![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/f0/6f01476ff14f8f939fd53bf8544d49dc.jpg)
信号で止まって視線を上にやると、青い木々の間から
原爆ドームの姿が見えた。
近づいていくと多くの観光客、欧米人もたくさん見える。
広島駅から路面電車で広島の繁華街を抜け、
まるでそれまでの街のつながりを絶つように
形だけを残した建物が
ひっそりと建っている。
静かだ。
整備された公園、祈りのためのオブジェ。
どこを見ても華美でなく
整然とした美しさを感じる。
平和記念資料館では音声ガイドを借りて回った。
ジオラマや写真で原爆の前と後の姿を見ても、
まだピンと来ない。
映画やドラマでもっと劇的な作り物を見ているからなのか。
ただもうひとつの建物を繋ぐ廊下を渡り
別の建物の部分に入ると雰囲気は一変する。
そこには焼けた衣服や形を失くした鉄のかたまり、
建物に焼きついた人の影が。
人間は行き着くとこまで、いってしまったのだ。
もうどうしようもなく愚かな行為だったということだけが事実として残る。
何が悪くて何が善きことなのか。
世の中は複雑すぎて
そんなに単純に善きことと、悪いことでは割り切れないと言われても、
それでも繰り返さないために何度でも「NO」と言うべきなのだ。
でなければ、ごく普通に日常を精一杯生きていて、
明日や少し先の希望なんかを持って生きていた多くの人を
一瞬で灰にしてしまう行為を許してしまうことになるからだ。
自分たちはいつから不感症みたいに何も感じなくなったんだろう。
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★しかし原爆ドームの前で記念写真ってどうなんだろう。
何の記念だ。