施設を
今日という土台の上に
明日が積み込まれるとしたら
昨日という基礎に
重ねられる今日だとしたら
今を空洞にはできない
日付の補強だけでは脆弱で
なかんずく崩壊の恐れさえある
形に拘るだけだとしても
せめて四隅に柱を立て
昨日と繋ぎ明日に通す
今日の施設を!!
*07/30 12:40
施設を
今日という土台の上に
明日が積み込まれるとしたら
昨日という基礎に
重ねられる今日だとしたら
今を空洞にはできない
日付の補強だけでは脆弱で
なかんずく崩壊の恐れさえある
形に拘るだけだとしても
せめて四隅に柱を立て
昨日と繋ぎ明日に通す
今日の施設を!!
*07/30 12:40
哲学を
疲れ切ったときに
手足を預けられる
「僕の哲学」を模索する
混迷の恣意や
迷走の想いの”休み処”のように
僕だけが憩える
限りなく個人的な
僕の哲学を瞑想する
*07/30 06:40:06
おはようございます!!
湖東三山の緑浴の旅の最後は、聖徳太子の御願により百済人の為に創建されたという近江の最古刹「百濟寺」へと百濟と書いて「ひゃくさい寺」と読みます。普通は(くだら)ですけど。
三山はすべて翠の回廊を登る。
木立の中にようよう仁王門が見えてくる。
更に上ると入母屋造りの本堂が
此処は住職が不在
本尊は十一面観音様。穏やかなお顔は総ての煩悩を吸い取ってくれそうな・・。
澄んだ響きの鐘を!!
歴史を刻んで天空へと伸びる
静寂に癒されて
ゆっくりと下山する
07/30 06:30:06 まんぼ
デジタルの点
在籍するイノチの空間には
一瞬たりとも
リフレーンの状況や展開は存在しないから
僕が書いてきた幾たりの詩篇や
切り取ってきた幾たりの一瞬は
そのトキドキに置いてきたdigitalの点のようなもので
僕はjigsawのように
それをピースに日常茶飯を
幾たりの自分の創造に邁進しているようなものだ
虚しいと笑う勿れ
自嘲の虚しさに溺れること勿れ
そのデジタルが如何に悲喜こもごもでも
よしや
何の姿も映し出さないとしても
其処には
確かに僕という点があって
それが物語に必要な区切りのように
其処に
残っていることが重要なのだ
*07/30 05:42:05