創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

(GL小説)風のゆくえには~光彩6-6

2015年04月24日 10時36分12秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
「……………………………え?」

 脳に達するまで数秒かかった。
 娘……? 娘にならない?って………?

「国中あかね。うん。悪くないでしょ?」
「………国中?」

 なんで…………

「今日、離婚届出してきたの。正式に処理されるのは休み明けになるみたいだけど」
「え」
「だから私、佐藤から国中に戻るの。国中綾」
「…………あ」

 思い出した。今日、綾さんと旦那さんが歩いていった方向……区役所がある。上京したての時に驚いたのだ。なんでこんな繁華街の中に役所があるんだ?って……。

「区役所に行くところだったのね……」
「え?」
「あ、いや………今日、駅で見かけたの。綾さんと……旦那さん」

 綾さんはきょとんとしてから、

「そうなの? 声かけてくれれば良かったのに」
「………なんか、楽しそうだったから」
「それはそうよー。だってようやく離婚できるんだもの」
「……………」

 なんだろう……この脱力感……

「別に一緒に出しに行く必要はなかったんだけど、どちらかが出しに行くっていうのもお互い信用できなくてね。だったら一緒に行こうってことになってて。で、今日急に時間が空いたって連絡があったから急きょ行くことになって」
「そう……なんだ」

 でもでも、綾さん、旦那さんの姿を見つけた時、すごい笑ってて……

 言うと、綾さんは首を傾げてから、ああ、と手を打った。

「佐藤さん、普段車でしか移動しないから、電車乗り慣れてなくてね。電車乗り間違うし、待ち合わせの場所にくるのにも駅構内を彷徨うし、なんだかものすごい大変だったらしくて。途中でヘルプの電話もかかってきてね。ようやく来た時にはちょっと泣きそうな顔してたから、おもわず笑っちゃったの」
「…………」

 あの笑い顔は、それですか……。

「あかね?」
「あ、いや………」

 あれだけ悩んでた時間はなんだったんだ……

「………さっさと帰ってくればよかった」
「飲んでたのね?」
「あ……ごめんなさい。連絡もせず遅くなって……。もしかしてお酒臭い?」

 綾さんは首を振ると、くんくんと鼻を私の肩に近づけた。

「あそこにいってたんでしょ? あかねがアルバイトしてたバー。バイト帰りのあかねの匂いがする」
「…………すごい」

 20年も前の匂い、覚えてるの?

「お店、まだあるのね。今度連れていってね? 昔、結局行けなかったものね」
「ダメダメ」

 思わず即答で断ってしまい、綾さんがムッとする。

「どうして?」
「だって綾さんが誰かに目つけられたら嫌だもん。絶対絶対ダメ」
「変なの」

 あきれたようにいう綾さん。
 そうだ。あきれるほど、だ。あきれるほどに、私は心が狭い。嫉妬心の塊だ。

「綾さん………本当に、離婚して良かったの?」
「当たり前じゃない」

 引き続きあきれるように言う綾さん。

「でも、子供たちが……」
「そのことなんだけど」

 綾さんがピッと一本指を立てた。

「私、やっぱりどうしても美咲を引き取りたいの。……いい、よね?」
「うんうん。もちろん。私もそのつもりだったよ」

 こくこくと肯くと、綾さんが安心したように言葉を続けた。

「そのためには、自立して働いていることが第一条件だと思う。とりあえずそれはクリアになったから、あとは美咲の気持ちの問題で……」
「美咲さんはやっぱりまだおばあさんと暮らしたいって?」
「そうなんだけど……でも、義母も忙しい人だから夜遅かったり朝早かったりしててね。今は健人がいるからいいけど、健人も美咲のことが気になって家から出られないだけで、本当は出ていきたいみたいだし」

 健人さんは、父親、祖母、そして母である綾さんに説得され、とりあえず大学は卒業する、ということになったらしい。でも、その後どこに就職するかは本人に任せる、という条件つきだそうだ。父親と祖母はあと3年半の間になんとか気持ちを変えさせようとたくらんでいるらしいが。

「美咲も私と暮らすとどんなふうなのかが想像できないから、こないっていってるっていうのもあると思うの」
「確かに」
「だから、急で申し訳ないんだけど、明日、美咲をここに呼んだの。大丈夫だった?」
「うん。もちろん」

 大きくうなずく。私も前々から美咲に遊びにくるよう誘っていたのだ。

「何時頃? 親子水入らずの方がいいでしょ? 私出てるから……」
「何いってるの?」

 綾さん、三度目のあきれ顔。一番あきれたような表情。

「あなたもいなくちゃ意味ないでしょ。これから家族として一緒に暮らしていこうっていうのに」
「……………え」

 …………かぞく?

「家族?」
「そうよ? 家族になるのよ? 私達」

 綾さんの、何驚いてるの?バカな子ね、という声が聞こえてきそうな瞳……。

「家族……?」
「あかね? 何……」

 綾さんの言葉が途中で止まった。だって………。

「あかね……」
 再び、その温かくて柔らかい胸に引き寄せられる。ゆっくりと頭をなでてくれる手……。

「何泣いてるの」
「だって………」

 今日の今日、実の母に捨てられた。元々いらない子だった私。
 その私を綾さんは家族って……

 ピッピッピッピッっと、オーブンレンジが焼き上がりを伝える音を鳴らしている。クッキーの第二弾が焼けたようだ。

「……クッキー、明日、美咲さんが来るから焼いてたのね?」
「違うわよ? 美咲のほうがついで」
「え」

 顔をあげると、綾さんの穏やかな瞳がこちらを見かえしていた。

「こういう可愛い食べ物って、嬉しいことがあったときも悲しいことがあったときも、食べたくならない?」
「そうだね……」
「あかね、いつまでたっても帰ってこないから何かあったんだろうなって思ってね。だから、あかねが嬉しい気持ちでも悲しい気持でも大丈夫なように、作って待ってたの」
「………綾さん」

 その細い指をぎゅっと握る。何でもできちゃう魔法の手。大好きな大好きな綾さんの手……。

「私……そんな風にしてもらえるような人間じゃないよ」
「何言ってるのよ」

 綾さんがぎゅっと手を握り返してくれる。

「だいたい、それは私が決めることよ」

 にっこりとする綾さん。

「私がそうしたいって思うからしてるの。あかねにとやかく言われることじゃないわ」
「綾さん……」
「私、決めたの。もう、後悔したり言い訳したりするのはやめるって」

 綾さんの瞳に光彩がともる。あの時……舞台裏で見た綾さんと同じ。私が惹かれた光。

 綾さんは、真っ直ぐに私を見上げると、ふわりとほほ笑んだ。

「あなたを愛しているわ。あかね」

 綾さんの、優しい声。

「私はずっとあなたのそばにいる」
「綾さ……」
「ずっとよ? おばあちゃんになっても。死んじゃっても、よ」
「…………」

 ああ、どうしてあなたは……

「あかね」

 そっと、唇がおりてくる。瞼に頬に耳に首筋に……

「綾さん……」
「ん?」
「こわいよ、綾さん」

 思わず、綾さんの柔らかい腰にすがりつく。

「何がこわいの?」
「……消えてしまうのが」

 愛は消えるもの。消えてしまうもの。
 19年、待っていたのは、本当はつらくなかった。だって、待っている間はそこに確実にあったから。得るために努力している間はそこに確実に存在していたから。
 今、せっかくあなたを手に入れたのに、会えなかった19年よりもこんなに不安なのは、得たものが離れることを知っているから。あなたもいつかいなくなる……。

「消えないわ」
「綾さん」
「いなくならないわよ」

 ポツポツとシャツのボタンが外されていく。綾さんの指が私の素肌の腕を優しくなでていく。

「『誰のものにもならないあかね』」
「…………」

 ゆっくりと、綾さんの唇が近づいてくる。

「私のものになって?」
「綾さ……」
「愛してるわ」

 重ねられた唇……柔らかい、愛おしい唇……。

「綾さん……」
 綾さんの指に指を絡ませる。

「私は……もうとっくに、綾さんのものだよ」
「そう?」

 ふっと笑みをつくる綾さん。胸がぎゅっとなる。

「でも……つらい。不安で押しつぶされそう」
「何が不安?」
「綾さんが……いなくなることが」
「いなくならないわ」

 瞼に唇がおりてくる。

「大丈夫。不安になったら教えて? いつでも言うから」
「うん……」
「私はあなたのそばにいる」
「うん」
「愛してるわ。あかね」
「私も……綾さん」

 その白いうなじに口づける。

「愛してる……綾さん」

 もう……逃げない。愛することから逃げない。愛されることから逃げない。

『愛すること、愛されることを恐れないで』

 陶子さんの言葉がよみがえる。陶子さん……私、もう、逃げないよ。



----------------------------




この物語で一番書きたかったシーンの一つなのでした。誰のものにもならないあかねを抱く綾さん。
失うことが怖くて誰のものにもなれなかったあかねが、ようやく心を開く、という……。

………ちゃんと書けてる?伝わる?これで?

一人称って、その人の気持ちはたくさんかけるけど、相手の気持ちをかけないことが残念。

綾さん、就職して離婚して変わりました。
息子の健人にさんざん「言い訳ばかりの人生」と言われてきたけど、就職して自分に自信がついて、そして、離婚も成立して、ようやく自分の足で立つ覚悟ができました。だからもう言い訳はしません。欲しい物は手に入れるよう頑張ります。

あかね、綾さんと暮らし始めて約2か月、一歩間違うとまた女遊びをはじめてしまいそうな不安定な精神状態からよく耐えました。他の女に逃げないで偉かった。いや、ホント。他の人とどうにかなって泥沼とかならなくて良かった。うん。幸せになりなさいな。
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(GL小説)風のゆくえには~光彩6-5

2015年04月22日 14時36分32秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 30人ほどで満席になる薄暗い店内は、今、8割ほど席が埋まっている。甘いタバコとお酒の匂い。
 半年ぶりのさざめきに身をゆだねる。半年前までは毎週通っていた第二の我家といえる女性限定のバー。カウンターの一番端の席で壁に頭をあずけ、目を閉じる。心地いいんだか悪いんだかもわからない。でも、一人でいるよりはマシな気がする。

「姫、そろそろ終電じゃない?」
「……………」

 カウンターの中から陶子さんがぶっきらぼうに言う。
 駅でしゃがみこんでいたところを、偶然、通りがかり、拾ってくれた陶子さん。半年ぶりに会うけれど少しも変わらない。あいかわらずの濃いピンクのアイシャドーに真っ赤な口紅。クレオパトラみたいなボブの黒髪。スパンコールの散りばめられた黒いドレスがよく似合う。

「……帰りたくない。今日閉店5時でしょ? そのあと陶子さんちいってもいい?」
「いいけど………宿代は体で払ってもらうわよ?」
「ウーソーつーきー。そんな気ないくせに」

 陶子さんは小柄で元気な子が好き。スピッツみたいな子犬のような子がタイプ。それは出会ったころ……私が18歳の時から変わらない。バイト中にもよく「姫があと身長20センチ低かったら考えないでもない」って言われてた。ここにいる人達はみんな、大学時代のあだ名である「姫」と私のことを呼ぶ。

「新境地を開拓するのもやぶさかではないけど?」
「……なにいってんだか」

 10歳年上の陶子さん。私も結構若く見えるほうだけれど、陶子さんにはかなわない。私より年下といっても信じられるくらいの肌の艶やかさ。何でも見透かしているような切れ長の黒い瞳が、こちらをまっすぐに見返している。

「なんで帰りたくないの? 愛しの綾さんとはどうなったのよ? 見つけたんでしょ?」
「うん。今、一緒に住んでる」
「へえ。すごいじゃない」

 陶子さんが全然すごくなさそうに言う。この人はセリフに抑揚があまりない。そこがウソっぽくなくて好き。

「でも、綾さんは人の物なの。かっさらったつもりだったけど、私の勘違いだった」
「勘違い?」
「綾さんは……私といない方が幸せになれる」

 子供たちと一緒にいたい、と即答した綾さん。それを無理やり引き離したのは私。
 それに……、今まで、気がついていないフリをしていたけれど……、本当は、あの旦那が愛人と別れさえすれば、佐藤家の問題はすべて丸く収まるのだ。そこへ私が出てきたから、その可能性も立ち消えてしまった。でも、愛人は結婚するつもりはないらしい。だったらなおのこと、綾さんは離婚する必要はない……。

「私なんかいないほうがいいんだよ。私なんかいなければ……」

 綾さんは幸せになれる。
 母も……幸せになれる。

 母から渡された封筒を思い出し、足元が冷たくなる。携帯の番号ももう分からない。母にはもう一生、会わない。……会えない。

「それは早計ね」
 深淵に沈みそうになったところを、陶子さんの声に引き上げられた。

「綾さんが幸せかどうかは、綾さんが決める話。姫が決めつける話じゃないでしょ」
「…………でも」
「姫、変わったわね」
「え」

 陶子さんが、グラスを差し出してくれながら、少し微笑んだ。

「人間らしくなってきたじゃないの」
「人間らしくって」
「みんなそうやって色々悩んだりしてんのよ。今までの姫は、みーんなと表面上うまくやって、みーんなに好かれて、うまーく人生渡って……。誰のものにもならない人気者、だったものね」

 誰のものにもならない……昔、綾さんに言われたことがある……。

「20年前、大好きな綾さんと付き合ってたころだってそうだったじゃない。綾さんだけを愛するのも愛されるのも怖くて、他の女に手だしまくって……」
「……………」

 そんなつもりは……、ない? いや、どうだったのだろう……。

「まさか姫の口から『私なんか』って言葉が聞けるとは思わなかったわね」
「だって………」
「私なんかって言葉は、そんなことないよって言ってもらうために使う言葉。そんなことない。あなたが必要よっていってほしいわけね?」
「…………」

 それは……。

「今、姫は初めて、人のものになりたいって思ってるってところね」
「…………」
「自分のすべてを受け入れてほしいと思ってる。でも、怖くて戸惑ってる」
「…………」

 グラスの中の氷が傾く。陶子さんの言葉が、頭の中で渦巻いている。

「怖くて逃げ出したいなら、また、前みたいに女の子とっかえひっかえすれば気持ちが落ちつくんじゃないの? この半年、綾さん以外に手だしてないんでしょ?」
「…………なんでそれ」

 陶子さんが肩をすくめた。

「姫が一度ここに連れてきた子……由衣ちゃんね。あの子が言ってたわよ」
「………え」

 なぜ、由衣先生の名前がここで……。

 綾さんにあんな怪我を負わせた由衣先生。綾さんの希望もあって、あれは事故、ということで処理することになり、由衣先生には何のお咎めもなかった。校長と教頭には報告してあるけれど(もちろん、植木鉢を落とした理由は言っていないけど)、学校側も騒ぎになることを恐れて隠蔽することに決めたらしい。

 由衣先生、学校を辞めるのでは、と思ったが、見た目によらず図太い神経をしていたようで、今も変わらず家庭科の教師を続けている。私に対しては怯えるような態度を取るようになったけれど、日常業務に差しさわりはないので放っておいている。

「あの子、姫がこなくなったころから、時々来るようになったのよ。はじめのうちは、姫のことをあちこちで聞きまわってストーカーみたいでちょっと……って感じだったけど、最近は別にお目当ての人できたみたいで、すっかり明るくなったわよ」
「…………あっそ」

 それで私が他の女の子たちと手を切ったことを知っていたわけね……。写真を隠し撮りして綾さんの旦那に送りつけたり、綾さんにけがをさせたり、まるでストーカーそのものだったけど……。でも、今他に目がいっているならそれは願ってもない。彼女は彼女で勝手に幸せになってもらいたい。

 店の時計が深夜0時を告げた。土曜日の夜はこれからが本番だ。

「そろそろユリアがくるかも。姫が最後に付き合ってたのってユリアでしょ? 今あの子フリーよ」
「あー………」

 ユリアのつかみどころのないふわふわした天使のような微笑みを思い出す。

「苦しいなら、今まで通り、可愛い花と楽しい時間を過ごしていけば?」
「……………」

 かりそめの欲情、かりそめの愛……
 あの子ならたぶん、何も聞かず、ただ微笑んで一緒に過ごしてくれるだろう。

 でも……

 すうっとまわりの音が消えていき、本当に愛しいその声だけが脳内に響き渡る。

『あかね……』

 綾さんの優しい声。綾さんの細い指。温かい腕。潤んだ瞳。しなやかな肢体……。

 綾さんに……会いたい。

「…………帰る」
「そう?」

 陶子さんが、なぜかニッと口の端をあげて笑った。

「いい気味」
「え」
「いつでも余裕ぶちかましてた姫が、こんな顔するなんてね」

 いい気味って……先週、綾さんにも言われたな……。私の嫉妬に「いい気味だわ」って……。

「……陶子さんは、嫉妬する人?」
「するわよ。嫉妬深いわよ私。姫は全然しない子だったよね。執着心がないから嫉妬もしないんでしょうね」
「そう……だったよね……」

 それが今ではどうだろう。私は嫉妬の塊でできている。
 押し黙った私に、陶子さんは、へえと低くつぶやくと、ポツリといった。

「驚いた。姫、ホントに人間らしくなったのね。ようやく身も心も抱かれることができるかもよ」
「………抱かれる?」

 これも、昔、綾さんに言われた。あかねは誰にも抱かれないって……。

 陶子さんはこちらに両手を広げてみせると、

「まあ、ダメだったら戻っておいで。私が慰めてあげる」
「……新境地?」
「そうそう。一緒に新境地を切り開こう」
「そんなこといって……と、これ!」

 陶子さんが入れてくれていたグラスを飲んで、思わず声をあげる。

「水じゃないの」
「そうよ? そろそろ帰るって言うと思ったからお水にしておいたの。お酒臭いまま帰りたくないでしょ?」
「……………」

 陶子さんの予知能力健在。
 陶子さんは真面目な顔になり、私を正面から見た。
 
「姫。私が言えることはただ一つよ。愛すること、愛されることを恐れないで」
「………」
「当たって砕けてきなさいな」
「……砕けるのはやだなあ」

 苦笑する。当たって……砕けろ、か。
 会計をその場に置き、荷物を持って立ち上がると、わらわらっと女の子達が寄ってきた。

「姫様帰っちゃうのー?」
「せっかく久しぶりなのにー」

 あいかわらずここに来る子はかわいい子が多い。半年前までの私ならテンション上がりまくって朝までコースになるところだけれども……

「ごめんね。大切な人が待ってるんだ」
「えーーーー」

 可愛い花たちの間を抜け、小さく手を振ってくれている陶子さんに手を振り返し、赤い扉を開く。地上に続く階段。
 私は……私は、進むことができるだろうか。


*****

 マンションについたのは、深夜一時すぎだった。ミネラルウォーターを買ってガブ飲みし、夜風に当たりながら歩いてきたので酒も抜けた。

 公園から見て、部屋の電気がついていることは確認済みなので、綾さんがいることは分かっていた。まずは第一関門突破だ。あのまま綾さんが旦那さんと一緒に佐藤家に帰ってしまっていたらどうしよう、と不安に思っていたのだ。

「………ただいま」

 せっかく晩御飯はグラタンにするって言ってくれてたのに、こんな時間まで連絡もしなかった……。
 何て言えばいいんだろう? 
 そして……何て聞けばいいんだろう。今日、旦那さんと二人でいるところをみてしまったことを……。

「おかえりなさい」
 ひょいとキッチンから顔を出した綾さん。いつも通りの表情だ。

 なんか……ものすごく良い匂いがするんですけど……。

「……なにしてるの?」
「クッキー焼いてるの」
「ク、クッキー?」
 
 深夜一時にクッキーですか?

「冷めてからもおいしいけど、出来立てもおいしいのよ。第一陣が焼けてるけど食べる?」
「う……うん」
「じゃあ、手洗ってきて。珈琲でいい?」
「う、うん」

 あの、重ねて言いますが、今、深夜の一時過ぎてます。お茶してる場合でしょうか……。


「わあ。すごい。かわいい」
 お皿に並んだ市松模様のクッキーをみて感嘆の声をあげる。こんなもの、家で作れるんだ! 食べてみてさらに驚く。

「おいしい。売ってるのよりずっとおいしい」
「良かった」

 にっこりとして、珈琲を差し出してくれる綾さん。

「こういうの、もしかして美咲さんと一緒に作ったりしてた?」
「そうね……アメリカにいたころはね。美咲よりも健人の方が上手だったけど」

 綾さんが子供たちとクッキーを作る姿を想像して、なんだか切なくなってくる。私が奪ってしまった時間……。そして、私には有り得なかった時間。母とお菓子作りをするなんて想像すらできない。

 珈琲を一口飲む。フワッとした香り。絶妙な苦み。……完璧だ。

「すごい……ホテルの珈琲よりおいしい」
「ホテル?」

 はてな?という顔をした綾さんに、コックリとうなずく。

「今日、母がね、珈琲おごってくれたの。最初で最後だって」
「…………」

 きゅきゅっと、おしぼりで手をふき(完璧な綾さんはテーブルにおしぼりも用意してくれている)、もらってきた封筒を綾さんに渡す。
 いぶかしげに中身を取り出した綾さんが息を飲んだ。

「分籍……?」
「うん。なんかねえ、再婚するから私が同じ籍にいると都合が悪いんだって」
「都合……?」

 何でもないことのように、セリフを読むように、説明する。

「分籍届って出したところで、戸籍が離れるだけで、別に縁が切れるわけでもなんでもないんだけどね。でも、母は私のことは死んだものと思ってずっと連絡とってないって、相手に言ってるらしくて、一緒の戸籍にいること知られたくないんですって」
「………」
「再婚相手の娘さんともうまくやってるらしくてね、チャコちゃんっていう孫になる子の写真を待ち受けにしちゃったりしててさ」
「………」
「もう金輪際連絡してくるなって。仕送りもしないでいいってさ。仕送りしてた分だけお金余るし、やっぱり引っ越ししてもいいかもね」
「………あかね」

 なぜだかわからないけれども、色々な感情が渦巻いて、言葉が止まらない。

「携帯の電話帳からも削除されたの。だからもう、電話がかかってくることも、かけることもない。せいせいするよ」
「………」
「ホント勝手だよね。木村の父と離婚するときに、無理やり私を一之瀬姓にさせておいてさ。こんなことならやっぱり、木村にしておけばよかった。今さら一人で一之瀬の籍ってなにそれって感じ」

 止まらない。自分でも何をいっているのか分からない。ただただ感情が湧き上がってくる。

「そもそも、どうせ邪魔になるなら、父が亡くなったときに引き取らなきゃよかったのに」

 お母さん。お母さん。いつも冷たい目で私のこと見てた。

「それ以前に、いらなくなるんだったらさ!」

 ソファを拳で叩く。

「いらなくなるんだったら、はじめっから産まなきゃよかったのにっ」

 母の背中。遠ざかっていく背中……。

「そうしたらこんな……」
「あかね」
「こんな……」

 言葉が続けられなくなった。綾さんの胸に抱き寄せられたからだ。

「綾さ……」
「あかね」

 ぎゅうううっと頭をかき抱かれ、耳元で力強く言われる。

「大丈夫。大丈夫だから。私がいるから」
「そんなこといって……」

 綾さんだってどうせいなくなる。お似合いの旦那さん。かわいい子供たち。綾さんはあちらの世界に戻る。ここからいなくなる。みんな、私のそばからいなくなる。お父さんも、おばあちゃんもいなくなった。お母さんとももう会えない。だから嫌なんだ。いなくなってしまうのなら、はじめから求めたくない。期待したくない。

「綾さんはいなくなる」
「いなくならないわよ」
「いなくなるよ」

 今日だって旦那さんと一緒にいた。楽しそうに笑ってた。私が入る隙なんてなかった。二人がうまくやっていけるなら、美咲だって母親と離れなくてすむ。私がいなくなれば……

「綾さんにとっても、私なんかいない方がいいんだよ」
「何いってるの!?」

 綾さんの腕に力がこもる。

「私はあなたと一緒にいたい。あなたが必要なの」
「………」

 あ、陶子さんの言っていた通りだ。「私なんか」は「必要」っていってもらうための言葉……。
 泣きたくなってきた。言わせてしまった……。

「綾さん、私………」
「あかね。聞いて」

 肩をつかまれ、正面から顔を覗き込まれる。綾さんの漆黒の瞳が真摯な光をたたえこちらを見ている。

「…………」
 すうっと興奮状態がおさまってくる。綾さんの瞳、吸い込まれそうだ……。

 私が落ちついたのを見計らって、綾さんが表情をあらためた。

「あかね、提案があるんだけど」

 そして、綾さんは、ものすごく真面目な顔で、言った。

「私の娘にならない?」



-----------------------




綾さんの「私の娘にならない?」

というセリフは、今年1月にこの物語が脳内に再生された時点で、ポイントになる言葉として出てきてたので、書けて安心しました。
安心したのと同時に、ああ、そろそろ本当にこの話ともお別れなんだなあと寂しくなってきました。

あかねと陶子さんの話とか、ユリアの話とか、私の頭の中にはありますが、綾さん出てこないから書く気しないなーって感じなのでパスです。

あと1回であかね視点は終わり。「幸せになりなさいな」と陶子さんなら言ってくれそう。

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(GL小説)風のゆくえには~光彩6-4

2015年04月20日 10時00分00秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 あの深夜の電話の翌週の土曜日、母が上京してきた。話があるという。どうせろくでもない話に決まっている。お金の催促か何かの商品の契約か……。

 待ち合わせのホテルのロビーラウンジに行くと、すでに母は座って珈琲を飲んでいた。派手な白いスーツに厚化粧。探さなくてもすぐに見つかる存在感を醸し出している。
 母は私の姿を見るなり、「遅い」と目を尖らせ、勝手に私の分の珈琲を頼み、前に座るよう苛立たしく指を差した。

「嫌味? そのノーメイク」
「……………」

 化粧をしてると、そんなに男に色目を使いたいのか、と罵られ、しなけりゃしないで嫌味と言われ……。この人は、とにかく私のすることに文句を言わないと気が済まないらしい。

「はーまだまだノーメイクでいけますって? あんた、いくつになったんだっけ?」
「……40だけど?」
「あーーーそう。40……」

 母は考えるように上を向いてから、ポンと手を打った。

「40って言ったら、私が木村さんと離婚した歳じゃないの? もう、娘を大学にまでいかせてた歳だよ。それに比べて今のあんたは、まーお気楽でいいねえ」
「……………」

 母は今58歳。5歳くらいは若く見えるかな……。母の嫌味は右から左に聞き流し、関係のないことを考えるようにしている。

「木村さんっていえばさ、ヒロ君、結婚するんだって」
「え」

 ヒロ君、というのは木村さんの連れ子。一時期私の兄だった人だ。

「ヒロ君、あんたのせいで青春棒にふっちゃったからどうなることかと思ったけど、無事に結婚できることになって本当に良かったよ~」

 え、私のせい? と、ツッコミたいところをこらえる。
 それよりも気になることがある。

「なんでお母さん知ってんの? 兄さんとまだ連絡取ってるの?」
「ヒロ君とはとってない。木村さんから聞いたの」
「木村さんから……?」

 離婚して何年も立つのに……?

「木村さんとは連絡取ってるの?」
「そりゃあね」

 母が肩をすくめる。

「なんだかんだ10年夫婦やってたからね。離婚したからって、はいさようならってわけにはいかないよ」
「……………」

 グサッと突き刺さる言葉。綾さんとその旦那なんて19年夫婦やってて、間に子供が2人もいる……。それこそ本当に、はいさようなら、とはいかない……。

「あんた、結婚は?」
「……そんな予定はないです」

 落ち込んでいるところに追い打ちをかける質問だ……。

「あれはどうなったんだっけ、ほら、アフリカにいた彼氏は」
「あれはずいぶん前に別れました。誰かさんのせいでね」

 アフリカにいた彼氏、というのは友人の桜井浩介のことだ。
 浩介とは大学時代からずっと恋人のふりを続けていた。浩介にも同性の恋人がいるため、親の目を欺くために、私が恋人ということにしていたのだ。

 10年ほど前、突然、浩介の母親が私を訪ねてきて、アフリカにいる浩介を日本に連れ帰ってきてほしい、と頼んできた。遠距離恋愛ではあなたも寂しいでしょう?と……。それを丁重にお断りしたところ、浩介の母はあろうことか私の母を訪ねてしまい………。

「あっそうだったそうだった。駄目になったんだよね。あはははは」

 嬉しそうな母。この人、私の不幸が楽しくてしょうがないらしい。

 母は、浩介の母親に言わなくてもいいことまで喋りまくったのだ。私が高校時代に『不純「同性」交遊』で停学処分をくらったことまで面白おかしく話したらしく、
「あなたは浩介にふさわしくない。別れてください」
と、速攻で浩介の母親から言われてしまい、私達は「別れる」ことになり……。

 まあ、今は浩介は別の国で恋人である慶君と一緒に暮らせてるからいいんだけど。
 でも、二人はカミングアウトはしていないらしい。宗教上の問題で理解を得るのが難しい地域みたいで、それこそ「ルームメイト」ってことになってるって言ってた。でも、親の干渉がなくなるだけ、海外で暮らす利点は大きいと思う。

「せっかくわりと高スペックな男だったのに、残念だったねえ」
「………娘の不幸がそんなに楽しい?」

 思わず言うと、母は、ムッとして何か言いかけようとした。が、

「最後くらい喧嘩したくないから、ふっかけてこないでよ。ほんとイライラさせるわよね、あんたって」
「……え?」

 最後ってどういう意味……?
 聞くよりも早く、母はゴソゴソとカバンから何か出そうとしながら、あのねえ、と話し出した。

「私、来年、再婚するの」
「え?!」
「それで……ああ、これこれ」

 封筒を差し出してきた。……何? 中身を確認する。

 戸籍謄本と………

「あんた、これ出してよ」
「分籍………届?」

 分籍………

「相手の家族にはね、娘とは縁が切れてて、ずっと会ってなくて、生きてんだか死んでんだかもわかんない。死んだものと思ってるって話してあんのよ。だから、私の戸籍にあんたがいると困るの」
「…………」
「こういうの詳しい人に相談したら、あんたが分籍したあとに、私が他の県に転籍すればもう戸籍に載ってこなくなるって教えてもらったんだよ。まあ、調べていけばバレちゃうらしいけど、まずそんなこと調べないからわからないだろうってさ」
「…………」
「そういうわけだから、早いうちに出しておいて」

 母は、携帯の画面をシュッとスクロールさせると、

「ほら見て、チャコちゃんっていうの。可愛いでしょ?」
「………」

 2、3歳くらいの女の子のドアップが写っている。
 またスクロールさせると、チャコちゃんとその母親らしき30代前半くらいのふっくらとした感じの女性の写真が……。

「サユリちゃん。再婚相手の娘でね、すごく良い子。今、二人目妊娠中」
「…………」
「里帰り出産したいから、それまでに再婚してって言われてるんだけど、前の奥さんの13回忌が終わってからにしましょうって話になっててね」

 またスクロール。次の写真は、母と母に抱かれたチャコちゃんと、品の良い初老の男性。

「この人が久保田さん。いい人よ。優しくてね」
「…………」

 幸せそうだ。幸せそうだな。……私が母に与えることのできない笑顔だ。

 母は携帯をカバンにしまうと、一気に珈琲を飲みほした。

「私も散々苦労してきたけど、ようやく穏やかな老後を暮せそう」
「そう……」
「そういうわけだから」

 ビシッと指を差された。

「仕送りももういらない。金輪際連絡してこないで」
「…………」

 最後って、本当に最後って意味だったんだ……。

「もうあんたのせいで苦労させられるのごめんだからね。久保田さんが木村さんの時みたいにあんたの色仕掛けに引っかかったりしたらと思うとぞっとするわ」
「…………」

 色仕掛けって、そんなこと男相手に一度もしたことないよ。お母さん。

「じゃあね。もう会うこともないけど、元気でやんなさい」
「……………」
「あんただって、私に会わなくなってせいせいするでしょ」

 カバンを持ち、立ち上がる母。伝票も取り上げると、

「ここは払ってあげる。最初で最後のおごりの珈琲ね」
「………お母さん」

 何を言いたいのか分からないけど、何かを言いたくて、母を呼び止める。
 母が、眉間にシワを寄せて再び座る。

「なに」
「あの………」

 頭に色々なことが駆け巡る。でもどれも言葉として出てこない。
 ようやく出てきたのは、事務的な内容だった。

「分籍届、月曜の午前中には出しにいけると思う。出したら連絡する?」
「ああ、いいよ。っていうかさ、お互い今ここで電話帳から削除しようよ」
「……………」

 再び携帯を取り出す母。
 何の迷いもなく、よどみなく、『あかね』を呼び出し……削除。

「ほら、あんたも」

 促され、電話帳で名前の欄『母』を選ぶ。
 その時点で、横から携帯を取り上げられた。

「あ」
 勝手に削除の操作をされ、手元に戻される。

「これでホントにさよならね。じゃあね」
 無表情に立ち上がる母。

「………お母さん」

 再び呼び止める。母が不機嫌に私を見下ろす。
 ああ、いつものお母さんの顔だ。不機嫌でピリピリしてて、いつもいつも怒ってた。

「何よ。なんか言いたいことが……」
「……ごめんね」

 するり、と言葉がでてきた。何も考えてない。ただ、するりと出てきた。

「ごめんね。……私、生まれてきて」
「……………」

 母は、一瞬、詰まったような顔をしてから、大きく息を吐いた。

「そうだね。私にとってはね」
「…………」

 それから肩をすくめた。

「でもまあ、あんたのお父さんやおばあちゃんにしてみれば、あんたが生まれてきてよかったんじゃないの?」
「…………」
「それに木村さんもヒロ君も、あんたのこと気に入ってたしね。あんたって、小さいころからそう。近所のおばちゃん連中からも、クラスメートからも、みんなから好かれてて、やたらと人気があったじゃない?ムカつくぐらい」
「…………」

 母は背を向けると、ボソリと言った。

「私もあんたが娘でなければ……ただの近所の子とか、職場の同僚とか、そういう赤の他人だったら……」
「…………」
「あんたのこと好きになれてたのかもね」
「…………」

 母は背を向けたまま、そのままこちらをみることもなく、行ってしまった。白いスーツの背中が遠ざかっていき……見えなくなった。

 取り残された私……。
 そうだ。小さいころはよく家に取り残されてた。今みたいに、母の背中を見送って一人ぼっちに……。

『私を一人ぼっちにするつもり?』

 そう言って、母は、木村の父と離婚するときに、私を一之瀬の姓にさせた。はじめて母に認められた気がした。

 でも、母は今度は、久保田さんになる。娘と孫もできる。
 もう、私のことは必要なくなったってことね。

 分籍届は出したところで、縁が切れるわけではない。書類上の問題なのだ。扶養義務も引き続き発生している。でも、もう、連絡先も分からなくなった。もう二度と会うことはない。

 ……願ったり叶ったりじゃないの。
 お正月に電話一本かけるのだって、憂鬱で憂鬱で仕方がなかったくせに。
 仕送りだって、これがなければもっとお金貯まるのにって常々思ってたくせに。

 それなのに、どうして?
 どうしてこんなに………体の中に穴があいたみたいな感じがするんだろう?

「………珈琲冷めちゃったな」
 最初で最後の珈琲……苦い。

「綾さん……」
 綾さんの珈琲が飲みたい。絶妙な苦み、完璧な温度、やさしい味。

 珈琲を飲みほす。苦味が口の中に広がって涙が出そうになる。この味が母の存在そのものだ。にがくて苦しくて……。

「綾さん」
 綾さんに会いたい。
 早く帰ろう。家に帰ろう。綾さんが待っている家に帰ろう。
 今日の夕食はグラタンって言ってた。いつもわたし好みのあっさりとしたホワイトソースを手作りしてくれる。
 早く帰ろう。いつもみたいに「おかえり」って言われたい。帰るなり抱きついて「手洗ってきなさい!」って怒られたい。……綾さんに会いたい。


 外に出ると、すでに空が夕暮れになろうとしていた。
 ホテルから駅までは近い。すぐに駅が見えてきた。東口の入り口に差しかかろうとして、

「………あれ?」

 我が目を疑った。綾さんがいる。東口と書かれた緑の看板の下に立っている。
 妄想?幻想?……いや、本物だ。
 あれ? 今日出かけるって言ってたっけ?
 何はともあれ、会えるなんて嬉しすぎる。今すぐ会いたかった。神様ありがとう。

「あや………」

 駆け寄って行こうとして………

「!!!」

 足を止めた。とっさにフェンスの陰に隠れる。

「………なんで」

 東口の出口から出てきたのは……綾さんの旦那。

 軽く手を挙げた綾さん。……笑顔だ。
 旦那さんが綾さんに「ごめん」という仕草をすると、綾さんはおかしそうに笑った。

 そして二人は、並んで歩きだした。
 まるで、夫婦みたいにお似合いな二人の姿……。

「夫婦みたいに……って、夫婦か」

 一人ごちてから、耐えきれなくてその場にしゃがみ込んでしまった。
 息ができない……苦しい………。



----------------------



浩介のアフリカ云々の話、詳細は「~翼を広げて」になります。

物語の舞台は、グーグルマップをカチカチさせたり、実際に自分がいったことのある場所を参考にしたりして、漠然と決めてあります。
粗がでると嫌なのでわざと詳しい地名は書かないようにしてるけど。

せっかくなので書きますと…

あかねのマンションは東京都目黒区にあります。都立大学駅から徒歩15分くらい。駒沢大学駅にも20分くらいで出られます。
美咲のおうちは新宿区。市ヶ谷駅から徒歩5分くらい。

慶と浩介の実家は横浜市内にあります。二軒ともわりと川沿いです。最寄り駅は隣。慶の家の方が上流側。慶の家は駅から歩いて15分くらい。浩介の家は駅から5分強。二人の通ってた高校は丘の上にあります。

浩介が就職してから住んでたアパートは信濃町から徒歩10分くらいのところにありました。

こういうこと考えるの楽しくてしょうがない。
ちなみに、上記の駅は新宿でした。


あかねさん、精神的にきつい状態なので、早く脱却させてあげたい。
でもパソコンの調子が悪い。すぐ固まる。どうしてくれる。。。
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(GL小説)風のゆくえには~光彩6-3

2015年04月17日 16時23分52秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 私の母は、18歳で私を産んだ。当時大学生だった父は、大学を中退して就職した。
 まだ遊びたい盛りの母にとって、私の存在は重荷でしかなく、今で言うネグレスト状態だったらしい。でも、子供好きだった父は私のことをとてもかわいがってくれたため、それでなんとか私はまともに育っていたそうだ。
 でも、6歳の時に父は交通事故で亡くなり、私と母は母の実家に身を寄せることになった。祖父はすでに亡くなっており、母はほとんど家に寄り付かなかったので、私は祖母一人に育てられたようなものだった。

 私は出来の良い小学生だった。背も高く美人で、頭もよくて、スポーツ万能で、常に学級委員を任されている、祖母の自慢の孫だった。祖母の愛情は、高校を中退して子供を産んだ娘よりも、従順な孫の方に注がれた。祖母は母と顔を合わせると「あかねはこんなに良い子なのに、あんたときたら……」と必ず文句を言っていた。
 母の私への憎悪は、夫に引き続き、母親の愛情も取られたところからもきていたのだろう。母だって当時、まだ20代の小娘でしかなかったのだから。

 そんな祖母も、私が6年生の時に病気で亡くなった。亡くなってすぐに、母が再婚することになった。
 再婚相手の木村さんは、お金持ちで優しくて、とても良い人だった。3歳年上の兄も、大人しいけれど感じの良い人だった。

 と、思ったのも、最初の半年だけだった。

 義父と義兄の視線が、家族に対するものではない、と気が付いたのは何のタイミングだったか……。
 私を嫌っていた母は、兄を猫可愛がりして自分に手なずけようとしていたけれど、兄の好意は歪んだ形で私に向けられていた。

 今までは、私に関わりを持とうとしなかった母だったけれど、再婚して専業主婦になった途端、今までの分を取り戻すかのように、色々と干渉してきた。それで、義父と義兄が異性としての私に関心を持っていることにも早々に気が付いてしまった。

「あんたが色目を使うから」
と、何かあるごとに怒鳴られ、なじられ、折檻されることもあった。「死ねばいい」とまで言われた時にはさすがにこたえた。

 義父に根回しをして、東京の大学に行かせてもらえることになった時には、心底ホッとした。これ以上、母を憎みたくなかった。

 一人暮らしは本当に自由だった。大学1年の時には運命の人である綾さんに出会えた。2年になってからは、生涯の友となる浩介にも出会えた。
 このまま母たちのことは忘れて、東京で暮らしていける……と思ったのも束の間、4年生になってから、大事な話があると長野の実家に呼び出され、告げられた。

「離婚することになった」

 と……。義父はそのまま木村の籍に残ればいい、と言ってくれたし、私自身も今さら名字を変えるのも面倒だったので木村の名前で分籍しようかと思ったのだけれども、母が大反対した。

「私を一人ぼっちにするつもり!?」

 正直、驚いた。あれだけ私のことを嫌っていたくせに、私を娘として籍にいれたい、なんて……。
 不思議と……嬉しい、という気持ちが湧き上がってきた。なんだかんだいっても、私も母の愛情を欲していたんだろうか……。

 人の良い木村の父は、今住んでいるマンションを私の名義に書き換えてくれた。ここで綾さんを待ちたかった私にとってこれほど嬉しいプレゼントはなかった。何かあったら連絡しなさい、と言ってくれたけれど、数年後に木村の父は再再婚したので、今ではまったく連絡をとっていない。

 義兄とは、私が上京した時以来会っていない。上京前夜、義兄が無理やりに私と関係を持とうとした際、私が拒否反応のあまり嘔吐してしまったことが相当ショックだったようだ。やはり私は男性はどうしても受け入れられない、と再認識させられた。義兄の女性に対するトラウマになってしまったかもしれないけど、知ったことではない。

 母とは和解した……と言いたいところだけれども、やはりそりは合わなくて、顔を合わせると嫌味を言われるし喧嘩にもなるので、極力会わないようにしている。唯一のつながりは、毎月の仕送りだけだ。
 それでも、あの時、一之瀬の籍に入るように言った母の言葉だけは、温かいものとして心の中に残っている。


***


 綾さんが働きはじめてから一か月が過ぎた。無事に試用期間が終了し、本採用が決定したそうで、今日は正社員としての歓迎会だと言っていた。
 夜10時を過ぎてから、「今から帰る」とのメールがあったため、車で最寄り駅まで迎えに行ったのだが……

「綾さん、笑いすぎ」
「だって………」

 助手席で綾さんはずっと肩を震わせている。
 そういえば、綾さんは酔うと笑い上戸になって、テンションも高くなるんだった。再会してから、酔っぱらうまで飲んだことがなかったので、約20年ぶりに笑い上戸の綾さんを見た。

「あかね、ものすごい目で睨んでるんだもの」
「そりゃあさあ……」
「ジェームズさんのあの引きつった顔……」

 くすくすくすくす……と、綾さん楽しそうだ。

 別に楽しいことがあったわけではない。
 迎えにいったら、綾さんが長身の白人男性と楽しそうに話をしていて、その距離があまりにも近かったので、思いきりクラクションを鳴らして車から睨みつけてやっただけだ。

「ジェームズさん、あかねに会いたいって言って待ってたのに、怯えて帰っちゃったし……」
「私に会いたい?」
「ルームメイトが迎えにきてくれるって言ったら、是非会ってみたいって」
「ふーん」

 ルームメイト、だって。ふーん。ルームメイト……

「休み明け、ジェームズさんが何ていうか楽しみだわ」
「……仲良いんだね」

 思わず不機嫌に言うと、綾さんはキョトンとした顔でこちらを見てから、またクスクスと笑いだした。

「あかねが嫉妬してる」
「そりゃするでしょ」
「いい気味だわ」
「………なにそれ」

 綾さんはクスクス笑いながら、今度は鼻歌を歌いだした。窓を流れる夜の光が綾さんを映し出す。
 車に乗った途端、綾さんが「海に行きたい」と言い出したので、お台場に向かっているところなのだ。そういえば、二人で夜の海に行くのは初めてのことだ。

 この一か月で、私たちの生活スタイルは激変した。同居をはじめて2週間は綾さんがほとんどの家事をしてくれていたけれど、きちんと分担するようにしたのだ。
 朝、綾さんが朝食とお弁当の用意をする間に、私は洗濯。夜は、私の方が遅いことが多いので、綾さんが先に帰って夕食の用意をしてくれているけれど、私が早く帰れたり、綾さんが遅かったりしたときは、私が作ったり、待ち合わせをして一緒に買い物をしたり、時には外食をしたり……。

 綾さんは、あの、寂しそうな笑顔をすることがほとんどなくなった。毎日生き生きとしている。その様子にホッとしている反面、今にも飛び立ってしまうのではないかという不安にもかられてしまう。

「綾を外にだすな」
と言った、綾さんの旦那さんの気持ちが少し分かる。閉じ込めたくなる。せめて、自分のところに戻ってきてくれる、という保障が欲しくなる。

 働きに出る前、「離れたくない。一緒にいたい」と言ってくれた綾さん。それだけで十分なはずなのに、心が騒いでしょうがない。でも、その不安を口にすることもできない。
 一緒に暮らす前の方が、まだ余裕があった。手に入った今の方が、どうしてこんなにつらいんだろう。嫉妬と不安で身動きがとれない。
 これままで散々、束縛するのもされるのも嫌がっていたくせに、最近、自分の感情をコントロールできなくなっている。


 駐車場に車を停め、少し歩いた先に砂浜が見えてきた途端、綾さんが目を輝かせた。

「わーーーうみーーーー」
「綾さん」
「うみーーーーうみーーーー」
「綾さん、テンション高すぎだって」
「だって! 海よ!」

 はしゃぎながら綾さんが海に向かって走り出す。
 予想通り、夜の浜辺には男女のカップルが点在しているけれども、各々自分たちのことに夢中でこちらに気を向ける様子もない。海に夜景の光が照らされ、とてもきれいだ。

「あかね!」
「はい」
「あかねあかねあかね!」
「はいはい」

 酔っ払いには逆らえない。呼ばれて波打ち際に行くと、突然、ギューッと抱きつかれた。

「あ、綾さん?」
 心臓が飛び出るかと思った。こんな人前で? い、いいの?

「あかね! ありがとうね!」
「………な、何が?」

 綾さんが私の腰に手を回したまま、こちらを見上げている。めちゃめちゃ可愛い……。
 綾さんは弾んだ口調のまま言葉を続けた。

「あかねのおかげで仕事に就けた。私、社会人になるの。働くの。お給料もらえるの。厚生年金入るの!」
「こ………」

 こ、厚生年金?

「やっと一人前。一人前よ。これで……これなら……」

 綾さんは何かを言いかけたけれども、ハッとしたように言葉を止めた。

「綾さん?」
「とーにーかーく」

 誤魔化すように、綾さんはこちらに手を伸ばし、ぱんっと私の頬を囲んだ。

「ありがと。あかね」
「…………え」

 ぐっと頭を引き寄せられる。次の瞬間、綾さんの柔らかい唇が重なっていた。

(……綾さん?)

 こんな屋外で、人前で、ありえない。ありえない。……嬉しすぎる。

「綾さん……」
「あーーー酔いが冷めてきたーーー」

 綾さんはわーっと言うと、方向転換して駐車場の方に向かって歩き出した。後ろからついていくと、

「あかね」
 振り返り、手を差し出してくれた。その手をつかむ。夜風で少し冷たくなった手……。

「家帰って飲みなおそ?」
「綾さん……」

 繋いだ手をぐいぐい引っ張られ、砂浜を歩く。まるで別人の綾さん。たまにはこんな綾さんもいい。いや、たまにはとはいわず、しょっちゅう会いたい。

「あーやーさん」
 嬉しすぎて、繋いだ手を抱え込み、細い指に口づけると、

「歩きにくい! 邪魔!」
 冷たい返事が返ってきた。嬉しすぎる。

「何飲む? うちワインしかないよ? 買って帰る? 何飲みたい?」
「かわいい色のカクテルを飲みたい気分!」
「いいねえ。こないだテレビで紹介してた新製品飲んでみようよ」

 ああ、楽しすぎる。
 心踊らせながら車に乗り込んだ直後だった。

「あかね、携帯鳴ってる」
「こんな時間に………」

 着信画面を見て、固まってしまった。……母からだ。

「出ないの?」
「……………」
「こんな時間にかけてくるってことは、何かあったんじゃない? 出た方がいいんじゃないの?」
「…………うん」

 深呼吸をしてから、通話ボタンを押す。

「………はい」
『さっさと出なさいよ。何してたのよ』

 せっかくの楽しい気持ちを一瞬にして吹き飛ばす破壊力。
 約10か月ぶりに聞く母の声は、記憶していた通りトゲトゲしく攻撃的なものだった。


----------------------


今回書きやすかった。
前回、前々回、その前とその前、の4回、なんかすごい進みが遅くて、ちょっとイラッとしてたんだけど、
あれだね。病室の中、とか、部屋の中、とか、動かないから書きにくかったのかな。
あーホントに、ドラえもんの道具が欲しい。頭の中ではちゃんと話できてるから、それを映し出す道具が欲しい。

で。あかね母登場しちゃった。あー着々と終わりが近づいてきてる……。寂しいなー。

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(GL小説)風のゆくえには~光彩6-2

2015年04月14日 10時13分45秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 夕食の片付けをしている最中に、綾さんがポツリと言った。

「私……就職しようと思うの」
「え」

 綾さんは手際よく食器を水で流しながら、言葉を続けた。

「内職の仕事の担当の方が紹介してくれたデザイン事務所なんだけどね。とりあえず今度の月曜日から一か月は試用期間で、それで大丈夫だったら本採用ってことらしいんだけど」
「……どんな仕事?」
「事務所の雑用とか、サンプル品の縫製とか、色々みたい。あと電話応対。海外からの電話も多いらしくて、それで英語を話せるっていうのが第一条件なんですって」

 綾さんは元々英語が得意だった上に、10年以上アメリカに住んでいたため、英語を不自由なく話せる。5年前に帰国してからも、あちらの友人から時折電話がかかってくることがあるらしく、つい先日も綾さんが流暢な英語で電話をしていたのでちょっと驚いたのだ。綾さんは本当に引き出しの多い人だ。

「働いても……いいかしら」
「綾さん……」

 綾さんの言い方が、なんというか……旦那さんやお義母さんに対する言い方と同じな感じがして、泣きたくなってくる。あの家から解放してあげたくて連れ出したのに、同じ顔をさせているんじゃないか……と。

(綾さん……今、幸せ?)

 本当に聞きたい言葉は奥に押し込めて、綾さんを後ろからギューッと抱きしめる。

「当たりまえじゃない。綾さんの好きなようにして」
「………ありがと」

 綾さんが静かに言う。
 果てしなく不安が広がってくる。

(綾さん。ねえ、綾さん。今、何を考えているの? 後悔してない? 私と一緒にいて楽しい? 私とずっと一緒にいてくれる?)

「…………」

 後ろから、綾さんの髪に顔を埋める。
 私のせいで怪我までさせてしまった。綾さんの意思を無視して家族と引き離してしまった。罪悪感で頭が破裂しそうだ。

「あかね? どうしたの?」
「うん……」

 綾さんの優しい声が余計に苦しい。

「髪……同じ匂いだね」
「そうね。同じシャンプー使ってるもの」
「うん……」

 そう。同じものを使って同じものを食べて同じベッドで寝て……それなのに、こんなに遠い。
 苦しい。苦しいよ。綾さん……。

「どうしたの?」
 食器を洗い終わった綾さんが、手をふいてこちらを振り返った。黒曜石のような瞳がすぐ近くにある。

(今……幸せ?)

 その一言が聞けない。
 普段の私は、聞きたいことはすぐにでも聞かないと気がすまない性分なのに、今回ばかりはどうしても踏み出せない。怖い。綾さんを失うのが怖い。

 でも……このままじゃ、私、おかしくなる。意を決して、綾さんの瞳を見つめ返す。

「あのね、綾さん……」
「うん」
「あの………、あ」

 綾さんの携帯の着信音……。
 張り詰めていた緊張が切れて、体の力が抜ける。

「……どうぞ。取って?」
「ごめんね」

 すいっと私の横をすり抜け、リビングにおいてある携帯をとる綾さん。
 旦那だったら嫌だな、と即座に思ってしまう自分の器の小ささに嫌気がさす。自分でも嫌になるほど、綾さんの旦那さんに対する嫉妬心は強い。なにせ、19年も綾さんと暮らしていた男だ。それに比べて私は1年と少ししか一緒にいなかった。過ごした期間がケタ違い過ぎる。それに、奴は法的に綾さんを守ってきた。私にはどうやってもできないことだ。それが悔しくて悔しくてしょうがない。
 そんな妬み嫉みでいっぱいになった頭に、綾さんの緊迫した声が聞こえてきた。

「美咲、落ちついて。大丈夫だから」
「………美咲さん?」

 私が聞くと、綾さんは眉を寄せたままコックリと肯いた。

「ピンクのフリルのでしょう? 5月のフェスティバルで着たやつね? ……うん。うん。分かった。今からすぐ行くから。……え? うん。それで意味分かるの? 分かった。伝えておく。じゃあね」

 携帯を切り、綾さんが私をふり仰いだ。

「あの子、明日着る衣装を自分でアイロンかけたら、縮んじゃったらしくて、それで無理やり引っ張ったら破けちゃったって……」
「あらま……」

 美咲は明日、ダンス教室の発表のステージがあるのだ。今まではもちろん綾さんが全部準備していたのだろう……。

「ちょっと行ってくる。車、借りてもいい?」
「送っていこうか?」
「ううん。何時になるか分からないから、先に寝てて?」
「………あ、うん」

 バタバタと用意をしてまわる綾さんを見ていて、首を絞められたように苦しくなってくる。
 今日は、確か、旦那さんがいる日。
 でも、美咲のためだ。そんなことで「行かないで」なんて言いたくない。

「じゃあ、行ってくるわね」
「うん……気をつけて」

 不安な気持ちを押し殺して、笑顔で手を振る。
 靴を履きかけて、ふと、綾さんが思いだしたように振り返った。

「そうそう、美咲からの伝言。『ごめんね、先生。でも私がついてるから大丈夫だから』だって。どういうこと?」
「……………」

 子供に気を遣われてどうする、私……。

「……ありがとうって美咲さんに言っておいてもらえる?」
「だから、どういう意味なの?」

 首をかしげる綾さん。私が言わなくてもどうせ美咲から話が回るか……。

「あの、今日、美咲さんのお父さん、家にいる日でしょ?」
「ああ……そうね。それが?」
「だから」
「だから、何?」

 眉を寄せる綾さん。我慢できなくて、そっとその唇に顔を寄せた。軽い軽いキス。

「………あかね?」

 きょとんとした綾さんを抱き寄せる。

「美咲さんが、パパの魔の手から綾さんを守ってくれるってこと」
「ああ……」

 ぷっと綾さんが噴き出した。

「二人ともそんなこと気にしてたの?」
「だって……」
「今さら何もないわよ」
「だって」

 泣きたくなってくる。

「綾さんと旦那さんは19年も一緒に暮らしてたんだもん。私なんて、1年3ヶ月と…あと再会してからの何か月しかなくて……全然負けてる」
「……ばかねえ」

 綾さんの優しい手に、そっと唇をなぞられる。

「出会ったのはあかねの方が先よ。私はまだ10代だったあなたを知ってるわ」
「綾さん……」
「考えてみたら、あの時のあかねと今の健人って同じ歳なのね。若いわよね」
「うん……」

 綾さんの黒い目がじっとこちらを見上げている。
 しばらくの沈黙の後、綾さんは大きく瞬きをすると、肩に担いでいた大きなカバンをおろして、口調をあらためた。

「あかね」
「は、はい」

 ドキリとする。

「立ち話でするような話じゃないんだけど、せっかくの機会だから言うわね。本当はそのうち時間を取ってもらってゆっくり話したかったんだけど」
「……なに?」

 何を言われるんだろう。別れ話だったら聞きたくない。いや、この機会だから言うってことは別れ話ではないはず……。じゃあ、なに?
 不安で震える手が、ふわりと包まれた。綾さんの柔らかい手。

「私、あかねのことが大切よ。ずっと一緒にいたいって思ってる」
「…………え」

 真剣な瞳の綾さん。予想外に突然告げられた、私が欲しかった言葉……。

「綾さ……」
「でもね」

 ぎゅっと手に力がこもった。

「優先順位はどうしても子供たちの方が上なの。何年か後に子供たちが自立したら変わるのかもしれないけど、今は……」
「…………」
「それを許してもらえないなら、この関係は続けられない」

 綾さんの強い瞳。
 私が何か言おうとする前に、綾さんはすっと視線を落とした。

「でも、私はもうあかねと離れたくない。一緒にいたい」
「………」
「だから、子供を優先することを許してほしい」

 コツン、と綾さんのおでこが私の胸に落ちてきた。

「ごめんね。私、わがままなこと言ってる。でもどちらも譲れない」
「………」

 愛おしい綾さん。ずっと聞きたかった綾さんの本心。……本心、だよね?
 ぎゅっと抱きしめて、耳元にささやく。

「許すもなにも……私も綾さんの子供たちのこと大切だよ」
「あかね……」

 綾さんの細い腕が私の背中に回される。すっぽりと私に包まれる綾さん。

「あのね、私、あかねに謝らないとってずっと思ってたの」
「何を?」
「病院でのこと。私、あかねのところにいけないって言ったでしょ?」
「ああ……」

 子供たちと離れたくない、と言った綾さん。ぞくっとするほど凛々しい瞳だった。

「あかね、嫌な気持ちになったわよね。ごめんね」
「え」
「最近のあかね、ずっと様子が変だったじゃない? そのせいなのかなって思って」
「え……やだ」

 思わずつぶやくと、「やだ?」と綾さんが顔をあげた。

「やだって?」
「変ってバレてたんだ?」
「当たり前じゃないの。ずっと何か言いたげだったし……」
「………」

 やっぱりかなわないな。普通に接していたつもりだったのに……。

「何を言いたかったの? あ、もしかしてさっき電話がかかってくる前に言いかけてた?」
「あーーー、うん。でももう大丈夫」

 こつんとおでこを合わせる。

「さっき聞いた」
「何を?」
「私と一緒にいたいって言ってくれたでしょ? 聞きたかったこと、その言葉だから」
「……それだけ?」

 うん。と肯く。うん。それだけで充分だ。
 想いが募って、ギューギューギューッと抱きしめる。

「綾さんがいなくなっちゃうんじゃないかって、ずっと不安だったの。変でごめんね」
「……やっぱりあのとき私が言ったことが原因よね?」
「ううん。違う違う」

 慌てて訂正する。

「綾さん勘違いしてるよ。あの時、私、嫌な気持ちになんてなってないよ」

 綾さんの白い頬を囲い、その美しい瞳を覗き込む。

「子供たちと離れたくないって答えた綾さんに惚れ直したんだよ。私」

 強がりでも何でもなく、あの時の綾さんを心から誇らしいと思った。

「子供のことを一番に考えてる綾さんだから好き」
「…………」
「子供たちが羨ましいけどね。私も綾さんみたいなお母さんがいたらどんなに幸せかなって思う」
「あかね……」

 戸惑った表情をした綾さんにそっと口づける。

「ま、本当にお母さんだったらこんなこともあんなこともできないから困るけど」
「……もう」

 綾さんが笑った。つられて私も笑ってしまう。
 ようやく、心から笑えた。

「美咲さん待ってるよ。行ってあげて」
「うん。ありがとう。行ってくるわね」
「気をつけて」

 さっきとは違う気持ちで手を振る。

「あかね、本当に大丈夫?」

 心配げに振り返った綾さんの頬に軽くキスをする。

「ありがと。もう大丈夫」
「………」

 おでこにも唇を寄せると、ようやく綾さんがしかめていた眉をもどした。

「じゃ、行ってきます」
 何か吹っ切れたような表情をして出ていった綾さん。

「……美咲さん、頼んだわよ」
 閉まったドアに向かってつぶやいてみる。願わくはあの男が変な気を起こしませんように……。


 この日、綾さんは朝帰りをした。不安がなかったといったらウソになる。正直に言うと、心配で眠れなかった。
 綾さんは朝、美咲の髪の毛を結ってあげてから家を出たそうだ。帰ってくるなりシャワーを浴びて着替えてまた行ってしまった。ステージの本番を見にいくのだ。私も行きたかったけれども、一生徒だけの課外活動を見に行くのは問題になるので行くことができなかった。

 綾さんのいないこの部屋は、こわいくらい静かだ。

「あかねと離れたくない。一緒にいたい」

 綾さんの言ってくれた言葉を口に出して言ってみる。それでもまだ、不安は消えない。綾さんは、ここに帰ってきてくれるのだろうか……。




----------------


私の中では分かっていたことで、あえて書かずにきた設定なのですが……

あかねは綾さんに理想の母親像を見ているところがあります。
あかねは母親に愛されずに育ったので、マザコン気味というかなんというか……

家事を完璧にこなす綾さん、家族(綾さん、学生時代は実家の家族の世話をしてました)を大事にする綾さん。そして今、子供たちを一番に想っている綾さん。
綾さんはあかねの中の理想の母親像そのものです。

次回。あかねの昔話からはじまる。
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