HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

量が質を喰う。

2022-03-09 06:39:48 | Weblog
 オーダースーツ景気も幾分沈静化したと感じるこの頃だが、これまではスーツ量販店、アパレルメーカーともにIoTを駆使したパーソナルオーダーでお客を捕捉しようとしていた。ただ、オーダーと言っても、手持ちのウーステッド生地や副資材の中からお客が選び、採寸したサイズで既成のパターンを調整し、短期間で仕上げるシステムに過ぎない。



 いわゆるサルト(仕立て職人、テーラーとも)がお客の体型の隅々まで測って型紙を起こして生地を断裁、仮縫い、調整、縫製、仕上げまでほぼ職人の手で行う「誂え」とは異なる。あっという間に沈静化したところを見ると、既製服との差別化戦略として仕掛けたものの、スーツ需要自体が縮小均衡している中では、爆発的な拡大とはならなかったのではないか。

 逆にストレッチが効いて着やすく、自宅で洗濯できるなどケアが楽な機能性スーツが登場し、大手スポーツメーカーまでが参入した。スーツ量販店のAOKI、はるやまも乗り出し、ワークマンも「作業着兼用」を販売する。この3月からはしまむらもオン、オフ兼用の「CLOSSHI」を発売するなど業態を超えて進化型スーツが目白押しだ。「スーツもどき」はウーステッド地の既成スーツを完全に凌駕しつつある。

 すでにビジネスシーンでコンスタントに需要が見込めるのはリクルートぐらいだろう。それでも社会人となれば、進化型スーツの勢いを気付かされるはずだ。ジャケパンスタイルで良かった業種はもとより、ドレスコードを緩めている企業、作業着着用のブルーカラーと、あらゆる業種・業界に進化型スーツが浸透したことを。もうビジネスの戦闘服としての「吊るし」の復権は、かなり厳しいのかもしれない。

 とすれば、スーツ販売を主とする企業が向かう先はどこか。これまで青山商事がFCで飲食店を手がけたり、100円ショップを運営したケースがあった。だが、どれも急場凌ぎの策に過ぎず、スーツの売上げ減をカバーできたとは言い難い。結局、少ないパイながら確実に売上げが取れる「テーラーメード」部門を強化していくことしかないようだ。


スーツに特化するか、カジュアルを強化するか

 青山商事がエススクエアードの全株式を取得して4月1日付で完全子会社化するのもそれだ。エススクエアードはグループ会社にメルボグループを抱えており、同グループはあのテーラーメードのスーツやシャツなどを手掛ける「麻布テーラー」をもつ。青山商事は2018年決算で売上高が1052億円と前年同期から3.0%減少し、営業利益は10億6100万円と同70%もダウン。純損失が1億2300万円と最終赤字に転落した。スーツを取り巻く環境が大きく変わり、進化型スーツの台頭もあって非常に厳しい経営を迫られたのである。

 そこで前出のような経営の多角化を進める一方、既製スーツオンリーから転換しパーソナルオーダーにも乗り出した。オーダースーツブランド「クオリティオーダー・シタテ」を導入である。2020年12月には同ブランドの導入を洋服の青山とザ・スーツカンパニーで294店(レディス取扱店は110店)に拡大。20年と言えばスーツ売上げの冷え込みも、オーダーブームの到来により底を打った時期だ。

 同社は2022年3月期決算で売上高1200億円、営業利益8億円を見込んでいる。パーソナルオーダーでやや回復の兆しは見えているが、端からスーツを着用しない層はオーダーだからと買いに動くとは思えない。やはり数は少なくなったとは言え、スーツが必需品の層にテーラーメードの着心地を広く伝えていく戦略しかないと決断したようだ。

 麻布テーラーを子会社化したのは銀座や心斎橋など都心に店舗、広島や滋賀に自社工場を持ち、誂えのサービスを手掛けていることに尽きるだろう。また、若年層では収入が限られることから既成スーツか、パーソナルオーダーしか購入できないが、将来的にはテーラーメードに移行してもらおうという狙いもあると思う。



 ただ、既成スーツを販売してきた洋服の青山には、社員を研修してサルトやテーラーを育てるノウハウがない。同社にできるのは大卒社員を主体に採寸を正確にしたり、肩や袖丈、ウエストなどのフィット感を助言するコンサルティング販売員を育てる程度だ。日本はともかく、イタリアのナポリや英国のセビルロウを見れば、テーラーメードは職人の世界だから徒弟制度のもとで育成される。だが、自社でそこまでの人材を育成するには時間や資金を必要とする。

 ならば、スーツ量販店4社の中で最も財務状況が良い同社が資金力に物を言わせてM&Aに動いてもおかしくない。結果、その通りになった。言うなれば、量が質を喰ったということだ。青山社長は「店舗は試着のための在庫と今すぐ欲しいもの」という最低限の在庫を置くだけのショールーム化にも言及する。それはスーツ量販店という数の力でコストと価格を抑えてきたビジネスの終焉にも繋がる。

 一方、業界第2位のアオキはカジュアル路線の強化を進める。前出のスーツもどきに活路を見出そうというものだ。「パジャマスーツ」は、スーツのように堅苦しくはないが、パジャマのようは部屋着でもない。街着としても十分に通用するアイテムで、トップ・ボトムともメンズで6589円、5489円の安さが売りだ。すでに8万着以上を販売したことから5970円のアクティブスーツを含め、この分野での売上げ目標を100億円に設定した。

 第4位のはるやまもオン・オフ兼用で着ることができる「らくティブスーツ」(5280円〜)を販売。ワークマンは裏返すと複数のポケットを持つ作業着になる「リバーシブルワークスーツ」を企画した。こちらは洗濯機で洗え、小さく折り畳めてバッグに入る優れもの。昨春の発売では15万着が完売するヒットアイテムになった。進化型スーツは市場が見込めるだけに各社も続々と参入しており、競合激化は必至だ。今後は更なる機能性や素材開発など企画力が勝負になるのは間違いない。


オーダー市場に挑むユニクロの勝算は?

 気になるのはあの企業の動向だ。ファーストリテイリングである。傘下のユニクロは過去にはお客のサイズに合わせてジャケットやパンツ、シャツをカスタムメイドできるサービスを展開していた。だが、このサービスがお客に認知され、定着したとは言い難い。同社のことだから、当初は「数百サイズもの既成パターンを用意すれば、お客のほとんどに当てはまるだろう」と考え、サービス展開に踏み切ったのだと思う。

 しかし、お客の体型は十人十色だ。しかもサイズは仕事内容、時間、日によっても微妙に変わってくる。テーラーメードではプロの職人がその辺を十分に考慮した上できちんと採寸し、さらに仮縫いで細かく調整するから、注文客の体型にフィットするものが出来上がる。右肩が1.5cm下がった体型ならその通りに型紙に反映されるからだ。それをテーラーノウハウなどを持たないユニクロがスタッフに短期間の研修を施したところで、どこまで的確に採寸、サイズ決定ができたかである。

 まさにお客に商品を自由に選ばせるセルフ販売に甘んじ、効率を優先してきた企業の落とし穴とも言える。その後、カスタムオーダーをあまりアピールしていないところを見ると、サービスの見直しやテコ入れが検討されていたのではないか。もっとも、青山商事がオーダー事業に注力し、アオキやはるやま、ワークマンなどが進化型スーツを販売するなど、各社が市場の底堅さを見込んで新たな戦略を打ち出しているところを、ファストリが指を咥えて見ているはずはない。

 ユニクロもまずはパーソナルオーダーで仕上げるスーツの販売に乗り出した。昨年オープンした東京・銀座店にオーダー専用の窓口を設けたほか、一般向けにはオンラインでも注文を受け付けている。もちろん、店舗に行けばスタッフが採寸からアドバイスをしてくれるというから、少しはテーラー技術のレベルを上げたのか。

 銀座店には専門知識を身につけたスタッフが常駐していると言うから、先のカスタムオーダーの反省に立ってスタッフに技術研修を施し、丸の内や新橋といったオフィス街を後背にもつ立地特性を活かしてオーダー部門の開設を決断したと思われる。ただ、銀座は英国屋などの老舗がひしめくテーラーメードの聖地だ。ジョルジオ・アルマーニもオーダーを受け付けている。後発ではアパレルメーカーのオンワード樫山がIoTを駆使したパーソナルオーダーの「カシヤマ・ザ・スマート・テイラー」を2店舗を展開している。

 そこに敢えて挑むユニクロ。カスタムオーダーの技術レベルがどこまで上がったのか。カジュアルイメージが強い同社のオーダースーツでどれほどお客を捉まえきれるか。大量生産して売り減らしていく企業に注文服がどこまで馴染むのかなど、未知数な部分も少なくない。

 どちらにしても、テーラーメイドは既製服とは違い、お客が一度着心地の良さを知ってしまうと、リピーターになる確率は高い。単価もパーソナルオーダーでさえ既製スーツよりは2倍ほど。完全テーラーメードになると10倍以上だ。売上げアップも期待できる。もちろん、そこまでに到達するには接客スタッフが知識やテーラーリングを修得してこそだ。

 オーダースーツ市場を拡大するために果敢に挑む青山商事やユニクロ。ビッグマーケットである進化型スーツに競合必至でも参入したアオキほか各社。既成スーツがそれほど求められ無くなった今、次なるステージで一歩抜け出るところはどこだろうか。

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