2020年9月10日夜のお話です。
慶と浩介の高校の同級生、溝部君視点でどうぞ。
【溝部視点】
この半年、家族と会社の人間にしか会っていない。が、画面を通しては会えるのだから、文明の発達とは凄いもんだ。
そんなわけで。
今日は、高校の同級生・桜井浩介の誕生日なので、久しぶりに電話をしてみた。
どうせ恋人の渋谷慶とイチャイチャして過ごしてるんだろう……と思いきや、
「……お前、何してんだ?」
画面の向こうの桜井が、一人、モヤシを持っているから、「おめでとう」より先に疑問の言葉を投げてしまった。
マスク姿の桜井は、真面目な目で「モヤシのヒゲ取り」と答えると、
「ごめん、慶が帰って来るまでに終わらせたいから、続けさせてね」
と、手元に目を落とした。
「え、お前らこれからメシ?」
もうすぐ9時だ。ずいぶん遅い……っていうか。
「誕生日なのに、自分で作ってんの?」
「ううん。これは明日の朝ご飯とお弁当用」
桜井はプラプラとモヤシを揺らしてから、目元を和らげて、
「夜ご飯はね、慶が買ってきてくれるって♥」
「…………あっそ」
あいかわらず過ぎて呆れるような、安心するような……
「何買ってくるって?」
渋谷の勤め先の最寄り駅は美味そうな店が色々あったな…と思いきや、
「マック」
「は?」
あっさり言われた言葉に耳を疑った。マック?ってあのマック?
「え?」
46歳の誕生日の夜に?しかももうすぐ9時なのに、マック?????
「え?マックってマック?あのマック?」
「うん♪」
プラプラとまた嬉しそうにモヤシを揺らす桜井……意味が分からない。
「なぜにマック?」
「30年記念だから♥」
「は?」
マックって、30年どころかもっと前からあっただろ……
「何が30年?」
「えっとねー」
マスクで隠れてるけど、そのニヤけた口元が見えるようだ。桜井は機嫌良く言葉を継いだ。
「慶がおれに初めてくれた誕生日プレゼントがマックだったんだよ。それからちょうど30年、でーす」
「はーなるほど」
16歳。高校一年生か。
アニバーサリー大好き桜井の考えそうなことだ。渋谷も大変だな……
しかし、これからマック……食うのか?
「こんな夜に食べて胃もたれしねえ?」
「んー、夜ご飯10時過ぎとか普通にあるから、慣れちゃったなあ。慶、忙しいからさ」
アニバーサリー大好き桜井の考えそうなことだ。渋谷も大変だな……
しかし、これからマック……食うのか?
「こんな夜に食べて胃もたれしねえ?」
「んー、夜ご飯10時過ぎとか普通にあるから、慣れちゃったなあ。慶、忙しいからさ」
「先食べねえの?」
「先食べてろって言われるんだけど、正直、ご飯温め直したりするの面倒くさいから、待っちゃうんだよねえ」
ま、一緒に食べたいっていうのが一番の理由だけど♥ と、ハートを付けて言う桜井。本当に、相変わらずだな……
「先食べてろって言われるんだけど、正直、ご飯温め直したりするの面倒くさいから、待っちゃうんだよねえ」
ま、一緒に食べたいっていうのが一番の理由だけど♥ と、ハートを付けて言う桜井。本当に、相変わらずだな……
「そんな生活してて、二人ともよく太らないよな」
「あーそうだねえ」
「あいかわらずジムとか行ってんのか?」
「忙しくてあんまり……。せっかく再開してるから行きたいんだけどねえ」
「ふーん……。それでその体型を維持できるっていうのはすげーよな」
「そう?」
「他に定期的な運動をしてるとかそういう……あ」
言いかけて、嫌ーなことを思いついて押し黙ってしまった。
「え? 何?」
キョトンと返されて、目が細ーくなってしまう……
「お前ら、定期的な運動、週2とか3でしてるんだよな……」
「お前ら、定期的な運動、週2とか3でしてるんだよな……」
イチャイチャにも程がある。以前、「出来なくなった」と相談されたけど、結局、大丈夫になったらしいから、どうせ元に戻ってんだろ。……いや、確認してないけど。
「え?」
「いや、なんでも……」
「いや、なんでも……」
「あ、そういうこと」
桜井は珍しく勘良く口元に手をやると、また「そうなんだよね……」と口調を変えてつぶやいた。何が「そう」なんだ? そっちが気になってしまう。
「何がそう?」
「あ……うん」
桜井、ヒゲ取り終了したらしく、モヤシを入れたザルを軽く揺すると、トン、と音を立てて、テーブルに置いた。
「慶って、『運動』だと思ってるところあるな、と思って」
「運動? って……あれが?」
愛の営みが、運動?
「うん」
真面目に肯く桜井。
「なんか……スポーツの一つ、みたいな」
「え……」
「食べ過ぎたからやろうって誘われることあるし……」
「…………」
渋谷……さすがにそれはいかんだろ……
「まあ、おれ、運動苦手だから、一緒にできるスポーツとかないし、いいといえばいいというかしょうがないというか……」
「いやいやいやいや」
そういう問題じゃないだろっ。
「お前それ怒っていい話じゃね?」
「そう?」
「だよっ。オレが万が一そんなこと鈴木に言ったら、絶対拒否される。つか、絶対、バカじゃないの?ってすげー冷たい目で見られる。つか、絶対しばらく口きいてもらえなくなる!」
「え、そこまで?」
「だよっ」
桜井、どこまで甘いんだっ。
「お前、今度そんなこと言われたら拒否ってやれっ」
「えー別にいいよー」
「つーか、今日は誕生日なんだから、ちゃんと誘わせろっ」
「ちゃんとって」
何それ、と、桜井が言ったところで、鈴木が部屋から出てきた音がしたので、慌てて桜井に手を上げてみせる。
「んじゃそういうことで。あ、誕生日おめでとう」
「え、あ、うん。ありがと」
半分笑いながら手を挙げた桜井。
「じゃ」
「ご家族の皆さんによろしく」
「あー、んじゃ、渋谷によろしく」
「うん」
笑い声と共に電話が切れた。と、同時に、鈴木の「そんなに慌てて切らなくてもいいのに」と言う声が聞こえてきたので、大袈裟に「何言ってんだよ!」と返してやる。
「せっかくの夫婦水入らずの時間がもったいねーだろっ」
「……バカじゃないの?」
鈴木さん、呆れたように言いながらも、ワイングラスを出してくれている。
「あれ食いてえなあ、こないだ買った…」
「チーズ? 開ける?」
「おー」
こんな時間に飲んだり食べたりするから太るんだよなあ……と思いつつ……
(だから「運動」を……なんて言ったら確実に速攻でグラスもチーズも撤去されるよな……)
そもそも、息子の陽太もまだ起きてるし(スマホの使用は10時まで、と約束しているので、陽太はこの時間、いつも部屋にこもっている)、鈴木の部屋で寝ている娘のよつ葉は、いつ起き出すか分からないしで、「運動」なんかできるわけがない。
(でも、まあ……)
隣に座ってワインとチーズをつまみながら、毎週みているドラマを一緒にみて。
「え〜ここで終わりかよ〜」
「やっぱりあの人怪しくない?役者の格からいってあれだけの出演ってことは無いと思うんだよね」
「あ〜確かにな〜」
なんてどうでもいい話をして。
そんな中、真面目な陽太がちゃんとリビングにスマホを置きにきて。
「あ!チーズ。オレも食いてー」
「もう歯磨きしたんでしょ?」
「えー」
「また磨きゃいいだろ。食え食え」
「やったー!」
「あ、もー!」
なんてまたどうでもいい話をして。
(いい日だな)
毎日が、なんてことのない、幸せな日々だ。
(渋谷……帰ってきたかな)
いい大人の男二人でこんな夜にマックを食うってのもシュールだけど。
(それもまあ……いいんだろうな)
桜井にとってそれが一番の誕生日プレゼントなんだろう。
おまけの
【浩介視点】
慶がハンバーガーを山ほど買ってきてくれた!
うちの最寄り駅にマックはないので、手前の駅で降りて買って、そこから歩いて帰ってきたそうだ。
30年前、生まれてはじめて「友達」からもらった誕生日プレゼント。嬉しくて嬉しくてたまらなかったことを今でもよく覚えている。
あれから30年たった今日、友達から親友になって恋人になって、もう何年も一緒に暮らしている渋谷慶が、また、マックを買ってくれた。
「あの時、なんのセットにしたか覚えてねーから、該当しそうなものいくつかと……あと、お前、こないだ月見食いたいって言ってたから月見と……」
袋から次々と出てくるハンバーガー。
30年前に買ってもらったのは、普通のハンバーガーとポテトとコーラのセットだったけど、慶がおれのために色々考えて買ってきてくれたんだと思うと、それが更に嬉しい。
それから……
「あー……食い過ぎた!」
お腹いっぱい食べ終わった後、慶は案の定、そう言うと、
「食い過ぎたから、運動すっか」
と言って、おれの頭にぽんっと手を置いて、ニッと笑った。
「…………うん」
ちゃんと誘わせろって言われたけど……おれにとってはこれで充分だよ、溝部。
「誕生日おめでとう」
きゅっと頭をかき抱かれて、幸せ過ぎて倒れそうになる。
毎日が、なんてことのない、幸せな日々だ。
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お読みくださりありがとうございました!
昨日の夜のお話でした。浩介、誕生日おめでとう〜。
昨日の夜のお話でした。浩介、誕生日おめでとう〜。
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また今度。