日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

深宇宙へ航海

2014年11月10日 | 生活・ニュース



 「いい年をして」と笑われるが夢のある話に興味が湧くのは今はじまったことではないので止めようがない。

 「小惑星探索機 はやぶさ」は2003年5月内之浦宇宙観測所から打ち上げられた。1年後、地球スイングバイを行い2005年9月に小惑星イトカワにランデブーした。約5カ月滞在し、科学的観測の後、降下し惑星表面のサンプルを採取する。その後、地球へ向け帰還の途についたが2005年12月に重大なトラブル発生で予定した2007年夏の帰還は適わなかった。宇宙航空研究開発機構(JAXA)技術者の懸命の遠隔操作で、2010年6月、オーストラリアの砂漠に帰還した。これには全国民が大きな感動と喜びをもらった。

 その後継機「はやぶさ2」が11月30日の昼過ぎに打ち上げ予定になっている。後継機の帰還予定は偶然だろうが2020年、東京オリンピックの年に当たる。これも素敵な「もてなし」の一つになる。今はその帰還が見られるよう願っている。

 「はやぶさ2」は太陽系の起源・進化と生命の原材料物質の解明を目指すためのサンプル採取と各種観測を行う。C型小惑星「1999 JU3]という小惑星を目指して深宇宙への航海をする。JAXAのHP(写真借用)は専門的で分からないことばかりだが、豊富な図を見たり読んだりすると何か夢が湧いてくる。あと3週間で600キロほどの探索機が宇宙へ旅立つ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

路地踊り復活に期待

2014年11月09日 | エッセイサロン
2014年11月09日 中国新聞「広場」掲載



 江戸時代から踊り継がれてきた岩国城下の盆踊りに「小糠踊(こぬかおどり)」がある。 

 太鼓の調子に合わせ、ゆったりした優雅な踊りで、昔は錦帯橋近くの路地踊りとして、夏の夜にあちこちで踊られていた。

 今は保存会の皆さんが引き継ぎ、盆踊り会場でしか見られなくなっている。「社会の変化で伝承が難しくなった」と、保存会長も将来を危惧している。

 踊りを復活させ城下町を盛り上げたい、と町おこしグループの呼び掛けで応援隊が結成され、踊り体験会が開かれたので見学した。

 踊りを懐かしむ高齢者に交じって、小学生の子連れが多いことに先々の明るさを感じた。

  「差し手引く手、出る足引く足」。踊りの基本が保存会員の指導で進む。練習の輪が何周かすると、手足がそろい踊りになる。
 世話人の「来年の夏に路地踊りをよみがえらせたい」という思いはかないそうだ。

 路地に太鼓の音が響くことを楽しみに待っている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シネマスコープ

2014年11月08日 | 回想


 最近のパソコンには、クリックすればデジカメで撮った写真を自在に変化できるソフトが備わっている。シャープでない、背景の建物が傾いているなど、初歩的な修正には無くてはならないもので、その使用頻度から超重宝な存在。古い想いでの1枚となると故意にセピア色にして懐かしむ。秋空の青さを少し強調したい、花の色合いが実際より薄く写っている、などなど大変なお世話になっている。これらは理屈を知らなくてもクリックだけで楽しめる。

 そんな楽しみの手助けをしてくれる方法が一つのソフトで60種類近く備わっている。一部しか使いきれないが、強烈な色合いだったりその逆も、スケッチ風やモザイクといろいろ。下手な1枚もこうして楽しむと以外と飽きないでクリックしている。そんな遊びの中でお気に入りの一つは「シネマスコープ」、クリックすると色合いが強めでワイドな1枚に変わり、たまには、いい写真だと勘違いさせてくれ、初めて観たシネスコ映画を思い出す。

 シネマスコープと呼ぶ映画を初めて見たのは市内で最初のワイド画面の映画館が誕生して間もなくだった。タイトルは「長い灰色の線(The Long Gray Line)」。ニューヨーク州ウェストポイントにある陸軍士官学校の教官の自伝を映画化した1955(昭和30)年の作品。辞職辞令に不服の軍曹が旧知の大統領へ撤回を頼みに行き、古い思いで話をする・・・。幅広い黒ぶちに囲まれた四角い画面の白黒映画を思い切り壊す強烈な印象だったことを思い出す。 

 今では何もかも横長になった画面。パソコンにテレビはそれが当然になった。スマホやタブレットは縦横を問わないで見れるが、ワイド画面には違いない。こうした時代、シネマスコープなど死語扱いの域にきているとか。これは商標登録されているが、映画界の一つの時代の生きた証しとして忘れてはいけない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

踏切の小菊

2014年11月07日 | 自然 季節


 踏切で、レールに寄り添うように、小さな小さな菊が咲いている。ローカル線ジーゼルカーの風圧と車底についている諸設備になぜられながら伸びて来たのだろう。これ以上は伸びきれない環境に負けないで頑張っている。立冬の朝の鉄路はさぞ冷たかろう。それでも小さいながら息吹いている、その生命力に頭が下がる。

 関東と関西だけで観測される木枯らし一番、今年は観測済み。紅葉や黄葉は盛りで美しいが今日は立冬、冬の始まりとなった。公園では松の木にコモ巻きが行われた。風物詩としての行事だが、啓蟄まで見られる。立春、立夏、立秋、そして立冬と季節の変わり目には「立つ」をつけてあらわす。立つには「新しい月、新しい季節が来る」という意味があることを知った。春夏秋冬に立、を付ける意味が分かった。

 しばらくは昼夜の温度差が激しくなるから、体調不良に陥らないよう気配りが大切だ。夏の暑さには「土用のウナギ」という。冬のそれに似た食べ物、ウナギのようにこれだ、という品があるのだろうか。TVの料理番組で「体を温める食材」は紹介されていたが、これだ、という一品はなかった。

 踏切そばの花壇には菊が一杯咲いている。そこから分かれたにしても好んで来たわけではなかろう。立冬を意識した訳ではなかろうが、金融政策変更で株価高騰と円安、これが立生、「新しい豊かな生活」につがることを願いたいが見通しは寒い。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

歳と顔

2014年11月06日 | 生活・ニュース


 二宮尊徳 4
 「この二宮尊徳像の顔は最高の顔立ちです」と持ち主は笑顔で話す。顔立ちとは顔の形や目鼻立ちのことを表す。ほかの尊徳像を知らないので「そうですか」と聞きおいた。確かに、背負子を背負い一家の再興を果たすため働いた少年時代の姿にしては、大人びたしっかりした顔をに見える。そう思いながら眺めると、像の持ち主の言葉も的外れではないように思う。

 「40歳過ぎたら男は自分の顔に責任がある」と聞かされたことを思い出し検索した。米国大統領リンカーンの言葉という。その真意は、「その人の履歴は必ず顔にあらわれる。40歳にもなれば経歴の大半は自分の責任である」ということらしい。これは閣僚選任時の話し、顔の形は誕生以来のものだが、そこに表れる表情には履歴がひそむという。

 歳を実年齢よりかなり上回って言われた頃があった。「苦労したじゃけえ」と中身は言わないがそう答え、「しっかり者に見えるのかな」内心そんなことで嬉しくない加算年齢をやり過ごしていた。今は実年齢を言うと「そんなには見えない」と喜ばせる答えが返る。あまり違いすぎると、若ければいいというものではない、と悪い虫が首を上げる。なんでも年相応がいい。

 顔は見る方向によって感じが違う、写真愛好家の人。尊徳像の左の顔を横から見ると、一家の再興を図らんがための苦衷を感じさせる。反対の右の顔を横から見ると、口元を引き締めて本を読んでいるがそこには少年らしい穏やかな顔立ちに見える。40歳を過ぎた尊徳はどのような顔に変わっていたのか興味が湧く。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

必要な連絡

2014年11月05日 | 生活・ニュース


 確定申告は年明けの2月中旬にから始まるが、それに必要な保険料の領収書が届き始めた。納税は国民の義務、と社会科で教わった。卒業してサラリーマン、給与所得しかないので所得税は毎月天引きされ納税の意識は薄いままに納めていた。月給取りは皆な完納だろう。それなのに、サラリーマンが納税功労者として表彰されていなのが不思議だ、無駄遣いが報道されるたびに思う。

 申告用の領収書が届くころになると、薄墨印刷のハガキが届き始める。もう何枚か届いた。こうしたハガキといえばこの時期になると年賀用ハガキの販売時期。日本郵便社員の販売ノルマがどのくらいか知らないが、注文取りがある。民間会社なので不思議はないが、ITに押され売れ行きは右下がりという。外国ではクリスマスカードがあるが、こちらもITに押されているのだろうか。年賀状とクリスマスカード、似たものよ、と思うのは外国知らずなのだろう。

 パソコンの会の年賀状講座が始まった。パソコンで作った年賀状は「うんぬんかんぬん」といわれるが、受講者は既成ソフトの印刷でない独創性と個性ある賀状を作られる。世に1種類の年賀は意義があると思う。それを印刷しながら、次の年の年賀状作りへ夢が湧く。その年賀状印刷の宣伝も華々しい。印刷の早期申し込みをすれば定価の4割引きという。需要が多くない時期に印刷するも一考かもと聞く。

 といいながら、こうした準備はこれから、慌てずに終えられるよう取り掛からねばと、先行する野暮用を終えなければとは思っている。絶対に気を抜けな主催行事の岩国検定試験実施まで3週間あまり、これを終えれば細事にも気を回せる、と思っている。体調に気をつけてと言い聞かせながら。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

勢いある地酒

2014年11月04日 | しっちょる岩国


 「岩国の民俗と俚諺(りげん)」(発行 昭和49年12月、 発行所 岩国市立岩国図書館)の「お土産のことなど」の中に酒類について短い文章がある。「今日、市内には銘酒が多く、黒松(村重)五橋(酒井)桜泉(桜泉)周東美人(菊元)新菊(八百新)成寿(藤本)福竜(富士田)名橋正宗(塩屋)があり、いずれも酔心地と舌ざわりのよさは逸品であるといわれております」。いま続いているのは村重、酒井、八百新、合併で岩国市に加わった金雀(堀江)獺祭(旭)の5酒造と思う。

 和食には日本酒、この固定観念は過去のもので、現在の日本酒は和洋食どちらにも合うという。和洋食の食材や調理法の違いを思えば、その両方で美味くいただけるということは、日本酒の味巾が広くなったのだろうか。見たことはないが、映像で海外の店に並ぶ日本酒も珍しくなくない。

 県内では酒の醸造が需要に追いつけないという嬉しい現象が起きている。県内の酒造りへの研鑽が評価されているのだろう。品不足の一つに酒米の不足が原因といわれ、行政による酒米作りの講習が開かれている。米価の値下がりなど困惑する米農家の経営に寄与すれば幸いだが、不足する量は可なりという。たまの晩酌で日本酒ならぐい飲み2杯の輩では消費に寄与していないが、県産酒の拡大は喜ばしい。

 錦帯橋近くには3軒の造り酒屋があった。今は蔵は解かれその面影はない。その最後の蔵解体は6年前の秋だった。造り酒屋のシンボルでもある煙突、重機がその首を動かすたびに崩れ落ちる、もの寂しさを感じながら見ていたことを思い出す。フェイスブック「おいでませ山口館」では「山口の酒を世界に発信し交流の輪を広げよう」と呼びかけている。忘年会シーズン、飲み過ぎには注意しよう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

平和と文化から

2014年11月03日 | 生活・ニュース


 皇居で文化勲章の親授式が行われる文化の日、統計的には晴れの日が多いことで知られている。北日本は大荒れの気象に見舞われている。こちらでは、1週間前の予報が大きく外れ、霜注意報は出ているが穏やかな晴れの日となった。

 1946(昭和21)年の今日、日本国憲法が公布された。憲法が「平和と文化を重視している」ことから1948年から「文化の日」と定められた。憲法は1947年5月3日に施行され、この日は「憲法記念日」として祝日になっており、文化と憲法両祝日は一体の意味を持つ。しかし、憲法も70年、古希を迎えてその制定にそぐわない動きがうごめいていて、気がかりだ。

 「昭和天皇実録」が9月に公表された。24年5カ月をかけて国内外の関連史料や記録文書を集め執筆されたものは、61巻、1万2千頁に及ぶ膨大な記録、と識者はいわれる。目にすることは出来ないが報道で一部を知るのがやっとだ。実録についてノンフィクション作家で評論家の保坂正康氏のエッセイを読んだ。

 いくつかもの視点・記述はあるがその中で印象に残ったのは次の部分だ。「昭和天皇は幼年期に受けた教育の根幹には、『事象を正確に見つめる』『二心のある者を許さない』『君主という自覚を持つ』という方針があったのだろうと推測できる。その方針が終生を貫いていた」。失礼だが「君主」という言葉を「各々」に置き換えてみると、3項目は誰もがいつでもそうあるべきだろう、心しようと想いながら読み終えた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

読書週間から

2014年11月02日 | 生活・ニュース


 二宮尊徳 3
 紙の本は下火などといわれているが、読書週間が始まって1週間あまり現実はどうなのだろう。あるコラムに「読書週間といえば、薪を背負いながら本を読む二宮金次郎の銅像を想いか浮かべる人はもはや多くないかかもしれない」とある。続けて「金次郎は、若いころに亡くした父親が残した本を読み、人生の指針を見つけようとした」ともある。

 両親の死後、金次郎ら兄弟は親戚にあずけられ育った。本を読む金次郎に「油が勿体ないから火を消せ」と叔父にいわれ、菜種を植え採油して本を読んだという話は子どもころに聞いた。二宮尊徳 2で手にする本は儒教の経典『大学』と書いた。大学は孔子の弟子が書いたこのもので、大学とはいまでいうリーダーという意味と解説がる。

 ある雑誌に今月読んだ10冊というコーナーがある。外見では超多忙な人たちだが3日に1冊読む計算になる。どういう読書術か分からないが、だから博識でいられるのだと思っていたら、あるお知らせに「本を読み過ぎると自己主張がなくなる」とあった。超多忙人は、読んで知ったことを知ったかぶりで話すことはないだろうが、考えに影響を与えることはあるかもしれないだろう。これはあまり本を読まない者の言い訳かもしれない。

 金次郎の7代目の子孫である中桐万里子氏は「薪を背負って本を読む銅像で知られている二宮金次郎ですが、それ以上のことはあまり知られていません」と話されている。しかし、金次郎が行なったさまざまな学び方や実践は、現代の子育てにも力を発揮するヒントがたくさん隠されているという。もう少し詳しく知りたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

雲の姿

2014年11月01日 | 自然 季節


 「腹がヘリ 雲の形は さつまいも」、これは購読紙に掲載された小学6年生の男子が創作した句。活発さと男らしさが、素直な言葉からその情景がよく伝わってくる。腹が減った、ふと見上げた秋空の澄んだ青さの中の白い雲、その形がさつまいもに見える、そんな発想がうらやましい。

 気象予報士が、投稿された変わった形の雲の写真につて解説しながら「秋の真っ青な空には思いもしない形の雲が現れるので楽しんでください」と話していた。雲の発生するメカニズムは分かってもその姿や形をコントロールはできない。ただ、風の芸術的感覚と雲の流れに任せるしかない。

 雲という字が絡んだ慣用句も多い。火葬の煙を雲や霞に例えたものが多いことを知った。よく使う「雲を掴む」はとらえどころのないことで、このブログを評するに最適なひと言。「雲を遏(とど)む」は行き交う雲も聞き惚れてとどまる意味で、歌う声のすぐれていること、周囲に該当する人多し。「雲に汗」は雲が雨に変わるように、事柄が好転してくる様をいう。いつもそうあってと願っている。

 今日は朝からどんより、秋でも雨雲は重く見える。昼前から小雨が降ったりやんだり、特別に出かける予定はないが、3連休の出端をくじかれた人も多かったろう。月末には第3回岩国検定試験を行う。これは秋の日和のようにスカッと晴れた気持ちで臨む。あと2回の打ち合わせで準備完了になる。試験日は小春日和ならぬ小秋日和であってと願っている。 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする