日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

題名も難しい

2008年10月04日 | エッセイサロン
               

雑誌か新聞のどちらかだったが「最近上映されるの洋画のタイトルは面白くない。スペルをそのままカタカナにしている」というような短文を記憶している。

西洋人と東洋人には感覚の違いが相当ある。洋画の味気ないタイトルを日本人好みの情緒あふれる題名に変換することに先人は心血を注いできた、というネットの書き込みもある。

日曜洋画劇場を熱心に見たころもあるが、長いこと映画館には足を運んでいない。映画は広告の題名を見る程度だがカタカナが多い。「哀愁」「旅愁」などといった雰囲気のある題名が見られない。少々いや相当に古いかも。

見出しやタイトルといえば新聞が先ず浮ぶ。編集担当者のメモを見ると苦労されている。特に政治ニュースに関してはその日の新聞に「タイトルとして同じ言葉は全紙面を通して2度は使わない」という。政局混沌、読ませる見出しに悩むようだ。

週刊誌の見出しはセンセーショナルな言葉が並び「おっ、読んでみるか」と思わせるコピーになっている。時としてタイトルほどに中味なしは経験済み。

文章を書くとき「題名」は書くことと同じくらいいやそれ以上に難しい。「題名も1つの文章、おろそかにしてはならない」という。

題名は書物や詩文などの標題の名、つまりその文章の顔であり体を表すものになる。などと思うが「雑文」もなかなかの人間、雑文を書けるようになったら題名も浮んでくるかも知れない。題名も難しい。

(写真:週刊誌のタイトルは明日にでも世の中が激変する)
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