創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

心中ごっこ (5/9)

2006年08月12日 01時46分04秒 | 心中ごっこ(原稿用紙30枚)
「これはくるわよこれは」
 子供のようにアサコさんは興奮している。鼻の穴をふくらませた顔がなんだかかわいい。僕らはゴール前の柵にへばりついていた。
『さあ、最後の直線です』
 ―驚いた。先頭集団の中に二頭とも食いついている。
「行けー! 正ちゃんも応援しなさいよっ」
 言われる前にもう「うおー」とも「うわー」ともつかない声を張り上げていた。
『さあ、一番人気のブリリアントアークにぴったりくっついているのはライトファンサー、その後方、アサコクイーン。上がってくるかアサコクイーン』
 場内がどよめく。おそろしいまでの一体感だ。思わず乗せられてしまう。
「うわあああっいいぞっ」
「いけーアサコクイーン!」
 波のように歓声が響く。ひづめの音が近づいてくる。ドドドドっと地響きがつたわってくる。馬の群れが目の前を通りすぎた。三頭同時に見えた。写真判定になるとのアナウンスが流れた。
「……焼肉」
 アサコさんがボソリといい僕の手を痛いほどつかんだ。思わず僕も握り返す。心臓が激しく波うっているのが分かる。
 しばらく続いた奇妙な緊張感ののち、ふいにどよめきがおこった。電光掲示板に『確』
の文字が浮かび上がった。
 一着はブリリアントアーク。ニ着ライトファンサー。三着アサコクイーン。とのこと。
「ちぇーっ。なんだよー。負けた!」
 アサコさんが馬券をチリヂリにして思いきり空に放り投げた。ひらひらと光りを背にうけながら舞い降りてくる馬券。その光景をすごく綺麗だとなぜか思った。
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心中ごっこ (4/9)

2006年08月12日 01時44分03秒 | 心中ごっこ(原稿用紙30枚)
 僕らは近くの地方競馬場にタクシーを乗りつけた。周りはみな新聞をもったおじさんたち……と思いきやけっこう若いカップルも多いので僕達二人はそんなに浮いていなかった。
「名前がかわいいからこの馬―」
「ピンクの帽子がいかしてるからこの馬―」
 アサコさんはそんなアホな理由で、全然人気のない馬に平気で五千円もかけている。当然あたらない。アサコさんは派手に笑いながら自分の買った馬を応援して、負けると馬券を細かく破いて桜吹雪をまわしている。
「オレ何してんだろこんなとこで……」
 アサコさんのはしゃぐ声をききながら自問自答する。なんで死を決心したその日に競馬場で知らない女の人と遊んでるんだ?
 まずいコーヒーを飲みながら(死んでしまったらこれをマズイと思うこともないんだなあ……)なんて考えていると、
「今度は正ちゃん選んでよ」
 マークシートカードをつきつけられた。
「……じゃ、あの馬」
 パドック中継をみながら一頭を指差した。小さいが栗色の毛並みがとてもつややかな馬。
「二番のライトファンサーね。んじゃあと一頭は……五番の『アサコクイーン』にしよっと。名前がいいでしょ?」
 二―五の倍率は……六十三倍。来るわけないなこれは。
「そんじゃこんどは一万えーん。きたら六十三万かあ。そしたら焼肉いこう。焼肉」
「無理ですって。そんな皮算用して裏切られたらがっくりきますよ……っていてててて」
「なーに夢のないこといってんの」
 頬をつねられてそのまま上にひっぱられる。
「自分の目、信じなさいよ」
 アサコさんのまっすぐな瞳とぶつかる。驚くほど澄んだきれいな瞳だ。
 動悸がやまない僕をほっぽりだしてアサコさんは馬券を買いにいってしまった。
「……自分の目なんか信じられないよ」
 誰にいうでもなく僕はつぶやいた。
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心中ごっこ (3/9)

2006年08月11日 17時52分21秒 | 心中ごっこ(原稿用紙30枚)
 まず、洋服。いつも僕が着ているものよりゼロが一つも二つも多いブランド品の黒地のスーツを着させられた。シャツは上品な赤。まるでホストのようだ。全然似合わない。
 次におしゃれな美容院。生まれて初めて髪を染めた。しかも派手な金色。不規則に立たせた髪は触ると痛いぐらいとがっている。まるでヤンキーだ。全然似合わない。
 アサコさんも髪を切ることを美容師さんにすすめられていたけど、「髪の長さだけは絶対に変えたくない」といって、僕がセットされるのをじっとみていただけだった。ショートも似合いそうなのに。
 最後にメガネ屋。使い捨てソフトコンタクトレンズを入れた。思ったより痛くない。
「さて出来あがり。どうよ?」
「どうよって……。げ」
 店内の全身鏡の前に立たされて―思わずのけぞった。
「誰だこれ」
 まるで別人だ。鏡に映っているのはあの冴えない正平ではなく、六本木のクラブにいるお兄ちゃんのようだ。(クラブには行ったことがないのであくまでもイメージの話だ)
 それにコンタクトの視界の広さにも驚いた。今までは左右をみると必ず目に入った黒いフチもないし、顔を正面に向けたまま真横のものもきちんと見える。世界が明るい。
「こうやってあたしと立ってるとまるで恋人どうしみたいよね。じゃ、いこっか?」
 腕をからめられドキマギする。女の人と腕を組むなんて初めてだ。赤くなった僕に気づいてか、アサコさんはひやかし気味に猫のような目をつりあげた。
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心中ごっこ (2/9)

2006年08月11日 17時02分53秒 | 心中ごっこ(原稿用紙30枚)
 プリンタルト・サワーチェリーパイ・紅茶のシフォンケーキ・チーズスフレ・ヨーグルトムース。以上が彼女の前に運ばれてきたケーキの名前である。
「きゃあ。死ぬ前に絶対やってみたかったのよう。カロリーも財布の中身も気にせずケーキをいっぱい食べるって」
 彼女は見るなりはしゃいだ声をあげた。
「君、本当にいらないの? お金なら気にしないでよ。退職金全部おろしてきたから」
「はあ……」
 なんで女の人ってこんな甘いものいくつも食べられるんだろう?
 僕はコーヒーをすすりながら、幸せそうにケーキを食べる彼女を眺めた。
「死ぬ前にしたいことがあるのよ」
といわれ、このケーキ屋に連れてこられたのだ。日曜のお昼時にもかかわらず、僕達しかお客がいないシケた店だ。
「ねえ、君。どこで死にたい? あのビルはだめよ。前に通行人に大怪我させたあげく自分も助かっちゃった人いるのよ。そういうのマヌケでしょ。だからあそこはダメ」
「はあ……」
「それにさ、できれば飛び降りは遠慮したいな。ぐちゃぐちゃになっちゃうもん。溺死もやだなあ。パンパンにふくれちゃうっていうし。あ、首吊りはもってのほかよ。内臓とか全部でちゃって汚いらしいからね」
 サワーチェリーパイの赤いムースをつつきながら彼女がいう。よく食べながらそんな話ができるよな……。
 だいたい一緒に死ぬというのなら、死に方の話し合い以前に話すことがあるだろう。
「あの……名前とか、きいていいですか?」
「人に名前聞くなら自分から名乗りなさいよ」
「……しょうへいです。正しい平ら」
「正ちゃんね。あたしアサコ。よろしく」
 彼女はもう最後のヨーグルトムースをやっつけにかかっている。すごい速さだ。
「あの……アサコさんっていくつですか?」
「いくつにみえる?」
「二十……三?」
「えらいっ。そういうことにしとくっ」
 ということはもっと上か?
「あの……アサコさんはなんで自殺するんですか?」
「人に理由聞くなら自分から話しなさいよ」
「………」
 そんなの軽々しく人にいうもんじゃない。
「ふーん。人には聞いといて自分はいいたくないの?ま、いいけど。じゃ、いこうか」
 あっさり言い捨てて、さっさとレジにいってしまった。僕もあわてて追いかける。
「どこにいくんです?」
「残り少ない人生になったんだからやりたかったこと全部やりたいじゃないのやっぱり。正ちゃんもやりたいこと言って。例えば……競馬とか? ゲーセンでしかやったことないんだけどさ。本物やってみたくない?」
 目が輝いている。自分がやりたいらしい。
「でも競馬は未成年や学生はできないんですよね? 僕、中学卒業したばっかりですよ」
「じゃ、先に洋服屋さんと美容院行って、学生にみえないように変身しよう」
 ふっふっふと気味悪く笑う。
 どうも脳天気な人だ。とても死のうとしている人には思えない。やっぱり僕、からかわれているのだろうか?
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心中ごっこ (1/9)

2006年08月10日 21時44分25秒 | 心中ごっこ(原稿用紙30枚)
 ここから落ちたら死ねるよな。
 よし。ここにしよう。
 靴は脱いで……と。よし。準備万端。
 じゃ、せーのーで。
「ちょっとそこの少年!」
「!」
 いきなり声をかけられて、あやうく六階建てのビルの屋上からダイビングしそうになった。反射的に体が安全なほうに動き、したたかに地面にお尻を打ちつけた。
「痛ってええっ」
「ねえ、少年」
 ずれた眼鏡を直して見上げると、二十代中ごろの女の人が立っていた。挑発的なミニスカートから細すぎず太すぎない足がにゅっとはえている。ワインレッドのブラウスは大きく胸の開いたデザイン。腕組みをして片足を前にだした高飛車な格好が妙に似合っている。真っ赤な唇が笑みの形をつくりながら言った。
「君、自殺するつもり?」
 止めようというのだろうか?
 いやいや。たとえ美人なお姉さんに止められようと、僕の意思は変わらないぞ!
「止めても無駄ですよっ。僕はもう死ぬんですっ。決めたことなんですっ」
 僕は立ち上がり彼女をにらみつけた。一七二センチある僕と同じ高さに目がある。女性にしては背が高い……と思ったが、かなり高いヒールの靴をはいているので実際はそうでもないかもしれない。
「別に止めないわよ」
 肩をすくめ、彼女が言う。
「………へ?」
 じゃあ、なんだ?
「ただね、どうせ死ぬんなら……」
 にいっと彼女はあやしく微笑んだ。
「あたしと心中しない?」 
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