『僕たちは戦わない』
ガチャガチャ + 平凡…。
バックの″忙しさ″とメロディーの″穏やかさ″を上手く噛み合わせてるな…と。あ、そういうパターンなのね…と。
特典としては、これ意外に(ステレオタイプの)言葉たちがスーッ…って、心の隅にまで染み込んでいってんな~ ってな 3割増しの感じ。
そして、そのパターンが、たった1度…唯一 崩れる(関係なくなる & タイになる)箇所が、「許し合おうよ」だ。
つまり、そこが、最も言いたいこと、伝えたいこと。
千年の風が一瞬止むような…微動からの~停止!…(実は)劇的演出だったりする。そして、長い長いフェードアウトを経て、また、戻っていく…。曲終了~。
ただ! ″私、言いましたよ。結構 遠くからかもしんないっスけど、私たち、声あげましたよ″って…足跡だけは 残した、残った??? ってな メッセージ歌だと思ってる。
あと、アコギだから、そこを軸にしてるから いいんだ。おそらく、全エレキだと、おっそろしく 無味乾燥 & 無味無臭な仕上がりになってたはず。完全無風…何コレ?的な…ね。
たぶん、″ただのダンス曲″…だと思われたくなかった(認知されたくなかった)のだと推測。舞踏家による舞踊? ま、ビミョーなとこなんだけど…。
ところで、この曲を聴きながら思い出していたのが、乙武洋匡さんの あの言葉だった。
″「性善説」「性悪説」とか、よく言われますけど、僕、考え方としては、「性弱説」なんじゃないか?と思うんです。大切なこと、世の中を変えていくのに これから必要なこと…″
「性弱説」+ 『僕たちは戦わない』で、 僕の中では、少し…しっくりしてきたかも?
・・・とか言いながら、実際は、秋P…
″総選挙中に「(僕たちは)戦わない」って、おもろいやん! どう?どう?″ だったりしてね…。
『Summer side』
″「オ」ー サマア「サ」ーイ
ひざし「が」ー つよくな「あ」ーったー
「な」つはーそこに き「い」ーているよ
「と」ーおーりの む「う」ーこおー
「オ」ー サマア「サ」ーイ
あおぞ「ら」ー まぶしす「ぎ」ーるー
「か」ぜにー ねつを か「あ」んじるよ
・・・・・できー「た」ーーー″
→「オ」「サ」「が」「あ」「な」「い」「と」「う」「オ」「サ」「ら」「ぎ」「か」「あ」「た」…。
「 」は、バックのベース音( & バスドラム音)と同じ場所。つまり、自然アクセントの付く(付きやすい)位置だ。
で、これ、この曲の冒頭部分なんだけど、
15打数9安打 … 実は、15分の9が、母音の「a」で占められてる。ぶっちゃけ、「ア」だらけ(で 構成)… それが、この曲の正体だよ。
解放、解放、また 解放…。
つまりは、解放音を中心に作られてる…ってこと(おそらくは、意図的に)。まあ、″夏うた″の特徴だな。
で、この曲に関しては、冒頭から、その手法を全開で使ったことが大きいと思ってる。端的にいうと、最初に かましておけば、″夏らしさのようなものが、最後まで落ちない!″ってことだ。それが、狙い。
その証拠に、途中で出てくる「Radio」…。別に、「レディオ」でも 意外と違和感なく聴けてると思うんだな。で、これって、″(曲が)上手いこと流れてる″って証だよ、やっぱ。
てか、「ラジオ」って表現した方が、逆に、違和感だったかもね? ″あ、去年の夏だ…″みたいな なんか古くさい感じでね…。
やっぱり、″夏のナンバーは、最初とっぱしなんだよな~″って、改めて思ったのです、ハイ。
ちなみに、歌詞的に好きな箇所は、「ときめきは 連続もの」ってトコ。名言だな…と。
あと、この曲が、シングルA面にならなかった(?)
理由ってのはさ、
たしかに、この曲は、夏らしさ全開で、海 + 夏 + 仲間(or カップル)= 青春 …の王道 夏ソングなんだけど、爽やかなんだけど、正直、100点ではあるんだけど、
秋Pの中で、キャッチーな1発が出なかったからだと思っている。
″100点じゃダメなんですか~?″…って、たぶん、夏うたに限っては、ダメなんだよ。それやったら、80点で、″何それー?!″ってな1発が ブチ込まれていた方がいい。
だから、消去法で、『僕たちは…』だったんじゃないのかな?
『″ダンシ″は研究対象』
″彼″ではなく、″男子″、しかも、″ダンシ″って、カタカナで表現したことに、二枚腰 & 二重扉の???
ほとほと、分からずに苦労してる彼女の様子が伺える。で、それは、ほとんどの女子が苦手だという…虫級クラスのことなんだ。
ぶっちゃけ、″ダンシ″っていう「虫」なんだよ。
だから、研究対象,未知な生物,行動,観察…といった実験用語を あえて使うことによって、″私″が、いかに一歩引いてるか? 一線引きたいのか?ってな立場 も 同時に(上手いこと)表現。あくまでも、さりげなく…ね。
″虫ぐらい分からへんわ!″… それが、彼女の本音なんだ。
男脳と女脳の違い…。
でも、こういうのは、「話を聞かない男、地図が読めない女」って 本で、昔、かなり勉強(?)したなぁ~。おかげで、不必要な争いをしなくなったよ。
だけど、今思うと、これは、青春じゃないな。
″アイツ、分からへんわ~″…″腹立つわ~″…″何でなんよ?″…あえて、そこ、その違いを理解も納得もしない方が、(もしかしたら)面白いのかもしんない。
″あ~ そうなんだ~。なるほど~″…
中途半端に理解しちゃってる(?)僕は、どこか…おネエに近づいてきてるような、石田純一っぽい考えになってきてるような気もするもんね。
「ナイスなあきらめ」をした(する)人が、幸せかも? とか思う…今日この頃なのです。
さて、この物語の女の子に一言だけ 言っておきたい。それは、
女子って、元カレのことなんて、(もはや、私の人生には)無関係、(どちらかというと、今の私よりも)不幸で…とか、できれば 死んでほしい…とか 思うでしょ? 思ってるでしょ? 女脳…。
でも、″ダンシ″ってね、男脳ってね、元カノのこと…
たとえ、1年前の人でも、30年前の人でも、そんなん関係なく…″今も幸せで!″…とか、″もしかしたら?″…とか、″今も可愛いままかなぁ~?″…とか 思ったりすんのよ。してんのよ。バカでしょ?
でも、そのバカさ加減を多少…男脳と女脳の違いだと上手に割り切った上で、″バカ″って言えたなら、あなた…間違いなく 幸せになれますよ、と、僕は言いたい。
(注:もちろん、例外は あります)
ちなみに、サウンド的には、イマイチかな。
『カフカとでんでんむChu!』
ビジュアルが、もう…虫ぐらい かけ離れてた方が、逆に、本質だったり、本当のことだったりが 見えますよ…という歌なんだと思う。
目の前に、い~っぱい…。それを心の中の自動ふるいかけ装置で、ほぼ無意識に、
どけて、どけて、どけて、どけて、省いて、省いて、省いて、省いて、時間が経って、経って、経って、経って…。そして、残ったのが、個性だと思う。魅力なんだと思っている。
もちろん、その基準は、判定員次第なんだ。グランプリを決めるのもね…。
僕は、この曲を聴きながら、『海辺のカフカ』(村上春樹 著)の あの一節のことを思い出していたよ。それは、
″あなたには 私のことを覚えていてほしいの。
あなたさえ、私のことを覚えていてくれれば、
ほかのすべての人に忘れられたって
かまわない。″ ってトコ。
また、そういう歌でもあるもんね『…でんでんむchu!』。
ところで、歌詞中、1つだけ 気にくわないところがある。それは、
「こんな私たちでも…」ってトコなんだけど…。
だってさ、あれだけ、″世界で一匹だけの″ って言ってるわけだから、1対1の 純 …に仕上げてきてる訳なんだからさ、
物語か? グループの宣伝込みか? って、そこ…ハッキリさせてくんなきゃあ~…って 話ですよ。正直、興醒めだわ。
そもそも、設定が、極端なんだから、そこも 100% どっちかに振り切った方が 良かったように思うのです。
ガチャガチャ + 平凡…。
バックの″忙しさ″とメロディーの″穏やかさ″を上手く噛み合わせてるな…と。あ、そういうパターンなのね…と。
特典としては、これ意外に(ステレオタイプの)言葉たちがスーッ…って、心の隅にまで染み込んでいってんな~ ってな 3割増しの感じ。
そして、そのパターンが、たった1度…唯一 崩れる(関係なくなる & タイになる)箇所が、「許し合おうよ」だ。
つまり、そこが、最も言いたいこと、伝えたいこと。
千年の風が一瞬止むような…微動からの~停止!…(実は)劇的演出だったりする。そして、長い長いフェードアウトを経て、また、戻っていく…。曲終了~。
ただ! ″私、言いましたよ。結構 遠くからかもしんないっスけど、私たち、声あげましたよ″って…足跡だけは 残した、残った??? ってな メッセージ歌だと思ってる。
あと、アコギだから、そこを軸にしてるから いいんだ。おそらく、全エレキだと、おっそろしく 無味乾燥 & 無味無臭な仕上がりになってたはず。完全無風…何コレ?的な…ね。
たぶん、″ただのダンス曲″…だと思われたくなかった(認知されたくなかった)のだと推測。舞踏家による舞踊? ま、ビミョーなとこなんだけど…。
ところで、この曲を聴きながら思い出していたのが、乙武洋匡さんの あの言葉だった。
″「性善説」「性悪説」とか、よく言われますけど、僕、考え方としては、「性弱説」なんじゃないか?と思うんです。大切なこと、世の中を変えていくのに これから必要なこと…″
「性弱説」+ 『僕たちは戦わない』で、 僕の中では、少し…しっくりしてきたかも?
・・・とか言いながら、実際は、秋P…
″総選挙中に「(僕たちは)戦わない」って、おもろいやん! どう?どう?″ だったりしてね…。
『Summer side』
″「オ」ー サマア「サ」ーイ
ひざし「が」ー つよくな「あ」ーったー
「な」つはーそこに き「い」ーているよ
「と」ーおーりの む「う」ーこおー
「オ」ー サマア「サ」ーイ
あおぞ「ら」ー まぶしす「ぎ」ーるー
「か」ぜにー ねつを か「あ」んじるよ
・・・・・できー「た」ーーー″
→「オ」「サ」「が」「あ」「な」「い」「と」「う」「オ」「サ」「ら」「ぎ」「か」「あ」「た」…。
「 」は、バックのベース音( & バスドラム音)と同じ場所。つまり、自然アクセントの付く(付きやすい)位置だ。
で、これ、この曲の冒頭部分なんだけど、
15打数9安打 … 実は、15分の9が、母音の「a」で占められてる。ぶっちゃけ、「ア」だらけ(で 構成)… それが、この曲の正体だよ。
解放、解放、また 解放…。
つまりは、解放音を中心に作られてる…ってこと(おそらくは、意図的に)。まあ、″夏うた″の特徴だな。
で、この曲に関しては、冒頭から、その手法を全開で使ったことが大きいと思ってる。端的にいうと、最初に かましておけば、″夏らしさのようなものが、最後まで落ちない!″ってことだ。それが、狙い。
その証拠に、途中で出てくる「Radio」…。別に、「レディオ」でも 意外と違和感なく聴けてると思うんだな。で、これって、″(曲が)上手いこと流れてる″って証だよ、やっぱ。
てか、「ラジオ」って表現した方が、逆に、違和感だったかもね? ″あ、去年の夏だ…″みたいな なんか古くさい感じでね…。
やっぱり、″夏のナンバーは、最初とっぱしなんだよな~″って、改めて思ったのです、ハイ。
ちなみに、歌詞的に好きな箇所は、「ときめきは 連続もの」ってトコ。名言だな…と。
あと、この曲が、シングルA面にならなかった(?)
理由ってのはさ、
たしかに、この曲は、夏らしさ全開で、海 + 夏 + 仲間(or カップル)= 青春 …の王道 夏ソングなんだけど、爽やかなんだけど、正直、100点ではあるんだけど、
秋Pの中で、キャッチーな1発が出なかったからだと思っている。
″100点じゃダメなんですか~?″…って、たぶん、夏うたに限っては、ダメなんだよ。それやったら、80点で、″何それー?!″ってな1発が ブチ込まれていた方がいい。
だから、消去法で、『僕たちは…』だったんじゃないのかな?
『″ダンシ″は研究対象』
″彼″ではなく、″男子″、しかも、″ダンシ″って、カタカナで表現したことに、二枚腰 & 二重扉の???
ほとほと、分からずに苦労してる彼女の様子が伺える。で、それは、ほとんどの女子が苦手だという…虫級クラスのことなんだ。
ぶっちゃけ、″ダンシ″っていう「虫」なんだよ。
だから、研究対象,未知な生物,行動,観察…といった実験用語を あえて使うことによって、″私″が、いかに一歩引いてるか? 一線引きたいのか?ってな立場 も 同時に(上手いこと)表現。あくまでも、さりげなく…ね。
″虫ぐらい分からへんわ!″… それが、彼女の本音なんだ。
男脳と女脳の違い…。
でも、こういうのは、「話を聞かない男、地図が読めない女」って 本で、昔、かなり勉強(?)したなぁ~。おかげで、不必要な争いをしなくなったよ。
だけど、今思うと、これは、青春じゃないな。
″アイツ、分からへんわ~″…″腹立つわ~″…″何でなんよ?″…あえて、そこ、その違いを理解も納得もしない方が、(もしかしたら)面白いのかもしんない。
″あ~ そうなんだ~。なるほど~″…
中途半端に理解しちゃってる(?)僕は、どこか…おネエに近づいてきてるような、石田純一っぽい考えになってきてるような気もするもんね。
「ナイスなあきらめ」をした(する)人が、幸せかも? とか思う…今日この頃なのです。
さて、この物語の女の子に一言だけ 言っておきたい。それは、
女子って、元カレのことなんて、(もはや、私の人生には)無関係、(どちらかというと、今の私よりも)不幸で…とか、できれば 死んでほしい…とか 思うでしょ? 思ってるでしょ? 女脳…。
でも、″ダンシ″ってね、男脳ってね、元カノのこと…
たとえ、1年前の人でも、30年前の人でも、そんなん関係なく…″今も幸せで!″…とか、″もしかしたら?″…とか、″今も可愛いままかなぁ~?″…とか 思ったりすんのよ。してんのよ。バカでしょ?
でも、そのバカさ加減を多少…男脳と女脳の違いだと上手に割り切った上で、″バカ″って言えたなら、あなた…間違いなく 幸せになれますよ、と、僕は言いたい。
(注:もちろん、例外は あります)
ちなみに、サウンド的には、イマイチかな。
『カフカとでんでんむChu!』
ビジュアルが、もう…虫ぐらい かけ離れてた方が、逆に、本質だったり、本当のことだったりが 見えますよ…という歌なんだと思う。
目の前に、い~っぱい…。それを心の中の自動ふるいかけ装置で、ほぼ無意識に、
どけて、どけて、どけて、どけて、省いて、省いて、省いて、省いて、時間が経って、経って、経って、経って…。そして、残ったのが、個性だと思う。魅力なんだと思っている。
もちろん、その基準は、判定員次第なんだ。グランプリを決めるのもね…。
僕は、この曲を聴きながら、『海辺のカフカ』(村上春樹 著)の あの一節のことを思い出していたよ。それは、
″あなたには 私のことを覚えていてほしいの。
あなたさえ、私のことを覚えていてくれれば、
ほかのすべての人に忘れられたって
かまわない。″ ってトコ。
また、そういう歌でもあるもんね『…でんでんむchu!』。
ところで、歌詞中、1つだけ 気にくわないところがある。それは、
「こんな私たちでも…」ってトコなんだけど…。
だってさ、あれだけ、″世界で一匹だけの″ って言ってるわけだから、1対1の 純 …に仕上げてきてる訳なんだからさ、
物語か? グループの宣伝込みか? って、そこ…ハッキリさせてくんなきゃあ~…って 話ですよ。正直、興醒めだわ。
そもそも、設定が、極端なんだから、そこも 100% どっちかに振り切った方が 良かったように思うのです。
いつも投稿ありがとうございます。
カフカとでんでんむChu!の「私たち」は、歌詞の一部と言うより、『カフカとでんでんむChu!』という歌を歌っているアイドルグループのライブの煽り文句という位置付けと理解しました。劇中劇ならぬ曲中曲というか・・・。二重の創作物になっているという、善意の解釈です。