HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

書き上げで染め抜き。

2019-04-24 04:32:14 | Weblog
 このところ、気温が上昇している。福岡は25℃超えの日もあり、ショップの店頭にはコットン100%のTシャツが勢揃いしている。今シーズンは肉厚なUSAコットンが出回っているものの、厚みはせいぜい6オンス程度か。過去に7オンスだから丈夫かと購入したら、1シーズンで襟ぐりが伸びてしまった。筆者にとってヘビーウエイトと呼べるのは、10オンスくらいが妥当なところだ。

 考えて見ると、コットン100%のTシャツは、いたって原始的な作りだ。形はちびTやオーバーサイズを除けば下着がベースだから、企画と言っても染めを変えたり、首や袖のテープを色替えしたり、胸ポケットを別布にするくらいしかない。メーカーとしては価格やコスト、生産効率を考えると、思いきったものには踏み込めないのだ。

 デザインについてもフロントやバックのプリントが主体になる。グラフィックにも携わる身としてその手法には関心があるし、毎シーズンのチェックを欠かさない。アパレル時代から30年以上、Tシャツのプリントを見ていると、技術の進歩がよくわかる。

 振り返れば、筆者が大学生の頃には女子の間で「ブランドロゴのTシャツにギャザースカートを合わせる」スタイルが大流行した。トップに着る黒や紺のTシャツに記された白色のロゴは、俗にいう「染め抜き」だった。

 カラーTシャツに白色をのせる方法は、それまでにも「シルクスクリーン」があったが、これは生地に直接顔料を乗せるため、出来上がりはベタっとして見える。その点、染め抜きはTシャツごと染料に漬けるので、白抜き部分も生地の質感はそのまま。この手法はアパレル業界に入ってから知った「抜き染め」と言われるものだ。

 これは白のメリヤス地を黒や紺に染め上げる場合、白抜きする部分は生地に染料が染み込まないように「」でマスクするやり方だ。デザイン部分が上手く白抜きできない場合もあるので、糊に特殊な防染剤を混ぜることから「防染」とも呼ばれていた。いわゆるバチック(ろうけつ染め)の技術を応用したものだが、Tシャツを縫製してから染めるので、手間もコストもかかってしまう。



 プレスプロモーションの仕事でグラフィックデザインに携わると、今度は印刷のノウハウを学んだ。雑誌広告やポスター、カタログの制作で文字などを白抜きにする場合、版下台紙に貼る写植はそのまま「書き上げ(白の印画紙に文字は黒)」の状態だから、台紙を覆うトレーシングペーパーには「白抜き」と色指定を記入していた。

 下地を色ベタにする場合は、写植を紙焼き機で反転(黒の印画紙に文字は白)し、貼って色指定を行った。印刷物の紙は基本的に白色だから、その部分にはインクを乗せないように、印刷会社のレタッチマンが加工処理をして刷版を作り、その版を機械にかけて印刷していたのである。

 90年代になると、急速にPCが普及しデジタル化が進んだ。グラフィックデザインの世界も、制作スタイルは大きく変化した。アナログな写植、版下はなくなり、デジタルデータによる入稿にシフトした。印刷のメカニズムはそれほど変わっていないが、プリンターは廉価で簡易的なものも登場した。

 パーソナルなプリンターはインクジェット印刷となり、個人でもソフトを使ってデザインすれば、1枚ものの印刷物を自宅でプリントアウトできる。このインクジェットプリンターはアパレル業界に導入され、Tシャツプリントにも使われ始めた。これはトナー(カラーインク)を直接生地に吹き付けて、文字やイラストなどを「印刷」するものだ。

 インクジェットプリンターは、C(シアン/青色)、M(マゼンタ/赤色)、Y(イエロー/黄色)、K(黒/黒色)のインクを用い、この4色の掛け合わせで、カラーや写真を再現する。ただ、CMYKの段階で白文字を表現するには、下地の生地が白色で「色ベタ白抜き」のデザイン処理をした場合に限られる。デザイン的には写真のように色ベタ面を設けて文字部分を白抜きするだけで、カラーTシャツでは端から不可能だった。



 ところが、インクジェットにも「白インク」が登場すると、黒や紺の生地でもそのまま白のインクを吹き付けて、「書き上げで白抜き風」が再現できるようになった。つまり、湿式の抜き染めでなく、乾式のプリントで白抜き状態を可能にしたのだ。デジタルプリントだから、イラストレーションや写真も自在に描け、グラデーションなどの処理もできることから、プリントデザインの領域は格段に広がった。

 そのせいか、最近では染め抜きのTシャツはほとんど見かけない。でも、インクジェットによる白プリントも遠目に見れば白抜きだが、近くでみるとインクをのせているので、シルクスクリーンに近いベタっと感は否めない。それを企画する側がどう判断するか。手間とコストを省くために乾式のインクジェットを多用するのか、それとも旧来の質感を維持するために湿式の抜き染めに拘るか。お客は手法はどうであれ、そこまで染め抜きは求めていないと思う。



 グローバルSPAは量産で製造コストを下げ、低価格のTシャツを売り出しているが、日本市場でのオールドネイビーやH&Mの苦戦を見ると、プリントデザインくらいでは差別化できず、競争力も持てないように感じる。そこで、「ラバープリント」を採用し、線描きのカラーイラストを浮き出させる企画も登場。今シーズンはユニクロがディズニー、グローバルワークがサッカージャンキーといったキャラクターを打ち出している。

 ラバープリントは絵柄が浮き出るソリッド感はあるが、洗濯でプリントが剥がれたり、高熱のアイロンを直接当てると、ラバーが溶けてしまうのが難点だ。だからなのか、知名度があるブランドでは、ロゴマークを刺繍にするといった先祖帰りのような企画もある。デザインデータがあれば、専用のミシンで自動刺繍ができるので、人間が手作業で行うよりコストは下がるのだが。これらもありふれたインクジェットプリントから目先を変える目的だろうか。これもお客がどう判断するかである。

 まあ、シルクスクリーンのプリントは初期に版代がかかるため、ある程度枚数を増やさないと1枚単価が下がらない。しかも、デジタルのようなカラー再現や写真印刷はできない。端から量産を目的とするグローバルSPAでは使う必要もないのだ。せいぜい、サークルなんかのユニフォームのプリントくらいのニーズだろう。

 デザイン的にあえてアナログ的なベタっした質感を求めても、原理が似通っているインクジェットで十分と考えれば、これからシルクスクリーンが量産アパレルで多用されることは少なくなるのではないか。

 一方で、90年代半ばにニューヨークで知り合ったデザイナーやアーチストからもらった名刺には、白地に書き上げした文字が浮き上がる特殊インクを使ったものがあった。日本で言うところの「箔押し」の逆パターンである。これはこれで手触り感が何ともアナログ的で気に入っていた。Tシャツのラバープリントもこれに近い感覚だろうが、イングジェットでも立体的なプリントが可能になる日は近いかもしれない。



 ところで、先日会員になっているMDNデザインから送られて来たメルマガには、富士ゼロックスが新しいプリンターを発売したとあった。「通常のCMYトナーに替えて「ゴールド」「シルバー」「ホワイト」の特殊トナーに「ブラック」を合わせた4色を搭載したもの」という。https://www.mdn.co.jp/di/contents/4529/64431/?utm_source=email

 これまでは紙の印刷で白を表現するには、色ベタの白抜きしかなかった。特殊紙でカラー、文字を白抜き状態にするには、同質の紙の白色を使い、全面色ベタで文字白抜きで印刷するか、カラーの特殊紙に白インクで印刷するしかない。前者は全面印刷だから、白抜き面が汚れてしまい印刷会社泣かせになる。また、両方ともロットがないとコストがかかり1枚単価は下がらない。これがコピー機のような簡易印刷機で可能になる。しかも、特色のゴールドやシルバーといったメタリックカラーもでプリントできるのだ。これはグラフィック関係者や印刷コストをかけたくない事業者では朗報である。

 マンションアパレルの展示会DMをデザインしていると、創り出すアイテムに合わせて紙も味のある特殊紙を使いたくなる。例えば、黒やワインレッドの紙では、文字は白のインクにしたいのだが、これまでは印刷部数が増えないとコストが嵩んでしまうのが難点だった。これがコピー機で手軽にできると、デザインのみを済ませてあとは紙だけ購入し、手差しすればいい。おそらく紙の表裏にトンボまで印刷してくれるだろうから、見当がズレずに両面印刷も可能だと思う。

 プリンターは発売された直後でまだまだ価格は高く、リース料も嵩むだろうが、キンコーズなんかが導入してくれると、手軽に特殊紙に白やメタリックカラーといった特色がプリントできると思う。そうなれば印刷料金を気にせずにデザインに集中し、仕事を受けやすくなる。インクジェットの技術がアパレルで使われ、紙の世界でも印刷の領域を広げていくのは、ありがたいことだ。

 まあ、コストダウンできるのはいいのだが、その分、アパレルもグラフィックもどこで差別化していくか。作り手にとってはまったく痛し痒しである。

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