HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

時短は質を上げる。

2022-03-30 06:30:14 | Weblog
 昨年の秋だったか、知り合いのメーカーさんとのZoom会話で、「大手が国内生産に切り替えていくらしいよ」との情報がチラホラ出た。年末には業界メディアはじめ、経済紙にも「ワールドやTSIホールディングスが国内回帰を進める」との見出しが躍った。

 第一報は、「ワールドが百貨店向けの高価格帯ブランドで、今後3〜5年のうちに大半を国内生産に切り替える」というものだった。ジャケットやドレスといった価格が高いアイテムなら、原価をかけられる。むしろ素資材のレベルを上げて上質なものを作れば、去っていたお客を取り戻せるかもしない。そう考えるのは当然だろう。

 宮崎や山形にもつ自社工場を持つTSIホールディングスも、そちらの生産枠を拡大する検討に入ったとのこと。下地毅社長は「コートやジャケットなどを短納期・少量で生産する実証実験に取り組み、将来的には国内生産を3割から5割に高めたい」と、コメントした。

 今年に入り、大手アパレルの国内回帰は本格化している。背景には円安や人件費上昇による海外生産のコスト増大がある。さらにコロナの感染拡大で工場のロックダウンや物流の混乱が追い討ちをかけた。それでなくても、海外生産はリードタイムが最低でも2ヶ月ほどになる。加えて防疫対策の強化で通関に時間がかかれば、売る時期に商品が揃わず機会ロスを生む。やっとのことで商品が入荷した時はすでに遅し。不良在庫になってしまうのだ。

 一方、コートやドレス、ジャケットなどの高価格アイテムは、昨年秋くらいから売り上げが回復している。コロナ感染の完全終息は見通せないが、消費者の多くが過去2年の巣篭もり生活に飽き、感染対策を徹底した上で街に出かけ始めた。ならば、「いい服を着て行きたい」との気持ちになるのが人間だ。

 国内工場なら素資材のストックさえあれば、2週間ほどで納品できる。売れ方の動向を見ながら商品をフォローできるし、大量の在庫を抱える心配もない。ターゲットを絞り込み、時間をかけて企画する。そんな商品をお客さんに購入してもらうには、短納期・少ロット生産が理想的だ。時短は商品の質を上げることになる。



 振り返ると、なぜワールドのような大手が海外生産にシフトしたのか。それにはグローバル化だけでは語れない「圧力」があった。1990年代初め、日本はバブルが崩壊して不況に突入した。百貨店販路を強化してきた大手アパレルには、百貨店側から売上げダウンを利幅で埋めるために売上手数料、いわゆる歩率のアップ(一説には2000年まで10%以上上昇)を要求された。それはワールドとて例外ではない。

 当然、アパレルとして利益を確保するには、歩率アップ分だけ減価率を切り下げざるを得ない(33%から20%まで低下)。そこで生産をコストの安い中国などにシフトしたが、減価ダウンはクオリティなど商品価値まで下げてしまった。結果的にそれまで百貨店でアパレルを購入していたお客が駅ビルやSCに奪い取られてしまったのである。

 一方、2000年には改正借地借家法と大規模小売店舗立地法が施行された。借地借家法によって保証金などの出店費用は減額されたが、商業施設側がその分を家賃に転嫁したため、テナント側の家賃は4%ほど上昇した。また、大店立地法で営業時間が延長され、スタッフのシフトを2交代制にせざるを得ないなど、人手不足で人件費のアップを余儀なくされた。

 TSI(統合前のサンエーインターナショナル)は駅ビルやSCが主な出店先であったが、法改正による競合ブランドの出店攻勢で競争激化に追いこまれた。それを優位に戦うために多ブランド化と価格戦略を取ったが、同質化と価値の低下を生んで販売効率を年毎に落としていった。SCに出店するアパレルの平均的な販売効率は、2017年には00年対比で70%以下に低下。これはサンエーインターナショナルも例外ではないだろう。


技術力向上に伴い、生産委託先は流動的

 ローコストの海外生産は大量生産、大量販売を前提とする低価格でベーシックなブランドならいい。しかし、トレンド先取りのデザインとか、立ち上がりの売れ行きがわかりづらいものは多品種、少ロット、短納期が条件となる。海外生産には不向きなのだ。

 大手アパレルの国内回帰は、人件費の上昇やコロナ禍による物流の混乱が後押しして、やむ負えず経営陣が決断を下したかたちだ。しかし、それ以上にメリットがある。まず、納期遅れなどの万一のトラブルが解消できる。また、リードタイムが短縮されることで期中にマーチャンダイジングを修正したり、売り行き好調なアイテムに追加生産をかけることも可能だ。



 国内生産では何より商品企画から素材調達、縫製までをコントロールしやすく、機動的に進められるメリットの方が大きい。筆者が仕事をしたメーカーでは、期初すぐに完売したアイテムを別生地を使って追加生産したことがある。逆にこの意外性がバイヤーさんに受けて、追加オーダーも売り切れるという好結果につながった。国内生産はこうした副産物をもたらす。

 ワールドは今後3〜5年で高価格帯商品の大半を国内生産に切り替えるそうだ。8つの自社工場に加え、外部の工場とも協力体制を築くとか。新入社員や新人の待遇改善にも取り組む考えというから、国内アパレル産業に薄日がさせば、それはそれでいいこと。というか、大手としての本気度が試されることにもなる。
 
 TSIは国内と海外の生産をはっきり分けていくという。「マーガレット・ハウエル」は上質な素材や縫製を維持するために国内生産だったが、この方針は貫かれる。若者向けの「ナノ・ユニバース」は、企画の段階である程度需要が見込まれる定番アイテムは海外での量産を行い、売れ行きに応じて追加するものは国内で生産するようだ。



 同ブランドはこの春、WEBプロモーションで「ナノ・ユニバースの変化が始まります。」とのスローガンを掲げている。1999年のスタート時はセレクトショップ(正確には自社PBと仕入れ商品のミックス型)の体裁をとっていたが、ブランド名の浸透に伴いMDの強化を狙ってSPA化していった。今後は6つのレーベルにゴルフを加え、マルチレーベル体制でいくというから、顧客のエージスライドでもがっちり捕捉する戦略のようだ。

 「ブランドは着たいが、それほど高い商品でなくてもいい」。こうした客層に合わせるには、やはりローコストの海外生産で価格を抑えなければならない。ナノ・ユニバースは客側をマルチレーベルというスタイルで飽きさせない一方、メーカーとしては海外生産で効率を上げ、マルチな多品種でも利益が出せる体制を組むと見てとれる。

 Webサイトの写真を見たが、商品の質感はそれほど良くないのがわかる。それを消費者がどう判断するかだ。もちろん、筆者は国内生産=善、海外生産=悪と言うつもりはない。ブランドの性格やターゲットによって柔軟に切り替えればいいのである。

 フランスのあるメーカーは、ニットではレギュラーとプレミアムの2つのレーベルを持つ。両方ともデザインはミニマルで、シーズン変化は編み地くらい。じっくり売り減らせるので、リードタイムが長い海外生産も許容できるから、生産は「バングラデシュ」で一本化している。担当MDはコストダウンとクオリティ維持の両方を追求しても海外で十分いけると判断したのだ。筆者は両レーベルとも着ているが、レギュラーがプレミアムに比べクオリティが低いとは感じない。

 消費地に近い場所で生産する取り組みを「ニアショアリング」と呼び、欧米のアパレルでは状況の変化に応じて生産工場を移転させるのが常道になっている。米国の大手コンサルティング会社によると、グローバルブランドの38社と小売業者の7割が今年からニアショアリングを増やす計画という。

 そう言えば、筆者が所有するA.P.C.のコートは、「ウクライナ製」だ。ロシアの軍事侵攻でキエフほかの主要都市の様子が報道されない日はない。テレビ映像ではハプスブルグ家の流れをくむ歴史的な建造物を目にする一方、コンクリートの無機的な建物を見るとソ連時代の工場群の名残かと思ってしまう。

 フランスのブランドが生産を委託したくらいだから、ソ連崩壊で計画経済の呪縛から解き放されると、ファッション衣料にも対応できるように縫製産業の技術向上を進めたのだろう。ただ、今回のロシア侵攻とは関係なく、A.P.C.のコートやジャケットは現在、ルーマニアで生産されている。以前からイタリアブランドの生産も担っており、委託しやすい土壌なのだ。

 アパレル産業はグローバルの変化にさらされやすく流動的だ。すでにアジアの他、東欧、中近東、南部、北部のアフリカには日本国内と同等の品質を提供できる工場がある。技術力の向上は日進月歩なのだし、途上国の振興を視野にSDGsの実践まで含めれば、大手がいつ掌を返すとも限らない。国内工場にはそれにも動じない研鑽が不可欠なのである。
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