HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

ファストが古着を売る。

2024-04-10 06:51:29 | Weblog
 H&M(へネス・アンド・マウリッツ)がブランド古着を売る。先月、そんな情報がニューヨークから飛び込んできた。マンハッタンのダウンタウン、ソーホー地区の店舗に、ラグジュアリーブランドの古着を販売するコーナーが開設されたというのだ。その名も「PRE-LOVED」。目的はいったい何なのだろうか。



 PRE-LOVEDにラインナップするブランド古着は、コムデギャルソン、ジルサンダー、ヴィヴィアンウエストウッド、プラダ、グッチ、イヴサンローラン、エルメス、ジャンポールゴルチェ、クリスチャンラクロワと錚々たる顔ぶれ。現地でも人気のあるものばかりだから、ブランド好きのニューヨーカーが持ち込んだものかと思いきや、そうではないようだ。

 PRE-LOVEDはすでにロンドンやバルセロナの店舗にも開設されており、米国ではソーホー店が第1号になる。扱う古着はH&Mが顧客から買い取ったものではなく、社内でヴィンテージの服と小物類を扱う部門が集めて、売場で編集したもの。また、お客は着なくなった服を「寄付」という形で、H&Mの店舗に持ち込むことができる。米国内ではH&Mに古着を寄付したお客は、店舗で買い物した時に15%の割引を受けられるそうだ。

 では、H&Mがブランド古着を販売する目的は何なのか。あくまで私見として、以下のような理由を考えてみた。

 1. 旗艦店の発信力を高める
 H&Mは世界中に店舗を展開するが、大量在庫が重荷になって、家賃が高い都市部の路面店や商業施設では不採算に陥るリスクをはらむ。日本でも2008年9月、なり物入りで東京銀座の松坂屋にテナント進出したが、市場の変化や出店先の事情などから退店を余儀なくされた。店舗展開は拡大路線だけでは通用せず、その時の状況において、店作りは常に見直さなければならない。

 一方で、既存店の稼ぐ力を引き上げることも重要で、主要都市の旗艦店は特にそうだ。活性化策として定期的にコラボ商品が投入されているが、ラグジュアリーブランドの古着なら新規で企画生産などの手間がかからず、話題性を生む。高い売上げにつながるとは言い切れないが、店舗の発信力が高まり付加価値が増すのは確かだ。

 2. 商品購入の選択肢を増やす 
 H&Mはトレンドファッションを低価格で販売する。毎週のように新しい商品を売場に並べ、顧客を飽きさせないMDを構築する。デザインさえ気に入れば、品質は二の次というお洒落な若者を惹きつけるが、大人になるとそうはいかず、低価格の商品しか置いていないと素通りするお客もいる。ただ、ラグジュアリーブランドなら古着でも上質だろうとのイメージが刷り込まれているため、来店の動機につながる。

 顧客は店頭で低価格のトレンドファッションとラグジュアリーの古着を比べた時、どちらに触手を伸ばすのか。これは消費者の購買行動を示すAISCEASでは、Comparison(比較)、Examination(検討)の段階を示すわけだが、それも顧客が売場にどんな商品が並んでいるかを知っていることが前提になる。つまり、商品を購入してもらうには、選択肢を増やすことが肝心なのだ。

 3. 脱炭素への関心を示す
 アパレル事業者は大量生産した結果、市場規模を超える商品が出回り多量の在庫が余って、廃棄を余儀なくされている。責任の一端はファストファッションにあると、批判の的になったこともある。そこで、H&Mは意識的な回収とリサイクルプログラムに注力し、「DON’T LET FASHION GO TO WASTE.(ファッションを無駄にしないでください)」を宣言。コンシャスコレクションを打ち出して、2014年にはGlobal100のサステナビリティリストにも選出された。

 さらに2023年末、H&MはCO2削減の設備投資(太陽光発電や節水)を促すため、シンガポールの銀行と連携してサプライチェーンに資金援助するファンドを設立した。ただ、ファッションを無駄にしないスローガンも、新規で低価格商品の販売を続けていては説得性を欠く。やはり「ものを大事にする」姿勢を見せることが重要で、ラグジュアリーブランドとは言え旗艦店に古着コーナーを展開すれば、脱炭素への強力なアピールになる。

 4. 不要衣料の寄付活動に参加
 EU(欧州連合)は2023年12月、アパレル事業者が売れ残った衣服や付属品などの廃棄を禁じることについて暫定合意した。20年2月にはすでにフランスが売れ残った衣類について、企業が「焼却」や「埋め立て」によって廃棄することを禁止している。こうした法整備や施策により、欧州では衣類などの売れ残り品は、原則として「リサイクル」するか、「寄付」しなければならなくなる。

 寄付といっても慈善団体や社会福祉法人が受け取ってくれるかは不確定で、海外の途上国を対象にすると輸送費がかかるほか、CO2を排出する懸念がついて回る。アパレル事業者が寄付を受け入れた方が、リユースやリサイクルにも回せるのでベストなのだ。事業者側も買い取るわけではないため、収益への影響を最低限に抑えられる。こうした世界の潮流にH&Mが参加したと考えることはできる。

 5. 寄付を販促に結びつける
 毎週のように新しいトレンドファッションを投入するH&Mだが、売場には膨大な在庫が積まれており、商品が高回転しているという話は聞かない。実際のところ、回転率は年間4回程度と言われ、5.7回を超えている日本国内のユニクロと比べても、在庫の捌けはそれほど良くない。欧米モードのファストファッションはお客の好き嫌いが激しいため、在庫の6割以上が値引きされ、さらに安く販売されているのが実情だ。

 旗艦店にラグジュアリーブランドの古着を展開することで、H&Mは企業としてサスティナブル&脱炭素に取り組む姿勢をアピールする。並行してお客には不要衣料の寄付を促すことで、店舗での買い物に割引特典を付ける。実質は販促策の一環であることに変わりはない。


持続可能なビジネスも模索



 ワンナイト・パーティ・ドレス。直訳すると、一夜限りのパーティドレス。それだけで役割を終える衣服でしかないと、H&Mをはじめとしたファストファッションを揶揄する言葉だ。

 それとは対照的にアパレル業界にはコストアップの波が押し寄せている。世界的なインフレ傾向で原材料の価格は高騰。糸や繊維を作る川上、衣料品の企画、製造、卸を担う川中、そして商品を販売する川下と、各段階で価格転嫁は待ったなしの状況にある。しかし、ファストファッションが低価格販売を続ける限り、サプライチェーンへの皺寄せは続いていく。

 「貧困層がいる限り低価格はなくならない」と息巻く識者がいらっしゃる。フランスは貧困対策ではないものの、売れ残り品の廃棄を減らすために寄付を法制化した。キリスト教圏らしい考え方で、着るものにも困る人々には福音となる。もっとも、小売りビジネスとしてみれば、単価が低い商品を売れば売るほど収益を高めるのは難しく、人手不足の折に従業員の給与も上げられず人材獲得でも遅れをとる。安売り競争の激化や市場規模を超える供給過剰で、体力消耗の持久戦を続けていても勝ち目どころか存続も危うい。

 消費者は学習する。激安、プチプラといったフレーズに踊らされ低価格品を購入しても、着ているとそれほどコストパフォーマンスは良くないと気づく。それに長く続いたデフレ疲れが追い打ちをかけ、もっといい商品も着てみたいと消費意欲を掻き立てる。今年は賃上げトレンドが中小企業にまで波及するかが焦点だが、生活必需品の物価上昇が続いており、仮に給与が増えても実質賃金の目減りは避けられない。



 だが、消費者は賢くなっている。衣料品にそれほどの投資はできないから、安いだけの低品質から高品質で割安なものへと着眼点を変える。リユースやフリマアプリといった二次流通に目をむけるのがそうだ。その分、少しでも衣料品の廃棄が減ると、世界的なサスティナブルの潮流にも合致する。リサイクル専門メディアの最新推計によると、2022年の日本の市場規模は2兆9000億円で前年比7.4%増。そのうち店舗販売は1兆円を超えているという。

 リユースでは世界の方がはるか前から市場が形成されており、その規模は計り知れない。欧州のラグジュアリーブランドでは1970年代の古着に人気が集まっており、仕入れ競争の激化から価格が高騰している。米国製でもレザージャケットやジーンズ、カットソーなどのヴィンテージ古着にはプレミア価格が付く。これらを扱う事業者も増えているため、今後も古着市場の拡大は続くと見て間違いない。

 こうした状況を俯瞰すると、H&Mはリユースが軸にはならないものの、親和性はなくもないと見たようだ。新品ではないが、割安であること。そのスタンスを変えなくて済むこと。お客は商品と価格に合理性を求めること、からだ。ただ、違うのはお客が商品の質を追求し始めたこと。そして、欧米モードへの反動からローカルに回帰していることだ。

 これに対し、H&Mはどう対応していくのか。経営の大転換を迫られると言えば大袈裟だが、市場によってはノーを突きつけられ、撤退せざるを得ないところも出ている。小手先の施策で戦えないのは確かだ。

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