「講釈師 視てきたような嘘を云う」
私は人前で講話を行う機会が多いのですが、講釈師のようになっていないかどうかを自問自答する時があります。
冒頭の「講釈師みてきたような嘘を云う」とありますが、講釈師の話は最初から真実だと思って聴くヒトなどおりません。
創った話に枝ぶりや花弁を散らばしながら聴く人を楽しくさせるのが講釈師です。
私の話に講釈師や落語家のような喋りを望んでいるヒトなどは一人もいません。
あるイベントで講演を依頼されたことがあります。
その主催者に「なぜ私なのか」と聴いたところ、貴方は中卒の事業家だからだと云う事です。
私が高校を卒業していいたら、講演など頼みに来なかったのだのかも。
確かに自分が高校や大学を出ていたら、現在の自分はいなかったろうと思います。
普通のサラリーマン研究者で、平穏で淡々とした暮らしをしていた事でしょう。
私の唯一の師匠は、鉄骨トビ職の親方ですが、彼がいなければ今の自分もいなかったのです。
大勢の人の前で講話をすることは、そこに参集した方々の貴重な時間を奪う事になります。
時間は生きている証しでもあり、とても重要な経過でもあるのです。
このブログは、見たい人が見れば良いのであって、誰も拘束しておりません。
講釈師や落語家のように喋ることを生業にする人達は、様々な修行を積んでおります。
私は、工務店経営と住宅システムの研究開発を行い、その技術をフランチャイズ方式で全国のファース加盟工務店を通じ「住む人の幸せづくり」に貢献しているつもりです。
今日は中小企業家同友会函館支部の青年塾で講演のため、この執務室(写真)から函館市内の会場(亀田交流センター)に移動します。テーマは「SDGsとビジネスチャンス」です。
さて、中卒者の講話に、どれだけの人が耳を傾けてくれるのか…
「#ファース工法」「#空気サラサラ」「#ファースの家」「#福地建装」「#フクチホーム」
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