ロシアのウクライナ侵攻に抵抗して戦ったウクライナ国民が、ロシア軍に虐殺される映像を見て、「抵抗は止めて、逃げろ」などと口走る無責任な傍観者がいる。
無抵抗主義が憲法論議にも影響しているようだ。
■生命どぅ宝は動物の本能
虐めによる自殺があった学校で、校長が生徒を講堂に集めて「命の尊さ」を説く報道をよく見る。校長の説教を聞いた結果、自殺や虐めが減るか否かはさておき、人間を含む動物は教えられなくとも生まれつき、危険の防御や生きる本能を身につけている。
教育の現場で「命の尊さ」を教える「生命至上主義」に異論を挟もうとは思わないが、ただ生きるだけでは動物と何ら変わることはない。
人間にとっての教育とは生きるだけではなく、何のために生きるのか、即ち生きる価値を教える場ではないのか。
本能の下に生きる動物と生きる価値を求めて生きる人間の違いは「痩せ我慢」の有無に在る。
そう説く経済学者の渡辺利夫氏は、福澤諭吉の『学問のすゝめ』は誤解というより、間違って紹介されているという。(月刊『Hanada』6月号)
『学問のすゝめ』』の第七編で福澤は「殉教」「殉死」を人間道徳の最高のものと説く。そこで福沢は政府の暴政に対抗する「三策」を述べているが、一番大事な策は「正理を守りて身を棄てる」ことだというのだ。
殉教とは信念のために命を棄てること、殉死とは臣下が主君の死を悼み自らの命を絶つことである。
福澤は自分の信念のため明治政府を下野した西郷隆盛と面識はなかったが、西郷と同じく信念のため司法大臣を辞職して「佐賀の乱」で政府に反抗し命を棄てた江藤新平と西郷を比較して「抵抗の美学」を述べている。
福澤は『学問のすすめ』を十七編を書き上げた年の翌明治十年九月『丁丑公論 瘠我慢の説』を執筆した。抵抗の精神の重要性を西郷隆盛の生きざまの中に描き切った名説である。 明治十年九月と言えば西郷隆盛が西南戦争で自死した半年後のことである。
福澤と同じく誤解されているのがガンジーの非暴力主義である。
「命どぅ宝」を合言葉にする沖縄の反基地活動家が模範とするのがガンジーの非暴力主義だ。
だが、ガンジーはウクライナ戦争で「戦わずに逃げろ」と叫ぶ生命至上主義者ではない。 非暴力を戦略としてインド独立を主張、植民地国家イギリスに対抗したのだ。
仮にガンジーが戦わずに逃げる生命至上主義者なら、真っ先にイギリスに逃げこんでいただろう。 ガンジーこそがインド独立のため、命を懸けて「非暴力の抵抗」をした抵抗の美学の持ち主だった。
最後に、沖縄で「命どぅ宝」を叫ぶ生命至上主義者が命を守る最善の方法を伝授しよう。
それは米軍基地撤去を叫ぶのではなく、自衛隊反対を叫ぶのでもない。
世界最大の軍備国で核保有国のアメリカに移住することである。
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■森嶋教授の平和論
ロンドン大学の森嶋教授「ソ連に侵攻されたら戦わずして降伏すれば良い。死なずに済むから軍備は入らない。 (奴隷になったらどうする、という反論には)死ぬよりは奴隷として生きるほうが良い」と主張した。
≪森嶋通夫【ロンドン大学教授】
「不幸にして最悪の事態が起きれば、白旗と赤旗をもって、平静にソ連軍を迎えるより他ない。34年前に米軍を迎えたようにである。そしてソ連の支配下でも、私たちさえしっかりしていれば、日本に適合した社会主義経済を建設することは可能である。」
出典元:1979年3月9日『北海道新聞』より≫
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■小泉元首相の平和論
小泉首相も「奴隷の平和」について国会で発言していた。
田英夫社民党議員との討論は記録に留め置くべき名討論だ。
■2003年6月5日の有事法制参議院特別委員。
7:47 社民党の田英夫氏の答弁開始
- 田英夫君:(略)・・・・、だんだん戦争体験者が少なくなってきた。そういう中でもうそろそろ憲法改正していいじゃないかというような気持ちが総理を始め皆さんの中にあるとすれば、私は死ぬわけにいかない。いつまでも生きていかなくちゃいけませんよ。この戦争体験者の、そしてまた戦争犠牲者の貴重な体験というものをもっと大事にしていただきたい。いかがですか。
- 内閣総理大臣(小泉純一郎君):(略)・・・自衛隊がなく、いかなる戦力も保持しない、非武装だから平和が守れるんだ、独立が守れるんだという考え方もあるのは承知しております。しかし、そういう考え方には私は同調できません。諸国民の公正と信義に信頼して、日本は武力を持たない、自衛隊を持たない、いざ侵略勢力があったら何も戦わないで降参しますということが相手への侵略を防げるかとは思っておりません。
諸国民の公正と信義、その公正と信義のない国もあるのも過去の歴史が証明しております。つい最近、イラクもクウェートを侵略しましたね。あるいは様々な国々はこの歴史の中で何回も侵略を繰り返し、戦争、紛争を繰り返しております。だから、日本だけが戦力を持たない、自衛隊を持たない、軍隊を持たなければ相手も安心して何もしないというのは余りにも危険ではないでしょうか。
私は、実験が利かないんです、これ。一度侵略されちゃったら、後どうもできない。かつてのソ連の後の圧制に苦しんだ国々がどれだけあったか。ソ連が今ロシアに変わって民主主義みたいな政界、政体に変わろうとしているのは私も歓迎しておりますが、一たび全体主義、独裁主義に羽交い締めされた国がどれほど自由を失ってきたか。
こういうことを見ると、私は単なる奴隷の平和じゃなくて、平和であったらやっぱり自由に基本的人権を謳歌しながら日本の平和と独立を維持しなきゃならない。戦争は嫌だ、侵略された方がいい。確かに戦争をしなければ侵略されて、その国の独裁に任せれば戦争は起こらないかもしれません。それだったらもう奴隷の平和です。私は奴隷の平和は選ばない。
やはり平素から日本の平和と独立を侵そうとする勢力に対しては断固たる決意を持って抵抗するという、その備えがあって初めて戦争は防げるんじゃないでしょうか。
小泉さん お見事
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憲法議論 深まらず 改憲・護憲両派 まじり合いなし 極端な主張に違和感も
ウクライナ情勢や新型コロナウイルス禍を受け、改憲、護憲両派の論争が過熱する。国民を守るという点は一致するがそれぞれの極端な主張に違和感を持つ人も。国民の間で議論が深まっているとはいえず、憲法学者は「有事には議論は両極端になる。憲法に無関心にならず、日本がいかに振る舞えばいいかを考えることが必要だ」と指摘する。(1面参照)
「なぜ専守防衛の精神を引きずるのか。今必要なのは根本的な考え方の転換だ」。保守派のジャーナリストの桜井よしこ氏が訴えると、大きな拍手が起こった。3日に東京都内で行われた改憲派の集会。「他国の善意を信頼して日本は何もしなくてよいと書かれた憲法前文を破棄する」との発言に再び会場が沸いた。
登壇者は自衛隊を憲法に明記することや、大災害などに備え国会議員の任期延長などを定める緊急事態条項の創設を次々に主張。埼玉県所沢市の和田静香さん(67)は「核で脅すロシアのように、中国に脅されかねない中で『憲法9条がある』などと何を赤ちゃんみたいなことを言っているのか」と護憲派を批判した。
一方、東京都江東区の防災公園で開かれた護憲派の集会。会場の芝生広場では約1万5千人(主催者発表)が集まり、色とりどりののぼりがはためく。「守ろう平和」「守ろう命」とシュプレヒコールが上がると「憲法改悪に反対します」などと書かれたプラカードが会場中で掲げられた。
小学1年の孫を連れて参加した都内に住む元教員の女性(70)には、政治家がウクライナ有事と結び付けて改憲を進めようとしているように見える。「日本が戦争に近づいていると感じる。孫のために少しでも良い未来を残したい」と話した。
集会が開かれたエリアの隣では、レジャーシートを敷いてボール投げを楽しむ親子連れや、バーベキュー会場で盛り上がる若者の姿も。
近くに住む自営業の女性(49)は集会に集まる人や、それに反対する街宣車の音にうんざりした様子。「主張をぶつけ合うだけではなく、もっと他の意見に寛容な世界の方がいい」と冷ややかに見つめた。専門学校生の女性(39)は「憲法を変えるにしても維持するにしても議論が深まっていないし、国や人権について学ぶ場が足りていない」と考える。
「改憲派も護憲派も、二極化して互いの意見を受け付けない状態では、平和は遠い。まじり合って議論し、それぞれの考えが尊重される世界を望む」と話した。
一橋大の江藤祥平准教授(憲法)は「現実を無視することなく見据えることが大事。理想と現実のはざまでバランスのある判断をすることが求められる」と述べた。
(写図説明)東京都千代田区で開かれた改憲派の集会=3日午後
(写図説明)東京都江東区で開かれた護憲派の集会=3日午後