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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係37-1

2019年02月12日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【享吾視点】

 西本ななえから「話があるんだけど」と呼び止められたのは、バレンタイン前日の下校時のことだった。

「私、明日、テツ君にチョコレート渡すから。邪魔しないでね?」

 いきなり、そう宣言された。意味が分からない。

「そんなことオレに言われても……」
「だって、テツ君にチョコ渡されるの嫌でしょ?」
「それは…………」

 そうだけど………

 って、なんだそれは。

「何言って………」
「私、気がついちゃったんだよねえ」

 ニヤリとした西本。眼鏡の奥の瞳がいたずらそうに光っている。

「享吾君、テツ君のこと好きだよね?」
「………っ」

 言い切られて、息が止まった。

 それは……否定は、できない。
 村上哲成に対する感情の動きは、疑似恋愛的なものだろう、と自分では分析していた。でも……

「私もテツ君のことが好き。だから、享吾君の気持ちにも気がついたんだと思う」
「西本……」

 戸惑うオレを置いて、西本は淡々と話を続ける。

「私は明日、ちゃんと告白するよ? 中学3年間の片想いにケリつけてから高校生になりたいもん」

 西本はニッコリと、こちらを振り仰いだ。

「享吾君は、どうするの?」
「どうするって……」
「どうしたいの?」
「……………」

 オレは………オレは。

「オレは………」

 どうする? どうしたい………?

 ふっと心に浮かぶ村上の笑顔。温かいぬくもり…………

(どうしたいのか………)

 そんなことは、決まってる。

 この感情が、偽物の恋なのか本物の恋なのか、そんなことはどうでもいい。
 オレはずっと、村上と一緒にいたい。ただそれだけだ。
 




【哲成視点】


 バレンタイン当日、教室に入って早々、村上享吾のロッカーの中に、ピンクの包み紙の箱を発見した!

「わー!お前チョコもらってるー!」

 叫びながら、ロッカーの前に立っていた村上享吾に飛び付くと、

「違うよバカ」
「痛っ」

 ゴッとかなり強めにオデコを小突かれた。本気で痛いぞっ。

「いってええなあああっ」
「来たらもう入ってたんだよ。だから、もらったわけじゃない」
「もらったんじゃなくても、くれたってことじゃん。わーモテモテー」
「ウルサイ」

 村上享吾は、もう一回オレを小突いてから、そのチョコを手に取ると、スタスタとドアに向かっていってしまった。慌ててその背中に問いかける。

「おーい、どこいくんだー?」
「職員室」
「へ?」
「だから職員室」

 くるり、と振り返り、村上享吾は大真面目な顔でいった。

「オレのものじゃないから落とし物扱いでいいだろ。届けてくる」
「えええええ!!」

 教室にいた女子から悲鳴が上がった。

「享吾君ひどーい!」
「なにそれ!女の子の気持ち踏みにじってー!」
「最低!」

 わあわあわあとものすごい声の中、村上享吾は表情一つ崩さず、出て行ってしまった。

「うわ……本当に届けにいった……」
「最低だな……」

 ボソボソと続く悪口の中に、

「やっぱりカッコイイよね」
「うんうん、あの硬派なところが享吾君らしいというか……」

 そんな好意的な女子の声も聞こえてくる。カッコイイ奴は得だな……

(それにしても………)

 受け取らないために、職員室に届けに行くとは、すごい方法考えつくな……。

 なんでそんなことするかって? そんなことは分かってる。オレと『誰からも貰わない』って約束したからだ。そう思うと、優越感で顔がにやけてくる。

『お前も誰からも貰うなよ?』

って、オレも言われたから、オレも貰わない。って、貰う予定もないけど……



 クラス中がそわそわしたまま、帰りの学活まで終わった。いつもはさっさと帰る奴らも何となく残っていたりするのがちょっと可笑しい。

(……あれ? キョーゴがいない)

 今日はいつも一緒に登下校している松浦暁生が、彼女と約束があるからダッシュで先に帰るって言うので、村上享吾に一緒に帰ろうと誘っておいたのだ。でも、いつの間にかいなくなっている……

(もしかして女子につかまってるのかな……)

 しょうがないから昇降口に行ってみることにした。まだ靴があれば校内にいるはずだ。

(今日は塾の前に、一緒にスーパーに行く約束してるしな……)

 そこでコアラのマーチとアーモンドチョコを買って、塾で食べる予定なのだ。

(ポッキーもありかな……)

 あと何があるかな……なんて呑気に考えながら階段を下りていたところ、

「テツ君」

 一階の階段手摺の横に立っている西村ななえが、こちらに手招きをしているのが目に入った。

「? なに?」

 手招きされるまま、目の前までいくと、いきなり「これっ!」と何かを手に押し付けられた。水色のストライプの包み紙の箱……

「これ………」
「………うん。チョコ、なんだけど………」

 うつむいている西本。耳が赤い。小学校一年生からの付き合いだけど、こんな西本、初めて見た。でも……

「あー……、チョコ、かあ………」

 思わず、唸ってしまう。手作りっぽい包み紙……本命チョコなんだろうな。それをオレに渡してくるってことは………

「…………悪いけど、預かれないから」
「え?」

 顔を上げた西本に、箱を押し返し、軽く肩をすくめて言ってやる。

「あれだろ? キョーゴに渡してっていうんだろ? オレ、今日2回目だよ」

 昼休みに他のクラスの女子にも頼まれたけど、断ったのだ。

 やっぱり、西本も村上享吾狙いだったってことだ。そうじゃないかと思ってたけど、予想通りだ。でも、いくら小学校からの友達でも、この頼みは聞けない。

「ごめんな。キョーゴは絶対に受け取らないから、頼まれても無理なんだよ」
「……………」
「……………」
「……………」

 しばらくの沈黙の後………
 西本は大きくため息をついて、強ばった表情をしながらこちらを見返してきた。

「ねえ………テツ君」
「うん」
「テツ君は、誰かからもらった?」
「いや?」

 なんでそんなこと聞くんだ?

「もらってないけど?」
「そう……」

 再び、箱をこちらに差し出してきた西本。

「これ、テツ君にもらってほしいんだけど」
「え」

 村上享吾の代わりにもらえってことか。
 今まで見たことがない切羽詰まった様子の西本には同情するけれど、やっぱりダメだ。

「ごめん。もらえない」
「どうして?」
「どうしても」
「だから、どうして?」
「だから……」

 詰め寄られて思わず両手を挙げた。

「誰からも貰わないって約束してるから」
「約束? 誰と?」
「えと………」

 嘘を許さない眼鏡の奥の瞳に、正直に白状してしまう。

「…………。キョーゴと」
「……………」
「……………」
「………………え?」

 西本が大きく瞬きした。

「享吾君と約束?」
「うん」

 そうなのだ。オレ達は約束したんだ。

「だから、あいつも誰からも貰わないし、オレも誰からも貰わない」
「なんで?」

 なんでって………

「なんでって……、嫌だから」
「……………」
「……………」
「……………」

 西本は目を見開いたまま、しばらく固まって………、それから、ようやく、言葉を発した。

「まさか二人って、もう付き合ってるの?」
「は?」

 付き合ってる?

「何言って……」
「普通に考えて、今の発言はそういうことになると思うけど?」
「へ?」

 なんだそれはっ

「いやいやいや、ちょっと待て。あ、そうだ、西本、前もそんなこと言ってたよな?」
「そうだっけ?」
「そうだよ!」

 詳しいことは忘れたけど、そんなこと言われた!

「その発想、変だろ。オレもキョーゴも男なんだから、付き合うとかそういうこと………」
「でも、嫌ってことは、好きってことだよ」
「………っ」

 きっぱりと言い切られて、ハッとする。

「それは…………」
「でしょ?」
「……………」
「……………」

 ジッと深い瞳で見つめられ………戸惑う。

 好き………。好きって………………

「………………えええええと………」

 沈黙に耐えきれず、何かを言おうと口を開いたその時、

「村上」
「わっ」

 後ろから聞こえてきた声に飛び上がってしまった。話題の張本人、村上享吾だ。

「悪い。先生に呼ばれてた」
「ああ………そっか」

 いつもながらの涼しい表情。でも、西本に向いた目は少し固くなっていた。

「西本、用事は終わったのか?」
「……………」

 微妙な沈黙の後………
 西本はなぜかフッと笑って、穏やかに言った。

「はい。終わりました」
「そうか」
「うん。終わりました」

 ……………?

 何だかよく分からない………

 分からないけれど、西本は「じゃあね」と手を振り、行ってしまった。村上享吾も村上享吾で、何事もなかったかのように「帰るぞ?」と昇降口に向かってしまい………

 オレだけが置いていかれたみたいだ。




---

お読みくださりありがとうございました!
作中1990年2月14日のお話でございます。29年前だ。

次回、金曜日。バレンタイン話後編です。よろしければどうぞお願いいたします!

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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係36-2

2019年02月08日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係


【享吾視点】

 母は、オレと兄のことを忘れてしまったらしい。

 入院中の母を初めて見に行った帰り道、兄が教えてくれた。
 母の中では、母はまだ20代で、結婚前に、原因不明の蕁麻疹で入院していた頃に戻っているそうだ。

「お母さん、窓にへばりついてただろ?」

 兄が苦笑しながら言った。

「あれ、お父さんが来るのを待ってるんだって。お父さん、お母さんが蕁麻疹で入院してた時に、仕事帰りに毎日お見舞いに行ってたらしくてさ」
「へえ……」
「なんか……あの二人にそんな恋愛時代があったなんて想像できないよな」
「…………。そうだね」

 不思議な感じがする。オレの記憶の中では、両親は特別仲が良いということもなく、父は父で、母は母でしかなかった。そんな二人にも若い時はあったわけで……

「なんか幸せそうだから、お母さんのためにはこれで良かったんじゃないかなって思ってさ」
「うん……」
「それに」

 兄は瞳に力をこめて、言った。

「オレ達のためにも、これで良かったんだよ」
「……………」
「オレ達は、これで自由だ」

 兄は噛み締めるように、繰り返した。

「オレ達はやっと自由になるんだよ。もう、お母さんを気にして遠慮することはない」
「……………」

 自由………

 でも………胸が痛い。

(だって、お母さんは、オレ達のことを思って………)

 出かけた言葉を飲み込んでいると、

「享吾。オレのこと、酷いって思ってるだろ?」
「……っ」

 心を読まれたようでドキリとする。

「オレも酷いと思うよ。元々、お母さんがあそこまで神経質になったのは、オレのせいだからな。オレが中学の時にイジメにあったから」
「……………」
「でも……オレはもう、耐えられない」

 兄は淡々と続けた。

「オレはオレの生き方をしたい。もう、息をひそめて生活するのは嫌だ」
「…………」
「それに、享吾が我慢しているところを見るのも嫌だ」

 兄はふいっとこちらを向いた。

「お母さんさ……また、享吾が白高に行くことを反対しようとしたんだよ。バスケ部の子が白高受験するって話を偶然聞いたらしくて、享吾が合格してその子が落ちたらどうしようとか言ってさ」
「え」

 バスケ部男子で白高受験するのは、渋谷慶と上岡武史。どちらの母親も交友関係が広く、発言力があるタイプで、母が苦手としている人達だ。

「だから今からでも志望校変えられないか、なんて言いだして……」

 兄は苦々しい表情になると、軽く頭を振った。

「それ聞いたら、オレの中で何かがキレちゃって」
「…………」
「いい加減にしてくれ!って怒鳴っちゃって……そうしたらお母さんが暴れて出て行っちゃって……。だからお母さんが出て行ったのは、オレのせいなんだよ」
「……兄さん」

 それは兄のせいではない。オレのことで怒ってくれたんだから、やっぱりオレのせいだ。
 複雑な気持ちでいると、兄にポンと肩を叩かれた。

「ま、でも、これは良いチャンスだと思おう」
「………」
「お前ももう自由にしていいんだよ」

 兄はあの柔らかいふわりとした笑みを浮かべると、ハッキリと、言ってくれた。

「お前はお前らしく生きてほしい」



(…………村上)

 オレらしくいるためには、オレには、村上哲成が必要だということは、もうとっくの昔に気が付いている。

 眠れない夜を過ごした翌朝、自然と足は村上哲成の家に向いていた。

「やっぱり、白浜高校を受けようと思う。だから、お前も白浜高校を受けてほしい」

 そういうと、村上はニカッと笑って、手をギュッと握りしめてくれた。

「よし! 一緒に、白浜高校、行こう!」

 その温もりが、その頬の柔らかさが、オレに勇気をくれる。立ち止まりそうになる度に、勇気をくれる。


***



 もうすぐバレンタインだ。
 受験生にはバレンタインなんて関係ない、なんて言っている奴もいるけれど、みんなバレンタインを気にしているのはバレバレだ。

「キョーゴは人気急上昇中だから、チョコいっぱいもらうかもなー」
「は?」

 村上哲成がなぜか、ムーッとした顔を机の上に乗っけていってきた。こめかみのあたりを小突くと、あごを支点にしてユラユラ揺れるから面白い。オレが楽しむのを知ってて村上は時々やってくれる。

「何の話だ?」
「何の話って、バレンタインに決まってるだろー」
「ふーん?」

 ユラユラユラユラ……なごむ……

「西本が言ってたんだよーキョーゴは今人気なんだって。渋谷が暗くて、暁生に彼女できたから」
「なんだそれ?」

 意味が分からない。っていうか、それよりも、西本……か。

「西本は何か言ってたか?」
「何かって?」
「誰かにあげるとか」

 言うと、村上はイキナリ立ち上がった。さらにさっきよりもムーッとした口になっている。

「キョーゴ、気になるんだ? 西本が誰にあげるか」
「…………」

 気になる……というか、西本の好きな人は村上だ。あげるとしたら村上になる。『誰にあげるか』ではなく『あげるかどうか』が気になる。

(いや別にオレが気にしてもしょうがないんだけど……)

 でも……気になる。これで村上が西本と付き合うことになって、村上とこうして話したりする時間が減るのは……嫌だ。

 でも、何て言っていいのか迷って黙っていると、

「キョーゴー」
「……なんだよ」

 村上はムッとした口のまま、オレの腕を掴んでグラグラと揺すってきた。

「お前、チョコ貰って告白されたら付き合う?」
「は? 誰と?」
「誰って……わかんないけど、例えば西本とか」
「………」

 だから、西本はお前狙いなんだって……ってことは絶対に言わない。

「……。誰とも付き合わないし、そもそもチョコ貰うこともないだろ」
「わかんねーぞー。何しろ人気急上昇中なんだからお前!」
「だから何なんだよそれ」

 意味分かんねえ、と言うと、村上は今度はバシバシと叩いてきた。

「じゃあさ、じゃあさ、貰わないって約束しろ」
「なんで?」

 反射的に聞くと、村上は真剣な顔で、一言、言った。

「嫌だから」
「…………」
「…………」
「……………え」

 嫌って……

 当然のことのような顔をしている村上。

 口の中が乾いていくのが分かった。『嫌だから』……オレも、お前が誰かから貰うのは嫌だ。だから……

「じゃあ……貰わない」
「おお。約束だからな」
「…………」

 コクリ、と肯くと、村上はまたしゃがんで、あごを机の上にのせた。チョンッとつつくと、またユラユラ揺れ出す……

「あ、そうだ、キョーゴ。オレが、コアラのマーチ買ってやる」
「………そうか」

 ユラユラ、ユラユラ……

「じゃあ、オレはアーモンドチョコ買ってやる」

 だから、お前も誰からも貰うなよ?

 そう言うと、村上は、いつもみたいにニカッと笑った。



 でも……それから数日後のバレンタイン前日。西本に言われてしまった。

「私、明日、テツ君にチョコレート渡すから」

 邪魔しないでね?

 西本の目は真剣そのものだった。



---

お読みくださりありがとうございました!
現在、gooブログもブログ村もリニューアル中で戸惑うことばかりです。
そんな中きてくださった方本当にありがとうございます!!
偶然にもちょうどバレンタインの時期にバレンタイン♪なんだか嬉しいです。
でも現在の神奈川県の中学三年生は、バレンタインが公立高校受験日当日なので、チョコどころじゃないですね^^;
作中は1990年。バレンタインの日くらい息抜きでバレンタインデート!できたらいいね^^

次回、火曜日よろしければどうぞお願いいたします!

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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係36-1

2019年02月05日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【哲成視点】


 2月になった。受験本番まであと少しだ。
 同時に、卒業までもあと少し、というわけで、受験後に行われる球技大会の組決めや、卒業式で歌う歌の話し合いとか、卒業に向けてのイベントの準備も始まっている。始まってるのはいいんだけど……

「享吾君の人気、ここにきて急上昇中よ。これ、バレンタインもすごいことになるんじゃない?」
「……ふーん」

 西本ななえの言葉に、興味なさげに肯いたものの、正直内心面白くない。と、いうか、人気急上昇のきっかけを作ったのは西本なので、微妙に恨めしく思ったりもしている。

(まあ、しょうがないんだけどさ……)

 二週間ほど前、西本が風邪を引いて声が出なくなったため、学級会の司会を村上享吾がしたのだ。一応、二人で学級委員なので、今までも前には出ていたけれども、普段は西本が司会をして、村上享吾が板書をしていたから、司会をするのは初めてのことだった。でも、初めてとは思えない堂々とした司会っぷりで……

「享吾君ってやっぱりかっこいいよね」

と、女子達が噂しはじめたわけで……

「まー、松浦君が彼女できた宣言したから、余計にじゃない?」
「それはまあ……」

 そうなるのか? 実は、松浦暁生と村上享吾は少し似ている、ということは、オレもずっと前に思ったことがある。

 西本はちょっと頬を膨らませると、

「松浦君てばさ、私と同じで『親に高校決められた』って愚痴ってたのに、自分はさっさと進学先の高校の彼女作るなんて、ズルすぎるよ」
「…………」

 へえ、と思う。暁生と西本が愚痴をこぼしあえる仲だとは知らなかった。

(あ、もしかして)

 西本の『好きな人』って、暁生かな? そうか、そうかもしれない……

 なんてオレが考えてるなんて知らない西本は、「あ、それにさ」と話題を変えるようにパンッと手を打った。

「享吾君の人気の理由は、渋谷君のせいもあるかも」
「渋谷?」

 渋谷慶。オレと同じくらい背が低いのに運動神経抜群で、顔も良くて、頭も良くて……っていうすごい奴で、親衛隊もいるくらいのモテモテの同じ学年の奴だ。

「渋谷君、年明けからずっと、妙に暗~くなって話しかけにくいからさ。みんな新しいアイドルがほしいのかも」
「なんだよそれ」

 確かに渋谷は年明けから様子がおかしい。同じ白浜高校を志望しているけれど、ちょっと厳しいらしいので、追い詰められているのかもしれない。

「まあ、それを除いてもさ」

 西本は眼鏡の奥の瞳をキラッと光らせながら言った。

「ここ最近の享吾君、一皮も二皮も向けて、いい感じだもんね」
「…………」

 それは……否定しない。最近の村上享吾は……自由だ。あの日を境に少しずつ変わっていったのだ。



 あの日……今から一ヶ月近く前。白浜高校と花島高校の見学に行った日の翌日の朝。

 雨の中、村上享吾が傘をさして、オレの家の前にポツンと立っているから驚いた。

「おー、なんだよ? インターフォン鳴らしてくれれば良かったのに」
「ああ………うん」

 気まずそうに頬をかいた村上享吾。なんだろう?

「どうした? ま、とりあえず学校一緒に行こうぜ?」
「ああ……松浦と待ち合わせのところまでな」
「へ?」

 なんで? お前ら仲直りしたんだろ? そこからも一緒にいけばいいじゃん。

 そう言うと、村上享吾は軽く首を振って、

「仲直りはまあ……したけど、約束したから」
「約束?」
「中学までは、松浦がお前と登下校するって。でも、高校からは……オレが一緒」
「……っ」

 柔らかく微笑まれて、ドキッとしてしまう。ああ、朝から心臓に悪い……

 それを誤魔化すために、バシバシと腕を叩いてやる。

「なんだよそれ!オレのいないところでそんなこと勝手に決めてー!」
「ああ、もう、雨濡れるぞ。やめろよ」

 引き続き、柔らかい笑みを浮かべている村上享吾。ああ、もう、なんだよ……っ

「まあ、でも、そうだなっ。高校一緒に行こうな! 花島高校、平坦な道だからのんびり行けていいよなっ」
「………。そのことなんだけど」
「え」

 いきなり立ち止まられた。そして、雨に濡れる、とオレにはやめさせたくせに、村上享吾はオレの方に手を伸ばしてきて……

(………うわっ)

 すいっと頬を触られて、さっきの比でなく心臓が跳ね上がる。冷たい手。真剣な顔……

「あのな」
「う……うん」

 雨の音がドキドキを増長させる。なんだよ。なんだよ……

「言うことコロコロ変わって申し訳ないんだけど……」
「………」
「やっぱり、白浜高校を受けようと思う」
「え」

 あんなにつらそうに、白浜高校を受けるのやめるって言ってたのに?
 もしかして、親の説得に成功したのか?

 村上享吾は真剣な目をオレに向けて、ハッキリと言い切った。

「だから、お前も白浜高校を受けてほしい」
「……おお」

 頬を触ってくれている手を上からギュッと握りしめる。この冷たい手は、オレが温めてやる。

「よし! 一緒に、白浜高校、行こう!」

 前と同じようにそう宣言すると、村上享吾はまた、フワリと笑った。
 

---

お読みくださりありがとうございました!

補足1
神奈川県の公立高校の受験日は、現在はバレンタイン当日ですが、当時(1990年)はもっと遅かったです。

補足2
渋谷慶君が年明けから暗くなってしまったのは、大好きなお姉さんが彼氏と結婚するっていってきたからです。

わわわ、もう7時20分になるっ。とりあえず更新します……
次回、金曜日、よろしければどうぞお願いいたします!

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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係35

2019年01月29日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【享吾視点】


 村上哲成が、学区一位の白浜高校から二位の花島高校に志望校を変えてくれるという。

『オレ、お前と離れたくない』

 そう言ってくれた村上。これ以上に欲しかった言葉なんてあるだろうか。

 でも………

『オレも……お前と離れたくない』

 その小柄な体を抱きしめながらも、言い様のない絶望感に支配されていくのが分かった。それを払いたくてますます力を込めるけれど、募る一方だ。

 花島高校に行けば、母の精神的負担を減らせる。その上、村上も同じ高校に通ってくれるのなら、何も迷うことはない。

 でも、村上は、ずっと白浜高校に行くことを目標に頑張っていたはずだ。それをオレのせいで変えるなんて……

 それに………

「花島高校で成績上位キープして、大学の指定校推薦取るっていうのも手だしな!」

 村上は、オレの気持ちを汲んでくれてか、明るく言ってくれた。が、

(成績上位キープ……)

 それは無理だ。ほどほどのところにいないと、また母の負担になってしまう

 オレはこうして、ずっと何にも本気を出せないまま、燻り続けるのだ。


「花高って、早慶の指定校もくるらしいぞ。指定校でさっさと決まったら大学受験楽だよな~」
「………そうだな」
「だろ!」

 笑った村上哲成。苦しくなるほど、手離したくない、と思う。本当は一緒にいるべきでないことは分かってる。でも……それはもう、譲れない。


***


 帰宅すると、兄が台所に立っていた。テーブルにカレーの箱が置いてあるところをみると、今晩もまたカレーにするらしい。

「………ただいま」
「おかえり」

 ふわりと笑う兄。二年前、学校に行けなくなってから見せるようになった、儚く消えてしまいそうな微笑み。昔はこんな笑い方しなかったのに。学校に行けるようになった今でも、笑い方が戻ることはない……

「…………。手伝うよ」
「いいよ。受験生は勉強しないと」
「いや大丈夫」

 兄の淡々とした言葉に首を振る。

「大丈夫だよ。別に」
「何言ってるんだよ。白浜高校って、学区一番の学校なんだろ? 油断してると……」
「だから大丈夫だって」

 言われかけたのを、強めに制した。

「オレ、白高はやめて、花島高校にするから」
「え?」

 ボトッと大きな音がして、兄の持っていたジャガイモがシンクの中に転がった。

「何言って……」
「だから、やめたんだって」
「え…………」

 兄は大きく瞬きをした後で、絞り出すように、言った。

「それは…………お母さんのためか?」
「……………」
「……………」
「……………」

 何も言えず、ただ、見返してしまう。……と、

「亨吾」

 妙にキッパリと、兄がオレを呼んだ。
 昔の兄の姿とだぶり、戸惑う。

「何………」
「亨吾、お母さんに、会いに行こう」
「え」

 会いに行こうって……
 母は今、入院中で、オレ達は会いに行ってはいけないと、父が言っていたのに?

「お前はもう、お母さんに遠慮することなんてないんだよ」

 兄は揺るぎのない瞳で言いきった。

「お母さんは、オレ達の母親であることを放棄したんだから」

 放棄……

 意味が分からず……、いや、分かりたくなくて、オレはただ、呆然と兄を見返していた。

 
***


 母の入院している病院には、電車とバスを乗り継いで、ようやく到着した。あまり乗り慣れないため、兄の後をくっついていくのに精一杯で、どうやって着いたのかあまり覚えていない。

「面会時間、もうすぐ終わりだから急ごう」

と、兄は知った風に病院の中にずんずんと入っていく。どう見ても、初めて来た風ではない。

「兄さん……、来たことあるの?」
「ああ、今日も学校の帰りに寄った」
「…………え」

 行くなと言われたのは、オレだけだったんだっけ? いや、そんなことは……

「今日、診察日だったから」
「?」

 診察日?
 オレの疑問に気がついたのか、兄が振り返って、苦笑気味に言った。

「オレも、二年前からこの病院に定期的に通ってるんだよ」
「……………。え?」

 定期的に通って……?

「兄さん、どこか悪い……」

 言いかけて、ハッと口を閉じた。どこか悪い、も何もない。ここには、精神科しかない。

「お母さんもずっと通ってて……だからここに入院したんだよ」
「え………」

 全然、知らなかった。知らなかったのはオレだけってことか……

「ああ、ほら、ここから見える」
「…………え」

 人気のない、中庭みたいなところに連れ出され、上を見るように言われた。いくつかある窓の中………

「あ」

 すぐに分かった。2階の窓。母がへばりつくみたいにして、外を見ている。ジーッと……

(お母さん……、あ)

 今、確実に目が合った。合ったけれども、その瞳には何も写し出されていないようだった。風景の一つとしか思われていない。

『お母さんは、オレ達の母親であることを放棄したんだから』

 先ほどの兄の言葉が頭をよぎる。母は、オレを認識していない………

 ショック、とか、悲しい、とかそんな感情の前に、「やっぱり」という感想がくる。母の張りつめていた糸が切れてしまったんだ、と思った。オレが色々負担をかけたせいで………

と、思いに沈んでいたところ、

「亨吾」
 兄が真剣な様子でオレの肩に手を置き、オレをそちらに向かせた。

「あの日……お母さんが家を出ていったのは、オレのせいなんだよ」
「え?」

 兄さんの、せい?

「だから、お前が責任を感じることはない」
「……………」

 兄はオレをのぞきこんで、静かに、言った。

「お前はお前らしく生きてほしい」
「……………」

 オレらしく………

(………村上)

 真っ先に浮かんだのは、村上のくるくるした瞳だった。オレがオレらしくいられるのは、あの瞳の中だけだから……


 気がついたら、母の姿は窓辺から消えていた。

「帰ろうか」

 兄はこちらに背を向けると、静かに言った。

「あの日、何があったのか……ちゃんと話すよ」

 そうして、帰りの道中で、兄は母が家を出ていってしまった日のことを話してくれた。
 兄は自分のせいだと言うけれど、兄はオレのために母に意見してくれたのだから、やっぱり母が出ていったのはオレのせいだと思う。

 でも………

「お前はお前らしく生きてほしい」

 再度、そう言ってくれた兄の言葉に、背中を押された気がした。以前に村上に押された背中………オレはもう一度、前に進めるだろうか。

(村上………)

 お前は、何て言うだろう。
 
 


---

お読みくださりありがとうございました!
こんな真面目な話、誰得? いいの私が読みたいの……といういつもの自問自答をしつつ……
次回、金曜日、よろしければどうぞお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係34ー2

2019年01月25日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【哲成視点】

『オレ……白高受けるのやめる』

 そう言った、村上享吾の声は震えていた。オレを抱きしめる腕も震えていた。一瞬、思考が止まってしまったけれど、

(本当はやめたくないんだろ?)

 すぐに、本心に気がついた。だから、何も言わずに抱きしめ返してやった。

(オレに、何ができる?)

 
 村上享吾は、今までオレを何度も助けてくれた。

 球技大会のバレーボールでは、オレの失敗を全部カバーしてくれた。
 合唱大会では、オレが歌いたい曲をクラス自由曲にするために、伴奏者になってくれた。しかもクラスを金賞に導いてくれた。
 暁生に嘘をつかれて落ち込んでいた時には、抱きしめてくれた。ピアノを弾いてくれた。
 ベッドで眠れなくなったことも、強引にベッドに連れ込んで眠れるようにしてくれた。
 他にも、たくさん。たくさん………

 だから。だから、今度は、オレがお前を助けてやりたい。


***



「高校見学、行こうぜ?」
 
 できるだけ、明るく、何でもないように誘ってみた。
 昨日はあの後、話せる雰囲気じゃなかったので、塾のプリントを渡しただけで帰ってしまったし、今日も学校で会えたけれど、何を言えばいいのか迷って何も話せなかった。

 でも、帰宅後、考えに考えて、一つ案を思いついたので、家に直接誘いに来たのだ。

「高校、自転車で行ってみないか? オレ、前に白高行った時はバス使ったから、自転車で行ったことなくて」
「でも……」
「でさ!」

 断られる前に、一気に言い切る。

「白高も花高も、自転車で行けるじゃん?」
「…………」
「花高の見学付き合うから、白高付き合ってくれよ?」
「…………」

 村上亨吾は、白浜高校を受けないのなら、花島高校を受けるはずなのだ。

 学区一番は、白浜高校。二番は花島高校になる。両校はわりと近く、毎年学校をあげての部活の交流戦があるくらい、仲がいいらしい。

「…………。分かった」

 村上享吾が青白い顔のまま、コクリと肯いてくれた。

(よし!)

 内心ガッツポーズをする。第一段階突破だ。


***


 白浜高校は、「浜」という字がつくくせに、丘の上にある。急坂ではないものの、なだらかな坂が延々と続いていて、なにげにこれは……

「もう無理!無理無理!おりる!」
「なんだ。だらしないな」
「なんとでもいえ!」

 部活をやめてから、全然運動していなかったことがたたっているのか、自転車を漕ぐ足が全然進まなくて、音をあげた。でも、村上享吾は涼しい顔をしている。何でだ!

「なあなあ!やっぱり、大通りの方が坂が緩やかじゃね?」
「でも、狭いし、バスも通ってて危ないから、先輩の話通り、この住宅街抜けてくのが正解なんじゃないか?」
「えー……」

 高校からは自転車通学にしようと思っていたのに、毎朝これは思いやられる……
 
「とりあえず、今は押してく……」
「……まあ、毎朝通ってるうちに慣れるだろ」
「慣れるかなあ……」

 ブツブツ言いながら二人並んで自転車を押して歩く。カラカラという車輪の音が二つ重なっていて、なんだか楽しい。

 高校が近づくにつれ、部活をしている声や音も聞こえてきた。外周を走っているジャージ姿の生徒達も見える。

 どんどん気分が上がってきた。

「いいなーいいなー白高生!」
「………村上は、高校も野球部か?」
「いや?」

 グラウンドから聞こえる野球部の練習の声が気になりはするけれど、そのつもりはない。

「白高に入れたら、数学部って決めてる!」
「数学部?」
「文化祭すげー面白かったんだよー」
「へえ………」

 村上に合ってるな、と、優しく微笑まれ、ドキンとなる。こういう笑顔は反則だと思う……。

「……………。そういうキョーゴは?やっぱりバスケ部?」
「どうかな……」

 カラカラと車輪の音がよく響いている。

「ピアノ弾けるんだから音楽系のなんかでもいいんじゃね?」
「いや………それはないかな……」
「……………」
「……………」

 村上亨吾の瞳は遠く……遠くを見ているだけだ。

(なあ、こうやって、一緒に白浜高校に通えたら、絶対楽しいぞ?)

 ………って、話す作戦だったんだけど、そんな雰囲気でもなくて黙ってしまう。

(キョーゴ……何考えてる?)

 いつもよりも更に無口な様子に、想像以上に事態は深刻なのだと思い知らされる。

(たぶん、親に反対されたってことなんだろうけど……)

 それで行きたい高校に行けないなんて……。高校に行くのは親じゃないのに。村上亨吾自身なのに。


 結局、何も話せないまま、学校の周りをぐるっと一周してから、来た道を戻ることにした。

 帰りは下りなので楽勝だ。
 ザーッと冷たい風を受けながら下りて行って、川べりまで出た。ここでストップだ。

 橋を渡って10分くらい行けば、オレの家につく。右に曲がって川沿いを進めば、花島高校につくことになる。

「花島高校は、この川沿いを真っ直ぐ上流に向かって行ったとこにあるんだよな」
「そう……らしいな」

 二人で花島高校の方角をみる。空が広い……

「オレが白高、お前が花高ってなったら、ここが分岐点なんだな」
「…………」
「オレは丘をのぼっていって、お前は川をのぼってく」
「…………」
「…………」
「…………」

 しばらくの沈黙の後、村上亨吾はふいっと自転車を漕ぎ出した。川上に向かって。

(………キョーゴ)

 行くのかよ……

 見学に行こうと自分が誘ったくせに、ガッカリしてしまう。無言で後を追いながら、ブツブツと思う。

(こうやって、一人で行くつもりか?)

 オレと会えなくなるの、さみしくないのかな……。さみしいって思ってるのはオレだけなのかな……。

(キョーゴ……)

 念力を送るみたいに、背中をジッと見つめながら自転車を走らせていたら、さすがに気がついたのか、村上亨吾の自転車が止まった。

「なんだ?」
「………………別に」

 ムッと口を尖らせていると、村上亨吾がふっと笑った。ああ、ほら、その顔が見られなくなるなんて……

「別にってなんだ?」
「別には別に!」

 引き続きムムムムっとしていると、村上亨吾は自転車を端に止めて、こちらに来てくれた。そして、軽く首をふると、

「行きたくなかったら、一人で行くから、帰っていいぞ?」
「行きたくないなんて言ってな………、あ」

 言いかけて、気がついた。

 そうだ。そうだよ。なんでこんな単純なことに気がつかなかったんだ!

「オレが、花島高校に行けばいいんじゃん」
「え?」

 きょとん、とした、村上亨吾に指を突きつけてやる。

「だから!オレも、白高じゃなくて花高を受験すればいいんだよ!」
「何を……」
「そうすれば、オレ達一緒にいられるじゃん!」
「!」

 目を見開いた村上享吾にたたみかけてやる。

「そうだそうだ!これで問題解決!よしよし!そうしよう!」
「何言ってんだよっ、お前、お母さんのために……」
「別に約束したわけじゃないし、そんなことはいいんだよっ」

 母のために一番の高校に、と思ったのはオレの勝手な目標であって、母と約束したわけではない。

「母ちゃんだって分かってくれるっ」
「で、でも」

 村上享吾はなぜかすごく慌てて言い募った。

「でも、それに、体育祭が楽しそうだったって、それに、数学部……」
「だからいいんだって!」
「……っ」

 オレも自転車を止めて、村上享吾の前に立つと、その胸にバンッと手を当てて、言い切ってやる。

「オレはそれよりも、お前と一緒の高校に行きたい」

 今、ハッキリと分かった。ずっと憧れていた白浜高校だけれども、そこに行くという魅力よりも、村上享吾と同じ高校に行けるっていうことの方が、オレにとってずっとずっと大きな魅力だ。

「オレ、お前と離れたくない」
「…………」

 村上享吾は目を見開いたまま、固まってしまっていたけれども……

「村上……」

 ようやく絞り出すように、そう言うと、ぎゅうううううっと抱きしめてくれた。

「オレも……お前と離れたくない」
「ん」

 そのぬくもりに愛しさでいっぱいになりながら、オレも抱きしめかえす。

 この愛しさを手放さないためなら、オレは何でもする。


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