ライオンの詩 ~sing's word & diary 2

~永遠に生きるつもりで僕は生きる~by sing 1.26.2012

オレンジは素敵な色

2009-08-28 08:46:54 | Weblog
荒野の果て、夕陽に向かって
天使の歌声を探して、西から東へ
・・・無限の「好奇心」だけが道標・・・
夢の中を共に駆け抜けた
・・・僕の相棒・・・

~DATSUN STANZA 1973 (color=Orange)~




オーストラリアの旅は一年に渡った。時給5ドルで皿洗い(ご飯付き)。全財産をはたいて車を買って、北へ向かえばなんとかなるさと、何千キロも移動して、強欲イタリア人の毛皮屋で高時給で雇われて、喧嘩して辞めて、何千キロも移動して、仕事を探して、働いて、お金を貯めて、旅をして・・・。ハローとしか喋れなかった僕が、帰る頃には、そこそこのコミュニケーションがとれるまでに・・・一年というのは、そんな月日だ。

最後の旅はキャンプをして過ごした。丸々二ヶ月、60日間連続。テント生活を続けながら2万キロ以上(地球半周分)走った。オーストラリアの一年で4万キロ走った。地球一周分・・・オーストラリアとは、そんな国だ。
二日に一回は道端で野宿をしたから、シャワーも二日に一回~北部の気温は摂氏40度以上。例えば、物音に驚いてテントから顔を出すと、野生のカンガルーがゴソゴソとテントをひっかいていた。ガオーと叫んだら逃げて行った。砂漠の砂嵐にも見舞われた。テントの中からテントを支えて一晩過ごした。テントごと、風で飛ばされてしまいそうだった。朝にはテントの床に砂が積もっていた。海でカキを穫って、カキフライを作って食べた。ウニを穫って、ウニ丼を食べた。スタンザのトランクには、重さ20キロ以上のガスボンベを積んでいた。何でも作れた。朝ご飯はフライパンで焼いたトーストに金色のハチミツ。雨雲に追いかけられて、包まれて、5メートル先に雷がドカンドカンと落ちまくった。地響きが凄かった。心底怖いと想った。さすがにその時は、車の中で雨雲をやり過ごした。南へ降りる頃にはすっかり冬の入り口だった。白い息を吐きながらテントの中で眠った。とてもとても寒かった。寒さの限界でテント生活を終えてからも旅は続いた。行きたい場所、行ける場所へはどこへでも行った。スタンザがどこへでも連れて行ってくれた。エアーズロックもテントの中から見た。悲しい時はテントの中で泣いた。神の声を聞いて、テントから出ると大きな虹が空に架かっていた。どれもこれも全部が、くだらなく素晴らしかった。

あの頃、共に旅をした女の子がいた。彼女が僕を思い出すことはないだろう。でも、彼女の胸の中にも、あの景色は永遠のようにあるはずだ・・・彼女がそれを思い出すことがないにしても。箱から出たことのなかった無邪気な女の子が、最後にはたくましくなったものだ・・・たった一人で生きていけるほどにね。人生ってのはそういうものだ。

Hello Stephanie! How's it goin'?


僕には思い出すことが多すぎる。僕には思い出すことがありすぎる。もしかしたら僕は、思い出すことを作るために生きているのかもしれないね。きっとそれが、僕の人生ってやつなんだ。

そして、どんな未来が待ち受けていようとも・・・我が素晴らしき人生に悔いは無い。・・・あるわけがない。