車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

ご当地マンホール in 奈良県旧當麻町&旧新庄町(葛城市)

2023年05月12日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・奈良県

旧北葛城郡當麻町(たいまちょう)は奈良県北西部にあり、大和高田市、香芝市、新庄町と、県を跨いで 大阪府太子町、河南町に隣接。町のランドマークでもある二上山の麓に位置。その「二上山(ふたかみやま・にじょうざん)」雄岳の山頂には、謀反の疑いをかけられ自害させられた『大津皇子』の墓があると伝えられています。また、町名の由来となった「當麻寺」のあることでも知られています。「町の木:樟」「町の花:牡丹・菊」「町の鳥:鶯」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、葛下郡(かつげぐん)當麻村が発足。

1896年、所属郡が北葛城郡に変更。

1956年、北葛城郡磐城村と合併し、改めて當麻村が発足。

1966年、 當麻村が町制を施行、北葛城郡當麻町が発足。

2004年、北葛城郡新庄町と合併、葛城市となりました。

マンホールには二上山を背景に、當麻寺の東西二つの三重塔と、町の花「牡丹」・町章が描かれています。(當麻寺の参道付近に点在)

「二上山」

昭和33年10月18日制定の町章は「「当」の字と麻を「マ」として用い葛城連山を象徴し て図案化したもので、当町は古代文化発祥の霊峯の麓に屯す静かな佇で はあるが、町章の円は和衷協同の姿を、中央の幹線は幾多の文化的遺産 を醸成した不撓不屈の逞しい想像意欲とその闘魂を、さらには上部の連 峰はその燃え滾る炎を象徴し、以って当町の明日への旺んな隆昌を約束 づけるものである。」公式HPより

撮影日:2009年7月11日&2017年4月26日

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旧北葛城郡新庄町(しんじょうちょう)は奈良県の北西部にあり、大和高田市、御所市、當麻町と、県を跨いで大阪府河南町に隣接。古代の大和国忍海郡(おしのみのこおり)の地であり、葛木御県(かつらぎみあがた)神社(葛木)・葛木坐火雷(かつらきにいますほのいかづち)神社(笛吹)・角刺(つのさし)神社(忍海)などの延喜式内社を擁す町です。「町の木:イチイガシ&副木:マツ 」「町の花:菊&副花:ツバキ」を制定。これほどの歴史的遺産が有りながら、画像にあるのは小さな橋にある「町花:菊」のレリーフのみ(^^;)。

明治22年(1889)、町村制の施行により、葛下郡新庄村、南葛城郡忍海村が発足。

1896年、所属郡が北葛城郡に変更。

1923年、新庄村が町制を施行、北葛城郡新庄町が発足。

1956年、南葛城郡忍海村を編入。

2004年、北葛城郡當麻町と合併、葛城市となりました。

デザインマンホールは無く、中央に町章があるカラーの規格蓋がありました。

昭和23年4月29日 制定の町章には「周囲の3つの三角は、それぞれ金剛、畝傍、信貴生駒の三山をあらわし、その山を連絡する円周によって、上代の葛城地方を意味しています。葛城地方のほぼ中央にある新庄町は、恵まれた気候風土と良田畑を擁し平和なまちであることを象徴し、全体の形状として旭日昇天の発展性を示しています。」公式HPより

雨水用のマンホール、中央に「雨」の文字があるだけで特定の地域名は有りません。

撮影日:2009年7月11日

 

コメント (2)
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