【享吾視点】
抱きしめた村上哲成の温もりは、果てしないほど愛しくて……
『オレ……白高受けるのやめる』
言いながらも、この温もりを失いたくなくて、ギュッと腕に力を入れた。
でもオレは……これ以上、母を苦しめるわけにはいかない。
翌日、3学期の始業式の後に学級委員会があった。委員会終了後、
「一緒に帰ろうぜ?」
「……え?」
初めて、松浦暁生に誘われて、驚いてしまった。帰る方向が同じなので、今までも一緒になりそうになったことはあったけれども、オレが故意に避けていたので、一緒に帰ったことはなかった。
(……何だろう)
クリスマスに村上哲成の家に一緒に泊まりにいって、なんとなく和解はできた……とはいえ、苦手意識に変わりはない。
でも、断る理由もなく、首を縦に振ると、オレの内心を読んだように、松浦は「そんな警戒しなくても何もしえねよ」とニヤリと笑った。
「オレ、N高行くから」
帰り道、周りから誰もいなくなったタイミングで、松浦がポツンと言った。
「………そっか」
以前、N高の野球推薦をやめて、白浜高校に行こうかな、と話していたけれど、その話はなくなったらしい。野球をしているより女とヤッてた方が楽しいだの、白浜高校に行けば、引き続き村上哲成に雑用を頼めるだの、相当ヒドイことを言っていたけれど、今の松浦からはそんな醜悪な感情は漂ってこない。何か吹っ切れたような、清々しさを感じるのは気のせいではないだろう。
松浦は、ふっとこちらを見ると、優しいともいえる口調で、言った。
「享吾……お前は、白浜高校、行くんだよな?」
「…………」
それは……
答えずにいると、松浦は視線を前に戻し、ポツリ、と言った。
「……悪かったな」
「え……」
松浦は首の後ろに手を当てながら、独り言のように続けた。
「オレ、親から野球やれとか勉強しろとかうるさく言われてクサクサしてて……そんなとき舞と出会って……」
「…………」
舞、というのは、松浦の年上の彼女のことだ。
「なんか……舞にもテツにも甘えてて……」
「…………」
「お前にムカついてて……」
「…………」
「でも、お前が、テツがベッドで寝られるようにしてくれて……」
「…………」
「…………」
「…………」
しばらくの沈黙のあと、松浦は大きく息を吐いてから、ちょっと笑った。
「何言ってんだか分かんねえな、オレ」
「…………」
確かに、何を言いたいのか、全然分からない。
でもたぶん、謝ってくれている……らしい。
「………享吾」
「…………」
分かれ道で立ち止まり、松浦は意を決したように、言った。
「テツのこと、よろしくな」
「…………え」
よろしく?
「オレはもう、テツとは離れるから」
「…………」
「一緒にいたら、また、あいつのこと利用したくなるからな」
松浦は茶化すように言うと、クルリと背を向けた。そして、後ろ姿のまま、ポツリ、と言った。
「オレは、あいつがいなくても『完璧な松浦暁生』でいられるようになるから」
「…………」
完璧な……松浦?
「ああ、でも、中学卒業までは、今まで通り、オレが登下校一緒にするからな?」
「…………」
「高校からは、お前に譲る」
「…………」
松浦は、「じゃあな」と手を挙げると、そのまま行ってしまった。
「お前に譲るって……」
ふっと頭をよぎる。村上と一緒に登校する自分の姿……
でも、そんなこと言われても困る。オレは白浜高校の受験やめるのに……
帰宅後、昼食は自分でラーメンを作った。
母がいないので、家事は父と兄と一緒に何とかこなしているけれど、食事はどうしても質素になりがちだ。
一人静かな家の中でラーメンをすすっていると、普段の母もこうだったのだろうか、と、胸が痛くなる。
こんな静かな中で、毎日、オレ達が帰ってくるのを一人で待っていたのだろうか………
そんな母の姿を想像して、深く深く沈みこんでいく………、と、
(………え)
インターホンが鳴って、我に返った。
(びっくりした……)
オレを現実に引き戻すために鳴らされたみたいだな……なんて思いながらドアを開けて……
まぶしい光に、目が眩んだ。光の中に、村上哲成が立っている。
「よ!」
村上は、にこにこしながら、言った。
「高校見学、行こうぜ?」
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