【享吾視点】
高校三年生。クリスマスイブ前日のことだった。
「あ!キョウ!待ってたぞ!」
塾に着いた途端、久しぶりに、跳ねるように村上哲成がこちらにやってきた。最近は学校でも暗い表情をしていることが多いので、その明るい様子にホッとした……のも束の間、
「あのな、明日の夜、森元の家でパーティーやるんだって!」
「…………は?」
森元、の名前に、ピキッと自分の顔が固まったのが分かった。
(森元……真奈)
明らかに哲成に気がある女子だ。計算高くすり寄っているのに、鈍感哲成は全然気が付いていない……
「森元のうちってすげー金持ちだから、すげー旨い物出てくるんだって!」
「…………」
「キョウも一緒に行こうぜ!」
「え」
一緒に? それは……
聞きかえそうとしたところ、スッといつの間に、哲成の横に人影が寄ってきていた。
「キョウ君も是非来て、ね?」
「……っ」
寄り添うように哲成の横に立った森元真奈の姿に、毛が逆立つような感覚に襲われた。
(喧嘩売ってんのか?!)
………。
なんてことをオレが思っているなんて、哲成含め、誰も思わないだろう。その証拠に、森元が笑顔で言葉を続けてくる。
「あのね、ミナちゃんもサユリちゃんも、みんなキョウ君と仲良くなりたがってるの」
誰だそれ。そんな奴ら知らない。
「もちろん、真奈もキョウ君とも仲良くなりたいし」
キョウ君「とも」。とも、というのは、もちろん哲成「とも」ということで……
(ああ、ムカつく。その甘ったれた話し方も、自分のことを名前で呼ぶところも)
何もかもがムカつく。けれども……
「な?な?行こう行こう!」
「…………分かった」
哲成に腕を引っ張られ、小さく肯いた。
元々、今年のクリスマスイブに関しては、どう過ごすか結論が出ていなかったのだ。哲成の父親は飲食店に勤めていて毎年クリスマスは朝まで帰ってこられないため、オレは去年も一昨年もその前も、哲成の家に泊まりにいっていた。でも今年は、義母と妹がいるのでそれは無理で……
(哲成……家にいない理由ができてホッとしてるってところか)
哲成の心中を慮って、苦しくなる。抱きしめたくなる……
そんなことを知らない森元が「わあ!良かった!」と手を打った。
「テツ君、真奈、クッキー作るから楽しみにしててね!」
「おー楽しみ楽しみ」
ニコニコしている哲成。その横に森元がいることは受け入れられないけれど、哲成の顔が久しぶりに明るいことだけは嬉しい。
「あ!ミナちゃん!サユリちゃん!」
森元が、入室してきた女子二人に向かって大きく手を振った。
「二人とも来られるってー!」
「わあ!良かった!」
きゃあっと華やかな声を上げて手を繋いでいる女子3人。その隙に、
「………哲成」
哲成の耳元にそっとささやく。
「今年で4回目だな。一緒に過ごすクリスマス」
「おお。そうだな」
ニカッと笑った哲成に、きゅっと心臓が掴まれたみたいに痛くなる。哲成、哲成………
「来年も……」
来年も、その先も、ずっと、一緒に過ごしたい。
そう言いたかったけれど……
「テツくん! ピザ選んで!」
「え?! ピザ?!」
哲成の目がキラッと輝いた。
「やった! ほら、キョウも! わ~どれがいいかな~」
「真奈、これ好きー」
「オレもオレも!」
森元真奈と一緒に盛り上がっている哲成の様子を、オレはぼんやりと眺めることしかできなかった。
***
森元真奈の家は、想像以上に大きかった。テレビや映画で見る『金持ちの家』そのものだ。オレ達を含め、森元の友人が10人も客としているのに、少しも狭さを感じさせない広いリビングには、グランドピアノまで置いてある。
「わーグランドピアノ!キョウ、弾いて!」
哲成に目を輝かせて言われたけれど、速攻で首を振った。哲成以外の奴に聴かせるつもりはない。
しかし、この広さといい、高級そうな家具の数々といい……
「本当に金持ちなんだな……」
「お母さんが、何だっけな……何とかっていう有名な化粧品会社の社長さんなんだってさ」
「お母さん?」
お父さん、ではなく、お母さん?
なんて不思議に思っていたところ、
「テツ君!」
小柄な女子が跳ねるように駆け寄ってきた。森元真奈だ。
「来て来て!パパに紹介するから!」
「え、あの」
有無を言わさず、森元は哲成の腕を引っ張っていく。その先には、小柄で優しそうな眼鏡の男性…………
「…………え」
その姿を見て、思わず声をあげてしまった。
(…………似てる)
その場にいた10人全員がそう思っただろう。
森元真奈の父親と哲成は、容姿も雰囲気も、驚くほどよく似ていた。
***
森元の家にいる間は、哲成には森元がピッタリとくっついていて、オレの周りには森元の友達がずっといたので、あまり二人で話すことができなかった。
でも、今日はこのまま、哲成はうちに泊まりに来ることにしたので、二人でマンションに向かっている。もうすぐ22時になる夜道は、人通りもなく静かだ。
そんな中、いつもは騒がしい哲成がなぜか森元の家を出てからずっと口数が少ないのが気になった。どうしたんだろう……
「どうかしたのか?大人しいけど」
「別に」
「…………」
「…………」
こんな哲成は珍しい。何となく、沈黙が気まずくて、
「ようは、ファザコン、なんだろうな」
話題の糸口を探してみた。
「ファザコン?」
「森元のことだよ」
チラリと隣を歩く哲成を見下ろす。やっぱり似てる。きっと哲成が歳を重ねたらああなるのだろう……
「森元がお前に付きまとうのは、父親に似てるからなのかと思って」
「付きまとうって」
眉を寄せた哲成。
「そんな……」
「付きまとってるだろ。今日もずっと隣にくっついてて」
思わず、普段からのイライラが言葉に出てしまう。
「明らかにお前に気があるよな、森元」
「…………」
「…………」
「…………」
哲成……どう思ってるんだろう。
さすがに、今日の様子を見れば、森元が自分に気があることくらい気がついただろう……
また、沈黙が続く………
と、ふいに立ち止まられた。
「哲成?」
振り返り…………ギクッとした。
(え?)
なんだ、その目。怒ってる……?
「て……」
「どうせオレはそうだよ」
絞り出すみたいな、聞いたこともない低い声に、息を飲んだ。哲成はこちらを睨んだまま言葉を継いだ。
「どうせオレなんか好きになる奴なんかいなくて」
「え」
「どうせオレなんかお前の引き立て役で」
「な……」
何を言ってる?
哲成は怒りの表情のまま、淡々と続けた。
「今日来てた女子は全員お前目当てで、唯一オレ目当ての森元も、父親に似てるからって理由で」
それは……
「いいよなお前は。背も高くて顔も良くて」
「…………」
「いいよな。第一志望東大で」
「…………」
「バスケ部のエースで」
「…………」
「女にモテモテで」
「…………」
哲成…………
「お前、何言って……」
「何言ってるって、そのままだよ。お前が羨ましいって話」
「…………」
「今日も女子達が言ってたよ。亨吾君はなんでテツ君なんかと友達なんだろうってさ」
「な……っ」
そんなこと……っ
「哲成……っ」
「ああ…………ごめん」
ふっと、冷たい目のまま、哲成が一歩下がった。
「オレ……変だな」
「…………」
「なんか疲れたから……帰る」
「哲成……」
帰る……帰るって。お前、今日はあの家には帰りたくないだろ……
「じゃあ……ごめんな」
「…………」
視線を下げたまま、背を向けた哲成。その背中はとても……とても寂しそうで……
「哲成……」
なんだよ。お前らしくない。
お前はいつだって、人に何を言われようと真っ直ぐ前を向いていて……オレはそんなお前に何度も救われて……
「哲成」
オレはそんなお前と一緒にいたくて。どうしても、一緒にいたくて……
なのに、遠くなっていく。遠くなっていく……
(嫌だ……)
離れていく……
(嫌だ……)
離れて……
「……哲成っ」
たまらず追いかけて、腕を掴んだ。
「え」
「行くなっ」
驚いた顔をした哲成を強引に抱きすくめる。
「行くな……っ」
哲成の頭をかき抱き、ぎゅうっと抱きしめる。
「ここに、いろ」
容赦なく力いっぱい抱きしめる。
ここにいてくれ。オレの腕の中にいてくれ。
そう強く強く願いながら、抱きしめ続ける。
……と、ふっと哲成の力が抜けた感じがした。身を預けてくれてる……
「哲成……」
そっと頭を撫でてやると、
「キョウ」
ぐりぐりっと胸のあたりに額が擦られた。
哲成はしばらくそうしてから、ポツンと言った。
「オレ……お前と釣り合わないよな」
「え」
何を言って……
「なんか……今日あらためてそう思った」
「そんなこと……」
「あるよ」
こちらを見た哲成は、寂しげな笑顔を浮かべている。
「お前、完璧だもん。見た目もだけど……東大目指してるとことか、バスケ上手かったこととか……」
「それは違う」
「違くない」
「ああ、違うっていうか」
どう言えば、分かってくれるだろう。
どう言えば、この腕の中にいてくれるだろう。
「オレが東大目指せるのは、お前のおかげなんだよ」
「おかげって」
「おかげなんだって。何もかも、お前のおかげなんだよ」
オレは、必死になって言葉を継いだ。
中学の時は、母親の意向で本気を出せなかったこと。それが、哲成のおかげで本気を出せるようになったこと。勉強も、部活も、合唱大会も、受験も、哲成のおかげで本気で挑めたこと。高校生活も哲成のおかげで毎日楽しいこと。
「オレは、お前がいなかったら、何もできない……っ」
「キョウ………」
哲成は、丸い目をますます丸くして……それから、手を伸ばして、オレの頭を撫でてくれた。
この日、哲成はオレの部屋に泊まりにきてくれて、眠りにつくまで手を繋いでいてくれた。
冬休みもずっと一緒にいたし、受験も一緒に乗り越えた。卒業式には二人でお祝いをした。クリスマスイブにケンカをしたことなんて、なかったかのように過ごしていた。
だから、このまま、大学が違っても、穏やかな日々が続くとばかり思っていた。
思っていたのに……
「オレ、森元と付き合うことにした」
そう、哲成が言ったのは、大学1年の秋のことだった。
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