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生活保護費の削減 貧困格差 拡大・固定化を懸念
生活保護を受ける長沢浩一さんは、労災事故に遭い「所属先の会社を解雇される前に辞めるつもり」と話す=中区で |
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政府が二十九日の臨時閣議で決めた二〇一三年度予算案では、生活保護費の削減が盛り込まれた。高齢者の受給額はあまり変わらないものの、子育て世帯を中心に減額になる。受給者や支援者らは「貧困の固定化につながる」などと、安易な減額に疑問を投げかける。(志村彰太)
生活保護の削減案は、一三年度から三年間で計七百四十億円の削減を見込む。生活保護費のうち、生活費に当たる生活扶助が減額され、医療扶助では安価な後発薬を使用することも決めた。背景には、増え続ける保護費が財政を圧迫していることや、支給額が低所得世帯の手取り収入より高いとの不公平感がある。
◆受給者
「頑張って立ち直ろうとしている受給者も、減額されれば貧困から抜け出しにくくなる」と危惧するのは、横浜市中区で生活保護を受ける長沢浩一さん(52)。長沢さんは月十四万円の生活保護を受給しているが、生活費や住居費のほか、再就職のための準備にお金を使うと、手元にはほとんど残らない。
病気を抱え、再就職には治療が先決。長沢さんは「後発薬は、効果が不明な点もあると聞く。それを受給者に強制するのは、人権上の問題がある」と、不満を口にした。
長沢さんは東京都大田区出身。自営業でビルメンテナンスを請け負っていたが十四年前、「知らないうちに」二千万円近い借金をつかまされて倒産。工事現場で休みなく働き、十年かけて返済したが、高血圧と腎臓の機能障害で仕事を続けられなくなった。貯金も底をついたとき、簡易宿泊所の集まる中区の寿地区に流れついた。
二年前、治療しながらアルバイトとして再就職したものの、半年後に労災事故に遭った。「右手中指を切断し、接合したが、指先の感覚がない」。再び生活保護に。三月には会社を解雇されるという。
貧困な人は孤独に陥りがちで、「本当は人間関係の維持にもお金を使いたい」。しかし、減額されればその余裕は全くなくなる。「機械的な引き下げではなく、最低限の生活とは何か、再チャレンジできる世の中とは何か。そこから議論してほしい」と、長沢さんは望んでいる。
◆支援者
「寿支援者交流会」の高沢幸男事務局長(42)は「本来は最低賃金を上げるべきなのに、最低生活を保障する生活保護を削るのは、やり方がおかしい」と疑問を呈す。「生活保護は本来、苦労した人を助けるもの。なのに、受給者は怠け者という偏見がある」
高沢さんには連日、さまざまな理由で生活に困っている人が訪れる。ギャンブルやアルコールの依存症、うつ病など精神的に問題を抱えた人は、まずは治療が必要。「就職が難しい受給者もいる。きめ細かな支援の仕組みがないまま減額だけすれば、行き着く先は自殺か犯罪」と、治安の悪化を危惧する。
その上で「政府には『損して得を取れ』という発想がない」と批判する。学習支援や人付き合いの維持・改善が貧困を抜け出すカギといい、就職できるまで時間をかけて支援する必要があるという。
「安易に保護費を削れば、貧困は世代を超えて連鎖する。追い詰められた人に死ぬ気で働けと言えば、自暴自棄な行動につながる」と、警鐘を鳴らしている。
◆根本的解決にならず
子育て世帯を中心にした生活保護の減額が貧困の連鎖をつくる懸念は、専門家も指摘している。
厚生労働省生活保護基準部会委員の山田篤裕・慶応大教授(社会保障)は「貧困の連鎖を防ぐには、子育て世帯に配慮が必要だ」と指摘する。
また、「引き下げが前提のように語られているが、部会としては(引き下げありきとは)ひと言も言っていない」と、政府内の議論を批判した。
山田教授は生活保護基準の決め方にも課題があるという。現在は、中間所得層の消費水準の六割程度になるように基準が設定されているが「中間層の所得が下がっているので、その基準でいいのか考える余地がある」。