていたけれど、そこまでとは……

「で、渋谷も桜井のこと名前で呼んでてさ。名前……なんだっけ?」
「桜井浩介」
「そうそう、『浩介』!」
「ふーん……」

 桜井は部活内でも『桜井』と呼ばれている。『浩介』と呼ぶのも渋谷だけなんだろう。

「良くね!?」
「ああ……でも」

 中学のバスケ部の奴らは、オレを『亨吾』と呼ぶし、村上だって、みんなから『テツ』って呼ばれてるし……

と、言うと、村上は「それが問題なんだよ!」と言いながら、レポート用紙を机に広げた。

「まず、『きょうご』はみんなが呼んでるからバツ」
「じゃあ、『テツ』もバツ」

 オレも真似して横からレポート用紙に書き込む。

「んじゃさ、あだ名的なものは?」
「あだ名?」
「例えば……」

 村上はニッとしてから、ペンを滑らせた。

「キョンキョン」
「却下」

 速攻で『キョンキョン』の字に大きくバツをつけてやる。

「えー、かわいくね?」
「かわいくてどうする」

 意味が分からない。
 村上は「うーん」と言いながら、再び書き込んだ。

「じゃあ、キョンちゃん」
「嫌だ。キョンから離れろ」
「じゃあ、キョウちゃん」
「それは、親戚のおばさんが呼んでる」
「もしかして、キョウ君もいる?」
「いる」
「あーそっかあ……」

 キョウちゃん、キョウ君、と書いてバツ。

「あ、じゃあさ」

 ポンッと村上が手を打った。

「そんな、余計なものは付けないで………」

 クルクルした瞳がこちらをのぞき込んでくる。

「キョウ」
「……………」

 キョウ……

 なんだろう。すごく……すごく胸に響く音。
 思わず、ほとんど無意識に、村上の唇に唇を落とした。柔らかい、愛おしい感触。村上の唇は、いつもいつも柔らかくて、愛おしい……

「…………って、こら!」

 頬を染めた村上から、ゴッと額にゲンコツを当てられた。

「人が真面目に考えてるのに!」
「ああ、ごめん」

 素直に謝っておく。

「それ、すごくいいなあと思ったら、つい、なんとなく……」
「でた!お前『ついなんとなく』でキスするの、ホントやめろよ!」

 村上はプンプン怒ってから、「あれ?」と首を傾げた。

「すごくいいって、『キョウ』が?」
「そう。それ、誰も呼んでないのに、なんかすごくシックリくる」
「おお! じゃ、決定な!」

 さっきまで怒っていたことは忘れたように、村上が「イエーイ」と手を打ち合わせてくる。

「じゃ、お前は?」
「オレもさ、シンプルに名前呼びつけでいいのかも」
「名前、呼びつけ?」
「そう!」

 村上は少しおかしそうに笑うと、

「オレの名前『哲成』なのに、親も親戚も友達もみんな『テツ』とか『テツ君』とか呼ぶんだよな。実は『哲成』って呼んでる奴が一人もいないってことに、今さら気が付いた」
「ああ、そういえばそうだよな」

 そうか……哲成。哲成……か。

「呼んでみて!呼んでみて!」

 はしゃいだように言う村上の顔を、真顔で見つめ返すと、村上もハッとしたように真顔になった。

 しばらくの沈黙の後、息を吸って……吐いて、その名を呼んだ。

「…………哲成」
「………」
「………」
「………」

 大きく瞬きをした哲成……

 それから、ふわっと笑顔になって、小さく、言った。

「キョウ」
「……………」

 グっと胸が押されたように痛くなる。『好き』が溢れだして、苦しい……

「哲成……」
「…………」

 その痛さから逃れるために、再び唇を重ねる……と、

「このキスはなんだ?」

 クルクルした目がこちらを見上げてくる。

(……これは『好き』のキスだよ)

 なんて、本当の気持ちは、困らせるだけだから言わない。だから………

「つい、なんとなく」

 しれっと答えると、哲成は「だと思った」と、小さく笑った。


 この日以来、オレ達は、

「キョウ」
「哲成」

 と呼び合うことになった。



---

お読みくださりありがとうございました!
ラブラブ全開過ぎの二人。
ちなみに。入学直後の実力テスト、英語学年1位を取ったガリ勉君は、桜井浩介君です^^

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BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係1

2019年03月12日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係

【西本ななえ視点】


『テツ君と亨吾君は両想い』

 そう確信したのは中学3年のバレンタインの時だった。

 テツ君に中学3年間片想いをしていた身としては、大変複雑ではあったけれど、

『変な女とどうこうなるよりは全然マシ!』

と自分を励まして、卒業式の日に亨吾君の背中を押してあげた。

 その後、高校の時に何度か見かけた二人は、中学の時よりも更にベタベタしていたので、

(やっぱり付き合うことになったんだなあ)

と、嬉しく思っていた。嬉しく思えるまで吹っ切れた自分を自分でほめていたのに……

 なのに。

 中学を卒業した4年後に行われた同窓会で、頭の中が真っ白になるほどの衝撃を受けた。

「テツ君の彼女の真奈でーす♥」

 そう言って、テツ君の横でニコニコの笑顔を見せたのは、小柄なテツ君よりも更に小柄で、フワフワの茶色い髪にフリフリのスカートをはいた、人形みたいに可愛らしい女の子だった。


***


「どういうこと!?」

 女子に囲まれていた村上亨吾君が、一瞬一人になった隙に隅っこに連れて行って、にじり寄ってやった。畳の大広間で行われている同窓会は、席の移動は自由となっている。

 中学の時も『それなりに』格好良かった亨吾君は、現在、『ものすごく』格好良くなっていたため、さっきまで女子達が目の色変えて群がっていた……けれども、この手の男はタイプじゃない私にとっては、そんなことはどうでもいい。

「私、あんな女に譲るためにテツ君から身を引いたつもりないんだけど?」
「西本……」

 亨吾君は苦笑すると、小さくたしなめるように言った。

「あんな女、なんて言ったら、哲成に怒られるぞ?」
「哲成?」

 哲成!?

 話の中身よりそちらに引っ掛かった。

「亨吾君、いつの間にテツ君のこと名前呼び? いつから?」
「ああ……」

 引き続き、亨吾君は苦笑している。

「高1の冬くらいからかな……」
「テツ君は? あいかわらず、『キョーゴ』?」
「いや」

 すいっと亨吾君の視線が動いた。その視線の先にはテツ君……

「『キョウ』って……呼ばれてる」
「…………」

 亨吾君の優しい目……

 哲成。キョウ。

 テツ君はご両親にも「テツ」って呼ばれてた。亨吾君は知らないけどおそらく「亨吾」だろう。

 たぶん、他にそう呼ぶ人はいない、二人だけの特別な呼び方。そんな呼び方をするなんて……

「………。やっぱり、二人、付き合ってたんでしょ? 別れちゃったってこと?」

 ストレートに聞くと、亨吾君は静かに首を振った。

「付き合ってない。だから別れてもいない」
「…………なにそれ」

 なにそれ……

「どうして? だって中学の卒業の時……」

と、さらに突っ込んで聞こうとしたところ、

「キョウ! 西本!」

 ピョンピョンッと跳ねるようにテツ君がやって来た。全然変わらない可愛いテツ君。

「オレ、真奈のこと送ってくるから、ちょっと抜けるな」
「ああ、分かった」

 ふっと微笑んだ亨吾君。なんか……切ない表情……

「なに? 彼女もう帰っちゃうの?」

 トゲトゲしさを隠しきれないまま聞いたけれど、鈍感テツ君は全然分かってなくて、ニヘラッと笑った。

「真奈、お嬢様だから、門限8時なんだよ」
「………………ふーん」

 じゃあワザワザ来んなよ。と言いたいところをぐっと押さえる……。
 そんな私の横で、二人は手を軽く打ち合わせた。

「気を付けてな」
「おー」

 テツ君はまたピョンピョン跳ねるように、今度は彼女の元に戻っていく。それを見送っている享吾君の顔……

(なんて顔してんの?)

 何その、情熱をうちに秘めてますっていう憂い顔……

「…………享吾君。いったい何があったの? この4年で」
「何がって……」

 振り返った享吾君はまた苦笑して、首を振った。

「何も、ない」
「何もないわけないでしょ」
「そう言われても……」
「じゃ、中学卒業してからの二人のこと、全部話して?」
「え」

 戸惑ったように目を泳がせた享吾君。でも逃がさない。

「私、聞く権利あると思わない?」
「…………」
「思うでしょ?」
「…………」
「…………」
「…………」

 享吾君は、大きく息を吐くと、トン、と壁に背中を預けた。すかさず、近くにあったビール瓶を手に取り、空になっていた亨吾君のグラスに注いであげる。

「じゃ、話して?」
「何を?」
「そうだなあ……」

 ふっと先ほどの「キョウ」と呼びかけたテツ君の可愛い顔を思い出して、言ってみる。

「二人が『哲成』『キョウ』って呼び合うようになったキッカケとか」
「ああ………」

 享吾君は、ビールを少し飲むと、思い出すように、目を細めた。

「それは……渋谷に影響されて、だな」
「渋谷君?」

 そういえば、渋谷君も二人と同じ白浜高校に進学していた。学校一のアイドルだった男子。

「どういうこと?」
「渋谷が名前呼びつけされるのすごく嫌がるって話は知ってるか?」
「ああ。有名だったよね」

 中性的で美しい容姿をしていた渋谷君は、名前の『慶』で呼ばれることをすごく嫌っていた。幼稚園の時に「ピンクレディーのケイちゃんの真似をしろ」と揶揄われたのがキッカケだった、という話を聞いたことがある。

「それが?」
「その渋谷が名前呼びつけを唯一許した奴がバスケ部にいて……」

 ポツポツと話し出した享吾君。こぼれだした二人の高校時代の思い出……。

 聞けば聞くほど……なんだか切なくなってしまった。


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お読みくださりありがとうございました!
そんなわけで、次回金曜日から享吾君の思い出話がはじまります。

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