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■暗雲立ち込める尖閣近海
この原稿を書いている2022年5月の初旬、石垣市が行政管理する尖閣諸島周辺で、日本と中国の間に領有権をめぐって暗雲が立ち込めている。
中国の監視船が連日領海侵犯を繰り返し、海保巡視船の退去命令に対し「ここは中国の領海」と応答するなど緊張事態が続いている。
一時は中国軍艦が自衛隊艦船に射撃ロックオンをするほど事態は緊迫化した。 まさに尖閣の領有権をめぐって、尖閣近海で日中戦争、一触即発といっても過言ではない。
中国が東シナ海周辺で、自国の領土と主張しているのは尖閣だけではない。
2010年9月の尖閣沖中国漁船衝突事件に際して行われた中国の反日デモでは、「収回琉球、解放沖縄」などの横断幕が掲げられた。
同年9月19日付中国紙「環球時報」は、「琉球は明治政府が中国から強奪したものだ。今でも日本政府は琉球独立を弾圧している。琉球人は中国の福建と浙江、台湾の人間だ」とする論文を掲載している。
中国紙の報道を裏付けるように、2月17日付八重山日報は、尖閣諸島問題を取材するため石垣入りした香港駐在のチェコTVアジア支局長、トーマス・エツラー氏(米国)にインタビューをし、尖閣をめぐる中国の国内状況について次のように報じた。
<香港は、主要新聞の1面はほぼ毎日尖閣問題だ。
昨年の人民日報(中国共産党の機関紙)傘下の英字紙、グローバルタイムスでは『(尖閣だけでなく)沖縄も中国の領土だ。中国は、沖縄のためにも戦わなくてはならない』『一つや二つの軍事衝突など小さなこと』と論じていた。>
■「戦争は外交の延長である」
人類の歴史は戦争の歴史だとも言われる。 古今東西、領土紛争は戦争の主な要因であり続けた。 クラウゼヴィッツの『戦争論』によると「戦争は外交の延長」であるという。
外交といっても外交官がテーブルを挟んでの外交交渉だけが外交ではない。 政府当局が相手国に発するメッセージも外交の一手段であり、地域住民の発するメッセージも相手国にとっては外交の手段(口実)になり得る。現在尖閣近海でわが国の海保巡視船と中国公船の間で飛び交っているメッセージの応酬は外交の一種であり、その延長線上に戦争を置くなら日中戦争は既に始まっていると考えることも出来る。
■沖縄からのメッセージ
中国側が発信する「琉球も歴史的に中国の領土である」というメッセージに対し、一番の当事者である沖縄側から、どのようなカウンター・メッセージを発しているのか。
不思議なことに沖縄側のメッセージは、中国に利するような誤ったメッセージだけに限られる。
2011年の夏、「尖閣は中国の領土」と誤解されるメッセージが国境の島石垣から中国に向かって発信された。いわゆる八重山教科書問題である。この問題は国会でも取り上げられ全国的な問題に発展した。何故八重山地区という一地域の教科書問題が中国へのメッセージとなるのか。 その答は県内世論を二分した公民教科書の記述内容にあった。
八重山教科書問題の概略は、八重山日報によるとこう説明されている。
<2011年の八重山地区の教科書採択で、石垣市、与那国町は「八重山採択地区協議会」が選定した育鵬社版、竹富町は東京書籍版の公民教科書を採択。3市町で公民教科書の採択が割れる事態となった。このため同年9月8日、3市町の全教育委員13人が協議を行い、多数決で東京書籍版を採択。これに対し、国は協議を無効と判断し、育鵬社版のみ無償給付の対象とした。 >
これが中国に利するメッセージとなる理由は、県教育庁が八重山地区の教科書採択に強引に介入し、「尖閣奪還」を狙う中国にとって有利な記述の東京書籍版教科書の採択を迫り、沖縄の全マスコミがこれを支持する大キャンペーンを張ったからである。
特に沖縄2紙は大学教授など地元の識者を総動員して、中国の尖閣領有権の主張を明確に否定した育鵬社版教科書を「戦争賛美の教科書」などと糾弾し、あたかもこれが県民の総意でもあるかのように喧伝した。 これでは沖縄が、沖縄県教育庁の主導で尖閣の領有に関し中国へラブコールを送ったと受取られても仕方がない。
■尖閣問題、二つの教科書の記述
問題の育鵬社の公民教科書には尖閣諸島について次のように記述されている。
<沖縄県八重山諸島北方の尖閣諸島は、日本の領土です。しかし、中国は1970年後半東シナ海大陸棚の石油開発の動きが表面化するに及びはじめて尖閣諸島の領有権を問題とするようになりました。ただし、中国が挙げている根拠はいずれも領有権の主張を裏付けるに足る国際法上有効な論拠とはいえません>
では、わが国の尖閣に対する見解はどうなっているか。 日本政府は「尖閣諸島はわが国固有の領土であり、中国との間に領土問題は存在しない」と一貫した態度をとっている。育鵬社版には、尖閣諸島を行政管理する八重山地域の公民教科書として相応しく、特に尖閣諸島については政府見解に基づいて正確に記載されている。
一方、県教育庁や沖教組、マスコミなどが支持する東京書籍版には、尖閣について次のように記述されている。
<沖縄県先島諸島の北方に位置する尖閣諸島は日本の領土ですが、中国がその領有を主張しています。>
中国が「尖閣は自国の領土だ」と主張する記述の教科書の採択を、県教育庁や竹富町教育長が強く主張し、それを沖縄のマスコミが全面的にバックアップする。 これを中国が沖縄が中国に発信したラブコールだと捉えても仕方がないだろう。
■孫崎亨氏の「棚上げ論」
沖縄紙に登場する内外の識者のほとんどは、沖縄2紙の顔色を窺いながら論考する。 逆に沖縄紙の論調に追随しない識者には執筆依頼しない。
地元の大学教授ですら沖縄2紙の報道を鵜呑みにして「(八重山の漁師たちは)石原都知事など行き過ぎた愛国者の言動が騒動を引き起こし、近海の漁がし難くなっている」などのコメントを引用する。
だが、尖閣近海で問題を起こしたのは2010年の「中国漁船追突事件やそれ以前に遡ることも出来る。いずれの場合も先に尖閣近海で主権侵害を犯したのは中国側である。 したがって地元大学教授が述べる「尖閣問題」は常に沖縄紙の報道を正しいという前提の机上の空論がほとんどである。
尖閣問題に関しては「棚上げ論」を主張する識者がほとんどだが、その代表的な人物として、元外交官の孫崎亨氏の棚上げ論を検証する。
孫先氏は、2012年10月9日付沖縄タイムスに寄稿し、政府の基本方針を真っ向から否定し、「尖閣は係争地」と断じている。 さらに政府がの基本姿勢である「日本の固有の領土」という主張が国際的に見て適切でないと結論付けている。 そして翌2013年2月7日付の沖縄タイムスでは、持論である1972年の周恩来首相の「棚上げ論」を持ち出し、問題解決のためには、今回も棚上げすべきと主張している。
■ポツダム宣言受諾とカイロ宣言
孫先氏によると、尖閣問題は1945年8月14日のポツダム宣言受諾に深く関与していると言う。 このポツダム宣言は第8条で「『カイロ』宣言の条項は履行せられるべく又日本国の主権は本州、北海道、九州及四国並に吾らの決定する諸小島に極限せらるべし」(原文カタカナ表記)となっている。カイロ宣言では「満州、台湾及澎湖島の如日本国が清国人より盗取したる一切の地域を中華民国に返還すること」となっている。 孫先氏はこれを根拠に次のように主張する。日本政府が尖閣諸島を自国した根拠を外務省のHPから引用して、1885年から再三に渡り尖閣諸島に清国の支配が及んでいないのを確認の上、「1895年1月14日の閣議決定で日本の領土に編入した」と紹介し、これに対する中国の正当性を15世紀の中国の歴史的文献に求め、中国の主権をクドクドと擁護しているがここでは省略する。
■サンフランシスコ条約
さらに孫先氏は中国の立場を、サンフランシスコ条約に求めている。サンフランシスコ条約には、尖閣問題に関し「日本国は、台湾及び澎湖島諸島に対する全ての権利、権限及び請求権を放棄する」とあるが、サンフランシスコ条約には中国は参加していない。 ここで孫崎氏は、「尖閣諸島が台湾に属するのか、沖縄に属するのか」と問題提起しているが、明治期に日本人・古賀辰四郎氏が尖閣諸島の魚釣島で鰹節工場を経営し、多くの日本人が在住した事実には一言も触れていない。
国際法上、国家が領土権を主張するには、単に「無主の地」の発見による領有意思の表明だけでは不十分で、実効支配が必要とされているが、中国人が尖閣諸島を実効支配したことは歴史上一度もない。
それどころか石垣漁民が、魚釣島付近で遭難した31人の中国漁民を救助したこともあり、1920年には,当時の中国の外交機関である中華民国駐長崎領事から感謝状が贈られ、「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島」と明記し、尖閣諸島を日本領土として認めている。
元外交官の孫先氏は、尖閣領有権の根拠として「ポツダム宣言」や「カイロ宣言」、「サンフランシスコ条約」などの外交条約の条文を引用して中国の正当性を主張する。だが、よく検証すると孫先氏の論考には綻びが目立つ。
そもそも孫先氏が例示する「カイロ宣言」なるものが参加者の署名のないメモ書き程度のものであることはよく知られた事実であり、その外交的効力の有無については議論が分かれている。 外交がメッセージの応酬であり、一方が領有権を主張した場合、カウンター・メッセージがない場合は黙認と取られるても仕方がない。では、1895年日本政府がを中国に確認の上、尖閣諸島を閣議決定で日本の領土に編入したとき、中国は異議を唱えるメッセージを発したか。
何のコメントも出さず、沈黙したままである。 1895年の日本に編入以来沈黙したままだ。それどころか中国はサンフランシスコ講和会議には参加していない。
■約80年後の領有権主張
中国が初めて尖閣の領有権に関するメッセージ発したのは、1885年日本が尖閣に清国の領有権がないことを確認してから76年後、そして1895年に閣議決定で日本に編入した後86年も経過した1971年になってからである。
1969年、5月、国連が、尖閣諸島周辺海域に膨大な石油資源が埋蔵されているとの調査結果を公表、それを機に翌70年に台湾、そして71年に中国が正式に自国領だと主張し始めた。中国、台湾ともそれ以前には領有権を主張したことなどなく、日本政府は72年、沖縄返還直後の国連の場で「尖閣列島に対しては日本以外のいかなる国も主権を持っていない。中国の主張はまったく根拠がない」と毅然とした態度で反論している。 これまでの検証で孫先氏の主張する「尖閣は係争地」「『固有の領土』は国際的に不適」という論が、歴史的にも国際法上も全く根拠のないものであることがわかる。
仮に尖閣での紛争を恐れるあまりに一旦「棚上げ論」を受け入れたらどうなるのか。
その瞬間、中国側のカウンターメッセージが発信されてことになり、折角1895年以来日本が主張していた「尖閣の領有権」が揺らいでしまい、「尖閣は係争地」という中国の思う壺に嵌ってしまうことになる。
したがって「尖閣での紛争を回避するために棚上げすべき」などという孫先氏の甘言など毅然として葬り去る。 それが日本のとるべき道である。
「棚上げ論」のおかしさを、中国出身の評論家石平氏はこう表現している。
「他人の持ち物である腕時計を自分の物と主張し、それに反論されたら、『所有権については棚上げして、子孫の知恵で議論してもらう』と強弁するようなもの」という。
現在議論したら明らかに所有権は他人の物だが、孫子の代に棚上げされたら所有権も曖昧にされてしまう。 そこが中国側の思う壺と石平氏は指摘する。
■「オスプレイ反対」が発するメッセージ
昨年の夏以来、沖縄2紙が激「島ぐるみオスプレイ阻止」の激しいキャンペーンを張り、現在も続いている。 この運動が中国に対する誤ったメッセージ、つまり中国へのラブコールになることに県民は気がつくべきである。 オスプレイは、回転翼の角度が変更できるティルトローター方式の垂直離着陸機であるため離島など滑走路のない地域防衛に適しており、「尖閣防衛の切り札」と言われている。 従来の輸送ヘリコプターに比べ、高速で航続距離や搭載能力にアドバンテージがあるため、これを沖縄に配備することに反対すると、一番喜ぶのは中国だからである。
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