囲碁きちの独り言 Ⅱ

趣味の旅行、うたごえ、囲碁の事や日常の出来事を記録する。

さくら散る・・・

2019-04-06 22:17:34 | 囲碁きちのつぶやき

小学生のころから師と仰いできたKさんが亡くなりました。私より一回り年上の93歳でした。通夜に参列するため昔住んでいた街を通りました。

サクラが満開の病院です。

この病院でKさんは亡くなりました。

昔、通った小学校です。

Kさんはこの小学校を首席で卒業し、旧制中学へ進学したそうです。私も敗戦後の1946年に2年生でこの小学校に転入しました。左の桜の木と右のけやきの木は覚えていますが、その時のものなのでしょうか?大きな木に思えましたが、今日見たらそれほどに思えませんでした。

創立、明治7年とありました。在校中は敗戦後の何もない混乱の時代で、そんなことを知る機会もありませんでした。

中山道沿いの学校でした。

でも、今は中山道に車があふれ、その上に首都高が走っていました。私にはとても人間が住むような場所でないように思えました。

中山道の板橋・仲宿の旧道を歩きました。

道幅は昔のままでしたが、町並みは全く変わっていました。同級生の家業の床屋さんも、酒屋さんもなくなっていました。

こんな店もありました。

昔からあったかどうか、記憶にありません。

仲宿の街道案内です。

後のスーパーは昔は醤油の醸造所でした。

葬儀の斎場となったお寺さんです。

亡くなったKさんの実家で、ここで私はKさんから勉強を教わりました。由緒あるお寺で、街道筋ゆえに「遊女の墓」もありました。そんなことは子どものころは知りませんでした。

祭壇の隅です。

日本棋院の囲碁5段の免許状が飾ってありました。Kさんから囲碁・将棋・百人一首など勉強以外にもいろいろのことを教わりました。

囲碁の免許状と共に松葉杖が置いてありました。Kさんは旧制中学生のころ、軍事訓練のケガがもとで、その後松葉杖の生活を余儀なくされたそうです。

松葉杖と歩んだ93年の人生に幕を閉じました。

Kさん、ありがとうございました。心よりご冥福を祈ります。

 

 

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