夢幻泡影

「ゆめの世にかつもどろみて夢をまたかたるも夢よそれがまにまに」

午睡  

2011年10月09日 22時45分59秒 |   私の小さな恋人たち
12/17/2005 00:02:35
前のブログからの転載です。1と2を一つにまとめました。
10/8/2011 写真を追加して、タイムスタンプを新しくしました。


いい天気の日曜日、私がソファーで昼寝を始めると必ずタマ(12月6日のお調子者のタマ、甘えん坊のタマを参照してください)がそれを見つける。
私は普通横になって寝るので、延ばした腋の下に鼻をつけ、しばらくあちこち嗅ぎながら私が起きてこないかなって様子をうかがっている。でも私が起きだして相手をしてくれないと判ると、私の体にできるだけ密着するようにしながら腋の下に丸くなって寝る。

しばらくするとマツが様子を見に来る。マツにしてみれば自分は暑いときも、寒いときも外の小屋にいるのに、猫たちだけは家の中に自由に入れるのが羨ましくてならない。だから私が眠っていて、猫がそのそばで寝ているのを見つけると、自分もそばの床の所に前足を投げ出し、その上に顎を乗せて、こちらを見ている。
しばらくの間はちょっとした動きの気配、音にも耳をぴくぴくさせている。

熱い、気だるい午後の一日、静かな静かな時間が過ぎていくと、さすがの名番犬マツ嬢も眠りに誘われる。

ところがこの平和な眠りはいつも闖入者によって破られる。私たちが寝ているのを見つけたミー(12月11日 ミー)やクロが(同じく12月6日のカルガモの行列参照)自分たちも入れてくれって、入ってくる。彼女たちはタマと私の間の殆どない隙間に顔を突っ込み、タマと私の間に自分のスペースを確保しようとするのだ。
そして3匹が喧嘩を初め、マツはそれに恐れをなして家の外に退避する。


平安な時間というのは戦い取るものなのですね。




上に書いたように私は横になって寝るのが楽なんだけど、猫や犬たちにはこちらのの方がもっとお気に入りだった。

私がたまたまソファーに上向きに寝ていると、タマがやってきて、胸に飛び乗り、くんくんと首や顔を嗅ぎまわり、嘗め回して、そして顎の下に頭を入れて眠る。ごろごろがすうすうに変わっていくころには完全に夢の中でネズミを追っかけている。

それを見ていたマツ(柴犬)も、ソファーに乗り、手を私の胸に置き、その上に顎を乗せて、身体を密着して、眠り始める。

タマもマツもこの形が好きなようだけど、私は胸の上に重石を載せられ、まったく動けない状況で、昼寝もできなくなってしまう。

そのうちにミーやクロまで私の体の上で丸くなっている。

どれかがちょっとでも身じろぎをすると、他の3匹がもぞもぞと動く。

猫や犬の体温って結構高い。
四匹の湯たんぽを胸に乗せて、熱い気だるい昼の一刻を身動きもできずに、ただただじっと横たわっている。

不思議なことに猫も犬も丸くなって寝ているときには寝息を立てないのだけど、人の胸の上に腹ばいになって寝ているときって結構スースーと寝息を立てている。
3匹の猫と犬の暑さと、寝息。
拘束衣を着せられたような私。

これはもう殆ど拷問。

カルガモの行列   

2011年10月07日 15時36分01秒 |   私の小さな恋人たち
12/06/2005 12:32:17 前のブログからこちらに転載しました
10/07/2011 写真を追加し、タイムスタンプを新しくしました

犬と違い、猫は車に乗るのが怖いみたい。
タマもその例にもれず、助手席などに乗せると震えながら爪をだしてシートにしがみついている。
ブレーキなどをかけると危ないので、仕方なく膝に乗せ、抱いてやると落ち着くようだ。
怖いくせに、私が通勤で車を出すと、一緒に行きたい、乗せてくれて騒ぎ出す。
そして車が見えなくなるまで、見送っていると家人から聞いた。

柴のマツお婆さんを散歩させるときが見ものだった。
人家が少ないし、人通りもないので引き紐は用意するだけで普段は繋がない。
私が前を行き、マツが後ろからついてくる。
それを見ていたタマがマツの後ろからついてきて、
さらにそれを見て、ミーとクロも一列に並んでついてくる。
一列に、人、犬、そして猫が三匹。

最初はその行列でしずしずと動いていくのだけど、しばらくすると犬と猫たちは私を追い越して次の分岐まで走って行き、私の来るのを見守っている。
私が追いつくと、また次の分岐まで走っていく。

そうこうしているうちに、分岐ではまたまた犬と猫三匹のじゃれあいが始まる。
じゃれあっている犬と猫のそばを通り過ぎて行くと、これはしまったって、急いで次の分岐まで走っていく。
かるがもみたいな行列を見たり、犬と猫のじゃれあいを見せられている近隣の人にはとても驚きの風景だったと思う。
他の犬がいたりするとマツがそれとなく間に入り、猫も安心してマツの影に入るようなポジションを歩く。

マツも猫たちも家族になったのだなって妙に感心してしまった。


一声かけてくる猫   写真を追加しました

2011年10月05日 10時33分48秒 |   私の小さな恋人たち


これまた、Mixi日記からの転載ですけど、「一声かけてくる猫」ってのが不思議だって話題になっていました。
もともとは教えてGooからの転載の記事なんですけどね。

でもね~ 私なんかに言わせれば、犬でも、猫でも、そのほかの動物でも、気持ちが通じ合うから飼うのだと思いますよね。
飼わない人は、猫や、犬とお話しているなんて不思議がるけど、飼っている人がそれを不思議がるというのが私には不思議だな。。





一声かけてくる猫ったのが話題になっているけど、たくさんの猫と暮らしてきた経験からすれば、なぜそれが不思議なんだろうって、思うのですよね。

猫だって、(犬だってそうですけど) 飼っていれば、飼い主とコミュニケーションは必要ですよね。
お腹すいたt時に、ミャ~~って言いながらすり寄ってきて、餌の皿の方へ誘導したりするのは彼ら、彼女らにとっては当たり前の意思伝達手段。 そのときのミャ~~が「お腹すいた~ なんかちょうだい」に聞こえるのが飼い主としては当たり前なんですけどね。

ブログにも、生まれたての子供を一匹一匹咥えて人の前に運んできて、ミャ~~って「子供たちを見ててくださいね」って、外に出て行くし、帰ってくるとミャ~~「今、帰りましたよ」って言いながら私の方へ来て、また子猫たちを咥えて箱へ戻すなんてのも書いてましたよね。

チビ太だって、ご飯をあげてもそれが美味しくないものだと、お皿を鼻で押しやってしまうし、朝、寂しい時にはベッドのふちに顎を載せて、私の顔を覗き込みに来る。

何か伝えたいときには、必ず、飼い主の方を見たり、飼い主が分かっているのを感じながらそんな行動をするから、見ていれば分かるはずなんです。
一緒に生活していれば、彼らからすれば飼い主が命。餌も寝るところも、水も、そのほか欲しいものや、やって欲しくないもの、いらつくこと、嬉しいこと、皆飼い主次第なんですね、、、
そして、それを表すのは当たり前だし、飼い主ならそれを分かるのが普通なんだけどね。
自分の食べている餌を、飼い主が欲しそうかなって思えば、飼い主に食べるって渡す子もいるんですよ。


遊びたいときには、飼い主にちょっかいかけてくるのもいるし、


それが、家に帰った時に玄関などで、体いっぱいに嬉しいなんて表しながら出迎えてくれるミャ~~だったりすると、飼い主冥利に尽きるんですけどね。



2011年10月5日 写真を追加しました。タイムスタンプを新しくしました。

タマ

2009年11月09日 10時28分54秒 |   私の小さな恋人たち


12/06/2005 11:28:48 タマ
甘えん坊のタマとお調子者のタマ二つの話を一つにまとめました。

茨城県守谷市に引っ越したとき。
娘は転校の条件に猫を飼いたいと、家の近くにいた野良のメス猫を連れてきて交渉を始めた。
私は動物が好きなので、子供たちにも望めば動物を飼わせてやりたいと思っていたが、子供たちは小児性の喘息やアトピーを発症していて諦めていた。
でもどうしても飼いたい、猫が飼えなければ引っ越さないと言い張るので、もし健康に悪い影響がでなければという条件でOKした。

環境が変わり、それが影響したのか、子供たちのアトピーはあっと言う間に直ってしまい、小児性喘息もでなくなって、娘は猫母さんの役割をせっせと果たせることになった。

引越し祝いを兼ねて実家から柴犬のお婆さんもやってきた。自然が残るところでのんびりと最後を送らせたいとの両親の願いだった。

そこへまた新規加入の家族として入ってきたのがタマだった。そしてすぐ後に、娘がまた野良猫を拾ってきて、家は家族のほかに犬一匹(松姫=マツ)、東京から連れてきたミー、守谷に移ってすぐに家族となったタマ、そして一番新参のクロの猫三匹の世帯になった。



ミーは良くも悪くも普通の猫。途中から飼われたので娘には格別の信頼を示すけど、それ以外の家族には餌をくれる知り合いの人程度の付き合いを崩さなかった。タマもクロもその意味では途中から飼われた猫だったがまったく野良猫の臆病さを持たない、まるで赤ん坊のときから育てられた猫のように振舞っていた。クロには先輩のタマの行動が大きく影響したのだと思う。


タマはその意味では変わっていた。野良猫らしい臆病さを全く持ち合わせていない猫で、拾われてきた初めの日から、昔から家族の一員だったように振舞っていた。

タマが最初に家に来たときに、私はソファーに横たわり昼寝をしていたのだけど、薄目を開けてみていると、しばらく私のほうをものめずらしそうに見ていたタマは、ふっと私の胸に飛び乗ると、ひとしきり私を嗅ぎまわり、顔を舐め始め、喉をごろごろ言わせながら、シャツの襟をくちゃくちゃ噛みながら、踏み踏みをはじめた。
踏み踏みは前足を交互に踏む行為。母親の乳房をそうやって揉んで乳をだそうとした記憶が、離乳がすまないうちに母親から離された猫には大人になっても残るようだ。

小さな子猫が喉をごろごろ言わせながらシャツの襟を噛み、襟周りをつばだらけにして無心に踏み踏みをしているのを見ながら、娘が拾ってきた猫だけど私の猫になっちゃったなって密かに思っていた。


タマが家族になったことで、家の中の動物たちの生活パターンは一気に崩れてしまった。

それまでは柴犬のマツは外の犬小屋と庭。
ミーは家の中と庭の外がテリトリーで、互いに暗黙の淑女協定を結び領地の不可侵を一義としてきた。
そしてこの高遠な平和協定はずっと守られて行くものとみえたのだけど。
ところがタマ(そしてその後に入ったクロはお姉さんのやることを真似ていたので)はそんな既成の概念などはなから無視。

ミーのテリトリーを遊びまわり、ミーに近頃の若い者はって眉を顰めさせるのを手始めに、今度は犬のマツのテリトリーまで犯し始める。マツが庭に出されて、のんびりと昼寝を楽しんでいると、マツの鼻先にきて、ちょうど人間が猫をじゃらすように、前足でじゃれ始める。

マツは老犬だし、格調高い性格の犬。
始めのうちはこのお調子者の小娘を煩そうに見て、そっぽを向いているのだけど、そのうちあまりにも煩いので、叱ろうとちょっかいを出していく。
これがタマの狙い。
マツの反応に輪をかけて、マツをどんどんと遊びの輪に連れ込んでいく。
気がつくとマツとタマは庭中を駆け回り、じゃれあっている。


はじめは大きな犬は怖いと思って敬遠して、横目にしていたミーもクロも、私らも入れてってその輪に入って行き、庭の花や、小さな苗木は全て全滅。芝生までもが禿げてしまった。


タマは人間に対しても同じように積極的に攻撃を仕掛けてきた。
遊びたいときなど、普通の猫は「遊ぼうよ」って擦り寄ってくるくらいだけど、タマは人の目の前で猫じゃらしをやり始める。
どちらが猫なのかわからないような状態になる。

タマの猫じゃらしにかかったときの、タマの嬉しそうな、してやったりっていうような顔を見るために、私はいつもいつも猫じゃらしにかけられていた。


2005年12月5日に以前のブログの二つの話をまとめて掲載したものです。
2009年11月9日に写真を加え、タイムスタンプもこの日に変えました。

モモ

2009年11月09日 10時17分58秒 |   私の小さな恋人たち


私の家の猫ではなかったけど、身近にいたにゃんこの話。

お茶の先生のところにもたくさんに猫がいて、何匹かは私の次客として席についてくれた。
先生は平然として、
「私の先生のところにも猫がいて、その猫が水指の水を飲んだりしてるのね。だから猫の嫌いな人なんかぎょっとして、お茶を飲めなくなるのよ。」ってころころと笑っている。
猫が嫌いじゃなくても、ぎょっとするでしょうとはちょっと言えない雰囲気だった。

ここの猫でモモというオス猫がいた。
私のうちに来る猫は皆メスだったので、オス猫の性格は知るべくもなく、このうちの猫の話はとても参考になった。

真っ白の猫だったけど、どう言う訳か私にはなつかなかった。
「子供と男の人が嫌いな猫なのよ」って先生は慰めてくれたけど。

朝、低血圧の先生は4時にモモに起される。
起きないと、寝室に来て、先生の顔を見ながら障子にばりばりと爪を立てるということ。
だから先生の家の障子はいつも破れが見えていた。

4時にドアを開けてやり、猫を外に出す。
しばらくするとモモが帰宅し、また開けろって大きな声で泣き叫ぶので、ドアを開けにでる。

昼の散歩はまず前の家を訪問。
自宅でちゃんと水を飲んでいても、そこでは大きな声で「来たよ」って鳴く。
そこの奥さんが皿に水を汲んでくるのを待って、それを飲んでから散歩の始まり。「置き水は絶対に飲まないって奥さんが苦笑していた」って、だから盆暮れには付け届けが大変なんだそうだ。

ある日このモモが家の前の道で遊んでいた。
そこを犬の散歩をさせた人が通りかかった。
何が原因なのか判らないけど、急にモモが怒り出し、その犬の尻尾に噛み付いた。
犬は「キャン」と鳴いて、飼い主の影に隠れてしまったのだそうだ。

後で菓子折りをもってその飼い主のところに謝りに行ったら、
「猫に噛みつかれて、泣き声をあげたなんて、この子の沽券にかかわりますので、どうか人には話さないでください」って頼まれたって笑っていた。

ある日突然この猫が家出をした。近所中を探し回っても見つからない。諦めていたら2キロほど離れた家から電話があり、お宅の猫を預かっているという。
行ってみると、その家には可愛いメス猫がいて、そこに夫婦気取りで同棲していたということ。家に連れ帰ってもしばらくするとまたその家に戻ってしまう。何度も何度もその家との往復に明け暮れていたそうな。

この先生、田舎が富山なんだけど、法事があっても、何があっても、まずモモの世話をして、朝一の飛行機で行き、夕方早々には帰ってきて、モモのご飯を作る。
泊まりがけの旅行などはこの子が来てからはやったことがないのだそう。
今でも先生は猫が最優先の毎日のスケジュールを送っている。


2005年12月3日に別ブログから転載しました。
2009年11月8日、写真を追加、タイムスタンプを新しくしました。
   ただし、新しい写真の子は、いすみ市岬町のだるま庵の子。
   この日記の記述とは関係がありませんのでご了承ください。


母性 ミャー2

2009年11月08日 13時22分20秒 |   私の小さな恋人たち


三軒茶屋に住んだことがあります。
そのときのお相手がミャー。

とにかくみんなミーだの、ミャーだのつけるので判りにくいですよね。
そのときの私にしてみればお相手は一匹だけなので、まったく同じ名前でもかまわないのですけど。後から思い返したり、他の人に話すときには、確かに不便。ですからミャー2とでもしておきましょうか。
そのとき、そのときの相手は一匹だけでも、今になって振り返ると結果としてはたくさんの恋人たち。
恋人から浮気症だと言われても仕方がないのかもしれませんね。



ミャー2がどうして三軒茶屋に来たのかはもう忘れました。
とにかくミャー2は三軒茶屋の家に君臨していました。

ミャー2は私の手枕を自分の枕と思っているようで、私が眠りにつくとき、必ず彼女が私の布団に入り、右手に頭を乗せて、一緒に眠る。
魚の餌などを与えたときは、寝入りばなのひととき、人の顔を舐めて魚臭い息を人の顔にはきかけていた。

あるときに意地悪をして布団をぴっちりと閉め、ミャー2が入れないようにしたのだけど、30分も40分も人の顔を舐め、髪を引っ張り、耳元で泣き叫び、とうとうこちらが根負けして、布団に入れるまでがんばっていた。



勝手口のドアの下を切りミャー2が出入りできるようにしてやると、野良猫をたくさん引き連れて帰ってきて、出入り口に用意した餌を毎日大盤振る舞いをしていた。
餌の皿が、3っつになり、5つになり、そしてピークでは10皿を越えていた。

そのうちの一匹などは(喘息(?)のようにいつも咳をしているメス猫だったが、)ついに家の中にいついてしまい、ミャー2のメイドのように彼女の後ろから付いて回っていた。

そのうちにミャー2は子供ができた。
いつものように箱を押入れに用意してやるとそこで6っ匹の子猫を産んだ。

野良猫は大人になってから家に入り込んだので、寝るときにもミャー2のまねをして一応寝室には来るのだけど、布団の下の隅っこで寝ていた。
ためしに布団に入れてやろうとすると、すぐに出て行ってしまう。
ところがある日彼女が人の布団に入ってきて、ミャー2と同じように人の腕に頭を乗せて寝ようとしたので、どうしたのかなって思いながら眠り始めたところ、胸の辺りに何かぬるぬるしたものを感じ、吃驚して見ると彼女がお産をしていた。
子供がお腹にいるような兆候はまったくなかったので、とにかくダンボールを用意して、押入れにいれてやった。

ミャー2は離乳するとすぐにまた外に遊びに出始めた。
今時の若い女はって、舌打ちをするような気持ちで見ていたのだけど。

残されたミャー2と自分の子猫たちの面倒を見たのが名前も付けてもらえなかった野良猫。
いつも家のそとの道に子猫を連れ出し、子猫たちが遊ぶのを見ていた。

ある日その道を犬を散歩させている男性が通った。
野良猫は警戒の声を子猫たちにかけると、子猫たちをかばって、犬の前に立ちふさがった。

そのとき、ミャー2が疾風のように飛び出してきて、野良猫と犬の間に割り込み、
これでもかというように全身の毛を逆立て、犬を睨みつけた。

睨まれた犬とその飼い主は何が起こったのかわからなく、あっけに取られて、立ちすくんでいた。

犬が後ずさりをし、回れ右をして帰っていった後も、ミャー2は毛を逆立てたまま、震えていた。
抱き上げて、ずっと抱きしめてやった。



2005年12月3日に以前のブログからこちらへ転載したものです。
2009年11月8日に写真を追加、タイムスタンプも新しくしました。

ボクちゃんイケメン 貢いでくれる人募集中

2009年11月07日 23時26分45秒 |   私の小さな恋人たち


ボクちゃんイケメン。
貢いでくれる人募集中。





容姿端麗、優しい人
お金持ちであること
旦那、爺婆、子供抜き
冷暖房完備の豪邸
アメ車のフルサイズセダン、もしくはリムジン、ショーファー付き
三食昼寝付。
夜遊びを認めること

以上、心当たりのある方はメールください。

当方、年齢一か月、間もなく乳離れ、、、

恋人たちの英才教育 ミャー

2009年11月07日 15時33分12秒 |   私の小さな恋人たち
 

たくさんの猫たちが子供を産み、子育てを繰り広げた。
もちろん、私の頭痛は、その子たちの里親探し。
毎回、毎回、里親を見つけるのに電話をかけまくり、子猫を見せに行き、里親(多くの場合は、その子供たち)への買収工作に裏金を使った。

その無限に続く努力に報いるものが、彼女たちの子育ての観察だった。

10の親猫がいれば、10の育て方がある。

たとえば前回の「ミャ~」は、子猫たちが歩けるようになると、部屋の中に連れ出し部屋の中で遊ばせていた。
もう大丈夫と思うと、家のそとに連れ出し、太陽の下で子供たちの遊ぶのを誇らしげに、嬉しげにじっと見守っていた。
でも叱るのもかなりきつく、悪さをした子猫がミャ~に噛まれて、ギャッと声を上げるのも、何度も見た。
叱った後は、ミャ~はいつもまでもその子猫を舐めていた。
ミャーは子供の成長が嬉しいらしく、子猫と遊ぶときには、ミャ~って私に声をかけ、私にも見てくれと誘いをかけていた。
確かに子猫の遊ぶ姿、そしてそれを見守っているミャ~の姿は何十年たった今でも心に残る暖かいシーンだった。

素晴らしい勉強をさせてもらった。


2005年12月3日に以前のブログからこちらへ引っ越しました。
2009年11月7日に写真を加えて、タイムスタンプも新しくしました。

写真はいすみ市岬町 だるま庵のネコちゃん。

我が名はミミ

2009年11月07日 11時59分47秒 |   私の小さな恋人たち


犬も欲しかったけど、下宿やアパート住まいでは犬は飼えない。
ということで東京ではほとんどが猫たちとの生活だった。
東京での最初の猫はミミ。


私がミミにあったのは冬の寒い雨の日だった。

箱に詰められた7匹ほどの子猫たち。
まだやっと目が開いたくらいの子猫たちだった。雨に濡れて、寒さに震えながら身を寄せ合っていた。
一匹を抱き上げ、さすってやったが、お腹がすいているのかしきりにか弱い声で鳴いている。
道に下ろすと、私のほうへよたよたと歩いてくる。
数歩歩んで後ろを見ると、よたよた、よたよたと必死になって着いてこようとしている。
それで負けてしまった。

当時は学生で大家さんの家の離れを借りて下宿をしていたのだけど、大家さんのところにも猫がいて、猫好きな人なので、快く猫を飼うことを許してくれた。



でもそれからが大変。まだ乳離れをしていない子猫なので、餌をやっても食べない。
ミルクを温めて皿に入れて出してやっても、匂いをかぐだけ。
仕方ないのでミルクに指を入れ、その指を舐めさせてやった。
毎日、毎日、乳離れができるまで、私の指はミミのものだった。

食事を出すようになってもミミには私は母猫なのだろうか、ミミが食べている皿に顔を近づけ、「餌をくれ」っていう風にそぶりを見せると、鼻で皿を私のほうへ押し出して、食べさせようとする。ちょっと大きくなってから飼いはじめた猫だとここまではしない。私のものよって威嚇するのが普通だけど。
でも家の猫や犬は大体ミミと同じような行動をしていた。



問題はトイレの問題。
でもミミは人間の赤ん坊よりも賢いことを証明した。
一番最初は部屋の隅に砂の入った箱を置いて、ここでするんだよって教えた。
翌日からはちゃんと言いつけを守って、そこでやっている。

でもなんとなく部屋が匂う。
それで入り口の土間の隅に箱を移したが、それでもちゃんとやっていた。
でも毎日帰宅するとウンチの匂いがするのはちょっと困るので、どうしようと考え、裏庭に面したドアを少し開け、外でやってきなさいっていうと、これもちゃんと守るようになった。

ある日、起きてみると部屋が妙に寒い。外を見ると真っ白の雪。
東京が20数年ぶりの大雪だった日だった。

さてミミはどうするのかって見ていたら、私と一緒にドアのところまで来て、外をみて、驚いてすくんでいたが、生理現象に耐えられなくなったのか、一躍、体をジャンプさせて雪の中に飛んでいった。
一面の新雪の上にはミミの跡がぽつん、ぽつんとトイレの場所まで続いていた。



飼い始めて一月もしないうちに学校が休みになった。郷里に帰るのに大家さんにミミの世話を頼んで帰ったが、一月後に帰宅してみるとミミは大家さんのところの猫と遊んでいる。
ミミって呼ぶと、飛んできて人の胸までジャンプしてきた。慌てて抱きとめて、よくよく見ると体中が蚤だらけ。
家に入れて、洗面器にお湯を張り、ミミを浸けてやると、水面が真っ黒になるほどの蚤。それから何度も、何度も蚤取りをしてやっと蚤から開放された。



ミミの癖で困ったことは、狩。
朝起きると枕の前に獲物のバッタやカマキリなどがずらっと並べられている。半殺しの獲物たちが逃げていかないように、両手を使って、あっちこっちと押さえている。そして私が起きだすのを待っているのです。
私が起きると、ミミは得意そうに、どう上手でしょうって顔をしてこちらを見ている。
「上手だね。よかったね。ありがとうね。」って言いながら頭をなで、昆虫たちを掃きだすのが春から秋の間の私の朝の日課となってしまった。



ミミもいなくなってしまった。
大家さんの話では、家からちょっと離れたところで、車に轢かれて死んでいたのを見たとのことだった。
走って行って見たけど、何の痕跡も残されてはいなかった。



       2005年12月2日  以前のブログからの転載です
       2009年11月7日  写真を追加しタイムスタンプを今日に変更しました。