人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

追悼 指揮者 宇宿允人(うすき まさと) 

2011年03月09日 20時10分17秒 | 日記


手元に1枚のコンサート・チケットがある。第187回「宇宿允人の世界」 指揮:宇宿允人、管弦楽:フロイデ・フィルハーモニー。日時:3月10日(木)午後7時から、会場:サントリーホール大ホール。代表曲目:ベートーベン交響曲第5番「運命」。A席1階4列15番。明日のチケットである。しかし、これを聴くことは叶わなくなってしまった。今朝の朝日の死亡欄に次の記事が載ったからだ。

宇宿允人さん(うすき・まさと=指揮者)5日、腎臓がんで死去。76歳。葬儀は故人の意志で行わない。NHK交響楽団の主席トロンボーン奏者を経て指揮者に。1982年から「宇宿允人の世界」と題した独自企画の公演を続けてきた。

昔の「新聞手帳」をひっくり返して調べてみたら、この変わった名前の指揮者との出会いは、2000年5月2日に池袋の東京芸術劇場で開かれた定期公演だった。開演を知らせるアナウンスに耳を疑った。「プログラムには有りませんが、最初にグルックの歌劇”タウリスのイフィゲニア”序曲を演奏します」という内容だった。何だって?!プログラムにない曲を演奏する?とんでもないコンサートに紛れ込んでしまったな・・・・というのが、正直な感想だった。

白髪の小柄な老人が出てきて指揮を始めた。最初に悲しげなメロディーが流れてきたので、この調子で最後までいくのかな・・・・と思っていると、急に力強いメロディーに変わり、どんどん引き込まれていった。初めて聴く短い曲なのだが、終わったときには感動に打ち震えていた。何という曲!何という演奏!!。この日はベートーベンの第3交響曲「英雄」、第6交響曲「田園」が正規のプログラムだったが、予定外の小曲でぶっ飛んでしまった。覚えているのはこの曲の演奏だけだった。それ以来、年に2~3回程度しかない即席のオーケストラ「フロイデ・フィル」のコンサートに通うようになった。



レパートリーは極めて限られている。ベートーベン、ブラームス、モーツアルト、シューベルトといった所謂ドイツ・オースリア系の古典音楽が中心だ。曲の出だしの指示は非常に分かりにくい。したがってアインザッツが揃わない。しかし、出てくるのは恐ろしいまでに魂が込められた充実した音楽である。「音の塊が押し寄せてくる」とでも表現したらよいのだろうか。その迫力に圧倒される。

彼が常々主張してきたのは「現代のオーケストラは商業主義に毒されている」ということだ。音楽はエンターテインメントに脱落している、ということだろう。そうした中でエンターテインメントから最も遠くにいる音楽家が宇宿允人だろう。彼は腎臓がんを宣告されたこともあり、聴きに行くたびに「今回が最後のコンサートかもしれません」と言っていた。これまで主に東京芸術劇場で演奏してきたが、今回初めてメジャー級のサントリーホールでの公演に挑むはずだった。

彼は音楽に対しては非常に厳しく、前回聴いた昨年5月27日の第185回定期公演では、モーツアルトの「交響曲第39番」の第1楽章が始まって数分したところで、低弦のアンサンブルが乱れた。・・・と思ったら、タクトを下ろし音楽を止めた。そして最初から演奏をやり直した。普通、入場料を取るコンサートでは演奏を途中で止めるなんて有り得ない。しかし、宇宿允人はやる。この日はアンコールにバーバーの「アダージョ」を演奏したが、これも演奏が気に入らなかったようで途中で止めてしまった。これまで数え切れないほどコンサートを聴いてきたが、1回のコンサートで2回も演奏を止めるのを見たのはこれが初めてだ。

昨年秋に第186回の定期公演があったが、その時はプログラムが期待していたものではなかったので、聴きに行かなかった。今となってはそれが彼の最後の公演になってしまった。

舞台に出てくる時には今にも倒れそうな足取りなのだが、いざタクトを握るとシャキッとして、オーケストラから物凄い音を引き出す。そんな宇宿のコンサートがもう聴けない、観られないのは非常に寂しい思いがする。合掌

1993年10月26日 東京文化会館でのライブ録音 宇宿允人指揮フロイデ・フィルによるモーツアルト「交響曲第40番ト短調K550」を聴きながら 

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