障害者施設で19人が死亡、27人がけがをした事件から1カ月。殺人容疑で再逮捕された植松容疑者の行動が、神奈川県警の捜査や関係者の話で明らかになってきた。事件は未然に防げなかったのか。
「『考えを改めます』とだましたら退院できた」。容疑者(26)の言葉に、友人の男性は驚いた。
今年3月2日。容疑者は相模原市の措置入院先を退院したばかりだった。
先立つ2月15日、衆院議長公邸に手紙を持参。障害者の大量殺人をほのめかしたうえ、「心神喪失による無罪」と事件後の処遇を記していた。「逮捕後の監禁は最長で2年まで」とし、その後の「自由な人生」のために、新しい名前や美容整形、5億円の支援まで要求していた。
同じ時期、「障害者が生きているのは無駄だ」などと書いたビラを、勤務先の「津久井やまゆり園」の周りで配り、園の聞き取りにも自説を曲げなかった。両親が何度も「間違っている」と諭したが、聞き入れなかった。
「他者を傷つける恐れが非常に高い」との医師の診断をもとに、市は2月19日から措置入院させた。
病院では当初、興奮した様子で、「国から許可を得て、障害者を包丁で刺し殺さなければならない」などと話したという。医師は「殺人に及ぶリスクがある」と診断書に書き、他の入院患者への悪影響を懸念して、隔離された居室をあてがった。
容疑者はドアを蹴ったり、大声を出したりしたが、退院までの流れについて説明を受けた翌日、粗暴な行為はなくなった。「入院時はおかしかった。大麻が原因ではないか」。そう話す容疑者に、医師は「症状が消退した」との診断を下し、退院させた。東京都内で親と同居する約束だったが守られず、市も市外へ転居したものとして連絡を取らなかった。
容疑者は3月に2回、同じ病院の外来を受診したが、5月の予約は6月28日に変更したうえ、姿を現さなかった。そして7月26日未明、寝静まる園に侵入した。(照屋健、奥田薫子)
■部屋は血の海 「あいつがやった」
ベッドで首を切られている人。床に伏せたままの人……。「入所者の部屋は、『血の海』でした」。7月26日早朝。施設で働く40代の女性が事件の知らせを受けて駆けつけると、凄惨(せいさん)な現場に愕然(がくぜん)とした。別の職員から「あいつがやった」と言われ、女性は凍り付いた。「君のことだ」
植松容疑者が都内の大学を卒業後、正規の職員として勤め始めたのは2013年春。明るく、礼儀正しかった。
数カ月後、変化が起きる。「障害者って、生きていても無駄じゃないですか?」。思いがけない言葉を、女性は冗談だと受け止めた。否定すると、真顔で「安楽死させた方がいいっすよね」と強く言い返された。腕をまくって入れ墨を見せるなど、勤務態度も変わっていった。
今年に入って言動は悪化。友人の男性によると、3月2日に措置入院先から退院した後、知人の披露宴の2次会でも、「障害者は殺した方がいい。それで世界は平和になる」と話した。
3月には「預貯金が底をついた。働いておらず生活できない」と訴え、一時は生活保護を受給。「クラブ遊びや顔の美容整形などで、借金を重ねていたようだ」とこの男性は話す。
障害者を悪く言わないように諭していたところ、事件の2週間前、植松容疑者から「注意してくれてありがとう」と言われた。「昔のあいつに戻ってきたと思っていたのに……。演技だったのだろうか」(前田朱莉亜、豊岡亮)
■女性だけの棟に侵入・金髪隠す帽子…浮かぶ冷静さ
障害者に対する理不尽な言葉の一方で、神奈川県警の捜査では冷静な行動も浮かび上がっている。
捜査関係者によると、容疑者は最初に侵入した園東側の居住棟について、「女性しかいないとわかっていた。男性職員がいると、逃げられたり止められたりする恐れがあると思った」と供述しているという。乗り付けた自分の車のバンパーが壊れており、走行時に大きな音をたてるため、駐車場から離れた場所にとめた。金髪を隠すために、帽子をかぶったとも説明しているという。
事件直後には、「世界が平和になりますように。beautiful Japan!!!!!!」と自身のツイッターに投稿。このコメントは、スーツ姿の自身の写真とともに侵入前に用意していたものだった。「自分の主張を聞いてもらうには、スーツを着て、見た目がしっかりしていないといけない」「世界平和を呼びかけるメッセージを訴えたかった」という趣旨の説明をしているという。
2月に衆院議長公邸に持参した手紙で、「心神喪失による無罪」と記述していた容疑者。昭和大学の岩波明教授(精神医学)は、「刑事責任能力を判断するポイントは、計画性と精神疾患の程度だ」と指摘する。事件前に結束バンドやハンマーなどを用意していることから計画性がうかがえる一方、手紙の内容などにみられるような妄想の程度を、日常生活の中で見極める必要があるという。
一方、容疑者の尿からは、大麻の陽性反応が出ている。岩波教授は「大麻は通常、人格を破壊するような効果はなく、危険ドラッグなど他の薬物の影響はなかったか合わせて調べるべきだ」と話す。捜査当局は今後、専門家による精神鑑定を実施する方針だ。(照屋健、古田寛也)
■退院後、継続ケア検討
事件を受け、厚生労働省は今月10日に検証・再発防止検討チームを設置。焦点は、措置入院を終えた後もケアを続ける仕組みづくりだ。塩崎恭久厚労相は21日、独自の支援体制を4月に始めた兵庫県を視察し、「全国統一の制度も必要かと思った」と強調した。
医師や保健師らでつくる兵庫県の「継続支援チーム」は、措置入院中から患者と関わって信頼関係を築く。退院後も必要と判断した期間は面会を続け、治療の中断や孤立化を防ぐ。兵庫県は非常勤の職員を増やして人員を強化した。ただ、対象者が別の自治体に転居すれば継続できない。そこで塩崎氏は、この仕組みを全国に広げることに意欲を示す。
最大の課題は患者の人権とのバランスだ。検討チームでは、有識者が「措置解除後のフォローアップについては、患者の人権を踏まえた検討が必要」と指摘。厚労省は事件をめぐる行政や警察による対応の検証を今月末に公表する予定だったが、来月にずれ込む見通しとなった。書きぶりによっては障害者政策が逆行すると受け止められる懸念が省内にもあるためで、厚労省幹部は「誤解や疑念が生じることは避けたい。文章の調整に時間がかかっている」と明かす。
1950年に精神科病院への隔離収容という位置づけで始まった措置入院は、当時の厚生省通達で「公安上、必要とする強制的な措置」とされ、犯罪予防の色が濃かった。その後、患者の人権や社会復帰が重視されるようになり、厚労省が「入院医療中心から地域生活中心へ」と方針を変えたのは2004年になってからだった。
こうした経緯から、ある与党議員は「厚労省は犯罪予防のためではなく、支え合う社会を目指すための支援強化であるというメッセージをはっきり打ち出すべきだ」と釘を刺す。(久永隆一)
そして下は毎日新聞の一面と社説です。
今回の事件はもちろん被疑者その人のこともあるでしょうが、この社説にもあるように僕たちの社会そのものが考えていかないといけないこともいっぱいあるように思います。
決して、防犯体制の強化や、監視カメラの設置で塞げるものではありません。社会の格差がますます広がり、弱いものは自己責任だといった 風潮や政治の流れを変えていかないといけないと僕は考えます。
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